脱走者と篝火のない世界   作:THE饅頭

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導入なので短いです


第1話 不運な村娘の最期

 辺境の村から最寄りの都市まで。

 その道程はどんなルートを選んでも、野盗や獣にモンスターと大なり小なり危険が伴う。

 しかし村から出ず、引き籠るという選択肢はない。

 小さな村だろうと今の時代、貨幣制度の利用は必須なのだ。稀に訪れる行商人程度では流石に賄えない。

 辺境の村々がまともに貨幣を得る手段と言えば、それはやはり都市へ物を売りに行くことである。そしてそこで農具や工具、日用品の購入まで行って村の生活は成立している。

 

 村人たちが、都市まで出来るだけ安全に移動する手段。それは隊を組むこと。

 近隣の村々から最寄りの都市まで、用事のある者たちが定期的に集まってその道のりを往復する。

 寄り合えば護衛を雇うお金もなんとか捻出できる。

 まったくみすぼらしい商隊もあったものだと商人たちの笑いの種ではあるが、そんなことを気にしていては生きていられない。これは命を守る手段なのである。

 

 カルネ村のエンリ・エモットはそこまで父親から教わっていた。

 

「お父さんっ!」

 

 だがそこから先は教わっていない。

 

 もし、隊の街での実入りが少なく、護衛の冒険者を雇うお金が少ししか出せなかったら?

 もし、やっと雇った駆け出しの冒険者がモンスターを前に逃げ出してしまったら?

 もし、パニックになった誰かが周りを囮にしてモンスターから逃れようとしたら?

 もし、その卑怯者が誰かの荷馬車と馬を切り離してしまったら?

 もし、囮にされた誰かがモンスターに囲まれてしまったら?

 

 

 ――もし、自分が不運であったなら?

 

 

 横転した荷馬車。その影で震えていたエンリは思わず声を上げた。

 目の前の大きく頼もしい背中が、崩れるようによろめいたのだ。

 

 父と娘を扇状に取り囲むゴブリン達。村の子供ほどの背丈ではあるが、人を殺傷するのに十分な筋力と道具を振るう程度の知能、そしてなにより集団で行動する生活環を持つ。

 指の数ほども集まれば、戦う術を持たない村人とって十分以上に手に余るモンスターだった。

 それでも娘を背に置く父は、幾重にも傷を負いながら手製の槍で孤軍奮闘。その証に槍を受けたゴブリンが地面に数匹転がっている。

 

 だが遂には父も錆びた刃に腕を大きく切り裂かれ、槍を取り落としてしまう。

 深い傷を負った父親はとうとう気力も底を突き、意識を失ってしまう。エンリは崩れ落ちる父に縋り付く。だが父を抱いた手に広がるのは覚えのない、しかし鳥肌を誘う恐ろしい感触。

 恐る恐る手を翻して見てみれば、掌一杯に広がる赤黒い光景。

 動かぬ父。

 動悸が速まる。

 呼吸はしているが、すぐに手当てが必要な状態であろうことは無学なエンリにも分かった。

 

 (早くっ……せめて血を止めなきゃ……!)

 

 しかし狩人が射った獲物を前にして背を向ける訳もなく。

 ゴブリン達はどこで拾ったのかも知れぬ、腐った鉄片の切っ先をエンリへ向けながら、ぞろぞろと距離を詰める。

 人外の口から覗く醜悪な舌なめずりに、エンリは食欲を超えた卑下すべき欲望も本能で感じ取ってしまう。

 

 絶望的な状況に思わず涙腺が緩む。

 だがここでエンリは折れなかった。

 

 なにをお高く止まっているのだと。

 ここで悲鳴を上げてお付きの騎士様を待つのは、綺麗なお手手を持つお姫様の仕事だと。

 泥で汚れた村娘の分際で、か弱く涙を流すなどおこがましい。

 次は自分の番だ。自分が前に立ち、武器を振るって家族を守るのだ。

 エンリが悲壮とも言える覚悟を持ち、粗末なクワを握りしめたその時――

 

 

 ――鋼鉄の風が吹いた。

 

 

 一瞬、エンリの頬を撫でたそれは目にも止まらぬ速さで大きく旋回。

 十分な遠心力を纏って顎門( アギト)を持つ暴風と化し、ゴブリンの骨肉を右から左へと瞬時に破壊し吹き飛ばす。

 

 その風の正体は一振りの大剣だった。

 

 たった一振り。

 それだけで三匹のゴブリンが四散する肉片と化した。

 あの震えるほど恐ろしかったゴブリンが、瞬きする程の間にだ。

 

 風が吹き抜けた後には男が立っていた。

 砂塵と共にマントがはためき、返り血を浴びた肩当てがぬるりと煌めく。

 

 男の名は『ホークウッド』

 脱走者の不名誉を背負った男である。

 

 

 


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