とっとこハムスケ   作:木綿絹ごし

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後半

「ハムスケと死の騎士(デス・ナイト)が消えただと?」

 

 申し訳なさそうに俯くアンデッドたち。遠くから二人を見守っていたにも関わらず、護衛対象を見失ったのだ。頭を擦りつけ、今にも死んでしまいたい気持ちだろう。

 

《伝言》(メッセージ)――駄目だ。繋がらないな」

 

 アインズは顎に手を当て考え込む。自らが召喚した死の騎士(デス・ナイト)との繋がりは消えていないものの、それはハムスケが無事である証明には繋がらない。

 これがナザリックに仕えるNPCであればコンソールから確認が出来るが、現地勢のハムスケは表示されない。同じアインズ・ウール・ゴウンの傘下ではあるが、ナザリックの上限レベルを分かち合った仲ではない。ナザリックで行方不明になった時もそうだが、有事の際に生存確認が出来ないことは大きな問題へと繋がりかねない。

 

「本格的な捜索部隊を出すのは様子見として、お前たちは連絡があるまではカッツェ平野でハムスケ及び死の騎士(デス・ナイト)の捜索だ。三人グループで行動し、有事の際は情報を持ち帰ることを優先せよ」

 

「畏まりました」

 

 アンデッドたちは部屋を後にし、再び静寂が部屋を支配した。

 

(はぁー、あの時ジャンガリアンハムスターを失った彼が味わったペットロスって、こんな感じなのかな)

 

 アインズは脳裏に第六階層を元気に駆け回るハムスケを空想した。

 

 

 

 

 

 

「み、見るでござるよ! ここは天国でござろうか……」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 目の前の光景に思わず喚声を漏らしてしまった。

 大きなお城を中心とし、様々な施設が点在している。リスやハムスター、ムササビなどの小動物たちはワイワイガヤガヤと、まるでお祭り騒ぎのようだ。

 

「ようこそー! 夢の国ハムハムランドへ!!」

 

 二足歩行で白黒のハムスター――ネズミでは無い――が入口付近から二人に声を投げかける。

 

「お二人さんは初見の方ですねー、まあ善なる者しか入れないはずですから、まあ問題ないかな。ハハッ」

 

 名ばかり賢王ことハムスケは確かにカルマ値が善――正しくは中立――であるが、死の騎士(デス・ナイト)は極悪だ。

 尤も、丸まった死の騎士(デス・ナイト)を見て悪だと思う人――ハムスターだが――も少ないだろう。カルマ値は人間基準に付けられている。ハムスケと仲の良い死の騎士(デス・ナイト)。きっとハムスター基準のカルマ値は極善だろう。

 

「ここでは毎日が休日。定休日ですー! 楽しんで行って下さいねー」

 

 白黒のハムスターに連れられ「お二人さんご入場ー」の声と共に、謎の入り口へと足を踏み入れた。

 

オオオァァァアアアアアアーーー!!(私はハムスターから降下します)

 

「んー、確かにその方が良いでござろうな」

 

 フランベルジュを鞘に収めた――どうやって入れたかを聞いてはいけない――死の騎士(デス・ナイト)はハムスケから降り、仲良く連れ添うことにした。

 園内を歩く者たち。彼らは小動物にしては大きい気もしなくはないが、自分たちのほうがひと回り大きいことには変わりない。

 警戒されないために降りることは間違いではない。四つん這いの人間に騎乗した魔獣が人里へ降り立てば警戒されるが、手を取り仲良く接していれば警戒心も薄れてしまう。丸くなった死の騎士(デス・ナイト)を見れば自然と剣呑な空気も丸く収まるものだ。

 

 二人は見たこともないが、園内はさながら遊園地のような――いや、遊園地が広がっている。

 回転する木馬や茶碗。空飛ぶドラゴンに巨大な円を描く小箱。左右に揺れる方舟や謎の施設が展開されていた。小動物たちが楽しそうに利用しており、見知らぬ物体に二人は好奇心を刺激されずには居られなかった。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

「うむ! どれも楽しそうでござる!」

 

(オオオァァァアアアアアアーーー!!)

 

「楽しさが沈静化されたでござるか? アンデッドとは辛辣でござるなあ」

 

 両手を上げ全身で喜んでいた死の騎士(デス・ナイト)であったが、気持ちが落ち込み両手をぶらぶらと下げている。

 ころころと気持ちを変化させる死の騎士(デス・ナイト)に、周囲の小動物たちは警戒心を溶かしていき、今は気にせず遊園地を楽しんでいる。

 心まで丸くなったアンデッドなど何処に居ようか。まさかここに唯一の個体が居るとは誰も思わないだろう。

 

 大きいとは言っても、小動物を子供に例えるならハムスケと死の騎士(デス・ナイト)は中高生くらいだろうか。

 二人は知るはずもないが、これはシステムアリアドネによる侵入不可能の対策として用意された特殊な入り口による恩恵と言えよう。大きいと入れない。ならば小さくすれば良いのだ。

 

「高い! 高すぎるでござるよ!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 チェーンの動作音がキリキリとドラゴンを上昇させていく。まるで太陽に手が届きそうなくらい高く、天高く登っていく。

 

「にょおわああああああああああ! 殿ーーー!!!!!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 山頂まで辿り着いたドラゴンは急降下し、そして一回転。伸ばしたバネのような線路をくるくると通過し、とどめの水しぶきだ。

 目を回しふらふらと足元のおぼつかないハムスケの手を取り、死の騎士(デス・ナイト)はドラゴンの出口まで誘導していった。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

「ま、待つでござる。しばしの休息を要求するでござるよ……」

 

 左右に揺れる船に乗りたいと指差す死の騎士(デス・ナイト)。未だ地に足の着いていない浮遊感を覚えているハムスケは必至に抵抗している。傍から見ると疲れて歩きたくない犬のようだった。

 

「びょええええええぇぇえええ!! びゅりゃああああぁぁぁああああ!!!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 必至の抵抗も虚しく乗船を許してしまい、瞳を濡らしながら絶叫するハムスケ。対して死の騎士(デス・ナイト)は楽しそうに雄叫びを上げている。

 振り子のように揺れる船はだんだんと速度を落としていき、ハムスケにとっては永遠にも等しい、死の騎士(デス・ナイト)にとってはあっと言う間のひと時が過ぎ去った。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

「お? 次は建物でござるか。これは絶叫系でなさそうでござる!」

 

 ふんすと鼻息を漏らし、次こそは楽しんで見せると意気込んでみせた。流石に自身とひと回り小さい同族たちが楽しんでいる中、自分だけが死の騎士(デス・ナイト)に愉しまれているのは武士の恥と言うもの。武士と言っても刀を装備できないハムスケであったが。

 

「へっどほん? これを耳に着けるでござるか?」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

「おお! かたじけないでござる」

 

 ハムスケの両手では耳に届かないので死の騎士(デス・ナイト)に“へっどほん”を着けてもらった。ハムスケの大きさに合わせて可変し、耳にぴったりフィットちゃんだ。

 

「だんだん部屋が暗くなってきたでござるよ」

 

オオオァァァアアアアアアーーー!!

 

も、申し訳ないでござる……

 

 口元に人差し指を突き立て、声を抑えるように促した。

 耳元から「クチャ……クチャ……」と何かを貪る音が流れてくる。それも立体音響(バイノーラル)で。

 

ア、アンデッドはもう嫌でござるううううう!!!

 

 アンデッドではなくゾンビだ。そう、この施設はゾンビたちが跳梁跋扈する世界を味わえる絶叫系であった。

 絶叫にも種類があるんだな、と少し賢くなったハムスケ。真横でアンデッドを否定された死の騎士(デス・ナイト)であったが、不幸か幸いか“へっどほん”に遮られ耳に入ることなく施設を後にした。

 

 

 それからと言うものの、ハムスケと死の騎士(デス・ナイト)は様々なアトラクションを転々としていった。

 周囲は暗くなり、パレードが始まった。虹色に輝く光景に思わず目を奪われ、ハムスケは爪先を光らせ(武技を使い)本能が赴くままに踊っていた。

 

 パレードも終わり、小動物たちが一匹、また一匹と減っていく。施設も閉まり、あれほど怖かったドラゴンも大人しくなれば寂しさを覚えてしまう。

 

「もう少し遊んでいたいでござる……」

 

 未だ興奮が鳴り止まないハムスケは、静まりかえった園内を寂しげな表情で見渡していた。

 

「そう言えばあのお城……まだ入っていないでござる!」

 

 たたた、と後ろから聞こえる咆哮に振り返ること無くハムスケは駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

「あーもう、暇じゃ暇じゃ、ひーまーじゃー!!」

 

「スカートで足をバタバタさせるとパンツが丸見えですよお嬢さま」

 

「むー、アンダースコートだから恥ずかしくないもん!」

 

 変わらぬ日常に飽き飽きした彼女は、ソファーの上で駄々をこねていた。それはもう子供のように。

 最早日課となった光景。ドレスから覗かせる縞模様は流石にどうかと、執事のアイデアでアンダースコートを穿くこととなった。

 

 ――システム認証。NPC。ゲート展開。

 

「む?」

 

「これはこれは……」

 

 彼女と執事は思わぬ来客に、お城から一望できる園内に視線を向けた。

 

「でっかいハムスターと……アンデッドか!?」

 

「霧のアンデッドとは別種のようですな。かつてのご主人様が残された書物に記された種とは違う気もしますが」

 

 そう、この遊園地を作った創造主は過去の存在。今は残されたNPCたちが施設を楽しんでいる。主を失ってもなお、NPCたちはこの地に縛られ続けている。帰る場所など何処にも無いのだ。

 

「爺! わらわはあのハムスターが欲しいぞ!」

 

「お嬢さま、あのハムスターはNPC。然らば帰る場所があるはず。我儘を言ってはいけませんぞ」

 

「ほーしーいー! 欲しい欲しいほーしーいー!!」

 

 足をバタバタさせ駄々をこねるに飽き足らず、ソファーに転がり両手もバタバタとさせている。

 太陽のように輝く長髪が乱れるも、お構いなしにバタバタとしている。

 

「はあ……仕方ありませんね。では依存させてみますか」

 

「できるのか!?」

 

 がばっと起き上がり、太陽のように眩しい表情で執事に詰め寄った。

 恐ろしいことを言いつつも執事は表情を崩さず、微笑のまま口を開いた。

 

「この施設は蟻地獄のように出来ており、最後は吸われるようにお城へと誘い出す魔法を掛けられるのです」

 

「こわっ! なにそれこわい!」

 

 光あるところに陰りあり。太陽が彼女だとしたら、この施設は陰りそのもの。藻掻けば藻掻くほど、深みに嵌ってしまう。

 絶叫系がどうして楽しいか。その理由は意外と知られていない。恐ろしく怖い恐怖から抜け出せた安心感。これが絶叫系の楽しさなのだ。怖ければ怖いほど、終わったときの開放感がたまらないと言う。

 

「ではパレードが終わった時分に、お城へと招集しましょう」

 

「今すぐじゃダメなのか?」

 

「アトラクションがハムスターを吸い寄せてしまいます。終わってからでないと依存性は現れませぬ故」

 

 アルコールやニコチンも同じだが、中毒症状は無くなって初めて現れるもの。目の前にあると何も思わないが、無くなると欲しくなる。失って初めて気づく大切さだ。

 

「むぅ……それではわらわが眠くなってしまうではないか」

 

 太陽が沈むのは意外と早い。太陽のように眩しい彼女だが、就寝時間も同じく早いのだ。

 パレードが終わる頃には深い眠りへと潜ってしまう。

 

「今の内に昼寝をしておきましょう」

 

「うむ。真っ昼間から惰眠を貪るのも悦なものじゃ!」

 

 平時であれば、夜が寝られなくなるからと執事に怒られる昼寝が解禁されたのだ。いくら太陽と言えど、数年に一度くらいは日食があっても良いだろう。彼女はご丁寧にパジャマに着替え、ベッドへと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

「――(お嬢さま)……お嬢さま」

 

 海へと沈んだ意識は、鼓膜が響かせる振動によりゆっくりと浮上していった。

 

「んっ……うぅ……なんだ、もう朝か? ……むぅ、まだ暗いではないか」

 

 瞼を擦りながら、ピントが合っていく視界にきょろきょろと見渡す。窓へ視線を向けるも、闇夜が明ける気配はない。

 夜明け前に起こされたことに若干の苛立ちを感じつつ、脳に血液が行き渡るのを待っている。

 

「件のハムスターを誘うために、早寝したのを忘れたのですか?」

 

 ぼんやりとした意識のまま、執事の言葉を脳内で反芻させている。声は言葉となり、その意味が現実味を帯びるように伝わっていく。

 

「……? あー、うーん? ああーー!!」

 

 ベッドの中で起こした身体を覚醒させ、慌てて立ち上がりしきりに見回した。

 部屋の中には二人しか居ない。彼女と執事だ。彼女は首を傾げていき、そのままベッドへと倒れ込んだ。

 

「まだ居ないではないか!」

 

 再びベッドから立ち上がり、おきあがりこぼしのように倒れては起き上がった。深く考えずに行動する彼女の頭の中にはお花畑が広がっていそうだ。太陽の輝きを身に纏う彼女。きっとひまわり畑が広がっていそうだ。

 ひまわりとハムスターは切っても切れない仲。ひまわりの示す方向にハムスター在り。古事記にもそう書いてある。

 

「パレードも終わりましたし、そろそろかと」

 

「なんと! 爺、身嗜みを整えてくれ! はやく!」

 

 本来ならパレードが始まる時分に起こす手はずであったが、深き眠りから意識を呼び戻すまでに思いの外時間が掛かってしまった。

 

「はいはい。ではバンザイしてください」

 

「ばんざーい!」

 

 両手を上げてパジャマを脱ぎ、お城に相応しいお姫さまスタイルに着替え終えた。

 やけにあっさりしているが、着替えシーンを文章で表現しても誰も得をしない。得てして描写を省いたのだ。絵だけに。

 

「お嬢さま、お客様をお連れ致しました」

 

 扉のノッカーが叩かれ、廊下から使用人の声が聞こえた。彼女が合図を返すと扉は開かれ、中からひと回り大きなハムスターが軽く走ってきた。

 

「ううむ、ここには遊具が無いようでござる……」

 

「初めまして。わたしはこの遊園地を任せられているムハムーシャと申します。あなた……お名前は?」

 

「某はハムスケでござる!」

 

 ムハムーシャ。それが彼女の名前。由来からしてげっ歯類感が拭えないものの、彼女は列記とした人間類。ハムスター系のケモノだ。

 

「それよりも! ここでは遊べないでござるのか?」

 

 遊び足りなくて来たにも関わらず、いざ入ってみたら居住空間ではないか。これにはハムスケもご不満の様子。

 

「ゴメンね。残念だけど今日はもう閉園なの。だけど、ハムスケさんがこれからも遊んでくれるのなら、特別に……ね」

 

「ここに住みたいでござる! ムハムーシャ殿!」

 

 瞳をうるうると濡らしながら、ハムスケは上目使いに訴えた。ドツボにはまったハムスケに、内心ほくそ笑みながらもおくびには出さずに笑顔でハムスケの前に行き、瞳を覗き込んだ。

 

「ふふっ、じゃあ今回だけ特別に()()()()ハムスケと一緒に園内で遊ぼうか?」

 

「本当でござるか!? かたじけないでござるよ」

 

 急かすハムスケに手を引かれ、彼女――ムハムーシャは園内へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

「さて……お嬢さまに仇なす不安要素を排除しに行きますか」

 

 一人残された執事は、短杖(ワンド)を片手に園内を彷徨うアンデッドの元へと向かった。

 

《飛行》(フライ)

 

 彫りの深い執事は天を駆け、件のアンデッドへと直線距離で向かって行く。最短距離で死の騎士(デス・ナイト)の元へと辿り着いた執事は、殺意を込め全力で魔法を叩き込んだ。

 

《大治癒》(ヒール)!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 不意打ちで回復魔法を撃ち込まれた死の騎士(デス・ナイト)は、攻撃を耐えつつフランベルジュを射抜いた。

 空気を切り裂き、その太刀筋は勢いを止めることなく執事の元へと到達する。

 

「その程度の攻撃、私の執事服(タキシールド)に皺一つ付けることすら叶いませんよ」

 

 埃を落とすように執事服を数度(はた)くと、その程度かと言った表情で攻撃を叩き込んだ。ただのタキシードではない。防御力を兼ね備えた執事服(タキシールド)なのだ。

 

《魔法三重化火球》(トリプレットマジック・ファイヤーボール)

 

 逃げ道を塞ぐように三方向に魔法を放ち、確実にダメージを与える。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 死の騎士(デス・ナイト)が必死にフランベルジュを振り回すも、遠距離どころか中距離攻撃すら持たない死の騎士(デス・ナイト)の攻撃が当たることなく、剣先は虚空を描いている。

 

 

 

 

 

 

「楽しいでござるなあ〜!」

 

「わら……わたしもハムスケと一緒に遊べて嬉しいわ」

 

 コーヒーカップに乗りながら、中央のハンドルを勢い良く回すハムスケ。

 

「うびゃあ! め、目が回るでござるーー!!」

 

「ちょっ、ちよっと、手を離してハムスケ」

 

 慣性でハンドルは今も回り続け、外の景色が早送りしたビデオのように目まぐるしく変化していく。

 速度を落とし、カップが動きを止めたのは遊具から流れるメロディーが鳴り止んだ頃だった。

 

「し、暫しの休息を欲するでござるよ……」

 

 平衡感覚が狂い、三半規管を整えるためにベンチに横たわるハムスケ。

 彼女もハムスケの隣に腰掛け、柔らかな表情で背中に手を置いた。

 

(オオオァァァアアアアアアーーー!!)

 

「むぅ……なんでござるか?」

 

 離れた場所から聞こえる呻き声に、ぴくぴくと耳を動かしたハムスケ。

 

「ふふっ、もう園内は閉園して、今はわたしとハムスケの二人だけよ。まだ酔ってるの?」

 

「そうでござるか? ……それもそうでござるな」

 

 太陽のように眩しい彼女の温もりに、少しだけ目を閉じることにした。

 夢見心地の中、ハムスケは影を見た。

 

「むにゃむにゃ……殿ぉ……」

 

「殿? あのアンデッドは……違うようじゃの。うん、ちょんまげも付いていないのじゃ」

 

 寝言の相手を探ろうとするも、死の騎士(デス・ナイト)は殿と言うよりは騎士だろう。思考を潜らせるも情報量が足らず、今は諦めることとした。

 

「わらわにも、友や仲間と呼べる存在が居れば……こんな風に強制せずとも良かったのであろうな」

 

 彼女には友達が居ない。執事の男性は飽くまでも使用人として彼女に仕えているに過ぎない。園内を利用する小動物やマスコットだってそうだ、そうあれと創生されたに過ぎないのだ。

 彼女も、この遊園地の支配人であれと創生された身。造物主の意に背くことも出来ず、この地に縛られ続けている。

 

「ムハムーシャ殿……泣いているのでござるか?」

 

 目が覚めたハムスケは、そっと彼女の目頭に前足を動かし涙を拭った。

 

「そんな表情をしていると、某も悲しくなってくるでござるよ」

 

「ハムスケ……」

 

 精一杯の表情で彼女に笑いかけ、気丈に振る舞っている。

 

「そうじゃの……わらわは、こんな掛け替えのない笑顔を奪おうとしたのじゃな」

 

「それがムハムーシャ殿の本心でござるか! やっと、本音を出してくれたでござるな!」

 

 ハムスケは破顔した。彼女の心を覆いかけたもやもやが晴れるような思いとなり、再び太陽の輝きを取戻した。

 

「ハムスケ……実は……だな――」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 彼女の言葉は最後まで紡がれることなく、それを遮るように咆哮が上げられた。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

「です……死の騎士(デス・ナイト)殿!!」

 

 ベンチから飛び降りたハムスケは、脇芽も振らず一目散に駆け出して行った。

 

「あーあ……やっぱり、わらわじゃ奴の心を埋めることは叶わなんだ」

 

 寂しくなった思いを振り払い、彼女はハムスケの後を追いかけた。

 

「ちょ、待つのじゃー! ハムスケー!」

 

 

 

 

 

 

「ふむ……中々やりますな」

 

 執事は、魔法を撃ち込めど決定打を与えられないことに苛立ちではなく尊敬を込めていた。

 本来の死の騎士(デス・ナイト)ではこうはいかなかっただろう。死をも超越した魔導を極めし王によって創生されたアンデッドは伊達ではない、と言うことだ。それを執事が知る由もないが。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 ここまで耐えてきたが、死の騎士(デス・ナイト)の体力は風前の灯。消え行く魂を振り絞り、精一杯の咆哮を上げた。

 

「ふむ……まだ叫ぶだけの体力が残っていたとは、これは驚きですな」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 彼女の……ムハムーシャの近づく気配に思わず気を取られ、攻撃の手を止めてしまった。

 

死の騎士(デス・ナイト)殿ーー!!」

 

「お嬢さま!? どうしてここに!」

 

 死の騎士(デス・ナイト)に近づくハムスケに構わず、仕えるべき主に向かう執事。

 

「その……ま、待つのじゃー! もう良い、止めるのじゃ……」

 

 慣れない運動に息を切らし、肩で呼吸する彼女。

 

「お嬢さま……もう、よいのですか?」

 

「わらわが良いと言ってるんじゃ。かの者たちを開放してやってくれ」

 

 吹っ切れた表情で、それでいて優しい表情でハムスケたちを見つめている。

 

「では……」

 

 パチっと指を鳴らす執事。ガチャリと鍵が開き、遊園地を閉ざしていた扉がゆっくりと開いていく。

 

「ハムスケよ。お主を待つ者が居るのじゃろ。少しの間じゃが楽しかった。そして申し訳ないことをした。許して欲しい!」

 

 腰を曲げ謝罪する彼女。ハムスケは反応を示さない。

 

「ど……どうしたのじゃ?」

 

 不安になった彼女はハムスケの元へと近づいていく。

 

死の騎士(デス・ナイト)殿が! ……死の騎士(デス・ナイト)殿が目を覚まさないでござる!!」

 

 わんわんと泣きだすハムスケに狼狽し、彼女の太陽に陰りが現れた。

 

「えっ……あの、爺……ど、どうすればよいのじゃ」

 

「……。お城の方にポーションは残されています。ですが……その、アンデッドを治癒する物は、ここには……」

 

 ばつの悪い表情で彼女に答えた。それもそのはず、この園内には小動物を始め生き物しか居らず、造物主たちも人間種であったために、アンデッドを回復する必要がなかったのだ。

 

「ひぐ……うう、こんな時に何でござるか……」

 

「?」

 

 ひとり言を発するハムスケに首を傾げる二人。

 

「な、なんと! 本当でござるか!? 本当に治せるでござるのか!!?」

 

 ぱあっと明るくなったハムスケは口から飴玉……基、死の宝珠を取り出し死の騎士(デス・ナイト)の胸へと近づけた。

 薄暗い光が死の騎士(デス・ナイト)を包み込み、身体の傷が少しずつ癒えていく。

 

「……オオオ」

 

「き、気がついたでござるか!?」

 

 顔をぐしゃぐしゃにしたハムスケは、死の騎士(デス・ナイト)に抱き着き嬉しさのあまり再びわんわんと泣きだした。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 ハムスケの頭を優しくぽんぽんと撫でる死の騎士(デス・ナイト)

 

「わらわが……わらわが二人を引き離そうと考えたことが、間違いだったのじゃな」

 

「お嬢さま……」

 

 そこからは口に出さずに、執事はそっと見守っている。

 

「某は……某は帰らねばならないでござる!」

 

 脳裏に骨身の主人を思い浮かべ、ハムスケは主が恋しくなってきた。

 

「殿ーー!! 某は永遠に殿に仕えるでござるよーー!!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 死の騎士(デス・ナイト)を背に乗せ、出口まで駆け出して行った。

 

「これで……よかったのじゃな」

 

「私とお嬢さまと同じく、彼らにも引き離せない絆を持っていたのですね」

 

 少しだけ頬を染める彼女。しかし、永久にも等しい時を行き、その中で見つけた光。仕方がないとは言え、手元から離れていくハムスケの背をを寂しそうに見つめていた。

 

 出口まで辿り着いたハムスケは振り返り、落ち込んだ表情の彼女へ向かった。

 

「ムハムーシャ殿! 今まで楽しかったでござる!」

 

 彼女はハムスケをじっと見据えた。しかし言葉が出てこない。

 

「また遊びに来ても良いでござるか!!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 ハムスケに続き死の騎士(デス・ナイト)も、また遊園地で遊びたいと咆哮を上げた。死の騎士(デス・ナイト)の方は()()()ではなく、純粋に遊園地のことを指しているのだが、野暮なことは言わないでおこう。地の文は彼らには伝わらないのだ。

 

「当然じゃ! わらわが住まう遊園地がつまらない筈がない。また来るのを楽しみに待っておるぞ!」

 

 再び明るさを取り戻した彼女は、ハムスケに精一杯の笑顔で答えた。

 

「今度は……その、ハムスケの友達と一緒に来てくれるか?」

 

「うむ! 殿もきっとよろこんでくれるでござるよ!」

 

 ぶんぶんと手を振るハムスケに答えるように、彼女も恥ずかしながら別れの……いや、また遊びに来るための挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

「ハムスケが着ていた鎧が見つかっただと?」

 

 カッツェ平野を捜索していた部下からの報告を受けたアインズは、どうすべきか思考した。

 

(うーむ……ただ迷っただけとは考え難い。しかし高レベルの配下の目を掻い潜って連れ出すのも困難を極める……)

 

「アウラとマーレを呼んでくれ。カッツェ平野へ向かうぞ」

 

(大勢で行くと敵が居たときに怪しまれる。ここは少数精鋭で調査するべきだよなあ)

 

 暫く待機すると、ドアからアウラとマーレが入ってきた。

 

「アウラ・ベラ・フィオーラ、御身の前に」

 

「マーレ・ベロ・フィオーレ、御身の前に」

 

 文字数稼ぎではない。挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。

 

「うむ、二人とも忙しい中よく来たな」

 

「忙しいだなんてとんでもありません! アインズ・ウール・ゴウン様の命こそ全て! 何よりも優先されるのです」

 

 うんうんと頷くマーレ。と言うかナザリックに住む全てのNPCが共通して思っていることだろう。

 

「それでアインズ様……要件と言うのは?」

 

「うむ、カッツェ平野に向かったハムスケ、並びに死の騎士(デス・ナイト)が行方不明となったのだ。部下からの報告でハムスケが着ていた防具だけが発見され、今から詳細を調べに行きたいのだ」

 

 驚いた姉とは打って変わって、弟のマーレは心底どうでも良い表情をしていた。

 

「えーー!! あのハムスケは私も気に入っていたんですよ! それを拐うなんて許せない!!」

 

「落ち着くのだアウラ。まだ誘拐とは決まっていない。それに誘拐だとして、威圧的に出ればハムスケや死の騎士(デス・ナイト)に危険が及ばないとは限らない」

 

「そうでした……申し訳ございません」

 

 お気に入りのハムスケに何かあれば事だ。状況が不明確な以上、下手な行動は慎むべきだろう。

 

伝言(メッセージ) うむ、今から転移するが問題はないか? ああ、分かった。今から転移しよう」

 

 転移先は見晴らしの良いカッツェ平野。敵からの奇襲に備えたアインズは再び魔法を唱えた。

 

転移門(ゲート)

 

 アウラ、マーレと入り、最後にアインズが入った。いくら部下が安全を確認したとは言え、念には念を入れるべき。守護者の二人が先に入り、問題がないことが確認された段階でアインズが入るのだ。

 

 

 

 

 

 

「お待ちして居りました。御方よ」

 

 跪く部下に片手で挨拶をした。

 

「うーん、私の索敵スキルでも見渡せませんねー」

 

「ここはアンデッドの気配を孕む霧が支配する土地。なんらかの対策がされているのだろう」

 

 それが何かは分からないが、確かに強者が身を潜めるにはもってこいの場所だ。

 

「二人は厳重警戒し、アウラは死の騎士(デス・ナイト)かそれ以上の反応があれば教えてくれ」

 

「畏まりました! アインズ様!」

 

「あ、あのう……ぼくは何をしたら良いんですか?」

 

 これまで碌な台詞すら無かったマーレが、ここに来てようやく口を開いたのだ。かわいい。

 

「うむ、マーレは敵に囲まれたときの為に備えてくれ。だがハムスケと死の騎士(デス・ナイト)の無事が何よりの最優先だ。攻撃は避け、防御を優先するように」

 

「か、畏まりました。アインズ様」

 

 どういうわけか照れたような表情で頷いたマーレ。かわいい。

 

 

 

「この近くがハムスケの防具が落ちていた場所だ。警戒を緩めるなよ」

 

「はい!」

 

「か、畏まりました!」

 

 霧の向こうから何かの足音が聞こえてくる。土を蹴る音から走っていることが伺えた。

 

「マーレ!」

 

「は、はい!」

 

 アインズの前に立ち、守るように構えを取った。

 

「と、殿ーーー!!!!」

 

「ハ、ハムスケ!?」

 

 真っ先に気づいたアウラが声を発し、そのままアインズの元へと抱き付いていった。押し倒されるようにハムスケに戯れられる様子は、さながら元気いっぱいの大型犬と飼い主と言ったところだろう。

 

「ハムスケ、お前今まで何処に――」

 

「寂しかったでござるよ! 会いたかったでござるよ殿ー!!」

 

 ハムスケの顔が見れてホッとしたアインズ。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 ハムスケに遅れて来た死の騎士(デス・ナイト)は、何度目かの咆哮を上げた。

 

「ははは、一件落着ってことか!」

 

 全ての案件を明日の自分に棚上げし、ハムスケの長いようで短い冒険は幕を下ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 

「今日はとーっても楽しかったでござる! 明日はもーっと楽しくなるでござる。ね、死の騎士(デス・ナイト)!」

 

オオオァァァ(へけっ)アアアアアアーーー!!」


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