とっとこハムスケ   作:木綿絹ごし

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前半

「むにゃ……もう食べられないでござるよお」

 

 とある森の奥深く。洞穴ですやすやと眠る一匹の魔獣……いや、この世界に於いては大魔獣に分類されるだろう。一匹の大魔獣は寝言を漏らしていた。

 小鳥やリスなどの小動物を除けば、この森には大魔獣しか住んでいない。人の足が踏み入れない自然豊かなこの場所には、木の実や果物などの自然の恵みが手付かずで残っている。

 代謝の早い種族ではあるが、縄張り内ですら東京ドームより広大なこの森が更地になるほど食べられるはずも無く、熟した順に食べるだけで腹いっぱいになるのだ。

 

 この大魔獣が棲みついたのは今は昔、この大地を絶望の淵に追い込んだ“魔神”と呼ばれる者達が暴れまわった頃とも、それより昔とも言われている。

 尤も、この大森林には魔樹の竜王が封印されていたため魔神ですら近寄らなかったのだが、それを伝える書物が正しく保存されていなかった故に後世に伝わっていないのだ。

 

 

 

 

 

 

「おい! 薬草の採取はまだ終わらないのか!!」

 

 彼は……否、彼らは冒険者チームとして薬草の採取に来ていた。中堅クラスの実力を保有している物の、冒険者の仕事とは護衛任務かモンスター退治、後はカッツェ平野のアンデッド討伐とエ・ランテル共同墓地の見回り程度だ。

 こうして書くと多忙に思えるが、数ある冒険者が日々仕事を取り合っている。難度の高い仕事であればリスクの代わりにリターンも大きいが、彼らにはまだ実力が足りていない。

 

 ポーションは劣化する。保存の魔法は存在するものの、劣化を防ぐまでには至らない。

 薬効の高い物ほど高価で取引されるが、当然ながら需用の高さから採れる場所は限られてしまう。

 もしもモンスター退治による報酬が受けられるなら良かったのだが、「国に住むものが己の脅威を排除することは民の義務であれ責務である」と貴族達は考えており、緊急性を要する事案以外は無償の任務である。

 通常であれば誰も受けたがらないのだが、誰かがやらなければ道中の護衛任務がより危険性を増すことから、経験を付ける目的も兼ねて子鬼(ゴブリン)などの低級なモンスターを中心に討伐している。中位から上位の冒険者と連れ添っての狩りではあるが、決して死亡率が低いとは言えない危険な作業だ。

 閑話休題として、受ける仕事が無い時はどうするのか。そう、森へ出向き薬草を探すのだ。木々に遮られ日中ですら薄暗く、視線も通らない危険な場所ではあるが、危険だからこそ見返りも大きい。

 

「ちょ……ちょっと、声が大きいわよ。もう少し声を抑えてちょうだい」

 

「この辺りで子鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)を見たか? きっと縄張りの圏外なんだよ」

 

「それでも可能性はゼロじゃない。他の魔獣だって居るかもだから、兄貴は常に警戒すべきよ」

 

 腰に剣を佩く男に急かされる彼女は、チームの中で唯一薬草の知識に長けている。野草や茸というのは、似ていても全く効果が違うことが多い。毒を含んだり、同じ袋に入れると毒性を孕む場合もある。気が抜けない作業であるため慎重に、かつ手早く行う必要がある。

 なのに剣士のほうが急かすのは、モンスターと遭遇しないことが原因だ。最初の時分は気を張っていたが、こうも暇では逆に不安になってしまう。

 

「何度も来てる森だろ? そんなに精神を張り詰めずにリラックスしたらどうだ」

 

 彼自身、静かすぎる森に違和感を覚え一抹の不安を抱いているが、森の入口付近なら来たことがある。

 あの時は子鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)が住んでいたが、最近はころっと見かけない。冒険者達が腕を磨きすぎて生息域が縮小したのだろう。 

 自分だけが気を緩めては他の仲間に示しがつかない。彼女を巻き込むことで、もし怒られた場合の保険としているのだ。男という生き物は女性には甘く出来ている。それを利用するのだ。

 

「で、でも……今日は少し深いとこまで潜ってるから、少しでも早く終わらせたいの。兄貴もちゃんと警戒しててよね」

 

「ふん、俺は盗賊の索敵スキルを持たないからな。あいつが見落とす程の隠密系なら接近されるまで気づけないだろうよ」

 

 離れた場所で監視する仲間へ視線を向けつつ、俺が気づけないならお前も気づけない(兄より優れた妹など居ない)と言外に含めている。

 嫌味ではなく「気づけないなら警戒する意味なくね?」程度の意味しか持たない。視界に入れば剣を抜く。それだけの話だ。

 

「なら攻撃される前に対処して。――よし、この辺りの珍しい薬草は回収できたし、盗賊の人に撤退を伝えてちょうだい」

 

「まだ残ってるじゃないか。それに中途半端に摘み取ってるのもあるし……全部採らないのか?」

 

 食べ残しの様に一角だけ残されていたり、根っこまで抜かず茎から上を摘んでいる薬草もあった。

 

「ほんとに……兄貴は何度言っても覚えないのね。全部採っちゃったらもう生えてこなくなるの。何事も適度が大事なのよ」

 

「あー、そんなこと言ってたな。まあいいや、盗賊の奴を呼んでくるよ」

 

 彼が動くよりも先に盗賊の男性が戻ってきた。脇芽も振らず血相を変えて走っている姿に気づき、目つきを鋭くする。

 

「ハア……ハア……た、大変だ! にげ――」

 

「き……きゃああああああああ!!」

 

 鞘に手を伸ばすよりも先に事態は急変した。

 近づいてきたはずの男性が視線から外れたのだ。轟音と共に大木に打ち付けられ、動く様子を見せない。

 いきなりの出来事に、思わず彼女は叫んでしまった。己の居場所を知らせる悪手だ。敵の姿が確認できない以上、退路を絶たれてしまった。

 

「お前は下がってろ! 支援頼むぞ!!」

 

「ま、任せて!」

 

 前衛の彼が前に出ると、彼女は短杖を取り出した。薬草などの知識に長けると共に、第二位階までを修める魔法使い(マジックキャスター)なのだ。

 

《下位属性防御》(レッサー・プロテクションエナジー) 《下級筋力増大》(レッサー・ストレングス)

 

 剣士の身体を包み込むように魔力が纏い、肉体は脈打つように唸りを上げている。

 草が擦れる音を感じ取り、すぐさま音のする方角へと剣を向ける。

 

「……」

 

 一向に敵の姿が確認できないことに苛立ちを覚えつつ、焦れる気持ちを強引に抑え込む。敵が分からない以上、こちらから動くのは愚策でしかない。

 

「!?」 

 

 突然目の前に現れた何かに反応するよりも早く、その何かは剣士を吹き飛ばし、後衛の魔法使い(マジックキャスター)が視認出来ないまま、追撃する様に地面へと叩きつけられた。

 

「兄貴!? だ、だいじょ――」

 

 大丈夫な訳がない。運が良くても致命傷だ。

 反射的に口にした言葉を言い切るよりも先に、その何かによって彼女も絶命した。

 

 一瞬の出来事だった。その何か……いや、何かの持ち主は鼻をピクピクと動かしながら近づいてきた。

 

「ふむ……某の縄張りへ侵襲した愚かな者達は、その命を罪として散らしたでござるか」

 

 理由があるかと言われたら困るが、この生き物は自身の縄張りへの侵入者を撃退にし来たようだ。

 

「んう……うぅ……」

 

「むむ!? まだ生きていたでござるか!」

 

 生きていたでござるよ。第一声で吹き飛ばされた盗賊の彼が気絶から目が覚めたのだ。

 死の気配が未だ遠ざからない中、声を発してしまったのは経験の浅さが原因だろう。そもそも経験豊富であれば森の奥など立ち入るはずも無いのだが、それはこの際置いておこう。

 

「なんと……言葉を交わす()魔獣とは……叡智を感じさせる力強い眼光、それに屈強で恐ろしくも気高き……そう、森の賢王と呼ぶに相応しい超越した生命体」

 

「ふむ?」

 

 首を傾げる大魔獣。それもそのはず、先程まで一方的な殺し合いをしていた者が自分を褒め称えたのだ。驚くのも無理はない。

 その褒め称えた盗賊の彼はと言うと、完全に諦めきっており、現実逃避をしていたのだ。

 

「貴殿……某がそれ程までに凄いと思うでござるか?」

 

「え? あ、はい。私がこれまで出会ってきたどの魔獣をも圧倒します」

 

 独り言のつもりで呟いていたが、思いもよらぬ返答に生への光が灯された気がした。

 

「ううむ……某の縄張りへの侵入は許しがたい行い。貴殿らが摘み取った森の一部を放棄するのであればその命、見逃すのもやむなしでござるよ」

 

「感謝の……感謝の言葉もありません」

 

 藁にもすがる気持ちで追伸して褒め称えたことが幸を期したようだ。盗賊の彼はすぐ様……と言っても薬草を詰んでいたのは彼ではないが、置き捨てられていた革袋を森の賢王なる大魔獣に差し出すと、仲間たちを一瞥することなく逃げていった。

 

 もしこの森を支配したのが大魔獣ではなくゴリラであったら、こうはいかなかっただろう。言葉を介する大魔獣とは違い、ゴリラはウホウホ鳴くことしかできない。

 サルであればウキウキ鳴き、夏であれば雨期を、嬉しいときにはうきうき気分を伝えることが可能だがゴリラは違う。

 ウホウホ鳴こうが呻こうが、それはウホウホでありウホウホに過ぎないのだ。決して言葉ではなく、人間と意思疎通を交わすことなどとんでもない話だ。

 かつて人間に似ている。それだけの理由で殺されたことのあるゴリラ。人間に対して生殺与奪の権利を握る絶対的強者である大魔獣――後の森の賢王とはえらい違いである。

 

 

 

 

 

 

 街に戻った盗賊の彼は、冷静になって考えてみると仲間を見捨てて逃げ帰ったと思われるのではないかと危惧を抱いた。

 気絶している間に仲間達が命を散らしたとは言え、それを信用する者など誰も居ない。かの大魔獣――森の賢王の偉大さ、そして自分を見逃した寛大さを伝えることで誤魔化すこととした。

 その素晴らしさを見聞する役割として、自分は生かされたのだ。逆に言えば、森の賢王の存在が周知されたことでむやみに人間が立ち入ることを防ぐ役割も兼ねている。

 それはもう盛大に、過大に。雄弁とまでは言い難いが、その熱意は冒険者を通して人々へと伝承されるまでに至った。

 

 

 

 

 

 

「ガリアン……」

 

 自然を愛する男。とあるゲームでは――と名乗る彼は、空になった籠を見て何度目かの嘆息を()いていた。

 日夜問わず滑車を回る音が聞こえていたが、今の部屋では空気清浄機の駆動音しか聞こえてこない。

 

「毎月の餌代がバカにならなかったけど、いざ居なくなってみると空虚な思いになるんだね」

 

 亡くなったジャンガリアンハムスター――ガリアンのことを想いながら、その胸の思いを吐き出すように口にした。

 

 この世界に置いて人間以外の動物は非情に少ない。

 当然と言えば当然だが、外の世界では生きることが出来ず、家畜や愛玩向けとして養殖されている一部の動物しか存在しない。

 知らない人であれば「また同じ動物を飼えばいい」と思うかもしれないが、それは見た目が同じに過ぎない。

 人間に例えると分かりやすいだろう。同じ人間でも性格や考え方が全く違う。同じ血を分かち合った兄弟ですら、その性格は異なるのだ。

 

 もう二度と、ガリアンは戻ってこない。

 滑車を眺めながら彼は思った。空回りしていても仕方がない。人は前へ向かって歩き続け無けなければならない。歩いた気持ちになるのはハムスターだけで十分だ。

 余談ではあるが、ハムスターが滑車を回る理由。ハムスターは遠くまで餌を探し走り回る習性を持っている。散歩させないと犬がストレスを抱えてしまうのと同じで、ハムスターも遠くまで走る必要がある。

 その代用として滑車を走るのだ。それで遠征した気持ちになれるのだから、ハムスターの知性がどれだけ浅いのかが良くわかっただろう。

 そんなハムスターでさえ、飼い主に頼まれれば買い物に出かけ家事をもこなす。バナナを食べてうんこを投げるだけのゴリラとはえらい違いだ。

 

 さらに余談だが、かの有名な“ひまわりの種”。あれは種ではなく実である。だが皮を剥いた中身。つまり種を食べているので“大好きなのはひまわりの種”で間違っては居ないのだ。

 

「落ち込んでいても仕方がない、か……」

 

 彼は立ち上がった。ガリアンを過去にしないように。その想い出を残すべくユグドラシルのコンソールアプリを立ち上げたのだ。

 ギルド拠点地に配置するNPCの合計レベルは決まっているが、個人的にNPCを作ること自体は可能だ。

 生命とは神秘。宇宙そのものだ。動物と接することで愛が芽生えた彼だからこそ、この発想に至ったのかも知れない。

 願うことなら、ナザリック地下大墳墓が第六階層の下で元気に動いて欲しい。これは願望ではなく願いだ。彼自身、到底不可能だと分かっている。分かっては居るのだが、それでももう一度、元気に駆け回る姿を想像してしまう。最も、籠の中では駆け回ることは出来なかったのだが。

 

 このモデルは他人に見せる訳ではない。気持ちを整理するための作業。それ故に同じギルドの仲間達も、その存在を知ることなくゲームは終焉の時を迎えた。

 

 

 

 

 

 

「ここは何処でござるか?」

 

 鼻をひくひくとさせながら、辺りを見渡す一匹の魔獣。巨大なジャンガリアンハムスターがそこに居た。

 ジャンガリアンな時点で既に大きいのだが、ひと回りどころか百回りも千回りも大きい超巨大なハムスター。並んでいると逆に自分が小さくなったのかと、思わず錯覚してしまう。

 

 ユグドラシルでは存在しなかった種族。実際にゲームの中でこの魔獣が動いたことは無かったが、その設定として書かれた一文に引き寄せられ、新たな種族が芽生えたのだ。

 

『NPCのデータとしては――lv。その余っているレベルはジャンガリアンハムスターとしての種族レベルとして扱う』

 

 有り得ないことではあるが、それを言ってはこの世界そのものを否定してしまう。不思議なこともあるんだなあ。その程度に留めておいて欲しい。

 

「某の物語の幕開けでござるよ!」

 

 大魔獣は耳を器用に動かし、周囲の音を拾っている。

 

「いくつか足音が聞こえるでござるなあ」

 

 当然と言えばそれまでだが、この森――人間からはトブの大森林と呼ばれている――にはモンスターが生息している。

 新たな種族が住むには、先住民と共存するか追い出すしかない。これは餌となる食べ物が限られていることに起因する。

 食べられる餌が増えない以上、そこで暮らしていける生物も増えることはない。

 ならば新参者である大魔獣が取るべき行動は一つ。

 

「オマエ、ナニヤツ」

 

「うーむ? 某は気がついたらここに居たが故によくわからないでござるよ」

 

 吾輩はハムである。名前はまだ無い。いやハムスターなこと自体本人は知らないのだが、文字通り物心着いた頃からここに居るのだ。何と言われても知るはずがない。

 話しかけてきた相手はと言うと、大柄なヒト型の肉体にこん棒を持っている。人食い大鬼(オーガ)だ。

 

「ギサマノ、トコロヘ、イク。トリアエズ、ツイテコイ」

 

「うーん、少し五月蝿いでござるよ!」

 

 大魔獣は軽く尻尾を振り回した。誕生したばかり、つまり寝起きなのだ。寝起きでやかましく言われれば怒るのも仕方なかろう。

 鎖のように硬質な尻尾が直撃した人食い大鬼(オーガ)は身体が真っ二つになり、青い血を辺りに撒き散らしている。

 あくまでも軽く、のつもりであったがレベル差が違いすぎる。力加減を失敗した大魔獣であったが、対応を間違えたのは人食い大鬼(オーガ)も同じ。手打ちのつもりが尻尾打ちとなったのは想定外であったが。

 

「それにしても非常に良い森でござる!」

 

 自然を愛する男の残滓に影響されたのだろうか。葉と葉の擦れる音。鬱蒼と生い茂る草木の青臭さ。鳥や虫たちの鳴き声。

 そのどれもが新鮮で、大魔獣を興奮させた。

 

「ここを某のお家にするでござるよ!」

 

 お家宣言は大事、何処かの饅頭もそう言っていた。

 なんにせよ、ここを縄張りと決めたのなら宣言は悪い手ではない。文句があれば立ち向かうしか無いし、嫌なら逃げるしか無い。

 大魔獣が大声で宣言を上げたことで、他の住民は知らぬふりをする訳にはいかない。仮に人食い大鬼(オーガ)が見逃したとしても、大魔獣の方が見逃さない。

 これがゴリラであれば共存の芽もあっただろう。ゴリラは意外と優しいのだ。ウホウホ言うだけで話の分からない奴ではあるが、その瞳は温かさに包まれている。

 

「むむ! また某の縄張りに侵入者でござる!」

 

 某が来る前から居たでござるよ。そんなことは言わずもがなであるが、大魔獣には関係のないことだ。

 

「コノ森の一角ヲ支配スル()ダ! 決闘ヲ申シ込ム!」

 

「命の奪い合いをするでござる!」

 

 仲間を殺すだけでは飽き足らず、この大魔獣は縄張りを奪いに来たのだ。トブの大森林三大戦力が一人、()は灼熱のような怒りに身を振るわせている。

 

「死ネエエエエエエイ!!!」

 

 丸太のように巨大なこん棒を両手で抱えた()が大魔獣めがけて接近する。

 こん棒の攻撃範囲を熟知している()は、殺意を籠めて振り翳した。フェイントのない力任せな一撃だ。

 

「見切った! でござる!!」

 

 伸縮自在な尻尾で器用にこん棒を受け流し、大魔獣から反れた攻撃は地面に大穴を残した。

 

「フンッ!」

 

 大地を抉り取るようにこん棒をすくい上げ、持ち上げる勢いで大魔獣めがけて狙い打つ。

 

「なんのこれしきでござる!」

 

 土を蹴り上げ攻撃を躱す。その巨大な肉体が飛び跳ねる様は、さながら撃ち出される大砲の如き重低音を響かせる。

 

盲目化(ブラインドネス)!」

 

「グハァ! 目ガァ、目ガアアアアアア!」

 

 突然奪われた視界にたたらを踏んだ()は、倒れるように尻もちを着いてしまった。

 

「今でござる!」

 

 槍のように鋭い尻尾を突き立てるように()の胸へ向かって繰り出した。

 

「ギハァ!」

 

 見えない攻撃故に避けることも叶わず、()は生命活動を停止。死んだのだ。

 

「某の勝利でござる!」

 

 ()の周囲を走り欣喜雀躍(きんきじゃくやく)する大魔獣。仲間だった人食い大鬼(オーガ)、それに子鬼(ゴブリン)も住んで居たが、遠くから勝負の行方を見守っていた彼らは諦めた面持ちで森を後にした。

 

 それからと言うものの、大魔獣は掃除をするように侵入者を退治していった。

 

 一匹の大魔獣から『森の賢王』となり、『ハムスケ』と呼ばれるのは遠い未来のお話。

 

 

 

 

 

 

「行くでござるよ!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 ハムスケに騎乗した死の騎士(デス・ナイト)は、タワーシールドを持たずにフランベルジュを持っている。

 理由はと聞かれると、単純に重すぎるから装備していないだけだ。ハムスケ専用の防具を身に纏っているため、まだバランス感覚が安定しない。殿を乗せても恥ずかしくないようにと、一歩づつ着実に練習を進めている。

 

 ここはカッツェ平野。霧からアンデッドが生まれ続け、いくら倒しても滅ぶことのない死んだ大地として有名だ。

 とどまることを知らないアンデッド。現地の人間からすれば地獄のような場所も、ハムスケと死の騎士(デス・ナイト)にとっては天国でしかない。アンデッドは死んでいる。だから天国――ではなく、このコンビなら負けないという信頼関係がレベルングの地を築き上げたのだ。

 最早敵無しではあるが、カッツェ平野には死の騎士(デス・ナイト)が湧いた記録がる。死の騎士(デス・ナイト)が最も強いアンデッドなのか、それ以上のアンデッドが生まれるのかは誰にも分からない。ハムスケは当然ながら、丸くなった死の騎士(デス・ナイト)も貴重だ。離れた場所では高レベルのモンスターが彼らを見守っている。

 

 何時もと変わらない日常。ハムスケは見慣れたアンデッドを潜り抜け、そこに死の騎士(デス・ナイト)がフランベで斬り付ける。これでハムスケに経験値が入るのだから、楽な作業だ。

 刺突武器への耐性が高いアンデッドとは言え、剣で真っ二つにされれば積みだ。動けなくはないが、体力が無くなれば偽りの生命も失われてしまう。

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

「ん? どうかしたでござるか?」

 

 何かを発見した死の騎士(デス・ナイト)に連れられるようにハムスケは視線を動かした。

 塔……いや、塔だった物だ。既に朽ち果て、瓦礫に埋もれている。ここがアンデッド蔓延る大地で無ければ身を潜める者も居ただろう。だがアンデッドに囲まれれば命の危険すら覚えるこの場所で逃げずに隠れるバカなど居るはずもない。

 

「うーむ、気配は無いでござるが……」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

「何かあったら某が守るでござるか? かたじけないでござる!」

 

 死の騎士(デス・ナイト)に背中を預けたハムスケが、崩れていない入り口から顔を覗かせる。

 

 ――システム認証。NPC。ゲート展開。

 

「うわ!? な、何事でござるか!!? と、殿ーーーー!!!」

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 ハムスケと死の騎士(デス・ナイト)の声は虚しく、霧とともに掻き消えていった。


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