遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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のうぇ~い。
さあ、というわけで、決闘完結編でぇございますです。
……以上。
行ってらっしゃい。



第八話 最終決戦、二人の梓(あずさ) ~復讐鬼、その結末~

視点:外

 

「……」

「よう。お目覚めか?」

「お父さん……」

 目を覚ました時、隣には、最愛の父がいた。

『梓』

「シエン……」

 後ろには、愛しい友たちが並んでいた。

 

『梓』

 

「皆さん……」

 目の前を見上げると、アカデミアでできた友人たちが、笑顔を向けてくれていた。

「……」

「どうした?」

 隣で父が、そんな疑問を投げかけてきた。その質問の答えは、すぐに答えられる。

「……私は、本当に愚かだ」

「ん?」

「今更になって、こんな夢を見るなんて……こんな夢、私なんかが、見ていいはずがないのに……」

「夢を見るくらい、自由でもいいんじゃないのか?」

「いいえ。私には夢も、そして、最初から何も許されはしない。何も……」

「……どこで間違っちまったのかな?」

「あなたは何も、間違っていない。ただ、あなたが出会ってしまった、私が間違いだった。私と言う存在が、間違いだった。それだけのことです」

「……」

「けど、どうかご安心を。あなたの愛してくれた、水瀬梓は、今日、死にました。あなたに愛され、正しい存在であるあなたの息子であった、水瀬梓は、たった今死んだのです。だからあなたは、何も間違ってはいないのです」

「……」

 

「水瀬梓は死んだ。そして、私は……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「私は鬼だ……ゴミより生まれし……復讐鬼だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「嘘……だろ……」

「自分の顔を……」

「そんな……」

 

 全てが赤色に染まっていた。

 白く輝く両手は、どす黒い真っ赤な血に染まり、青い輝きを見せていた着物は、大量の血の赤によって紫色に変色していた。そして、美しかったその顔は今や、血液を凍らせて作られた真っ赤な般若の面に変わり、その奥から、瞼の無い瞳が、こちらを覗いている。

 そんな、血まみれになりながら、大声を上げる梓の姿に、メンバーはただ、呆然とし、言葉を失うしかなかった。

「水瀬梓を、殺したって……」

「顔を剥ぐことで……自分を殺した、と、いうのか……」

 

 顔。

 それが個人を最も表す要素であることは、今更ここに記すまでもない。

 そして、それだけ当たり前のものであるから、誰もがそれを傷つけ、失うことを恐れる。顔を傷つけるということは、それだけで自分と言う存在を傷つけること。顔を失うということは、それだけで自分という存在を失うこと。それと同義なのだから。

 その顔を、梓は目の前で、苦痛に苛まれ、血まみれになり、悲鳴を絶叫しながらも、剥がして見せた。

 それだけの凶行と、その凶行の後の姿に、誰もが言葉を失うしかなかった。

 

「こんなの……こんなこと……」

「最初から、無理だったんだ……梓さんを、取り戻すなんて……」

「梓……」

「……」

 言葉を失いながら、ひざを着きながら、同時に決闘が始まる前に固めていたはずの決意まで、失った。

 

「ふはは……ふははは……」

 そんな光景に満足したのか、未だ苦痛に苛まれているはずの梓は、笑い声を上げるだけ。

「ふふはは……ふはは……」

 笑いながら、梓に再び目を向ける。

 

「……」

 

 あずさもまた、他のメンバーと同じように、目を見開き、呆然としている。

「ふはは……」

 それにまた、気を良くした。

「……死んじゃった……? 梓くんが……?」

「そうだ! 貴様らの求めて止まない、水瀬梓はたった今死んだ!!」

「死んじゃった……」

 

「あずさ……」

「あずささん……」

 

「……」

 

「そっかー。てことは、今の君が、本当の君なのかー」

 

『……』

 けろりとした表情を見せながら、あずさはそう言った。

「なん……だと……?」

 

「おい、あずさ……?」

 

「え、わたし?」

 

「何で笑ってんだよ……」

 

「なにが?」

 

「何がって……梓のやつ、自分の顔、剥がしちまったんだぞ……」

 

「うん。水瀬梓くんを殺すためにそこまでするなんて、すごいよね」

 

「すごいって……」

 

「けどさ、顔を剥がしても(はらわた)が飛び出しても、やることは変わらないよ」

 

「変わらないって……」

 

「……貴様はなんだ……?」

「ふえ?」

「ここまでして……この期に及んで、まだ私を観するというのか……?」

「そりゃそうだよ~。顔が無くなったって君は君なんだからさ~」

「私は……私だと……?」

「そーだよ~」

「バカな……死んだのだぞ……水瀬梓は、たった今、死んだのだぞ!!」

「う~ん、なんていうのかな~……」

 あずさは頭を掻きながら、なおもけろりとした表情のまま、言葉を探す。

「なんていうか……うん、そりゃあ、みんなもわたしも、水瀬梓くんのことが好きだったけどさ……少なくともあれですよ。わたしが好きなのは、君だったから」

「……!!」

 

「梓じゃなくて……」

「君……?」

 

「何を言っている……?」

「だからね、う~ん……だからつまり、水瀬梓くんていう存在の君が好きなんじゃなくて、君っていう水瀬梓くんのことが好きであって、つまり君が水瀬梓くんなのはそうなんだけど、水瀬梓くんである君はいつまでも君のままであって、だから……」

「……」

「……うん、ごめん。自分で言ってて分かんなくなっちゃった」

「……」

 

「いや、分かんないってお前……」

「……まあ、言わんとすることは何となく分かるが……」

 

「けど、一つ謝っておくよ」

「なに?」

「あんまり懐かしいのもあったけど、やっぱりそれ以上に、できることなら決闘じゃなくて、言葉で説得できないものかと変なこと言っちゃって、そこはごめんね」

 言いながら、頭を下げた。そして、頭を上げて、

「やっぱり決着は、決闘でつけよう」

 満面の笑みで、そう言った。

「……」

 今度は梓が、完全に言葉を失う番だった。

 そしてそれは、他のメンバーも同じだった。

 

 

あずさ

LP:2800

手札:3枚

 場:モンスター

   『六武衆-ヤリザ』攻撃力1000

   『六武衆-ニサシ』攻撃力1400

   『六武衆-カモン』攻撃力1500

   魔法・罠

    永続魔法『六武の門』武士道カウンター:4

 

LP:100

手札:0枚

 場:モンスター

   『氷結界の水影』攻撃力1200

   『氷結界の水影』攻撃力1200

   『氷結界の水影』攻撃力1200

    セット

    セット

   魔法・罠

    セット

    セット

 

 

「ということで、わたしのターン、ドロー」

 

あずさ

手札:3→4

 

「やれるものならやってみせろ。だが、真六武衆を失った貴様に、私を倒せるのか……」

「今時の若者だって捨てたもんじゃないよ。『天使の施し』発動。デッキから三枚ドローして、二枚を捨てる。キザン、ごめん」

『……ああ、全てをお前に託す』

「任せて。そして、『六武の門』から武士道カウンターを四つ取り除いて、デッキから『六武衆-ヤイチ』を手札に加えるよ」

 

『六武の門』

 武士道カウンター:4→0

 

あずさ

手札:4→5

 

「そしてそのまま召喚」

 

『六武衆-ヤイチ』

 レベル3

 攻撃力1300

 

『六武の門』

 武士道カウンター:0→2

 

「ヤイチのモンスター効果。自分フィールドにヤイチ以外の六武衆が存在する時、相手の場にセットされたカードを一枚、破壊できる。わたしは右側のカードを破壊するよ」

「……」

 

『破壊輪』

 通常罠

 

(うわぁ、血まみれな手のままカード触ってる……)

 

「『破壊輪』か。フィールドのモンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージをお互いに受ける」

「だが彼の残りのライフはわずか100。前のターンに伏せなかったことと言い、ブラフだったようだね」

 

「外れか……まあいっか。それじゃあ、この戦闘で終わりにするよ!」

「……」

「『六武衆-ヤリザ』の効果! ヤリザ以外に六武衆がいる時、このカードはダイレクトアタックできる。ヤリザで、梓くんに攻撃!」

 

「この攻撃が通れば、あずさの勝ちよ!」

 

鋭槍全貫(えいそうぜんか)!」

「罠発動『スピリット・バリア』!」

 ヤリザの攻撃が、梓の前の見えない壁に弾かれた。

「私のフィールドにモンスターがある限り、私への戦闘ダメージは全てゼロとなる」

「なら、モンスターを破壊していくしかないね。『六武衆-ニサシ』で、『氷結界の水影』を攻撃! 風刃・(はじめ)の太刀!」

「……!」

 ニサシの刃が、水影を襲った。

 

『……』

 

「あれは……アズ、サ……」

「ニサシは他に六武衆がいる時、二回攻撃ができる。二人目の水影を攻撃! 風刃・(つぐ)の太刀!」

「……!!」

 

『……』

 

未来(かつて)の私……紫の……梓さん……」

「続いて、『六武衆-ヤイチ』で三人目を攻撃! 瞬軌(またたき)!」

「……!!」

「『六武衆-カモン』で、そのセットモンスターを攻撃! 爆煉撃(ばくれんげき)!」

「……」

 カモンが爆弾の雨を降らせた瞬間、カードが表になり、モンスターが現れるが、その爆撃は、ただモンスターを通り抜けるだけだった。

 

『魂を削る死霊』

 レベル3

 守備力200

 

「『魂を削る死霊』は、戦闘では破壊されない」

「だったら速攻魔法『速攻召喚』! モンスター一体を通常召喚する! 『六武衆-ザンジ』を召喚!」

 

『六武衆-ザンジ』

 レベル4

 攻撃力1800

 

『六武の門』

 武士道カウンター:2→4

「ザンジは攻撃したモンスターをダメージ計算後に破壊する。『魂を削る死霊』に攻撃! 照刃閃(しょうじんせん)!」

 光の刃は、今度は通り抜けることなく、モンスターを真っ二つに切り裂く。

「く……いずれにせよ、これで貴様の攻撃は終わり……」

「速攻魔法『六武衆の理』発動!」

「なっ!!」

「自分フィールドの六武衆一体を墓地へ送って発動! お互いの墓地の六武衆を特殊召喚する! ニサシを墓地へ送って、『天使の施し』で墓地へ送った『六武衆-イロウ』を特殊召喚!」

 

『六武衆-イロウ』

 レベル4

 攻撃力1700

 

『六武の門』

 武士道カウンター:4→6

 

「イロウで、最後の守備モンスターを攻撃! イロウが裏守備モンスターを攻撃した時、ダメージ計算を行わずに裏側のままモンスターを破壊できる。影断(えいだん)!」

「ちぃ……!!」

 

「あれは、『ファイバーポッド』!?」

「また引き当てていたのか……」

「イロウで攻撃しなければ大変なことになっていたわね」

 

「メインフェイズ、カモンの効果で永続罠『スピリット・バリア』を破壊する」

 先程の攻撃と同じように、カモンの投げた爆弾が、永続罠を破壊した。

「どう? これが現在(いま)の六武衆の力だよ! カードをセット、ターンエンド!」

 

 

あずさ

LP:2800

手札:0枚

 場:モンスター

   『六武衆-ザンジ』攻撃力1800

   『六武衆-イロウ』攻撃力1700

   『六武衆-ヤリザ』攻撃力1000

   『六武衆-カモン』攻撃力1500

   『六武衆-ヤイチ』攻撃力1400

   魔法・罠

    永続魔法『六武の門』武士道カウンター:6

    セット

 

LP:100

手札:0枚

 場:モンスター

    無し

   魔法・罠

    無し

 

 

「やっぱ六体並べられないのが残念だよねぇ」

 

「すっげぇ……」

「つい『真六武衆』の方にばかり目を奪われてしまっていたが……」

「『六武衆』の力も、負けてないわね……」

「これが、若者の無限の可能性ってやつ、かな……」

「そして、あずさ自身の力だ」

 

「てことで、君のターンです!」

「……ドロー!!」

 

手札:0→1

 

「……これで幕とは思うな。終焉はここからだ……」

「……!」

「魔法カード発動! 『天よりの宝札』!」

「ぬお!!」

 

「く、ここで引いてきたか……」

「うわぁ、この局面で最強の手札増強カード……」

 

「お互いのプレイヤーは、手札が六枚になるようカードをドローする、と……」

 

手札:0→6

 

あずさ

手札:0→6

 

「やはり、終わるのは貴様だ。『処刑人-マキュラ』召喚」

 

『処刑人-マキュラ』

 レベル4

 攻撃力1600

 

「うわ、出た……」

「そして、魔法カード『ブラック・ホール』発動!」

「うそぉ!!」

 あずさが悲鳴を上げた瞬間、周囲が真っ暗に変わる。そして、その中心に生まれた渦が、全てのモンスターを飲み込んだ。

「わたしの六武衆達が……」

「まだだ。魔法カード『サルベージ』発動。私の墓地から、攻撃力1500以下の水属性モンスターを二枚、手札に加える。私は墓地に眠る『フェンリル』と、『氷結界の水影』を手札に加える」

 

手札:3→5

 

「そして、私は墓地から、『氷結界の龍 ブリューナク』、『氷結界の龍 グングニール』の二枚を除外する」

「え!?」

「『フェンリル』特殊召喚」

 

『フェンリル』

 レベル4

 攻撃力1400

 

「氷結界の龍を二体とも!?」

「……そうか、梓の狙いは!!」

 

「そして、私はこのターン、手札から罠カードを発動できる。罠発動! 『異次元からの帰還』!!」

「それは!?」

「ライフを半分払い、効果発動!!」

 

LP:100→50

 

「ゲームから除外されたモンスターを、可能な限り特殊召喚する!!」

 

『深海のディーヴァ』チューナー

 レベル2

 攻撃力400

『キラー・ラブカ』

 レベル3

 攻撃力700

『氷結界の龍 ブリューナク』シンクロ

 レベル6

 攻撃力2300

『氷結界の龍 グングニール』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2500

 

「ここで五体か……」

 

「気張れー!! あずさー!!」

 

「は、隼人くん?」

 

「『異次元からの帰還』で特殊召喚されたモンスターは、このターンのエンドフェイズに除外される! それに次のターン、梓が『命削りの宝札』を発動させた五ターン後なんだな! このターンさえ凌げば、次のあずさのターンで倒せなくても、開始のターンで手札を捨てる分、あずさが圧倒的に有利になるんだな!!」

 

「愚かな夢想だな」

 

「え?」

 

「私がそんなことも忘れていると思っていたのか?」

 

「……」

 

「次を考える必要は無い。貴様は、このターンで死ぬ」

「……どうやって?」

「私にはまだ、最強の龍が残っている」

「最強の龍って……まさか、三体目!?」

 

『!!』

 

「レベル4の『フェンリル』と、レベル3の『キラー・ラブカ』に、レベル2の『深海のディーヴァ』をチューニング!!」

 梓が叫んだその瞬間、フィールド魔法も発動していないにも関わらず、周囲に吹雪が巻き起こった。

 

「な、何が……」

「最強の龍って、一体……」

 

(いにしえ)結界(ろうごく)において、慟哭せし激情の汝。永久(とわ)に拒むは命の全て、滅涯輪廻(めつがいりんね)の無間龍」

 

「シンクロ召喚!!」

 

 吹雪が一層激しくなり、その吹雪が厚い渦を巻く。

 

「刻め!! 『氷結界の龍 トリシューラ』!!」

 

 そして、渦の雪が一瞬で散開し、そこから現れたのは……

 

「あれが、最強の龍……?」

「でかい……けど……」

「綺麗……ブリューナクや、グングニール以上に……」

「あぁ……」

 

 再び全員が、目を奪われた。

 一目で強靭だと分かる、人の形に近い腕と脚、胴体、長い尾。

 そして、そんな肉体から伸びているのが、長い首の先に着いた白い頭。

 そこから表情は読み取れない。ただ、その静かな眼差しと、強靭な肉体の全てが、その龍が持つ、最強と呼ぶにふさわしい力を物語っていた。

 

「最強最古の龍トリシューラ……そしてこれこそが、氷結界に封印されし三龍」

 フィールドに並び立つ、三体の龍。それらを指しながら、梓は、言葉を紡ぐ。

 

「時を否定せし、第一の龍、ブリューナク」

 

『氷結界の龍 ブリューナク』シンクロ

 レベル6

 攻撃力2300

 

「形を否定せし、第二の龍、グングニール」

 

『氷結界の龍 グングニール』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2500

 

「命を否定せし、最後の龍、トリシューラ」

 

『氷結界の龍 トリシューラ』シンクロ

 レベル9

 攻撃力2700

 

「この三体の龍こそが、この世の理を否定せし存在! 私が手に入れた、貴様を否定するための力だ!!」

「否定……シエンを否定するためだけに手に入れた、最強の否定の力……」

「『氷結界の龍 トリシューラ』の、モンスター効果発動!」

「……!! 何がくるの?」

「トリシューラの力は、未来の命、現在の命、過去の命、その全てを否定する。このカードの召喚に成功した時、貴様の手札、フィールド、墓地のカードを、それぞれ一枚までゲームから除外できる」

「な!?」

 

「何だって!?」

「しかも、今の説明からして、対象を取らない効果か!?」

「対象を取らないって……?」

「つまり、選択したカードがそこから離れても、別のカードを選択し直し、確実に一枚除外できるということだ!!」

「なぁ!?」

 

「くぅ……!!」

「手札からは右端のカードを、墓地からは『真六武衆-シエン』を、フィールドからはそのセットカードを除外してもらう。滅涯輪廻!!」

 

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

『っっっ!!』

 前に召喚された二体の龍と同じく、トリシューラもまた、鳴いた。

 だが、その威力は、他の二体の比ではない。

 仮想立体映像であり、モンスター効果であると分かっている。なのに、その咆哮を聞いただけで、体の中の命が震え、同時に、何かを吸われるような、そんな感覚に、この場の全員が包まれた。

「あの龍、なんて声で鳴くんだ……」

 

「……」

 

あずさ

手札:6→5

 

手札:『大将軍 紫炎』効果モンスター

場 :『ドレインシールド』通常罠

墓地:『真六武衆-シエン』シンクロ

 

「『大将軍 紫炎』に、『ドレインシールド』……」

「そんな……」

 

「これで、貴様の場には役に立たずの門が一つ、建立しているだけだ」

「……」

「ようやくだ。ようやく……」

 トリシューラを見上げながら、呟くように、そして、あずさを見据えた。

「これで……終わりだ!!」

「……」

「『氷結界の龍 トリシューラ』、ダイレクトアタック!! 終幕のブリザード・ディナイアル!!」

 三つの首から放たれた、白い冷気。それが、

 

「うぅ……うああああああああああああああ!!」

 

『あずさ!!』

 

 あずさのその身に、直撃し、その体を後ろへ突き飛ばした。

 

あずさ

LP:2800→100

 

「ふははははは!!」

 

「そんな……」

「あずさが……」

「敗ける……」

 

「さあ、とどめだ。ブリューナク、グングニール、全てを否定するがいい!!」

 その命に従った、ブリューナクとグングニールが、あずさへと向かった。

 

「あずさ!!」

「あずささん!!」

『あずさ!!』

 

「……」

「ふはははははははは!!」

 

「いやぁ、今のは効いたよ……」

「……!!」

 

あずさ

手札:5→4

 

「そ、それは……」

「復讐鬼か、なるほどね。だから入ってたのか。確かに、今の君にそっくりだもんね……」

 

「あれは……」

「鬼……血の涙を流す、青い鬼だ」

 

「……『血涙のオーガ』は、相手ターンの一度のバトルフェイズ中に二回目のダイレクトアタックが宣言された時、手札から特殊召喚できる。そして、このカードの攻撃力と守備力は、一回目にダイレクトアタックしてきたモンスターの攻撃力と守備力と同じ数値になる」

 

『血涙のオーガ』

 レベル4

 攻撃力0→2700

 守備力0→2000

 

「そして相手はこのターン、この効果で特殊召喚したこのカードが場にある限り、このカード以外を攻撃できない……」

「くぅ、うぅ……」

「最初にトリシューラで攻撃したのが、まずかったみたいだね……」

「くぅ……バトルは終了だ!! グングニールの効果!! 手札の『氷結界の水影』を捨てることで……っ!!」

「梓くん?」

「……っ、水影を捨て、『血涙のオーガ』を破壊!! 冷刃災禍!!」

 

手札:3→2

 

「……」

「カードを二枚伏せる!! このエンドフェイズ、『異次元からの帰還』で特殊召喚されたモンスターは全て、ゲームから除外される!!」

 その言葉の通り、トリシューラを除いた二体の龍は、煙となって消えていった。

「ターンエンドだ!!」

 

 

LP:50

手札:0枚

 場:モンスター

   『氷結界の龍 トリシューラ』

   魔法・罠

    セット

    セット

 

 

あずさ

LP:100

手札:4枚

 場:モンスター

    無し

   魔法・罠

    永続魔法『六武の門』武士道カウンター:6

 

 

「何とかこのターンは凌げたけど……」

「このターンで何とかしないと、次のターンでやられる」

「あずさ……」

 

 倒れていたあずさは、ゆっくりと立ち上がり、デッキに手を伸ばした。

「……わたしのターン、ドロー」

 

あずさ

手札:4→5

 

「……うん。このターンで、梓くん、今度こそ君を倒すよ」

「っ!!」

「まずは魔法カード『魂の解放』を発動。お互いの墓地から、五枚までのカードを除外する。確か君の墓地には、トリシューラのシンクロ召喚に使った『キラー・ラブカ』が落ちてたよね」

「ちぃ……」

「『キラー・ラブカ』と、『処刑人-マキュラ』、そして、三枚の『氷結界の水影』」

「……!!」

 

「え、水影?」

「何で? 他にもヤバいカードは落ちてるのに……」

 

「さっきから、水影のカードを見る度、苦しそうにしてた。よく分からないけど多分、目を背けちゃいけないことに苦しんでる。そうだよね」

「……」

「そのことを忘れろなんて言えない。だけど、そればかりを見てていいわけじゃない。苦しむことは、償いじゃないから」

「……」

「だから、今だけは、この決闘を見てて。君が今日まで生きてきて、そして招いた、目の前の現実を」

「……」

 言われながら、宣言された五枚のカード、そしてその中の、三枚の『氷結界の水影』。

 

(……)

 もう二度と戻れない、犠牲にしてきた全ての過去。

 それが、水影の姿に重なった。

 別の時間と、別の世界を生き、そして、偶然出会った、同じ名前を持つ三人。

 同じ服を着て、同じ志を胸に、同じ目的を目指した三人。

 その姿が、目の前の三枚に、どうしても重なって、そんな三人に見つめられる度、分かりきっていたはずの罪に苛まれ、胸を締め付けられ……

「……っ!!」

 それ以上、分かりきった罪を見る前に、懐にしまった。

 この決闘だけは、勝たなければならない。それこそ分かりきっていることだから。

 

「……速攻魔法『異次元からの埋葬』。ゲームから除外されたモンスターを、三体まで墓地に戻す。私はゲームから除外された、『ネクロガードナー』と、『大将軍 紫炎』、『真六武衆-シエン』を墓地に戻す」

「く……」

「『六武の門』の効果。武士道カウンターを六つ取り除いて、わたしの墓地の『大将軍 紫炎』を特殊召喚」

 

『六武の門』

 武士道カウンター:6→0

 

『大将軍 紫炎』

 レベル7

 攻撃力2500

 

「そして、魔法カード『死者蘇生』発動。『真六武衆-シエン』を蘇生」

 

『真六武衆-シエン』シンクロ

 レベル5

 攻撃力2500

 

『六武の門』

 武士道カウンター:0→2

 

「『六武の門』の効果を発動。武士道カウンターを二つ取り除いて、『大将軍 紫炎』の攻撃力を500アップさせる」

 

『大将軍 紫炎』

 攻撃力2500+500

 

「そして、魔法カード『受け継がれる力』。『大将軍 紫炎』を墓地へ送って、エンドフェイズまでその攻撃力分、『真六武衆-シエン』の攻撃力をアップさせる」

 

『真六武衆-シエン』

 攻撃力2500+3000

 

「ぐぅ……」

 

「攻撃力5500!?」

「いける!! この攻撃が通れば、梓を倒せる!!」

 

『いいのか? 私で』

「うん。やっぱ、あんたで決めるのが礼儀だって、思うから……」

『……分かった。任せてくれ』

「……いくよ、梓くん」

(くっ、私が敗けるなど、あってたまるか……させない、この二枚のカードで、貴様を必ず……)

 

「バトル!! 『真六武衆-シエン』、『氷結界の龍 トリシューラ』に攻撃!!」

「罠発動!! 『次元幽閉』!! 攻撃してきたモンスター一体を除外する!!」

 梓のカード発動と共に、シエンの目の前に、空間の裂け目が生まれた。

 

(そして、シエンの効果を発動した時、貴様は終わりだ!!)

 

「速攻魔法発動!!」

「なに!?」

「『禁じられた聖槍』!!」

「そ、それは!!」

 

「あれは!? 万丈目」

「ああ。あれも『禁じられた聖杯』と同じく、梓のカードだったものだ」

「それを、何であずさが……?」

「……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「あずさ、これを持っていけ」

「へ? ……え、これって……」

「梓のカードだ。以前、精霊のアズサから、これともう一枚、二枚のカードを託された」

「アズサ、ちゃんから?」

「そうだ。もう一枚は梓に取り返されたが、そっちは持っていかなかった。どうやら、元々精霊のアズサのカードだったらしいな」

「……」

「強力な効果を持ったカードだ。おそらく力になってくれるだろう。持っていけ」

「……いや、それ、万丈目くんが決めていいことじゃないよね」

 

「あ~、いいよ。持っていって」

 

「アズサちゃん……分かった。大切に使うよ」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 カードの発動と共に、シエンの頭上に長い槍が現れた。

 いつもなら対象に突き刺さる槍が、シエンの持つ漆黒の刀と重なり、光を放つ、美しい刀へと姿を変えた。

「フィールド上のモンスター一体の攻撃力を800ダウンして、このターン、魔法・罠の効果を受けなくする」

 

「え? けどそれじゃ、せっかくアップした攻撃力が元に……」

「いや、あのカードの効果適用以前に発動された通常魔法カードの効果なら、後で聖槍の効果が適用されてもその効果が無効になることは無い」

 

「あ、ああ……」

 

『真六武衆-シエン』

 攻撃力2500+3000-800

 

「これで、『次元幽閉』の効果は受けない」

 あずさの言葉と共に、目の前に開いた裂け目を、シエンが切り裂く。

 

「なぜ……なぜ……」

 光る刀を構えるシエンの姿に、梓は、初めて震えを見せた。

「……?」

「なぜ……」

 

「なぜだああああああああああああああああああああ!!」

 

『っ!!』

 

「……」

 

「過去を捨てた! 未来を捨てた! 故郷を捨てた! 思いを捨てた!」

「友を捨てた!! 誇りを捨てた!! 愛を捨てた!! 決闘を捨てた!! 顔を捨てた!!」

「そして、水瀬梓を捨てた!!」

「これだけ捨てたのに、なぜ!! なぜ届かない!? まだ足りないというのか!? これ以上、私が何を捨てれば届いたと言うのだ!?」

 

「梓……」

「梓さん……」

『……』

 

 それは、ゴミではなく、人間として初めて吐露した、梓の本心の叫び。

 そしていつの間にか、氷で作られたはずの般若の目から、真っ赤な血を流していた。

 

『……』

「違うよ」

 そんな梓に、あずさが、話し掛ける。

「捨てたのに勝てなかったんじゃない。捨てたから、君は勝つことができなくなったんだよ」

「なん……だと……」

「色々なものを捨てたって言った。だから、勝つことができるって。けど仮にそれが本当だったら、君は絶対に勝てない。だって、君は全然、捨ててなんていないんだから」

「なに……?」

「だって、君は……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

(……私としたことが、彼のあまりにも透明な心に、すっかり騙されてしまった)

 

(憎悪の根源もまた憎悪。そう感じていたが、全く違う)

 

(彼の憎悪の根源。それは……)

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

「今でもシエンのこと、それに、真六武衆達のこと、好きなんでしょう」

「……」

「愛してるんだよね」

「……ああ、愛していたさ。心の底から。何物にも変え難い、唯一無二の親友達だと信じ、愛していた……違う、今でもそうだ。今でも、真六武衆、私は、お前達を愛している」

『梓……』

『……』

「だからいけなかった。お前達が愛おしい。そして、父のことも愛おしい。だから全員と、幸せな日々を送りたい。そんなことを願った。そしてそれが間違いだった。求めることが許されないゴミが、そんなことを望んだから、私は父を、そして、お前達を一度に失った。私が、私が何もかも欲したせいで……」

「……」

「だから全てを捨てた。これ以上失わないように。お前のことが愛おしい。だが、それ以上に父を殺したお前が憎い。その感情だけを残して、アカデミアでできた友も、育んできた絆も全て、お前を憎むがために、全て……」

 

『……』

 

「だが、これ以上はもう、無理だ……これ以上、捨てるものなど、私には……」

「違うよ」

「……」

「さっきも言ったでしょう。君は、何も捨ててなんかない。ていうか、そんな簡単に捨てられるものなんて、君の持ってるものには一つも無かったんだよ。現に今だって、たくさん残ってるよ」

「……貴様の言葉が理解できない……私を見ろ!」

 

「何も残っていないのが見て分からないのかあああああああ!!」

 

「いいや! 残ってるぜ!!」

 

「……!?」

 十代の突然の叫びに、梓はそちらを見た。

 

「お前がいくら捨てたって、俺達は、お前の友達をやめる気はないぜ!」

 

「なに……?」

 

「そうだよ。顔が無くなったって名前が無くなったって、僕達は、あなたの友達だ!」

「ええそう! 一方的に捨てればそれでなくなるなんて、思わないでちょうだい!!」

「貴様の思想など俺達は知らん。ただ、俺達がそうありたいから貴様の友でいるんだ!! それを、貴様の一方的な思いやりだったと感じているなら、自惚れもいいところだ!!」

 

「……」

「分かる? 梓くん」

「……」

「君は確かに色々なものを捨てたのかもしれない。だけど、わたし達は君のこと、一度も捨てたことなんてないし、捨てられたなんて全然感じてない。それだけ、君と強い絆で結ばれた仲間だから」

「絆、だと……」

「そう。そして、シエンも」

「……!!」

「もちろん、真六武衆のみんなも」

「……」

 

『……』

 あの時と同じように、真六武衆の六人は、優しい瞳を向けてくれている。

 誰も、嫌悪の目を向ける者など、一人もいなかった。

 

「大好きな真六武衆達や、大好きなお父さんと幸せになりたい。そうやって、何でも欲しがったからいけなかった。君はさっきそう言った。けど全然違う。そんなの、当たり前のことだもん。人なら誰だって、感じることだもん。ゴミじゃない、人である君が、感じて当たり前のことなんだよ」

「人……私が……?」

「そうだよ。君はゴミなんかじゃない。もしかしたら本当にゴミだったのかもしれない。それでも今は、正真正銘、人間だよ。わたしやみんなが、保障するよ」

「私が……」

 

『……』

 あずさも、他のメンバー達も、そして真六武衆達も、笑顔を向けていた。

 

「……違う」

「……」

「違う!! 違う違う!! 私は、私は……!!」

「……分からず屋!! だったら、この攻撃で目を覚まして!! シエン!!」

『おお!!』

 返事をしたシエンは、光る刀を、目の前にかざし、構えた。

「……!?」

『こいつは元来、技なんて呼べる代物じゃない。構えることで、目の前に立つ相手を倒すことへの覚悟を決め、そして、懇親の一撃を繰り出す。それだけの動作だ。それを、お前は見よう見真似で覚えた結果、必殺技として昇華させた。教えた時はそんなつもりはなかったんだが……それでも梓、お前を倒すには、こいつが一番ふさわしいだろう』

「あ、あぁ……」

『今から私は、本当のお前を取り戻す』

「本当の私だと……違う、違う!! 私は、私は……」

 

「速攻魔法発動!! 『禁じられた聖杯』!! フィールド上のモンスター一体の効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップさせる!!」

 

『氷結界の龍 トリシューラ』

 攻撃力2700+400

 

「それが正真正銘、最後なんだね……」

 

「シエン!!」

『おお!!』

 

「私は、私は……!!」

 半ば錯乱しながら、氷の面に両手を添える。

 

 ピシィ……

 

 そんな氷の面に、亀裂が走り、

「私は……」

 

 バキバキバキ……

 

 砕けた仮面の下から、大粒の透き通る涙を流す、美しい顔が現れた。

 鬼ではなく、ましてゴミなどでは決してない、紛れもない人間、水瀬梓の顔が。

「私は……」

 

「私だあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「刃に咎を!! 鞘に贖いを!!」

『刃に咎を!! 鞘に贖いを!!』

 

 あずさとシエン、二人の声が重なった時、シエンの刀が、トリシューラに向かっていく……

 

 

「……」

「……」

 

 それは、夢か幻か。

 素顔の梓と、白い着物姿のシエンが向かい合っていた。

 周囲には何も、滝壺も、森も、あずさら鍵を守るメンバーすらいない、ただ、真っ白な空間で、二人は向かい合っていた。

 

「梓……」

 先に口を開いたのは、シエン。

「あの時逃げて……こんなことになって……」

「……」

「あの時……」

 

「あの時私は、お前の意図した通り、実体化して、病院に向かった。ほとんどの医者や患者が逃げていく中を、どうにかその病室に辿りついた。親父さんは逃げようともしないで、苦しそうに、ベッドの上に座っていた。すぐに事情を話して、親父さんを連れ出そうとした。だが親父さんは、受け入れようとしなかった。そして、私が梓の精霊だと知った上で、こう言った……殺してほしい、と」

「……」

「もちろん、私は断った。そんなことできるはずがない。だから何度も説得した。けど、ダメだった。親父さんは言っていた。どうせ、病気で長くない。そしてこれ以上、梓の重荷になりたくない。何より、自分がいるから、梓はいつまでも水瀬家から解放されない。梓を自由にしてやって欲しい。そう言われた」

「……」

「結局私は根負けして、そして……お前の親父さんを……」

「……」

「許してほしいなんて言わない。お前に殺されたって構わない。けど……私は……」

「……」

「ごめん……ごめん、梓……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

「……」

 

 号泣しながら、謝り続けるシエンの頬に、梓は、手を添える。

「分かっていました……」

「梓……」

「シエンが、理由も無しに、そんなことをするはずがない。そんなこと、分かっていた。分かっていました」

「……」

「分かっていたのです……分かっていたのに、私は……」

 

 ――分かっていた……けど……

 

 ――そのことを、認めてしまったら……

 

 ――私は……今日まで……何の……ために……

 

LP:50→0

 

 その瞬間、見えた。それは、今まで失い、犠牲にしてきたもの全て。

 居場所であった氷結界。

 家族だと言ってくれた白髪の男女。

 戦友であり、親友であった青髪の少女。

 憎しみも復讐も知らない、純粋な、だからこそ憧れた、未来(かこ)の自分。

 そして、最も愛した人の背中……

 

 

(お父さん……)

 

(おとう……さん……)

 

 虚空に向かって伸ばされた、何も掴むことのない、梓の手。

 その手を、

 

 ガシッ

 

 あずさが、掴んだ。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「……」

 

「どうして、動かないんだ?」

 あずさに手を握られ、抱かれて、倒れたまま、動かない梓の姿に、十代が、そう尋ねた。

「シエン……」

「ああ。思った通りだ」

「え、何なの?」

 明日香の質問に、シエンは、はっきりと答えた。

「梓の命は、もう助からない」

 

『っ!!』

 

 その言葉には、全員が目を見開いた。

「助からないって……どういうこと!?」

「何でだよ!? 決闘に勝てば、梓は戻ってくるんじゃなかったのかよ!?」

「……未来でもな」

 迫ってくるメンバーを静止しながら、シエンは、続ける。

「梓に、憎しみの心を持って、決闘を挑んできた奴らがいた。そしてそいつらも、闇の決闘をけしかけて、今日の梓のように、禁止カードを使ってきた。そして、それを梓は打ち破った。その結果、二人は消滅して、そのまま戻ることは無かった」

「消滅って、そんな……」

「右手の穴とか、剥がした顔だって、綺麗に治ってるのに……」

「それは、梓くんがここに来るまでに手に入れた力の一つを使っただけだよ」

「こうなるって、分かってたのか……あずさも?」

「……」

 あずさは、答えない。ただ、その表情が、答えだった。

「そんな……そんなことって……」

 悲しげな表情のまま、あずさは答える。

「……どの道、そんなことで、止められる決闘じゃなかったでしょう」

「……」

 

『……』

 

「……シエン」

『……!!』

 ずっと無言だった梓が、初めて声を出した。

「そこに……いますか……?」

「……ああ、ここだ」

「シエン……」

 それは、アカデミアから消えるより前と同じ、優しい口調だった。

「私は……分かっていたのです……間違っているのは……私だと……」

「……」

「私はただ……あなたを、信じるだけでよかった。信じるだけでよかったのに……それが……できなかった……」

「……」

「あなた方の、主でなく……あなた方の、友でいたい、そう言っておきながら……情けない……」

「……」

「どれだけ愛そうとも……信じられなければ、意味は無い……私は結局……あなた方の友で……いられなかった……ごめんなさい……シエン……皆さん……」

「そんなことはない!」

 シエンが、そう大声を上げる。

「お前がどう思おうと、私にとって、そして、真六武衆にとって、お前は、最高の友だ」

「私が……?」

「ああ。もちろんだ」

 そこに、残りの五人も、姿を現した。

「お前以上の友など、俺達は知らない」

「カゲキ……」

「君が主で、そして、僕らの友で、本当によかった」

「シナイ……」

「あなたは私達を愛してくれた。それだけで、十分です」

「ミズホ……」

「どれだけ憎んでも、どれだけ道を誤っても、俺達は、永遠に梓の友だ」

「エニシ……」

「私達も、お前のことを愛している。梓……」

「キザン……」

 

「ありがとう……」

 六人全員の顔を一瞥した所で、梓は、ようやく笑顔を浮かべた。

「主として、最後に、命令させて下さい……」

「な、何だ?」

「……これからは……私のことは忘れて……新しい主の元で……生きて下さい……」

『……!!』

「私が死んでも……あなた方は、あなた方の天寿を全うするまで……あなた方の生涯を……どうか……どうか……」

『……』

 

「平家あずささん、でしたね……?」

「っ! う、うん……」

 真六武衆が沈黙する中で、梓は、あずさに声を掛けた。

「……ごめんなさい。何度も記憶を辿ってみたけれど……あなたのこと、とうとう、思い出せませんでした」

「……」

「……けど……あなたを見ていると、分かる」

「え?」

「私は……」

 

「私はあなたのことが、大好きだったのでしょうね……」

 

『……!!』

 

「……うん。わたしも、君のこと、ずっとずっと、大好きだよ。梓くん」

 約束の場所で、そして、こんな形で交わすこととなった、伝えたかった言葉。

 それに梓は、ただ、笑顔を浮かべていた。

「ありがとう……」

 ただ、そう一言答えるだけだった。

 そしてすぐ、いつもの言葉を口にした。

 

「良き決闘を、感謝致します」

「……うん。こちらこそ。ありがとう、ございました……」

 

「……最後に……自分勝手なお願いを……よろしいでしょうか?」

「……なに?」

「……真六武衆達のこと……お願いしても……よろしいでしょうか……?」

「……」

『……』

「……分かりました」

 そう、笑顔で返事をして、そしてまた、梓は笑顔を浮かべた。

 

「十代さん……」

「お、おう……!」

 突然名前を呼ばれ、十代は、驚愕を見せる。そんな十代に、梓は笑顔のまま、言葉を紡ぐ。

「アカデミアに来て……最初にできた友達が、十代さん、あなたでした……私はあなたに会えて、本当に、よかったです……」

「……ああ、俺もだ。俺も、お前の友達でいられて、良かった」

「……」

 

「翔さん……」

「は、はい……」

「あなたは、本当に変わりましたね……ここに戻ってきて、あなたの姿を見て、あなたと決闘をして……とても、驚かされました……」

「全部……全部、あなたに会えたからだよ。あなたがいたから、僕は変わることができたんだ……ありがとう、あずささん……」

「……」

 

「隼人さん……」

「おう……」

「あなたが見せてくれる、あなたの描いた絵は……どれも、素晴らしいものばかりでした……あなたの絵を見たお陰で、私も、決闘を模した、お菓子を作ることができた……」

「俺の取り柄なんて、それくらいしかないから……役に立ったなら、こんなに、嬉しいこと、無いんだな……」

「……」

 

「明日香さん……」

「え……?」

「会って間もない頃に、私の勘違いで、あなたに、斬りかかってしまったこと……本当に、申し訳ありませんでした……」

「……ええ、今でも時々、思い出して怖くなるんだからね。けど、あれだって今では、あなたの人間らしさがよく分かる、良い思い出よ……」

「……」

 

「大地さん……」

「ああ」

「あなたには、このアカデミアのことを始め、様々なことを教わりました……大変、お世話になりました……」

「……いや、俺の方こそ、君の決闘はとても勉強になることばかりだった。君のお陰で、俺も……技術の向上を、促進することができた……」

「……」

 

「準さん……」

「む……?」

「私はずっと、あなたに憧れてきました……そして、今でもその気持ちは消えない……私なんかが憧れて、良かったのでしょうか……」

「……ああ。好きなだけ憧れるがいい。そして、俺を目指すがいい。お前が望むなら、俺はずっと、お前の憧れでい続けてやる……」

「……」

 

「亮さん……」

「……」

「アカデミア最強と名高い、カイザー亮さん……ぜひ一度、決闘、してみたかった……」

「……ああ、俺もだ。君ほどの決闘者はアカデミアどころか、プロの世界にすらそういないだろう。俺も、君と闘ってみたかった……」

「……」

 

「クロノス先生……」

「(グスッ)ニュ……?」

「大徳寺先生……」

「はい?」

「お二人には、たくさん、ご迷惑をお掛けしました……出来の悪い生徒で、申し訳ありませんでした……」

「な、何を言っているノーネ……あなたほど、優秀な生徒は、他に知りませンーノ……」

「あなたのような生徒を持つことができて、こちらこそ、嬉しかったのニャ……」

「……」

 

「……やっと分かった……」

 全員に声を掛けた後で、満足したように、そう、声を出した。

「私はずっと……自分がゴミだから……誰も愛することはできないと、思っていた……けど……」

 そしてもう一度、全員の顔を見ながら、言う。

「こんなに……私のことを、愛してくれる人達がいる……愛してくれる人が一人でもいれば……人は……本当の人になれるのか……」

『……』

 

「私はとっくに……人だったのか……」

 

「梓くん……」

「……最後にもう一度だけ……我がままを言うことが許されるなら……」

『……』

「もっと……みんなと……長い時間を……一緒に過ごしたかったな……今度は……今度こそ……ゴミではなく……人としての心で……」

 

『……』

 

「……」

 笑顔のまま、空に向かって、掴まれていない方の手を伸ばす。

 

「私の名は……水瀬梓……」

「誰よりも愚かで……誰よりも無様で……誰よりも見苦しくて……」

「けど……誰よりも幸せだった……世界でただ一人の……人……」

 

 そして、その言葉の直後、

 

 パキパキパキ……

 

『……!!』

 体が徐々に、凍っていった。

 

「ありがとう、皆さん……」

 

「こんな私を……」

 

「愛して……くれて……」

 

 ――ありがとう……

 

 パリィン……

 

「梓!!」

「梓さん!!」

「梓!!」

「梓!!」

 

 それはまるで、梓本人のように、儚く、弱々しく、だが強く、美しい、そんな音だった。

 そんな音と共に、着物も、デッキも、決闘ディスクも、そして、梓も、全てが、砕け散った。

 

「……何なんだよ、これ……」

 最初に十代が、叫んだ。

「こんなのありかよ!! 梓!!」

「こんなのってないよ……」

 そして翔が、嘆いた。

「梓さんはただ、誰よりも、人間らしかっただけなのに……」

「こうすることでしか……」

 今度は明日香が、嘆いた。

「こうすることでしか、あなたは、自分が人だってこと、気付けなかったっていうの……梓……」

「……バカだよ、お前は……」

 万丈目が、呟いた。

「妥協することも、諦めることも、そして、助けを求めることもせず、ただ真っ直ぐに、止まることなく突き進み、挙句、命を落として……本当に、誰よりも人間らしい、大した大馬鹿野郎だ!!」

 

『……』

 

 万丈目の絶叫を最後に、沈黙が流れる。

 振り返ってみると、ここに来てから時間は一時間と経っていない。

 最終的な被害は、七星門の鍵を二本。そして、こちらが守る残りの鍵も、二本。

 だが、そんなもの以上に失いたくなかった物を、たった今、彼らは、失ってしまった。

 

「……梓くん……」

 そして、今度は、彼女の声だった。

「梓くんが……死んじゃった……」

「あずさ……」

「梓くん……本当に……死んじゃったんだ……」

 

『……』

 

「そんなことさせない」

 

『……っ!!』

 その場にいなかった者の声が響き、全員が驚愕しながらそちらを見た。

「アズサ、ちゃん……?」

「そう言えばいなかったな」

「なんだ、留守番しているのではなかったのか?」

「留守番? 何で?」

「……二人の内のどっちかが死んじゃう決闘なんて、見たいわけないじゃん」

『……』

 正論を返しながら、アズサはメンバーの前まで歩き、万丈目に顔を向ける。

「準」

「な、何だ?」

「私のカードは?」

「(私……?)ああ、持っているが、どうした?」

「それをあずさちゃんに渡して」

「はあ? こんな時に何を……」

「早く渡して!!」

「……!! わ、分かった……」

 勢いに圧倒され、万丈目はデッキケースからそのカードを取り出し、あずさに手渡した。

「『氷結界の舞姫』のカード……」

「それを召喚して」

「わたしが?」

「あずさちゃんが」

「……」

 言われたまま、あずさはそのカードを、決闘ディスクにセットした、その瞬間、

 

『氷結界の舞姫』

 レベル4

 攻撃力1700

 

「っ!!」

「な、何だ?」

「へ?」

 アズサの体が、黒い光を放った。

 そして、その光が止んだ時、そこには、舞姫ではない、別の存在が立っていた。

「アズサ、お前は……?」

 

「これが、私の本当の姿。『魔轟神グリムロ』」

 漆黒の翼を広げ、羽を模した黒髪とドレスを着た、真っ赤な目と蒼白な肌。

 直前までそこに立っていた美しい青髪の少女は、そんな少女に姿を変えた。

「まごう、しん……?」

「グリムロ……?」

「そう。舞姫としての精霊の(アズサ)であると共に、(グリムロ)は、魔轟神としての精霊でもある」

「つまり、お前は一人の人物でありながら、同時に二人の存在である、と、いうことか」

「そう。そして今、私は、私の力を梓に使う」

「君の、力……?」

 

「私の力は、自分の命と引き換えに、仲間の命を蘇らせることができる効果」

「え!?」

「その力で、梓を蘇らせる」

「だ、だが待て、そんなことをしたら、お前はどうなる?」

「大丈夫。(グリムロ)は死んでしまうけど、(アズサ)は死なない」

「アズサはって……いや、それでも……」

「いいの」

 静止するあずさと万丈目に、グリムロは、穏やかな笑みを浮かべた。

「私を、私として受け入れてくれた梓が生きてくれるのなら、命なんて惜しくないから」

「アズサ……いや、グリムロ、お前……」

「あなたも、梓くんのこと……」

「……」

 

 それ以上は、何も言わず、グリムロは、梓の眠っていた場所に立った。

「甦って。梓……」

 そう、呟いた瞬間、今度は白い光が、グリムロの身を包み……

 

『……!!』

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「……グリムロ?」

「アズサ……」

「こうして向き合って話すのは、初めてかな?」

「ええ」

「……本当にいいの?」

「ええ。私はもう十分、あの人が好きだと言ってくれた、アズサとして、あの人との時間を共にできた」

「……けど、梓が本当に好きだったのは……!!」

「……」

「……!」

「梓のこと、お願いね」

「……」

「梓が好きな人が誰であれ、私はずっと、あの人と共にある。それだけで、私は幸せ……」

「……なんだか、妬ましいな……」

「……」

「……ありがとう。グリムロ」

「こちらこそ、ありがとう。そして、本当のあなたを殺してしまったこと、ごめんなさい」

「ううん……じゃあ、さよなら……」

 

「さよなら、もう一人の、私……」

「さよなら、もう一人の、僕……」

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

「梓くん……」

 再び、着物を着て、光の決闘ディスクを身に付け、デッキを構えた状態の、梓は、あずさの腕の中に抱かれていた。

 そんな梓の胸に、あずさは、耳を近づける。

 

 ……ドク……ドク……ドク……

 

「……生きてる」

 そしてもう一度、大声を上げた。

 

「梓くんは、生きてる!!」

 

 

 

 




お疲れ~。
盛り上げて書けたかな。
まいっか。とにかく楽しんでくれたことを祈るよ。
決闘はこれで終わりだけど、見ての通りもう一話だけ続くんだよね。
「長えよ!!」といい加減思われるかも分からないけど、ごめん。許して。

てことで、次話まで待ってて。

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