書くこと特にないので行ってらっしゃい。
視点:梓
勝った……
ずっと憧れ、敬い、ついてきた存在。それを今、私は越えた。
スゥ……
紫さんの体が傾き、反射的にその後ろに回り、体を支える。
「……」
その時、思い出したことがあった。
「うぅ……」
紫さんが目を開き、私の顔を見上げる。
「……ひざ、まくら……」
そう。あの時、私が彼にされ、私もまた、彼に行うと言った行為。
それを、こんな形で行うことになるとは。
「……」
始めこそ混乱したようだったが、また目を閉じた。
体全体の力が抜け、閉じた目からは力が抜けて目尻が下がり、あらゆる苦痛から解放されたような、癒された表情。
なるほど。私は正に、こんな顔をしていたわけだ。紫さんの言った通り、本当に、気持ちが良いようだ。
……カッ
「っ!!」
カシッ
彼が目を開いた瞬間、私は左手を目の前に出していた。目を開いて、行った行為は一瞬の出来事だった。そしてそのすぐ後、また私のひざに倒れ込む。
どうやらこれが、最後の力だったようだ。
「……」
まるで蛇口でも捻ったように、左手の手首から、血が溢れる。
それを眺めながら、懐から白いハンカチを取り出し、赤く染まった紫さんの口元を拭った。
彼の美しい顔が、こんな私の醜い血で汚れるなど、あってはならない。
「……っ」
全ての血を拭き取った直後、彼の体が光に変わっていく。だが同時に、彼は今にも消え入りそうな声で、こう言った。
「……忘れないで……その傷を見る度、思い出して……あなたを愛し……あなたに殺された……そんな人達のこと……忘れないで……」
「……」
言われるまでもない。
絶対に忘れない。あなたのことも、そして、私の欲望のために犠牲にした、大勢の命のことも……
「梓!!」
「……!」
「……!!」
いつの間に目覚めたのか、アズサの声が響いた。
「梓! 梓……!」
私の殴った腹部を押さえながら、這いつくばって、こちらに近づいてくる。
「梓……」
「いけない、来ないで……」
そんな声も届いていない。そもそも今の状態で出せる声が小さくて、離れたアズサまで届かない。
「梓……」
「……青さん」
こちらに顔を向けながら、私のことを呼んできた。
「後生です。私を、アズサから遠ざけて……」
「……」
もし今の状態の彼に触れたなら、決闘の勝者である私はともかく、第三者でしかないアズサは、彼と共に消えてしまうだろう。それをアズサは分かっているのかいないのか、ただ紫さんだけを見つめ、こちらに近づいてくる。
「青さん……」
「……」
ガンターラの力で出血を止め、彼を抱きかかえる。
「青さん……」
「……」
安堵の声を漏らした彼を一瞥し、歩を進める。その先には……
「っ! 青さん……!」
動揺も無理はない。私は今、アズサに向かって歩いているのだから。
「青さん!」
「私には、彼女の気持ちが分かる。そして紫さん、あなたの気持ちも
「……っ!」
そしてそれ以上の反論の前に、アズサの前に立ち、青さんを下ろした。
「ダメです……今の私に触れたら……」
「梓……」
アズサはそのことを分かっているのか……いや、どちらにせよ、仮に私が邪魔したところでアズサは止まりはしないだろう。
何があろうと、死ぬ時までその対象を求め続ける気持ち。その根源こそが、今のアズサの原動力なのだから。
「梓……」
そして、紫さんに届き、抱きしめたのと同時に、二人は共に消えた。
「……」
結局、残ったのは私一人か。
ああ。最初から分かっていた。最後にはこんな結末が待っていたことくらい。そして、どれだけそれ以上を求めても、決して輝かしい未来がやってくることなどないと。
だが、これが私の選択だ。私は私の目的を果たすため、こうすることを選んだ。
そして、もう止まることはできない。最後まで進む。それしかない。
もしここで止まってしまえば、今この瞬間まで犠牲にしてきたあらゆるもの、それまでも、否定することになるのだから。
……
…………
………………
視点:外
たまたま、そんな力を持って生まれただけだった。
なのに、そのたまたまを、みんなは許してくれなかった。
鳴いた。ただそれだけだった。それだけで、目の前に立つあらゆる生き物は、その命を散らしていった。
それは生まれた時から当たり前のことで、何の疑問も持つこと無く生きてきた。そもそも自分が鳴いたから彼らは死んだ。そうは思わなかった。たまたま鳴いた瞬間、彼らがたまたま死んだ。それだけのことだと思っていた。
けどそれも、何度も回数が重なればさすがに気付く。彼らが死んだのは、いつも鳴いた時。動物も、獣人も、鳥人も、精霊も、人間さえも。
だから、この
だが、こちらも望んでこんな力を持って生まれたわけではない。たまたま持って生まれただけで、私を、私の存在を、私の生を、全て否定した。
そして、気が付けば氷結界によって封印されていた。
結界の中では、毎日優しい声に励まされた。結界の中は狭く、暗く、することも無く、毎日が退屈で、寂しかった。
それでも耐えられたのは、その優しい声が私の心を癒し、そして、愛を感じさせてくれたからだった。人間の寿命は短い。だから、数十年おきにその声も変わったものの、誰もが同じ、私のことを、愛していると感じさせてくれた。
けど、突然その封印が解かれた。ようやく私は自由になれた。私はこの世界に受け入れられた。そう思った。
だけど目覚めてまず求められたこと、それは、戦争に勝つために、敵の命を奪えということ。そしてそこには、私がずっと癒され続けた、愛の言葉は一つも無かった。
一方的に否定しておいて、必要な時だけ肯定して、挙句、たった一つの心の拠り所だった、愛の声すらも偽りで。それを知った時、何千年という長い時間に対して、封印と言う牢獄を押しつけた者達に対して、激しい怒りが芽生えた。
私は否定され続けた。そんなに否定することが好きなら、私がお前達を、そして、この世界を否定することさえ何の文句も無いだろう。
その思いと、怒りと、悲しみに従い、蘇った直後、鳴いた。その時感じたのは、周りにいた人間達と共に、見たことも無いような三つの種族が絶滅したことだった。
目覚めたばかりで力の加減がまだできていないが、それでも構わない。世界に否定される自分は、この世界を否定するのだから。そのためには、この世界の命、全てを奪えるくらいがちょうど良い。
やがて、自分と同じような二人の存在に出会った。最後に生まれた小さな子は相手の時間を止め、その前に生まれた子は風を起こしてどんな物でも切り裂く。そんな子達と一緒に、この世界を否定することを選んだ。自分達を一方的に否定してくるこの世界と、この世界の住民達を、否定し続け、殺し続けた。
どれだけ否定された存在だろうと、その否定自身が肯定するならいつか肯定になるはずだから。たとえ世界に否定された存在だとしても、否定する者が一人もいなくなれば、自分達こそが肯定になるはずだから。
そう信じて戦い続けてきたけど、光りの神々と、光りの異性の人々の力は予想以上だった。もちろん何人も殺した。けれど、みんな手ごわかった。そして、そんな者達と戦っていく中で、気が付けば、あの大きな丸い球に閉じ込められ、眠らされてしまった。
あれからどれだけの時間が経ったろう?
あの二人は、今も元気にやっているのだろうか?
人間達に殺されてなんかいないだろうか?
まずは二人の友達を探そう。自分と同じように世界から否定され、挙句利用され、そして否定する者として受け入れてくれて、ずっと一緒に戦ってきてくれた二人の友達を。
そして、三人で、今度こそこの世界を否定しよう。そして、全てを否定した時こそ、私達が、この世界の肯定となれるのだから。
「哀れだな」
……!
トリシューラの三つの顔が向いた先には、青い着物と、白と黒に輝く刀を携えた少年の姿があった。
「生まれながらにこの世界を否定し、結果、否定されることを宿命づけられた、そんな存在として生まれてこようとは」
『……』
「……お前も、私と同じだ。望んで生まれてわけではない。なのに一方的に否定され、そして生きながらに、その生すらも否定される。始めから存在するべきじゃなかった、何度もそんな言葉を聞かされた。生まれたのは、私の望みではないのに」
『……』
「それでも、私は生き続けた。こんな私でも、肯定してくれる存在があったから。だが、今度はそれすら失った。私は愚か、私を受け入れてくれた人達まで否定され、そして、失うことになる。それで分かった。私は本当に、存在するべきではなかったのだと」
『……』
「だから私は、未だ生き続ける私を絶対に許さない。そして同時に、私から全てを奪った、あの男の生を許しはしない……」
「あの男を殺し、そして、私と言う存在を殺す!」
「そのためにトリシューラよ! お前を私によこせ!!」
「超融合!!」
『……ッ!!』
梓が叫びながら、取り出したカードを掲げた瞬間、トリシューラは、自分の身が引きつけられていくのを感じた。まるで重力、いやそれ以上に強い力が、自分を吸い寄せる。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
そんなものに吸い込まれてたまるか。だから鳴いた。
「……っ!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
だが、梓自身の言った通り、この世界の存在ではない。そして同時に、今は決闘中に発動した『超融合』の力で、梓のガンターラとグングニール、そしてアズサのグルナード、全ての力を備えた身。これだけで消えることなど無い。
だが、それによって成長した
「……っ」
咆哮を受けながらも、梓はカードから手を離しはしない。既に、決闘で一度カードとして使い、虎将の力、龍の力、そして勝利を奪った。その代償として、その力の半分が失われている。だがそれでも、残りの半分の力で、目の前の巨大な力、それを手に入れるため、退きはしない。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「私のものになれ、トリシューラアアアアアアアアアアアアア!!」
まるで、自分と同じように少年が咆哮した時、気付いた。
二人とも、あそこにいる。目の前の少年の中に、二人ともいる。
どうしてかは分からない。それでも、二人は今、あの少年の中にいるのか。
その事実に惹かれた。そして今、その事実だけが真実になった。
また、三人で世界を否定するんだ。そして願いを叶えよう。三人の夢を。
そんな夢想と希望を抱きながら、トリシューラは、半ば自ら飛びこむ形で超融合に吸い込まれた。
そして、後には動かなくなったトリシューラの残骸が地面に落ち、その力は、完全に梓と同化した。
「……」
トリシューラを奪った瞬間、掲げていた『超融合』は灰となり、梓の体は崩れ落ち、地面に横たわる。
「……これで……後は……貴様、を……」
それを呟いた瞬間、青の梓もまた、紫の梓と同じように、光りとなって消えた。
……
…………
………………
「……!」
「ノエリア?」
母親の腕に抱かれながら、風水師の娘、エリは、突然顔を上げる。
「……戦いが、終わった……」
「本当に?」
そんなエリの言葉で、周囲の者達は一斉にエリを見る。
「トリシューラが、いなくなった」
「本当か!?」
「うん。あとワームも、魔轟神も、全部いなくなった」
「マジかよ……」
「いなくなった? 俺達の敵が全部?」
「本当か……」
「終わったんだ……戦争が、終わったんだ……
「
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
歓喜、安堵、興奮、それらの声が、一気に壊れた里を包んだ。
戦争が終わった。
敵も全ていなくなった。
そのことで、それぞれの形で体中から溢れ出る喜び。誰もがその喜びに身を浸し、それを、絶叫と言う形で周囲へと轟かせた。
魔轟神も全部。その言葉の真意を理解できないまま。
「でも……」
そのエリの小さな声に、気付いたのは母親と、その前にいた数人だけ。
「……舞姫も、青も、紫も、ハジメも、カナエも、誰も帰ってこない」
「え……」
未だ喜びの絶叫が響く中、その話しを聞いた者達は、一様に落胆の色を浮かばせた。ワームを、魔轟神を、そして三体の龍を、全滅させ、自分達を救ってくれた英雄達。その死は、喜び以上の、悲しみそれぞれの心に芽生えさせた。
「……これからどうしようか?」
母親のそんな問い掛けに、エリは答える。
「別の所行こう」
「別の所?」
「うん。だって、もうここにはいたくないもん」
「……そう」
母親も、その気持ちを察したのだろう。エリに答えながら、共に立ち上がった。
「どこに行くの?」
「……お婆ちゃんが言ってた所」
「……ノエリア、それって……」
「うん。元いた場所に帰ろうよ。風水師の故郷の、『リチュアの海』」
「……」
母親は返事をしなかったが、それでもノエリアの手を引いて、歩いた。
その後、しばらく歓喜の声を上げていた者達も、立ち上がり、里に背を向ける。
「さて、とりあえず
「ずっと寒い場所にいたからな。暑いところ……となると火山か。よし、『ラヴァル炎火山』だ」
「さて、これからどうするお姉ちゃん?」
「そうだねぇ。私らの取り柄なんて、戦闘以外には飾りくらいしかないしねぇ……」
「じゃあ、
「おお、名案! そういえば火山地帯の近くに宝石が、取れるどころか歩いてるって噂を聞いたばかり」
「オッケー。じゃあ、行こー!!」
それぞれの行くべき場所を求め、歩き始めた。
もう、氷結界の里は存在しない。だからこそ、ここに立ち止まるのではなく、新たな場所を見つけよう。そしてまた、生きていこう。
そんな共通の思いを、胸に抱きながら。
……
…………
………………
視点:???
……
……
……?
ここは……
周囲を見ると、そこは私達がずっといた場所以上に暗い場所だ。
それは空間の暗さではではない。純粋な環境の暗さだ。黒い雲が太陽を隠し、一切の光を遮っている。
もう一度周囲を見る。地面は砂地。そして、まるでコロシアムのようだ。観客席のような場所に囲まれた砂地に、私は横たわっていたらしい。
「目が覚めたか?」
声が聞こえた。
そちらを見ると、男が一人立っている。
私が言えた義理ではないが、随分と異形な容姿だ。黒い服と鎖に身を包んだ、灰色の艶々しい肌に、鋭い目と牙と、頭には緑と白の頭髪か触覚か、頭は右に傾いている。
どこかで見たことがあるような……
「お前が何者かは知らないが、そのデッキと決闘ディスク。お前も、決闘者だな」
「……」
その姿をしばらく眺めた後、ようやく分かった。
「『暗黒界の狂王 ブロン』か……」
「ほぉ、よく知っているな」
そうか。伝説に聞いたことはあるが、ここが決闘モンスターズの精霊世界。
まさかこの私が来ることになるとは。そしてそこで初めて出会ったのが、私のデッキのモンスターとは。
「さあ、決闘を始めよう」
ふむ……
「そうしたいのは山々だが、無理だ。私にはもう、時間がそれ程残されていないらしい」
「なに?」
どうやら、この世界に送られた衝撃で、幽体である私の体は、姿を保っていられなくなっているらしい。もはや、決闘を一度するだけの時間も残されていない。
もうすぐ、成仏とやらの時間が訪れるのだろう。ずっと求めていた、その時間が。
だがその前に、
「代わりに、良い物をプレゼントしよう」
デッキから、一枚と五枚の魔法カードを取り出す。彼もどうやら興味を示したらしい。
これも何かの縁だ。私のデッキの精霊。彼らに、私に残された最後の財産、それを託してみるのもまた一興だ。
「これは、『邪心経典』」
……
…………
………………
視点:梓
……
……
……ここは……どこだ……
暗い……そして……何も見えない……
何も無い……何にも、触れられない……
私は……どこに……いる……
スゥ
……!
「誰だ……?」
突然、顔に手を乗せられる感触。
「ここに棲む者だ」
「棲む……?」
「そうだな。この場所に特別な名前は存在しないが、仮にそう……『憎悪の巣』とでも思ってくれたまえ」
「憎悪の……」
男の声がそう答えた直後、手が顔から離れた。
「さて、君は何を望む?」
「望む?」
「そう。私がここに来たのは、君の憎悪の願いを叶えるためだ」
「憎悪の、願い……?」
「そう。さあ、君はその憎悪を糧とし、何を望むのかね?」
「私は……」
私の望み……そんなもの、決まっている。
「私は、奴を殺すための、力が欲しい……」
力は手に入れた。だが、まだ足りない。もっと、確実に、そして絶対に奴を殺すための、そのための力を……
「ク、ククク……」
と、突然、聞こえてきた。何を、笑っている……?
視点:???
これは素晴らしい。
過去にも二人ほど、憎悪を抱いてこんな場所までやってきた者達がいた。そして二人とも同じように、そんな憎悪を向ける対象に向けるための力を欲していた。
だが二人とも、そんな憎悪の根源は、一人は怒り、もう一人は悲しみという、憎悪とは違った感情でしかなかった。まあ、普通はそれが当たり前だ。誰かに怒り、悲しみ、それが募ることで抱くもの、それが憎悪という感情であることも事実だ。
だが、一貫性の無い感情ほどもろいものも無い。根本の形が違う分、何かきっかけがあれば、簡単に揺らぐのだからな。
だがこの少年の持つ憎悪、その根源もまた憎悪とは、この若さで、ここまで純粋にして不変な憎悪は滅多に目に掛かれるものではない。
過去にここへ来た二人は、そもそもの技量を持っていなかったこともあって誰もが使えるような力しか与えることはできなかったが、この少年の技量は既に計り知れない。その上既に力を持っている。あの二人よりも、遥かに強力な力を使いこなせそうだ。
「良いだろう。この力を君がどう使いこなすか、私に見せてくれ」
パリィン……
第三部 完
お疲れ様~。
さて、ようやっと前のサイトで打ち切ったところまで来ましたわ。
この先はどうなることか、大海にも分かりませぬ。
新しく書き始める分今までほど早く上げられなくなると思うけど、そのこと踏まえて待っててくれる人、ちょっと待ってて。