遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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こんにちは~。
つ~わけで、第十一話いきます。
行ってらっしゃい。



第十一話 戦うということ

視点:梓

 今も胸に残る、強烈な一撃の感触。

 コウからの一撃。レイジオンからの一撃。

 けれど、どれも大した物には感じられなかった。

 なぜか……

 

 その時、あの二人とは、全く違う一撃の感触が、両手に蘇る。

 あの二人よりも遥かに強く、そして、胸に響いた一撃。

 

 そうだ、私は知っているんだ……

 

 あれ以上の、拳……

 

 

 帰りたい……

 

 帰らなければ……

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:アズサ

 二人は家に連れて帰って、傷の手当てと着物を着替えさせた後で布団に寝かせた。

 あの時、大層な見送りをされた後ですぐに戻ってきた僕らを見てみんな驚くやら呆れるやらしてたけど、血まみれになってた青紫を見て、すぐに状況を察してくれた。

 すぐに医者の人達が来てくれて、手当てしてくれた。

 みんな最初、青紫がこんなことになって落胆してたけど、レイジオンを倒したって聞いたら、それも無くなって、大喜びしてた。

 けど、確かにレイジオンを倒したのは大きいけど、僕にとってはそれ以上に……

 

 

 夜になっても、二人は目を覚まさない。

 今思い出しても、あの二人は強かった。

 レイジオンの言ってた通り、多分最初から刀を二人に持たせてたら、決着もあっという間だったんだろうな。て言うか、二人が刀を使うってことくらい、僕は最初から知ってたはずなのに、素手でコウを大人しくさせた印象が強過ぎたんだ。そう考えると、そもそも危険な旅だっていうのに、武器の一つも持たせなかった僕自身に対する間抜けさに腹が立ってくる。

 けど、本当に間抜けなのは、二人が血だらけになってるって言うのに、何もできなかったってこと。

 加勢しようとしたら引き戻されちゃうし、その後に、ハジメとカナエと一緒に撃った攻撃も、剣の一振りでおしまい。青紫に比べたらもちろん、結界の足場を作ったり、自分の刀をよこしたハジメや、そんなハジメを支えてたカナエの二人に比べたって、僕なんか、何もしてないのと同じだ。

 けど、実際は僕だけじゃなくて、ハジメやカナエもそう思ってる。

 里に戻って二人の手当てをした後、二人とも自分の無力さに落ち込んでた。特にハジメは、同じ刀を使う人間としても、二人の強さには耐えられなかったみたい。すごく落ち込んでた。

 あの時励ましてくれたのはハジメだったけど、ハジメ自身も、何もできずに見てて辛かったんだろうな。僕もそうだったし、カナエだって。

 

 そして今の僕は、青と紫が目を覚ますのを、黙って待ってるしか無い。

 もう無理に戦って欲しいなんて言わない。二人が無事ならそれで十分だから。

 だから、せめて目を覚まして。

 元気になって。

 また、僕らと野菜作って、美味しいご飯を作って食べて、決闘をしようよ……

 

 

 

視点:ハジメ

 青と紫はアズサに任せて、俺は縁側に座り、月を眺めている。二人に貸した、二本の刀を縁側に立て掛けて。

 二人の梓。戦っている時、傷だらけになりながら何度も立ち向かっていく姿は、勇ましいなんてものじゃなかった。知らずに恋して、いつも女に見えていた綺麗な顔が、あの時だけは、戦場で戦う男の顔になっていた。むしろそれは、勇ましいを通り越した、美しさだった。

 だが、それを最も際立たせたのが、まさか俺の、二本の刀だったとはな。

 

 御庭番という、守ることばかりが使命で、攻めることはどうしても不得手だった俺に、攻めることを強いることになったのが、この刀だった。

 戦争中は、女子供だろうと、戦える人間は全員戦わされた。小さな結界で自分や仲間を守ることしかできなかった俺が、刀を持ったところでまともに戦えるはずもない。一本でもまともに扱えなかったのに、それが二本だ。はっきり言って、刀の存在は苦痛だった。

 それでも俺は強くなるしか無かった。大勢の仲間を守るために。

 戦争中、教えてくれる人間などいるはずもない。技も立ち筋も全部独学だ。守ることしかできない人間が、守るために攻めることを覚える。今思えばとんだ矛盾もあったもんだ。

 戦争が終わって、新しい里で生活を始めて、やっと刀を置くことができると思ったら、ここですら刀を使うことを強いられた。それも、戦えない里の住民達を、入ってきたワームから守るため。

 また守るためだ。いい加減にしてくれ。攻めるための刀で全員を守る。もううんざりだ。

 だが、そんなことは誰にも言えない。言った所で無駄だし、戦えるのが俺達三人しかいない以上、仕方が無かった。

 どの道、いつ死ぬとも分からなかった戦争に比べれば、ここでそれをすることは遥かにマシだ。危険が少ない分、生き残る可能性の方が強いから。それは戦っていく度に自覚していった。何より、ここには俺より上手く刀を扱える人間はいない。その仕様もない事実から来る、優越感のようなものに浸って、陶酔している俺がいた。

 

 そして、そんな俺の前であの二人は、圧倒的な刀さばきを見せた。

 何度見ても見事だった。鎧のせいで苦戦していたレイジオンを、刀を持っただけで圧倒した。今までも青と紫の姿は輝いていたが、あの時ほど輝いていた姿は無かったように思う。

 同時に感じた。俺と言う、あまりにも愚かで、ちっぽけで、どうしようもなくバカな存在を。

 刀を使えるのは自分だけ。周りより少しだけ強い。そんな、あって無いような現実にばかり甘んじて、それだけに自分の存在価値を見いだして、自己満足ばかりしてた俺のことを。

 だが何よりも最悪だと思ったのが、俺がそんな強い二人に、嫉妬してるってことだ。

 今でも刀は嫌いだ。大嫌いだ。だが、長年腰に下げて、戦って、手入れまでしていれば、自然と愛着も湧いてくる。いつも俺の腰にある、俺だけの刀だ。

 それを、あの二人は俺よりも遥かに上手く使いこなして、刀も喜んでいるように見えた。

 それが妬ましかった。俺だけの刀を、俺以外の人間が、俺以上に、俺の目の前で使いこなして見せる。

 大嫌いだと言ってるくせに、結局俺は、刀っていう自分だけの武器に依存していたんだ。そんな物ばかりに、俺と言う人間の価値を求めていた。

 

 それを二人に気付かされた。結局俺なんて、刀が無ければ取るに足りない存在でしかなかったってことを。

 あの二人がこの刀を使いこなした以上、俺に残された取り柄と言えば、今日やったように結界を作ることくらい。青紫を守るか、足場を与えるか、それだけだ。

 それがどれだけの役に立つ?

 そう自問すれば、答えも自然と出てくる。

 役になど立たん。立つとしても、それでもあの二人にはあるだけ無意味だ。

 結局俺は、守ることも攻めることも中途半端、二人にとっても中途半端、どこまで行っても、中途半端な存在だ。

 どうしてそんな俺が、生意気に戦争で生き残ったんだ?

 俺以外にも、生き残るべき強い人間は大勢いただろう?

 それとも、中途半端だからこそ生き残っちまったのか?

 中途半端な存在として、生を真っ当しろって言うのか?

 

 ふざけるなよ……

 

 ……ス

 

 後ろに気配を感じた。わざわざ確かめる必要もない、感じ慣れた気配。

「カナエか……」

 こんな中途半端バカに、何の用だ……?

 

 

 

視点:カナエ

「ハジメ……」

 

 ガバッ

 

「……! おい……」

 衝動的な行動でした。

 色々なことに苦しくなってしまって、そんな時に目の前にいたのがハジメで、我慢できなくなって、抱きついてしまった。

「ごめんなさい……少しの間、こうさせて下さい……」

「……? ああ……」

 ハジメは相変わらず、淡泊に返事をするだけです。

 

 

 いつからこうなったんだろう。

 ハジメとアズサの二人とは、小さい頃からいつも一緒でした。お互いに家も近くて、ハジメとは同い年だったので、三人が出会って仲良くなるのに、大した時間は掛からなかった。それからは毎日遊んだり、お昼寝したり、ご飯を食べたり、まるで私も二人と家族になったようで、一緒にいることが嬉しかった。

 けど成長していくにつれて、いつの間にかハジメに対して、アズサとは全く違う感情を抱くようになっていった。いつも通り一緒にいるだけなのに、それだけで胸がドキドキする。話し掛けられただけで変に嬉しくなって、話しているだけで、その日が最高のものになったと感じる。

 そして、遂にはハジメの顔を浮かべるだけでも胸がドキドキするようになって、ハジメのことが好きなんだって考えた時、恋だと、やっと気付いた。

 けど、ハジメはそうは思っていないみたいだった。アズサがハジメにとっての姉なのと同じように、ハジメにとって私は、単に妹のような存在だと思っていたのでしょう。

 結局そうやって、気持ちも伝えられず、モヤモヤしたまま、ハジメは氷結界の守護者である御庭番、私は氷結界の女突撃部隊である封魔団の一員という、それぞれ別の道へ。舞姫としての役割を担っていたアズサとも会えなくなった。

 

 そして、ずっと会えなくなったまま始まってしまった戦争。

 お互いに無事かも分からないまま、否応無しに戦わされる毎日。戦争自体も御免だったけど、本当に最悪だと感じるのは、二人が、ハジメが命を落としたという報せを聞くこと。

 厳しい訓練にも戦いにも、時に人殺しにも耐えてきたけど、それだけは絶対に耐えられなかっただろうから。

 

 戦争が終わって、この結界ができて、初めて二人の無事を確認した。

 嬉しかった。二人に、そして、ハジメに生きて再開できたことが、何より嬉しかった。

 そして、そのまま三人で、新しい生活をすることになったのも、嬉しかった。

 二人が私の作った料理を食べてくれること、嬉しかった。

 三人で戦って里を守ることができる、嬉しかった。

 そこに青さんと紫さんも加わって、五人で楽しく暮らして、嬉しかった。

 なのに……

 

 

「なあ、カナエ」

 突然、黙っていたハジメに話し掛けられた。

「あの二人は、お前から見てどうだった?」

 あの二人……

「……とても、強いと感じました。私達よりもずっと」

「ああ。俺はあいつらに、結界で足場を作って、最後は刀を渡した。だが、それ以上は何もできなかった」

「……はい」

 私も同じです。加勢しても全く役立つことができず、傷ついていく二人を見ていることしかできなかった。

「あいつらは、俺のよこした刀でレイジオンを倒した。俺の刀で……」

 それは、いつもと同じ淡泊な口調で話していますが、とても辛そうでした。

「情けない。あの二人を見て初めて気付いた。俺なりに、刀は使いこなしてるつもりだったのに、俺の手にあるばかりに、二本とも、ほとんど力を発揮できてなかった。望んで持っていたわけじゃないが、ずっと俺の手元にあったばかりに、こいつらは……」

 それは、私に話し掛けていると言うより、まるで独り言のようでした。

「……ハジメは、刀が嫌いですか?」

「……」

 黙ってしまいました。

 実際、そんな疑問を持つようなことをハジメは話していない。けれど、なぜか苦しげに話す姿には、刀に対する哀れみと言うより、刀に対する、皮肉と苦しみが込められているように聞こえました。

「……大っ嫌いだ」

 正直に答えてくれた。

「御庭番の役目は知ってるよな?」

「……一族を守るために、結界の力を司る、里の守護者」

「できるのは本当に守護だけだ。三人の虎将達や、お前達みたいな封魔団と違って、戦うこと以上に守ることを強いられる。戦争が始まるまで誰かと戦ったことなんて、一度も無かった。なのに、触ったこともない刀を握らされて、習ったこともない戦いを強いられて、今まで守れと言っていた奴らは、平気で攻めろと言い出した」

「……」

「それでも、御庭番になったことに後悔は無い。御庭番になりたいと思ったのは事実だし、そのために努力もしてきた。それを否定する気は無い。ただ耐えられなかったのは、それまで信じてきた物を平気で否定されたことだ。里を守れ。攻めることは考えず、里の盾になれ。それが今度は、守るだけじゃダメだ、戦え。武器を取って、里の盾になれ……」

「……」

「確かに、守るには強さだって必要だろう。当たり前だ。けど、その強さを否定して、攻めることを放棄させられたのが俺達だ。そう考えると、攻めることにしか使えない刀が、憎く思えた。誰かを傷つけることしかできないくせに、そうやって誰かを傷つけることが、誰かを守るってことだからな。俺の存在意義を全部、この刀に奪われた気がした」

「……ずっとそう思ってたんですか?」

「ああ」

「その刀を、この里に住んでからもずっと使ってきたんですか?」

「他に無かったからな。結界と、中途半端に覚えた技以外、戦う手段が」

「……」

 どうして……

「どうして、言ってくれなかったんですか?」

「……」

「答えて……」

「……分かるだろう」

 ……

 はい、分かります。

 戦うことが苦痛でも、私もハジメも、戦うしかなかったから。

 私も同じです。何も戦いたくて封魔団に入ったわけじゃない。突撃部隊と言っても、その目的はあくまで自衛、侵略になど使わないことが前提の力でしかありません。

 何より私が封魔団に入ったのは、ただ、ハジメと同じでいたかったから。御庭番であるハジメと一緒に、場所は違っても、同じ役割を持って、氷結界を守っていけたら、そう考えたから。

 けれど戦争は、家族や仲間十人の命より、敵一人の命が十倍以上の価値を持っていた時代。そんな時代を生き残るには、得た力を使って、もしくは新しく力を得て、戦って生き残る以外に無かった。全員が、戦って勝つことばかりに存在意義を見いだして、そうすることだけが、生きている証として扱われていた時代。

 生きるために戦っているんじゃない。戦っているから生きていられる。

 戦いたくなんてないのに……

「今日の青と紫を見て、分かったよ。結局この惑星(ほし)の戦争は、終わってなんかなかったんだ。俺の刀が、その証拠なんだな……」

「……」

 

「なら、私がそれを終わらせます」

 

『……!!』

 

 

 

視点:外

 縁側に座るハジメとカナエ、二人の前に立った、

「梓! もう起きたのか!?」

 そんな言葉も構わず、おぼつかない足取りで二人に近づいてく。月光に光る廊下に立った時、夜の暗さに隠れていた浴衣の青が輝いた。

「青か。紫は?」

「……まだ、眠っています」

「アズサはどうした?」

「さあ。目を覚ましてから姿は見ていませんが」

「一体どこに?」

「分かりません」

 言いながら二人に近づき、その場に座ろうとした。だが、いつものように正座しようと、浴衣の下に隠れる、包帯と青あざに包まれた足を床に着けた途端、その声と顔が、苦痛に歪んだ。

「無理をするな」

 二人は立ち上がり、梓の体を左右から支えながら、縁側に座らせ、二人もまた梓を挟む形で左右に座る。

「……すみません」

 梓は深刻な顔を見せながら、言葉を続ける。

「あれだけ大きな口を里の人達に叩いておきながら、最初の一人目でこの有様です。こんなことで私は、皆さんの願いを叶えることができるのでしょうか」

『……』

 傷つき、倒れながら、それでもなお戦おうとする。そんな梓の姿に、二人は言葉を失っていた。

「……どうして……」

 その小さな呟きに、梓はハジメを見る。

「どうしてそこまで戦おうとする? それだけの目に遭っておきながら、どうして?」

 ハジメのその質問に、梓は笑顔を見せる。

「……それが、私の見つけた答えだからです」

「答え?」

「ええ。紫さんに促されたからではない、私が戦うと決めた、私だけの答え……」

「……聞かせて頂けますか?」

 今度はカナエに笑い掛け、そして、話し始めた。

「本当のことを言えば、私はまだ疑問に感じております。戦おうともせず、夢や理想を語るだけの人達のために、戦争を知らない私などが、戦ってもいいものなのかと」

『……』

「けど、だからこそ私が戦わなければいけない。そう思いました」

「どうして?」

「私は戦争を知りません。怒りも憎しみも、それが日常と化してしまった場所もよく知っているけれど、おそらくそれは戦争ではない。そして、ここはそんな戦争という世界。私はそれを知らず、ただあなた方の思いを否定してしまった。私は否定することしか知らなかった。間違っていると感じたことを、例え理由があり、それが誰かにとってどれだけ正論だとしても、自分の間違っていると感じてしまった物を、否定することしかできない、愚かな人間です」

「……」

「だから戦うのです。私は、あなた達の言葉や思いを否定することしかできない。だから今度は、あなた方をそうしてしまった、この世界を否定します。あなた方の言う、戦争の終わらない、戦うことを強いられる世界。どれだけの時間が過ぎても、嫌悪すべき武器を捨てることができない世界、明らかに間違っていると確信できるそんな世界を、私が否定します。魔轟神、そして三匹の龍を倒して。そして、その時こそ肯定するのです。あなた方の、思いと夢を」

『……』

 それは、旅立つ前には見られなかった、疑問も疑念も無い、確信と希望に満ちた表情と言葉だった。

「……強いんだな。本当に」

「私達とは、大違いです」

「当然のことですよ」

 今度は二人に、疑問を浮かべた顔を見せた。

「私はあなた方とは違います。生きた時間も場所も、思いも意識も全く違うのですから」

「だが、少なくとも戦うことは怖くないのか?」

「怖い? なぜ?」

 ハジメの質問に、梓もまた疑問を浮かべた。

「怖くないっていうのか? 戦うことが」

「なぜ怖いのですか? 戦って負けた方が死ぬ。当然のことではありませんか」

「……」

 先程まで、あれだけ強いと感じていた梓の姿が、なぜか違って見えた。

 この時二人が共通して感じた物、それは、強さに対する畏敬でも、その志への感銘でもない。

「……何となく分かった。お前のそれは強さじゃない。もっと純粋な……」

『……』

「……?」

 二人が梓に感じた物、それはまるで、親が何も知らない子供を見た時に感じるような、言い知れぬ不安と、言い知れぬ恐怖。まさにそれだった。

「お前は本来、戦うべき人間じゃない」

「ある意味、あなたがあの時言っていた言葉は正しかったのでしょうね」

「……? ですが、戦える人間は、私と梓さんしかおりません」

「皮肉な話しだよな……」

 梓は戦いに身を置かせるべき人間ではない。そして、そんな人間が力を持ってしまっている。戦争という世界だからこそ起きてしまう、滑稽なる矛盾だった。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

 アズサの心配をよそに、梓は二人とも、体中の包帯や絆創膏を全て外していった。

「一晩眠れば十分です」

「始めから大したことは無い」

 そして、全てを外し、その体を晒した時、

「うっそぉ……」

 昨夜まであったはずの無数の傷、それらが全て、消え失せてしまっていた。

「あんたら本当に人間なの?」

「だと思います」

「時々自分でも疑わしくなりますが」

「……まあ、元気になったなら良かったけど……」

「では、行きましょうか」

「行くってどこに?」

「まだ魔轟神が三人、龍も三匹いるのでしょう?」

「……やっぱ行くんだ」

『当然です』

 二人の言葉に迷いは無い。それが分かるだけに、三人ともその心境は複雑だった。

「あのさ、僕らに気を遣ってるなら言って。もう無理して戦うこと無いからさ。レイジオンを倒してくれただけで二人とも十分やってくれたよ」

『……』

 労いのつもりでそう言ったアズサに対し、二人は目をジトませる。

「なに、どうかした?」

「それは本気で言っているのですか?」

「本気でって、そりゃまあ、本気で思ったことだけど……」

「そうですか……」

 今度は同時に溜め息をつき、顔を伏せた。

「アズサ、あなたは思っていたより愚かな人ですね」

「え?」

「聞きますが、レイジオン一人を倒して、この里の何が変わったのですか?」

「……」

 確かに脅威は一つ消えた。だが、それだけで、平和が一つ訪れたわけでも何でもない。

「どれだけの過程があろうとも、そこに結果が無ければそれらは全て無意味な行動となってしまいます」

「例えレイジオンが倒れた所で、それだけで終わらない以上続ける他ない。そうではありませんか?」

「……」

 何も言い返すことができなかった。

 いつでも梓達は正しい。言葉も、意志も、存在さえも。

「……ごめん」

 だから、一言謝ることしかできなかった。

「構いません。あなたの気持ちは、伝わりましたから」

 紫の梓が話し掛けながら近づき、アズサを慰めた。

「……」

 そしてそれを、青の梓は無言で見ていた。

「それで、私達の服は?」

「ああ……」

 カナエが思い出したように声を上げた。

「レイジオンとの戦いでボロボロになったからな。仕立屋にも持っていったが、修復は無理らしい」

「そうですか……」

「……そだ!」

 突然アズサが声を出し、屋敷の奥へと急いだ。そして戻ってくると、

「これ着なよ」

『?』

「おいアズサ、これは……」

「え、本気ですか……?」

「うん。多分二人には似合うだろうから」

「ああ、そういう意図か……」

「いや、他に何があるっての?」

 三人の会話に耳を傾けつつ、二人はその服を手に取り、広げて眺めた。

「ほう……」

「これは……」

「ねえ、着てみなよ」

「あ、はい……」

「では……」

 二人は同時に返事をし、浴衣に手を掛けた、が、

「待て待て待て待て! 着替えは隣の部屋でやれ!!」

「はい?」

「なぜ?」

「何でもです!!//// また気絶させる気ですか!?////」

「不便ですねぇ」

「たかだか一男子の裸体ごときに」

「……お前らの場合は一男子とは言えないんだよ……」

 ハジメのそんな呟きに疑問を抱きながら、二人は隣の部屋へと移動した。

 

 

「どうでしょう?」

「ほぉ~……」

「似合う、とは思うが……」

「今まで女性の格好をしていただけに、違和感が……」

 それは評価であると同時に、皮肉でもあった。

 赤紫色の、上と下が一体となり体全体を包みつつ、動き易さを重視した様相。更には金属をあしらった長靴や手甲、腹部に刻まれた氷結界の紋章が光る。

「アズサ、この服は?」

「『水影装束』って言うんだ。『水影』ってのは、要は氷結界の忍者達のことで、それはその人達の着る服。ちなみにうちにはその二着ともう一着ある」

「計三着……」

「まあ別にどうでも良いことだけど」

 そう言いつつ、今度は二人が着替えている間に足下へ持ってきていた箱に手を伸ばした。

「これ、武器」

「武器……」

 開いた箱の中には、幾つものクナイと手裏剣、正に忍者の使う飛び道具が詰まっている。

「だいぶ昔のだし、どの程度使えるかは分からないけど、無いよりマシだし持ってて」

『……』

 二人は無言でそれらを取り、装束の懐、その他隠せる場所に詰め込んでいった。

「おい」

 武器を手に取る二人に、ハジメが話し掛けた。

「武器なら、これを持っていけ」

「これは……」

 それはいつもハジメが腰に下げている、二本の刀。

「俺なんかより、お前達の方がよほど有意義に扱ってくれる……」

 ハジメが言い切る前に、二人は揃って、ハジメの手に自分の手を添え、引き戻した。

「これはあなたが持つべきものです」

「私達の使って良いものではない」

「だが……」

「大丈夫です。それが全てではありません」

「何より、それはあなた以外の、誰の物でもないのですから」

「……」

 梓の言葉と、純粋な笑顔に、ハジメは刀を、自分の腰に戻した。

 

「それでさ、行くなら昨日、一つ考えたんだけど……」

 二人が武器を手に取った後で、アズサは四人の顔を見つつ、話しを切りだす。

「多分このままじゃ二人とも、魔轟神は倒せても、三匹の龍までは厳しいかなって思うんだ」

「それは、確かにな……」

「正直、レイジオンに苦戦しているようでは、刀があっても勝てるかどうか……」

『……』

「そこで!!」

 暗くなりかけた四人を前に、アズサは大声を上げる。

「これから青紫をさ、虎将達の元へ連れていこうって思うんだ」

『!!』

 その提案に、驚いたのはハジメとカナエ。

「まさか、二人にあの力を?」

「うん。それしか無いと思う」

「あの力とは、昨日話していた、虎王の力のことですか?」

「そ」

 アズサは二人を見ながら、説明を始めた。

「虎将の三人は里の結界を作ったのと引き換えに死んじゃったって言ったじゃん?」

「ええ」

「その遺体はさ、それぞれの結界の柱として、三方陣のために三人の立った位置に立ったままなんだ。そしてその近くには、そんな三人に力をあげた虎王達もいる。つまりそこに行って虎王に認めてもらえたら、君達も虎将の力を貰えるってわけ」

「どうすれば認めてもらえるのですか?」

「試練みたいなものを与えられるから、それを達成したら貰えるみたい」

「認められなかったら?」

「その時は……力は貰えない。最悪虎王を怒らせちゃうかも。昔そうやって、力を過信して虎王を怒らせちゃった人達たくさんいたから。それがどうなったかは……言わなくても分かるよね?」

「つまり、賭けですね」

「うん。そうなっちゃう」

『……』

 また沈黙が広がった。

 が、

「分かりました」

「行きましょう」

『!!』

 二人の返事に、三人はまた驚愕した。

「虎将達はどこに?」

「えっと、三人とも、里から同じだけの距離、三時別々の方向にある山の頂上」

「三か所ですか。では二手に分かれましょうか」

「二手?」

「話しを聞く限り、その虎将の力とやらを得ることができるのは、一つにつき一人のようですね」

「確かにね」

「なら大勢で固まり一つずつ行動するよりも、別れて同時に行った方が効率的です」

「その通りだ。それは正しいが……」

「その分危険も増えますよ……」

「大丈夫。その時は皆さんで力を合わせましょう」

 それは、三人にとって意外な言葉だった。これまで自身の力のみで戦ってきた二人が、そんな二人では無く、自分達の力を頼りにしてくれている。

「……分かった」

「行きましょう」

「はい」

「お願いします」

 こうして、それぞれ二手に分かれた別行動が決定した。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:梓

 

「では、行きましょう」

「ええ。お互い、御武運をお祈りします」

 

 梓さんと向かい合い、それぞれの方向へと歩いていく。時計で言えば、私が四時、彼が八時の方向へ。

 そして、私と共に来てくれることになったのが、

「さあ、これからどうなるか……」

「何があっても負けません……」

 ハジメさんと、カナエさんのお二人です。私が希望し、お二人にご案内をお願いしました。

「しかし、なぜ俺達二人を?」

「なぜも何も、あなた方はお二人の方がよろしいかと思い」

「……////」

「どうしたカナエ?」

「いえ、何も////」

 一人顔を高揚させるカナエさんと、特に気にしていないハジメさん。

 やはり、若いとは良いですねぇ。

 もっともこの二人もそうですが、理由はもう一つ。

 あの二人もまた、二人きりにすべき二人だと感じたので。

 

 

 

 




お疲れ~。
戦うことが日常と化すことほど、ある意味一番怖いことって無いのかもしれないね。
全員がそれぞれ色んなこと思って戦って、それが相手にとっちゃ悪なわけだから戦うしかなくてね。
そんな時代が続けば、梓みたいに戦って死んだりすることに何の疑問も感じない人ってのも生まれてしまうんだろうな。
やることは人それぞれあっても、その時代にやることは結局、戦うことが最優先でそれ以外許されないんだからね。
まあ長くなったけれど、こうして二人は決戦前に強くなるための旅に出るわけです。
これからどうなっていくのか、その続きは、ちょっと待ってね。

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