遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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あぁああああああああああああ~……

そんじゃら、予告した通り、今回で、決闘の完結編になりますえ~。

そったらことで、行ってらっしゃい。



    最後の光 ~最後~

視点:佐倉

(クソ……なにか無いか? 俺にできることは、なにか……っ)

 目の前で起きてる、あまりに非常識な光景の最中、今の俺が考えてるのはそれだ。

 正直に言えば、今でも理解が追いつかないことだらけだ――

 

 この島に来たのはたまたまだ。ツバインシュタイン博士に拾われて以来、決闘に勉強、そして、研究の日々だった。そこに、博士の母国であるミズガルズ王国の、オージーン王子からの突然の命令で、決闘アカデミアで決闘することが決まった。

 研究の途中ではあったが、ちょうど博士も助手の俺たちも行き詰ってたところだったし、ちょうどいい息抜きだと俺も博士も思っていた。

 俺と同じ助手で、同年代だが俺以上に研究者気質であるゴドウィン兄弟は、残って作業を続けることになり、俺は博士についていった。

 で、決闘アカデミアで決闘を終わらせて、その後はのんびり日本を観光してから帰る予定だった。

 

 だが、そうもいかなくなった。

 キッカケは、これもたまたま、持参しておいた機械を見てのことだ。

 世界中の決闘者が集まるこの大会でなら、もしかしたら変わった反応が見られるかもしれない。そんな、博士の好奇心から持ってきておいた、決闘の反応とそのエネルギーを探査し、計測する機械。

 それが、普通の決闘ではありえない、異常な数値を記録したことで、この島で起きようとしている異常に気付くことになった。

 その発生源を調べていくうち、平家あずさに出会い、そして今日、この工場を見つけ、その理由と、それを起こした黒幕を知ることになった。

 

 で、さっきから話を聞いているんだが……

 正直、決闘以上に学業の方には自信があったつもりだが、それでも、目の前で起きていることには混乱するばかりだ。

 しかも、そんな俺の前で決闘が始まって、そこで、チューナーだの、シンクロだの、プラネットだのと、俺の知らないカード達が次々に繰り出される。

 ぶっちゃけ今も、三人の女の子に置いてけぼりにされている状態だ。

 

 そんな、頭の固い駆け出し研究者の俺でも、これだけは分かる。

 目の前にいる、水瀬梓。あいつが今、俺と決闘した時と同じ、自分じゃない別人に操られて、決闘していること。そして、そいつがとんでもなく卑怯な手をいくつも使っていること。挙げ句、とうの水瀬梓を人質にして、そのせいで、精霊だっていう女の子が動けないことも。

 何も知らない、部外者でしかない、そんな俺ではあるが、決闘で卑怯なことをしてるっていうなら話は別だ。

 こんな決闘、放っておくわけにはいかねぇ……!

 

(とは言っても、どうする……この状況を、どうやったら覆せる……?)

 考えろ……

 未だに上に開きっぱなしの大穴……異世界への扉。あれは今はどうでもいい。放っておいて良いものではないだろうが、計画が失敗したのなら、アイツにも俺たちにも、もう意味は無い。

 問題なのは、水瀬梓の中に入って、体を操ってる、決闘モンスターズの精霊だ。

 そいつを引きはがさなきゃならない。

 だが、それだけじゃどっち道、決闘自体を行っている、水瀬梓が決闘からは解放されない。

 つまり必要なことは、レイヴンてやつを、どうにか梓の中から引きずりだして、決闘してる奴を、梓から、レイヴンに入れ替える。

 

(そんなことができるのか……違う、やるんだ!)

 ずっと考えてた。頭から離れなかった。俺が退学した、あの日のこと。

 自暴自棄になって、カードのカツアゲばかりして、その後の決闘がトラウマになった。だが、万丈目が、平家あずさが俺の心を変えてくれて、それでようやく、自分の過ちの大きさに気付いた。

 それを、水瀬梓に対しての償いをする、最初で最後のチャンスが今だ。

 あの時のデカすぎる借り、それを返すには、これくらいしてみせねぇと……!!

 

(考えろ……考えろ、不動。お前はもう、ゴミクズ野郎の佐倉なんかじゃない。生まれ変わったんだ。考えろ、不動博士、こいつらを救うために、その方法を、考えろ……!)

 

 

 

視点:外

 

 

梓(魔轟神レイヴン)

LP:500

手札:0枚

場 :モンスター

   『The suppression PLUTO』攻撃力2600-2600

   『魔轟神獣ユニコール』攻撃力2300-2300

   『魔轟神レイヴン』攻撃力1300-1300

   魔法・罠

    セット

 

アズサ(氷結界の舞姫)

LP:4000

手札:3枚

場 :モンスター

   『The tripping MERCURY』攻撃力2000

   魔法・罠

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

    セット

 

 

「私のターン!」

 

手札:0→1

 

「『The suppression PLUTO』の効果! カード名を一つ宣言し、相手の手札全てを確認する」

「永続罠『デモンズ・チェーン』発動!」

 前のターンのユニコールと同じ、冥王星の悪魔の足もとから伸びた悪魔の鎖が、その全身に巻きつき、縛り上げる。

「いい加減、手札覗くのやめてよね。スケベ」

「スケベとはひどいな。ピーピングは立派な戦術だろう……うむ。速攻魔法『神秘の中華なべ』発動! 『The suppression PLUTO』をリリースし、守備力を選択。その数値分、ライフを回復する」

 

LP:500→2500

 

「こっちはトドメをさせないって分かってるくせに、ライフはちゃっかり回復するんだね」

「君が心変わりを起こし、いつこの男を犠牲にしようとするかも知れんからな。敗北しても、私は、特に不都合は無いが、それでも勝利するに越したことはない……もっとも、結果がどうあれ、全て私が勝利するようにできた決闘だがな」

「……っ」

「次だ。伏せカードオープン、装備魔法『早すぎた埋葬』! ライフを800払い、『魔轟神ディアネイラ』を攻撃表示で蘇生、このカードを装備する!」

 

LP:2500→1700

 

『魔轟神ディアネイラ』

 レベル8

 攻撃力2800-2800

 

「これで再び、お前の発動する通常魔法カードの効果は全て、私の手札を一枚捨てる効果となる。ユニコール、レイヴンは守備表示に変更」

 

『魔轟神獣ユニコール』

 守備力1000

『魔轟神レイヴン』

 守備力1000

 

「ターンエンドだ」

 

 

LP:1700

手札:0枚

場 :モンスター

   『魔轟神ディアネイラ』攻撃力2800-2800

   『魔轟神獣ユニコール』守備力1000

   『魔轟神レイヴン』守備力1000

   魔法・罠

    装備魔法『早すぎた埋葬』

 

アズサ

LP:4000

手札:3枚

場 :モンスター

   『The tripping MERCURY』攻撃力2000

   魔法・罠

    永続魔法『生還の宝札』

    永続罠『デモンズ・チェーン』

    セット

    セット

 

 

「……僕のターン!」

 

アズサ

手札:3→4

 

「さあ、どうするね? こちらには、攻撃表示のディアネイラが棒立ちだ。伏せカードも無い。お前のMERCURYの効果で攻撃力は0になっているぞ? 攻撃するかね?」

 

「梓ー」

 

 梓の……レイヴンの語り口調を遮りながら、アズサは、気さくな声を上げた。

「聞こえてる? 梓、僕の声、聞こえてるかな?」

「ハッ……聞こえるわけが無いだろう。水瀬梓は今、私に意識すら奪われた状態だ。お前たちの声など――」

「黙っててよ。僕は今、梓に話しかけてんだよ、お前じゃなくてさ」

「フン……」

 それ以上は、レイヴンも口を閉ざした。

 どうせ、今さら何をしても無駄だ。アズサが攻撃などできるはずもない。

 なら、最後の悪あがきか慰め合いか。それを、聞いてやるくらいは良いだろう……

 

「ねぇ、梓……今だから言うけどさ、実は僕、君にずっと、隠し事してたんだよね」

 苦笑し、頭を掻きながら、告白を始めた。

「梓がこの時代でさ、初めて『氷結界』のカードに出会った時さ……実は僕、あの時、少しだけ君の中から出てきてさ、カードを抜き取っておいたんだよね。君に見つかんないように、カードを二枚だけさ」

 それはつまり、梓が自在に操り、使いこなしてきた氷結界の中で、梓に存在を知らせなかったカードが二枚、あるということ。

 それを、申し訳ないと顔に出しながら……

「そのカードをさ……今、見せてあげるよ。僕がずっと、君に見つかんないよう隠してたカードを……」

 

「リバースカードオープン、速攻魔法『速攻召喚』! これで手札のモンスターを通常召喚できる……『氷結界のお庭番』、『氷結界の封魔団』、二体を召喚!」

 青色の長いマフラー。桃色の裾長の装束。

 それが同時に、フィールドに揺らめいた。

 そんな光景のすぐ後には、氷結界たちの多くに共通する、きらめく白髪の、一方は短髪、一方は長髪。

 髪型から、服装から、果ては武器から、何もかもが対照的な、少年と少女。

 アズサと同年代らしい、美少年と美少女の二人がフィールドに並び立った。

 

『氷結界のお庭番』

 レベル2

 攻撃力100

『氷結界の封魔団』

 レベル4

 攻撃力1200

 

「まさか……それが、隠していたカードだというのか? どんなカードかと思えば、レベルも攻撃力も貧弱な、そんなカードがか? これは傑作――ッ」

 並んだ二人のモンスターの姿に、高笑いを決めようとした梓の口が、突然閉ざされる。

「なんだ、これ、は――」

 

「――ハジメ、さん……カナエ、さん――?」

 

「ええーい! 喋るな、うっとうしい!」

 ほんの一瞬、意識を取り戻して、並んだ二体に向かって、名前を呼んだ。そしてまた、レイヴンによって押さえつけられる。

「そう……初めてカード達に会った時ならともかく、今なら分かるよね? 君が、あの世界で、僕と一緒に暮らしてた……僕の弟と、その彼女の二人がさ」

 自身の前で、並ぶ二人の背中を眺めながら、シミジミと、哀し気に、話しかけた。

「最初、この二人のカード見つけた時は、君と同じで、ショックで、辛かったよ。あの二人の最期、嫌でも思い出してさ……けど、それでも嬉しさも感じた。この二人も、僕と一緒にカードになったんだって。カードとは言え、またこの二人と一緒にいられるんだって。あいにく、この二人は僕と違って、精霊にはならなかったみたいだけどさ、それでも、また梓と僕と、四人で一緒にいられるんだって――」

「うるさいぞ!! 黙れ!! さっさと決闘を進めろ!!」

「……バトル! まずはMERCURYで、『魔轟神獣ユニコール』を攻撃!」

 蒼色の騎士が、ひざを着いている白馬へ走り、両の剣で真っ二つにした。

「続けて、封魔団でレイヴンを、御庭番で『魔轟神ディアネイラ』を攻撃!」

 封魔団が、ひざまづく魔轟神へ呪文を呟く。氷の剣が一斉に飛んでいき、発端の分身を蜂の巣に変えた。

 御庭番が、両手に構えた剣を巨神に振った。あまりに貧弱な斬撃も、力を奪われた巨神を倒すには十分な威力だった。

 

LP:1700→1600

 

「にしても、カナエはまだ分かるけど、なんでハジメはこんなに弱くなったのかな? アイツ、あれで結構強かったんだけど……」

 カードになった三人の中で、なぜだか一番弱くなってしまった可愛い弟の姿に、そんな疑問は常々感じていた。

 そんな二人が、アズサの前に戻ってくる。

「どう? お前に生贄にされて消えていった、二人の攻撃を受けた気分はどうだよ?」

「たかだか100のダメージで、こたえるわけが無いだろう……第一、そんな二人など知らん。殺すか生贄にするか、その程度の価値しかない人間の存在など、わざわざ覚えていられるものか」

 そんな物言いに、何度目か分からない怒りが沸くが……すぐに、冷静になった。

「そうだよね。お前はそういう奴だよ……けど、君は違うよね、梓?」

「だから、覚えていないと何度も――ハジメさ……カナエさ――黙れと言っているのだ!! 早く決闘を進めろ!!」

「……メインフェイズ。魔法カード『マジック・プランター』! 僕の場の表側表示の永続罠カード『デモンズ・チェーン』を墓地に送って、カードを二枚ドローする」

 

アズサ

手札:1→3

 

「御庭番が場にいる限り、僕の場の氷結界たちはモンスター効果の対象にならない。更に、封魔団の効果! 一ターンに一度、手札の『氷結界』……『氷結界の水影』一体を墓地へ送ることで、次の僕のターンエンドフェイズまで、お互いに魔法カードを発動できなくなる」

 

アズサ

手札:3→2

 

「こちらの魔法カードを封じにきたか……」

「カードを二枚セット。ターンエンド」

 

 

アズサ

LP:4000

手札:0枚

場 :モンスター

   『The tripping MERCURY』攻撃力2000

   『氷結界の御庭番』攻撃力100

   『氷結界の封魔団』攻撃力1200

   魔法・罠

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

    セット

 

LP:1600

手札:0枚

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    無し

 

 

「それで終わりか? 生前の家族に酷似したモンスターを呼び出し、私に呼びかけただけか? それで何が変わった? 魔法カードは封じられたが、私の場を全滅させ、僅かにライフを減らしただけ。何一つ、状況は好転してはいないぞ?」

「……」

「そんなことで、私の内に眠る水瀬梓を取り戻せるとでも? 古臭い童話でもあるまいに……人間の考えは理解できんよ」

「別に良いよ。理解なんか求めないから」

 

「では私のターン」

 

手札:0→1

 

「……モンスターをセット。これでターンエンド」

 

 

LP:1600

手札:0枚

場 :モンスター

    セット

   魔法・罠

    無し

 

アズサ

LP:4000

手札:0枚

場 :モンスター

   『The tripping MERCURY』攻撃力2000

   『氷結界の御庭番』攻撃力100

   『氷結界の封魔団』攻撃力1200

   魔法・罠

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

    セット

 

 

「僕のターン!」

 

アズサ

手札:0→1

 

 アズサがカードをドローした直後、引いた手の真上に、ギロチンが現れた。それが真下の、カードに振り下ろされ、真っ二つに切り裂いてしまう。

「『命削りの宝札』の効果で、手札を全て捨てる……」

 

アズサ

手札:1→0

 

 手札をゼロにしながらも、フィールドを見据え、次に打つ手を考える……

(レイヴンのモンスターは、裏守備モンスターが一体だけ。MERCURYであれを倒して、御庭番と封魔団の二人で攻撃しても、ライフはギリギリ残る。この二人の攻撃なら、梓も目を覚ましてくれるかも……)

 

「バトル! 『The tripping MERCURY』で、裏守備モンスターを攻撃!」

 みたび、両手の剣で攻撃を仕掛ける蒼騎士。その攻撃が届いた直後、伏せられたモンスターは姿を現し……

「『サイバーポッド』のリバース効果! フィールド上のモンスター全てを破壊する」

「なっ……!」

 

「また禁止カードを……!」

「モンスターも、やっぱ入ってますよね、そりゃ……」

 

「ククク……何を狙っていた?」

 アズサに向かってあざ笑っている間にも、場のモンスターは全滅する。

「その後、お互いにカードを五枚ドローし、その中のレベル4以下のモンスター全てを表側攻撃表示、または裏守備表示で特殊召喚する」

 梓はカードをドローし、その中のモンスターをフィールドに出した。

 

『魔轟神ガルバス』

 レベル4

 攻撃力1500

『魔轟神ウルストス』

 レベル4

 攻撃力1500

『魔轟神獣ルビィラーダ』チューナー

 レベル4

 攻撃力1100

 

 棘の生えた、太い異形の腕に鉄球を握った鎧騎士。黒衣と黒翼は同じだが、肉体は骨だけになっている不気味な存在。頭に冠を被った小さな黄色の鳥。

 そんな三体が、レイヴンの前に並び立った。

「くぅ……」

 同じようにアズサもカードをドローし、対象となるモンスターを並べた。

 

『氷結界の舞姫』

 レベル4

 攻撃力1700

『氷結界の守護陣』チューナー

 レベル3

 攻撃力200

『氷結界の伝道師』

 レベル2

 攻撃力1000

 

アズサ

手札:0→5→2

手札:0→5→2

 

「更にこの瞬間、『魔轟神ウルストス』の効果が発動する。私の手札が二枚以下である場合、私の場の魔轟神どもの攻撃力を400アップさせる」

 

『魔轟神ガルバス』

 攻撃力1500+400

『魔轟神ウルストス』

 攻撃力1500+400

『魔轟神獣ルビィラーダ』

 攻撃力1100+400

 

「……けど、まだバトルは続いてる! 『氷結界の舞姫』で、『魔轟神獣ルビィラーダ』を攻撃!」

 特殊召喚した氷結界の中で、最も攻撃力が高い舞姫が、唯一倒せるモンスターへ向かっていく。だが……

「ルビィラーダの効果! こいつが攻撃対象に選択された時、手札の魔轟神一体を墓地へ捨てることで、その攻撃を無効にする。『魔轟神ソルキウス』を捨てる」

 

手札:2→1

 

 向かっていった、アズサの分身による斬撃。だが、手札を一枚捨てたと同時に、ルビィラーダは攻撃をヒラリとかわして見せた。

「くっそぉっ……バトル終了」

 圧倒的に有利だったフィールドが、一枚のモンスター効果で逆転されてしまって。

 それでも、どうにかするために、次の手を思案した。

(僕の手札は二枚。伝道師の効果で墓地のブリューナクを蘇生すれば、『生還の宝札』でのドローと合わせて、モンスターを全滅させられる。けど、そうしたら手札はゼロ。あいつの次の動きに対応できなくなる……となると、次に呼ぶべきカードは――)

 

「メインフェイズ……僕の場に、レベル3以下の水属性モンスターが存在することで、手札一枚を捨てて、墓地の『フィッシュボーグ-ガンナー』を特殊召喚! 宝札の効果で、一枚ドロー!」

 

『フィッシュボーグ-ガンナー』チューナー

 レベル1

 守備力200

 

アズサ

手札:2→1→2

 

「そして、『氷結界の伝道師』の効果! このカードをリリースすることで、墓地から伝道師以外の氷結界を特殊召喚する。甦れ、ブリューナク!」

 

『氷結界の龍 ブリューナク』シンクロ

 レベル6

 攻撃力2300

 

アズサ

手札:2→3

 

「ブリューナクを呼んだか……それで、そのモンスター効果を使うのかね?」

「いいや……レベル6のブリューナクに、レベル1の『フィッシュボーグ-ガンナー』をチューニング!」

 新たなシンクロ召喚。だがそれは、あずさと星華が二度目に見ることとなる、他とは違うシンクロの形……

 

「真なる自由の闇、今交わりて、刹那の命となる……」

「シンクロ召喚! 降誕せよ『妖精竜 エンシェント』!」

 

 ひび割れ行くブリューナクの身、そこを突き破り、新たに現れるたおやかなるドラゴン。

 暗くも透き通った、美しい闇を宿した妖精の竜が、氷の殻を突き破り、フィールドに降り立った。

 

『妖精竜 エンシェント』シンクロ

 レベル7

 守備力3000

 

「あれは……まさか!?」

「分かる……あのドラゴン、わたし達のドラゴンと同じ……!」

 

「守備力3000……! まさかとは思っていたが、水瀬梓も手に入れていたのか、シグナーの竜……!」

「シグナー……? まあいいや。『氷結界の封魔団』がフィールドを離れたことで、ロックは解除される。フィールド魔法『ウォーターワールド』発動!」

 薄暗い倉庫の空間が、明るい晴れ渡った空に変化した。

 青く広がる空と同じく、下には、青く広がる美しき海原。

 水の楽園(ウォーターワールド)の名にふさわしい、水に生きるモンスター達と、自由を愛するドラゴンにとっての遊び場……

「フィールド上の水属性モンスターの攻撃力を500アップして、守備力は400ダウンする」

 

『氷結界の舞姫』

 攻撃力1700+500

 守備力900-400

『氷結界の守護陣』

 攻撃力200+500

 守備力1600-400

 

「なるほど……『氷結界の守護陣』とは相性が良い」

「守護陣だけじゃないよ。この瞬間、エンシェントの効果! 一ターンに一度、自分のターンにフィールド魔法が発動した時、カードを一枚ドローする」

 

アズサ

手札:2→3

 

「そして、エンシェントのもう一つの効果! 場にフィールド魔法が存在する時、一ターンに一度、フィールドの攻撃表示のモンスター一体を破壊できる。破壊するのは、チューナーモンスターの『魔轟神獣ルビィラーダ』! 深葬の霊場(スピリット・ベリアル)!」

「ぐぅ……!」

 燦々と輝く太陽を背に、妖精竜がその羽を広げた。その羽を通し、熱を持った光が向かった先。先ほど逃げた小さな鳥が、その光に照らされ焼き尽くされた。

「これでシンクロは封じたよ!」

 

 

(あのモンスター……待てよ、もしかしたら――)

 

 

「更にカードを一枚伏せる。これでターンエンド」

 

 

アズサ

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『妖精竜 エンシェント』守備力3000

   『氷結界の舞姫』攻撃力1700+500

   『氷結界の守護陣』攻撃力200+500

   魔法・罠

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

    セット

    セット

    フィールド魔法『ウォーターワールド』

 

LP:1600

手札:1枚

場 :モンスター

   『魔轟神ガルバス』攻撃力1500+400

   『魔轟神ウルストス』攻撃力1500+400

   魔法・罠

    無し

 

 

「僕の場に二体の氷結界がいる限り、『氷結界の守護陣』の効果で、お前は守護陣の守備力を超えるモンスターじゃ攻撃宣言できない」

「ふむ……私のターン!」

 

手札:1→2

 

「私も魔法カードが使えるな。最後の『強欲な壺』を発動、カードを二枚ドロー」

 

手札:1→3

 

「フ……手札のモンスター効果を発動――『魔轟神グリムロ』!」

「グリムロ……!」

 

「あ……!」

「……っ!」

 

 梓が掲げた一枚のカード。その名前に、彼女ら全員、反応せずにはいられなかった。

 全ての黒幕である精霊、レイヴン。彼の最終目的である、最愛の娘にして、梓がただ一人愛したという女の名前。

 それが、舞い散る黒の羽毛と共に、梓の頭上にその姿を現した。

 

 背中に生えた黒い翼。そんな翼と同じ、黒い羽根から成るドレス。

 腕や額、首には、金色の豪華な装飾を飾っているが、足に履いているのは、赤色の可愛らしいヒールサンダル。

 一見すれば、美しい人間の女性のようにも見える。だが、翼に加え、白すぎる肌に赤色の眼という、明らかに人間とは違った、魔轟神としての、レイヴンによく似た特徴も兼ね備えている。

 先ほど見た、アバターが模した姿は、全身が黒塗りだったせいで分からない部分も多くあった。それが今は、ハッキリと分かる。

 星華は初めて見ることになった。あずさは二度目だが、改めて思い出す。

 彼女の見た目も。彼女の姿も。彼女の顔も。彼女の美しさも。

 

「グリムロ……わたしが生まれ変わる前の姿だったんだね……」

「梓が命を懸けて守り、そして、ただ一人愛し合った女か……」

 

「……『魔轟神グリムロ』は、自分フィールドに魔轟神が存在する時、手札から墓地へ送り効果を発動できる。デッキから、グリムロを除く魔轟神を手札に加える。『魔轟神クルス』を手札に」

 

手札:2→3

 

「我が身を犠牲に、仲間を呼び出す。これが、我が娘が与えられた力だ」

「グリムロらしい、優しい能力だね……」

「続けて、『魔轟神ガルバス』の効果! 手札を一枚捨てることで、このカードの攻撃力以下の守備力を持つ相手フィールドのモンスター一体を破壊する。手札を一枚捨て、『氷結界の守護陣』を破壊!」

 

手札:3→2

 

 ガルバスがその全身を回転させ、文字通り、ハンマー投げを行った。

 そこから飛んだ巨大な鉄球が、守護陣に直撃し潰してしまった。

「そして、今墓地へ捨てた『魔轟神クルス』の効果! 手札から墓地へ捨てられた時、墓地に眠るこのカード以外のレベル4以下の魔轟神を特殊召喚する。『魔轟神獣ルビィラーダ』を特殊召喚」

 

『魔轟神獣ルビィラーダ』チューナー

 レベル4

 攻撃力1100+400

 

「次だ。魔法カード『貪欲な壺』! 墓地のモンスター五枚をデッキに戻し、カードを二枚ドローする」

 

『魔轟神ルリー』

『魔轟神クルス』

『魔轟神レイヴン』

『魔轟神グリムロ』

『魔轟神獣ユニコール』

 

手札:1→3

 

「ほほぅ……チューナーモンスター『魔轟神レイヴン』を通常召喚」

 

『魔轟神レイヴン』チューナー

 レベル2

 攻撃力1300+400

 

「レイヴンの効果! 手札を一枚、『魔轟神ルリー』を捨てることで、レベルを一つ上げ、攻撃力を400アップ。更に、手札から捨てられたルリーの効果により、特殊召喚」

 

手札:2→1

 

『魔轟神レイヴン』チューナー

 レベル2+1

 攻撃力1300+400+400

『魔轟神ルリー』

 レベル1

 守備力200

 

 

『魔轟神ガルバス』

 レベル4

 攻撃力1500+400

『魔轟神ウルストス』

 レベル4

 攻撃力1500+400

『魔轟神獣ルビィラーダ』チューナー

 レベル4

 攻撃力1100+400

『魔轟神レイヴン』チューナー

 レベル2+1

 攻撃力1300+400+400

『魔轟神ルリー』

 レベル1

 守備力200

 

 元いた二体の魔轟神に加えて、復活した黄色の鳥と、再び姿を現したレイヴンとルリー。それによって、梓のフィールドが埋め尽くされた。

「チューナーを含めたモンスター五体……」

「狙いはシンクロ召喚……」

 

「当然だ……レベル4の『魔轟神ガルバス』に、レベル4の『魔轟神獣ルビィラーダ』をチューニング……」

「シンクロ召喚! 従え、『魔轟神ヴァルキュルス』!」

 レイジオンよりも、遥かに巨大な翼が広がった。その中心には、ディアネイラをも超える巨体、そして鎧。

 あらゆるものを踏みしだく力を持った、更なる巨神がフィールドに降り立った。

 

『魔轟神ヴァルキュルス』シンクロ

 レベル8

 攻撃力2900+400

 

「レベル3となった『魔轟神レイヴン』に、レベル1の『魔轟神ルリー』をチューニング……」

「シンクロ召喚! 服従しろ、『魔轟神獣クダベ』!」

 ユニコールよりも小柄だが、ユニコールより短くも太い脚、太い恰幅の獣が地に足を着いた。

 茶色の体毛と二本の角から、雄牛のようにも見える姿ながら、顔を隠す白布の隙間から覗く、赤い瞳の位置がそうではないことを示す。

 神聖さを醸す装束を身にまとう、優し気ながらも力強い獣神。

 

『魔轟神獣クダベ』シンクロ

 レベル4

 攻撃力2200+400

 

「ヴァルキュルスの攻撃力は『妖精竜 エンシェント』の守備力を上回った。ライフは削り切れないが、これでお前の場のモンスターを全滅させられる……カードをセット、バトル! 『魔轟神ヴァルキュルス』で、『妖精竜エンシェント』を攻撃!」

 鎧の巨神が、その両翼を広げ、同じく巨大な妖精竜へと突撃した。

「させない。罠発動『鳳翼の爆風』!」

「なに!?」

「手札一枚を捨てることで、相手カード一枚を手札に戻す。『魔轟神ヴァルキュルス』をエクストラデッキへ!」

 

アズサ

手札:2→1

 

 アズサが手札を捨てたと同時に、今までの氷とは違う、炎を含んだ熱風が吹き荒れた。

 それをもろに受けた鎧の巨神は、その巨体と共に押し返され、姿を消した。

「ちぃっ、生前と同じ、使えん木偶の坊が……『魔轟神獣クダベ』で、『氷結界の舞姫』を攻撃!」

 頭の角を向けながら、アズサの分身に向かって、雄牛はその巨体をノッソノッソと走らせた。

「速攻魔法発動『収縮』! このターン、クダベの元々の攻撃力を半分にする!」

 クダベの巨体が、一気に半分の大きさにまで縮んでしまい、同時に力も奪われる。

 

『魔轟神獣クダベ』

 攻撃力2200/2+400

 

「攻撃力1500……!」

 縮んでしまったクダベの突進を、舞姫は受け止め、押し返し、反撃さえもしてみせた。

 

LP:1600→900

 

「ちぃ……だが、クダベは私の手札がゼロである限り、戦闘・効果では破壊されない。これでターンエンド!」

 

 

LP:900

手札:0枚

場 :モンスター

   『魔轟神獣クダベ』攻撃力2200+400

   『魔轟神ウルストス』攻撃力1500+400

   魔法・罠

    セット

 

アズサ

LP:4000

手札:1枚

場 :モンスター

   『妖精竜 エンシェント』守備力3000

   『氷結界の舞姫』攻撃力1700

   魔法・罠

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

    フィールド魔法『ウォーターワールド』

 

 

「まったく、守りの硬さは大したものだ……だが、それでどうするというのだ! それで私を倒すか? 水瀬梓の命を犠牲にして!」

「……っ」

「そうだ……どれだけ強力なモンスターを呼び出そうとも、どれだけ私のライフを削ろうとも、お前は私を倒すことなどできない。私が、水瀬梓である限りな! 水瀬梓が大切ならば、潔く敗北してはどうかね? そうすれば、お前たちは皆殺しにするが、水瀬梓の命だけは助かるのだからな!」

「……」

 

「確かに、状況は全く好転していない。ただピンチを乗り越えただけだ」

「でも、どうすれば……憑りついた精霊を何とかする方法なんて……」

 あずさも星華も、表情を沈ませるしかなかった。

 二人とも、それこそ喧嘩や戦いであるなら、誰にも敗けないだけの力を身に着けた。幼いころから、それが生きるために必要だったこともあるが、今ではそれ以上に、そんな力こそ、大切な梓を護るために必要なものだと思っていたから。

 だが、たった今、この状況ではそんなもの、何の意味も無い。

 ただ、力と決闘で敵を圧倒することしか知らない二人にとって、こんな状況ではもはや、手の施しようがなかった。

 

(……おい、お前たち)

 

 

 そしてそれは、アズサもまた、同じで……

(情けない……どうしよう……どうしたら……)

 いつもそうするように、手札を見る。フィールドを見る。

 どこからどう見ても、優勢なのは自分だ。このまま攻めれば、余裕で勝つことができる。

 勝つことは、できる。だがそうなったら、僕の大切な人が……

 

「ドロー……」

 

アズサ

手札:1→2

 

 ターン開始に必ず行う、最初の動作。

 それで新たに引いたカード。それを、確かめることさえ、今となっては、無意味なことに感じられて……

 

 ――情けない……

 

 

 

「召喚! 『閃珖竜 スターダスト』! 『琰魔竜 レッド・デーモン』!」

 

 

 無力感に苛まれ、決闘を続ける意味を失った……

 そんなアズサの耳に、その声は届いた。

「この声……え、佐倉君?」

 声がした方向を見る。それは、レイヴン……梓の後ろ。そこから、たった今その名を呼ばれたモンスター、『閃珖竜 スターダスト』、『琰魔竜 レッド・デーモン』、二体が表示されていた。

「……なにをしている?」

「そしてもう一枚……『邪神アバター』召喚!」

 そのすぐ後には、二体のドラゴンの頭上に、黒い球体が現れた。

「舞姫!」

「……え?」

「水瀬梓のカードを呼び出せ!」

「え、えぇ……?」

 突然、決闘の外でモンスターを召喚させたと思ったら、そんなことを言われて。

 混乱しかないアズサに向かって、佐倉――不動は更に声を上げた。

「お前は『氷結界の舞姫』、こいつが娘の依り代に使おうとしたカードは『魔轟神グリムロ』、なら、あるはずだ! 水瀬梓を象徴するカード、梓自身とも言うべきモンスターが!」

「……それを呼び出して、どうするっての?」

 

「水瀬梓を助けたいなら、やれー!!」

 

「うるさい」

 叫ぶ不動に向かって、レイヴンは、梓の体で力を振った。腕から発したエネルギーが不動に向かうが……

「……ちっ」

 

「正直、わたし達も、佐倉くんが何しようとしてるのか分かんないけど……」

「梓を救うための行動だというのなら、お前に邪魔はさせんぞ」

 決闘ディスクを構える佐倉の前に、闇の手甲と闇の銃、それぞれの特別な武器を構える、あずさと星華が並び立った。

 

「……」

 やろうとしていることは分からない。けど、これだけは分かる。

 アズサは、完全に諦めようとしていた。

 だが、第三者でしかなかったはずの佐倉や、あずさに星華も、梓や、自分たちのことを決して諦めていないということ。

(だったら……僕が諦めちゃダメじゃん。梓が愛してるって言ってくれた一人の、梓の一番の相棒の、僕が!)

 そして、佐倉の言った言葉を思い出す。梓を象徴する、梓自身のカード――

 

 奇しくもそれは、たった今ドローしたカードだった。

「梓……『氷結界の水影』を召喚!」

 

『氷結界の水影』チューナー

 レベル2

 攻撃力1200+500

 

 アズサが水影を召喚した……その瞬間――

 

「な、なんだ……?」

 梓の後ろ……スターダスト、レッド・デーモン。

 梓の前の……『妖精竜 エンシェント』。

 三体のドラゴンが、咆哮を上げ始めた。

 それと同時に……

「ぐうっ! な、なんだ、何をしている……!」

 

「よし! 思った通りだ」

 目の前で起こる、望んだ通りの変化に、不動は歓喜する。

「え、うそ……!」

「どういうことだ?」

 あずさも星華も、アズサさえ、目の前の変化には混乱させられた。

 

 そこに立っている決闘者、水瀬梓。

 その美しい素顔の梓が突然浮き上がり、逆に、フィールドに立っている梓は、醜い魔轟神レイヴンへと変化を始めた。

 梓からレイヴンが出ていこうとしているのではなく、逆に、レイヴンから、梓が出ていこうとしているかのように……

「どういうことだ……実体のない精霊であるはずの私ではなく、生身の水瀬梓の方が、引きずり出されているだと?」

 

「さっきお前が、娘に対してやろうとしたことの応用だ。梓自身のカードを目印にして、その魂を『邪神アバター』に迎え入れる。そうして梓を、お前から引きずり出す」

 

「なんだと……だが、そんなことをしても、水瀬梓の魂が出てくるだけ。肉体には私だけが残るはずだ!」

 

「確かにそうだ……だが、さっきのお前や、今決闘してる『氷結界の舞姫』、二人を見て、精霊も実体化できることは分かってる。霊体の状態だから今は梓に憑りついているが、それを無理やり実体化させることができれば、魂だけでなく、不要になった肉体ごと梓をお前から引き剥がせる」

 

「私を無理やり実体化させるだと!? そんなこと、私の意思無しでできるわけが……!」

 

「そうだ。普通はできない。それをするためには、お前がこの世界と異世界を繋げるためにしたのと同じ、膨大な決闘エナジーが必要だった。それを発生させ、増幅して、使うために必要なもの……お前たちが使っていた決闘ディスクと、カードが今、この場には揃ってる!」

 それこそが、不動が今、腕に装着している、マッケンジーの決闘ディスクと、アズサが今使っている、レジーの決闘ディスク。

 そして、『閃珖竜 スターダスト』、『琰魔竜 レッド・デーモン』、『妖精竜 エンシェント』の三体……

 

「なるほど、実に賢い。人間にしておくのはもったいないほどに……だが! それも私が、実体化せぬよう耐えればすむこと!」

 レイヴンが、梓の総身に力を込めた。そうした時、レイヴンを残し離れようとしている梓が、徐々に、徐々に、レイヴンの身に戻っていく……

「私を無理やり実体化させるには、少々決闘エナジーが足りんようだな!」

 

「く……っ」

「決闘エナジー……だったら、私の持つプラネットシリーズを……!」

 

「無意味だ! 異世界同士を繋いだ時点で、用済みとなったマッケンジーの作ったカードから力は失せている。巨大な決闘エナジーを発することはもうない」

 

「舞姫!」

 再び、不動はアズサへ声を上げる。

「さっきの二体のモンスター……『氷結界の御庭番』と『氷結界の封魔団』、あれを呼び出せないか!」

 水影を呼ばせた次は、そう声を上げた。

「今、水瀬梓はあいつの中に押さえられて、意識が無い状態だ。だが、さっきお前が呼んだモンスター、そいつを見た時、あいつは一瞬だが目覚めた。あの二体のモンスターをもう一度呼んで、梓に呼びかけることができればあるいは……!」

 

「……無理だよ。呼び出す手段なんてない」

 力の無い声で、そう声を上げる。そして、顔を伏せる……

 梓を解放する。そのための希望が、ようやく見えたと思ったのに。

 それでもレイヴンが最後まで抵抗して、梓を絶対逃がさないように。娘を取り戻すために……

 

(レイヴンの方が、僕らより強いってこと……? 汚いことしてでも、グリムロを取り戻そうとするレイヴンの方が、僕や、あずさちゃんや星華姉さん……グリムロの愛情よりも、ずっと上だってこと……?)

 

「前を向け! アズサ!」

 星華の絶叫が聞こえた。梓を呼んだのかと思った。だが彼女は、アズサを見ていた。

「闘っているのはお前だろう! お前が諦めてどうする!」

 

「うるさいと言っている……!」

 実体化しないよう力を込めながら、レイヴンは後ろへ力を振う。

 当然、あずさと星華が防ぐものの、それは先ほどよりも強く、長く、三人を襲う。

「そうやって、群れなければ何もできんうじ虫ども……私よりも遥かに劣るゴミどもの分際で、これ以上、私の邪魔をするな!!」

 

「アズサちゃん!」

 レイヴンの物言いなど、この二人には何の意味もない。

 ただ、彼はわたし達の恋人のために全力を尽くしてくれている。だからわたし達も、全力で彼のことを守るだけ。

 だから……

「わたし達なら、梓くんを助けられる! わたし達みんな、最後の最後まで諦めない! だから闘って! アズサちゃんも、最後まで諦めないでー!!」

 

「黙れええええええええええええ!!」

 直前よりも強く。強く。且つ、梓の身を絶対に離すことなく……

 そうして力を振っていくうち、あずさと星華は押されていく……

 

(ああ……まただ)

 

 

 

視点:アズサ

 

 いっつもそうだ……

 いつだって、僕が真っ先に諦めてきたんだ。あずさちゃんや星華姉さんは、ずっと、梓のために戦ってくれてたのに。一番梓の近くにいる僕が、いつだって、一番最初……

 

 ――今回も、そうなの?

 

 ……だって、どうしようもないって分かっちゃうから。どうしたらいいかなんか、分かんないから……

 

 ――だから今回も、諦めるの?

 

 ……諦めたいわけない。でも、どうしたら……

 

 ――そんなこと、ここにいるみんな、分かんない。でも、それでもみんな、戦ってる。

 

 ……僕にも同じように、最後まで戦えって?

 

 ――梓のこと、守りたいんでしょう? 助けたいんでしょう?

 

 ……当たり前だよ。でも……

 

 ――だったらこれ以上、言い訳しないで。理屈とか状況だとか、そんなの全部、諦めるための言い訳でしかないから。

 

 ……方法なんて、本当に分からないんだよ? どうしたらいいか分からないよ?

 

 ――方法がないなら……作りだせばいい。そのための力を、手に入れるんだ、今! 梓のために!

 

 ……今? 梓のために……?

 

 ――梓のために、絶対に諦めない……

 

 

 梓のことが……みんなのことが、好きだから!!

 

 

 

視点:外

 

「あれは……」

 レイヴンの力……今にも体が後ろへ吹き飛びそうなほどの奔流の中にいながらも、佐倉はそれを、見ることになった。

「アズサちゃん……!」

「生まれたのだな? あいつのデッキにも……」

 

「これは……!」

 そしてレイヴンも、過去に一度だけ、イシュ・キック・ゴドウィンの目を通してみた、その光景を見ることになった。

「まさか……バカな!」

 

「墓地の『フィッシュボーグ-プランター』の効果……このカードが墓地にいる時に一度だけ、デッキの一番上のカードを墓地に送って、それが水属性モンスターなら、特殊召喚できる」

 

『レベル・スティーラー』

 闇属性モンスター

 

「『レベル・スティーラー』は闇属性。どうやら失敗のようだな!」

「いいや、これでいい……レベル7の『妖精竜 エンシェント』のレベルを一つ下げて、『レベル・スティーラー』を墓地から特殊召喚」

 

『妖精竜 エンシェント』

 レベル7→6

 

『レベル・スティーラー』

 レベル1

 攻撃力600

 

アズサ

手札:1→2

 

『妖精竜 エンシェント』

 レベル6

 守備力3000

『氷結界の舞姫』

 レベル4

 攻撃力1700

『氷結界の水影』チューナー

 レベル2

 攻撃力1200

『レベル・スティーラー』

 レベル1

 攻撃力600

 

「梓……いくよ」

 

「レベル4の『氷結界の舞姫』と、レベル1の『レベル・スティーラー』に、レベル2の『氷結界の水影』をチューニング!」

 空を舞うテントウムシは、まるでサンバでも踊っているかのようだった。

 そんな舞に包まれながら、二人の氷結界は、互いに手を取り、空へと浮かぶ。

 フィールドを包む、輝く太陽。そんな太陽と同じ、温かな光に包まれる未来を信じているかのように……

 

「優しい光が、世界の全てを包み込む。漆黒の華よ、開け……」

 

 そんな二人が飛んでいった時……

 晴れ渡る空が、一瞬にして夜に変わった。

 夜空の向こうへ、二人と一匹が飛んでいった先。

 太陽よりも小さく、だが優しく、美しく。そんな光を発する、月の下で。

 夜の中でも輝きを放つ、真っ赤な薔薇の蕾だった。

 優しい月の光に照らされ、開花の時を、今か今かと待ちわびているかのように。

 そんな、薔薇の蕾に向かって、二人が飛び込んで――

 

「シンクロ召喚! 現れよ、『月華竜 ブラック・ローズ』!」

 

 赤い薔薇……『あなたを愛しています』。

 黒い薔薇……『永遠の愛』。

 一本だけの薔薇……『あなたしかいない』。

 

 名前と見た目、全てが示すもの。それは、梓に対する、確かで絶対的な愛情。

 本命じゃなくたっていい。自分一人でなくてもいい。

 そんなことが関係ないくらい、僕にとって君は、たった一人で、全部だから……

 

『月華竜 ブラック・ローズ』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2400

 

「まさか、お前も、シグナーの竜を……!」

「『月華竜 ブラック・ローズ』の効果、退華の叙事歌(ローズ・バラード)!」

 召喚されたと同時に、黒薔薇の名を持つ月華の竜が、花弁から成る翼を広げ、咆哮を上げ――優しい光と共に、美しき聖歌がフィールドに奏でられる……

「この子が特殊召喚された時、または相手フィールドにレベル5以上のモンスターが特殊召喚された時、一ターンに一度、相手フィールドの特殊召喚されたモンスター一体を手札に戻す!」

「なに!?」

「僕が手札に戻すのは、『魔轟神獣クダベ』!」

 聖歌を聞いた、妖しい雄牛が、力を抜きながらひざを着き、こうべを垂れる。

「破壊耐性があっても、エクストラデッキに戻されるのでは意味がない……だが、やらせはしない! 罠発動『シンクロコール』!」

 クダベが消えるよりも前に、伏せられたカードが発動された。

 直後、二体のモンスターの間に、赤い三頭犬が現れた。

 

『魔轟神獣ケルベラル』チューナー

 レベル2

 守備力400

 

「私の墓地のモンスター一体を、効果を無効にして特殊召喚し、そのモンスターを含む自分フィールドのモンスターのみを使ってシンクロ召喚を行う……」

 

「レベル4のクダベとウルストスに、レベル2のケルベラルをチューニング……」

「シンクロ召喚! 跪け、『魔轟神レヴュアタン』!!」

 

 合計10の星のもと、不気味で巨大な椅子が、海面を押し上げ現れる。

 その椅子の上に、今までで最も巨大な悪魔が舞い降りた。

 巨大な両翼、長い髪、全てが輝く血のような真紅色。

 鎧さえも真紅に輝き、それをいっそう際立たせる黄金が、その大悪魔の総身を包む。

 光を司る悪魔達、その頂点に座する絶対神の名は……

 

『魔轟神レヴュアタン』シンクロ

 レベル10

 攻撃力3000

 

「梓!」

 最強の魔轟神には目も暮れず、月華竜が力を振った中で、アズサは再び、梓に呼びかけた。

「思い出して! 君は一人じゃない!」

 

「喋るなああああああああああ!!」

 後ろの二人だけでなく、アズサにさえも力を振った。だがそれは、彼女の前に並ぶ、『妖精竜 エンシェント』と、『月華竜 ブラック・ローズ』に阻まれた。

「君はいつだって、一生懸命戦ってきた。ずっとずっと、たった一人で……けど、今はもう、一人じゃない! 僕がいる。星華姉さんにあずさちゃん、君のために必死に戦ってくれてる、佐倉君だっている!」

 

「ああそうだ! 私たちの気持ちは同じだ!」

「わたし達はいつだって、ずっとずっと、君の味方だから!」

「いつまでも眠っていないで、いい加減に起きろ! あと、俺の名前は――」

 

「もう、あの時とは違う。僕が……僕らが、君のこと守ってみせる! 君が僕らのこと、必死に守るために戦ってきたみたいに、最後まで諦めずに、君のこと守ってみせる! だから……」

 

 

「だから帰ってきて! 梓――!」

 

「梓くん!」

「梓!」

 

 

「ぐおお……うああああああああああああああああああ!!」

 

 最後の三人の呼びかけに応えるように――

 梓の身が、後ろに立つ三人に向かって飛んでいく。それを、あずさと星華が、しっかと受け止めた。

「決闘エナジーを発するカード……新たにブラック・ローズが加わったことで、エネルギーが十分な量に達したんだな」

 役目を終えた、スターダストとレッド・デーモン、そしてアバター。それらが消えた中で、不動はそう、科学的な考察を語るものの……少なくとも三人にとっては、そんな難しいことは分からない。

 ただ、ドラゴン達が味方してくれた。梓は自分達の声に応えてくれた。そして、帰ってきてくれた。

 ただ、それだけだ……

 

「……ぅ……うぅ……」

 二人に支えられた梓は、ゆっくりと、目を開いた。

「梓、大丈夫か?」

「梓くん……?」

「……み、ず……水……」

「血を流しすぎたようだな」

 不動が二人に、持参していたミネラルウォーターを渡してやった。

 見ると、梓が左手に負っていたはずの傷は、綺麗に消えて、当然、出血も無かった。

 

「バカな……バカなっ!!」

 後に残ったのは、梓が持っていた光の決闘ディスクを左手に構える、実体を持った、魔轟神レイヴン本人。

「これで、心おきなくお前をぶっ潰せる……闇に消える覚悟はできてる?」

 倒されはしないとタカをくくり、何もできなくなった相手をいたぶり、大いに見下して。そんなレイヴンが、今では滑稽なほどに慌てふためき、震えて……

「くそっ! 冗談ではない……こうなってはもはや、こんな決闘に意味などない!」

 悪態をつきながら、決闘ディスクを腕から外そうとした……だが、

「……っ、なんだ? なぜ外れない?」

 梓の持つ、光の決闘ディスク。元はと言えば、自分が梓に与えた、魔轟神の光の物質。だから、魔轟神である自分にも当然扱える。

 それなのに、まるでレイヴンの腕に喰いついているかのように、決して離れようとしない。

「なぜだ……なぜ外れない! こんな決闘など……!」

 今度は翼を広げ、飛びたとうとした。だがそれすらも、できない。

 いったいなぜ……それを確かめようと、周りを見た時……

「なに……?」

 その光景に、レイヴンはその身をすくめた。

 

「そりゃあ、怒るに決まってるじゃん」

 アズサが呆れ果てながら、半透明だが何人もの、魔轟神と、魔轟神獣に捕まって、体を押さえられている、レイヴンに向かって言った。

「精霊であるかどうかだけじゃない。デッキに眠るカードの一枚一枚が心を持ってる。そして、その全員が、お前のこと怒ってるんだ」

「怒っているだと? 一体なににだ? 命すら無いカードの分際で、この私の何が許せないと……?」

 最も近くにいる、レイジオンとヴァルキュルスが、同時に視線を向ける。その先にいるのは……

「レジー・マッケンジー……?」

「お前、マッケンジーを選んだのは自分一人だって、本気で思ってたわけ?」

「何を当たり前のことを……そうだ、私だ。私があの娘の父親を選んだ! それを、あの娘が図々しくデッキを横取りしたのだ! 価値の無いただの小娘の分際で……!!」

「まったく、同じカードの精霊とは思えないよ……確かに、お前は利用価値だけ見て、彼女の父親を選んで近づいたんだろうね。けどさ、その後で彼女が使うことになったのは、他でもない。デッキが……魔轟神たちが、彼女を選んだからだよ」

 確信を込めて、力強く、アズサは断言した。

「その子達を見てたら分かる。彼女のこと、どれだけ大事に思ってたか。彼女だってそうだ。魔轟神たちのこと、本気で思いやってた。お前は彼女のこと、ただの人質にしか考えていなかっただろうけど、彼らは違う。彼らはみんな、レジーのことをただ一人の使い手だって認めてたんだ。それを……」

 それを、似たような仕打ちをされたデッキ達の末路を、目の前で見た身であるからこそ、分かる……

「晴れの舞台の、大切な梓との決闘。それを、お前一人の都合で邪魔された挙句、レジーのこと散々踏みにじって傷つけて、挙げ句その決闘でさえ、平気でルール違反や人質使って台無しにして、仕舞いには、人質が逃げて、自分の身が危なくなった途端、途中で投げ出して逃げようとしてさ……そんなの、いくら仲間でも怒るに決まってる!」

「仲間だと? ふざけるな! こんな精霊ですらない役立たずども、私の仲間であるものか! ……ええーい、離せ! 私の邪魔をするな! 命すらない紙切れども! お遊びの中でしか生きられないゴミどもが! この私の、邪魔をするなあああ!!」

 

「……もういい。終わらせる」

 最初から分かっていたことだ。こいつには、何を言ったって届かない。

 自分のことしか考えず、自分以外の誰も信じず、目的のために、あらゆるものを利用し、踏みつけることばかり考えて……

 哀れながらも許しておけぬ、そんな男に引導を渡すのは、同じ精霊であり、前世からの縁である、僕の役目だ……

「終わらせる? どうやって? レヴュアタンの攻撃力は3000。シグナーの竜とて、この攻撃力には届いていない。もうブラック・ローズの効果も使えない。これ以上、どうしようというのだ!?」

「罠発動『ミス・リバイブ』! 相手の墓地のモンスターを一体選んで、相手フィールドに守備表示で特殊召喚する」

「私の墓地からだと……?」

「僕が呼ぶのは、お前自身のカード……『魔轟神レイヴン』!」

 その時、魔轟神たちに押さえられていたレイヴンの左腕から、ようやく決闘ディスクが離れた。

 だが代わりに、

「なっ……なんだ、押すな! ゴミども、この私を押すな!」

 押さえられたその身を押し出され、無理やりフィールドに立たされた。

 

『魔轟神レイヴン』チューナー

 レベル2

 守備力1000

 

「私自ら戦えと言うのか? こんな下らんカードゲームを、カードの分際で、この私に向かって!?」

「墓地の『ADチェンジャー』の効果! こいつを除外して、レイヴン、お前を攻撃表示に変更する」

「なに……!?」

 

『魔轟神レイヴン』

 攻撃力1300

 

「そんなカードまで墓地に……! だが、その二体のドラゴンのどちらかで私を攻撃したところで、私のライフを削り切ることは……!」

「もう一枚、罠発動『恐撃』! 墓地のモンスター二体を除外して発動する。僕は墓地から……『氷結界の御庭番』と、『氷結界の封魔団』の二体を除外!」

 二人が除外された時……

 墓地から飛び出した二人が、レイヴンの左右に立った。

「なんだ……なんだ?」

 この二人は、精霊ではない。ゆえに、そもそもレイヴンは覚えていない二人だが、レイヴンに消された本人たちであるはずがない。

 なのに、二人がレイヴンに向ける形相は、まるで前世での恨みを込めているかのように、憎しみに溢れたもので……

「なぜ、私が震えている……こんなカードどものために、なぜ……」

 

『魔轟神レイヴン』

 攻撃力1300→0

 

「なんだと!?」

「『恐撃』は、墓地のモンスター二体をコストに、フィールド上のモンスター一体の攻撃力を0にするカード……これでもう、お前に逃げ場はない」

「そんなことが……!」

「まだだよ、こんなんじゃ終わらせない……魔法カード『受け継がれる力』! 『妖精竜 エンシェント』を墓地に送って、このターン、その攻撃力を『月華竜 ブラック・ローズ』の攻撃力に加える!」

 梓が願った、決闘に対する自由への願い。

 それすら踏みにじったレイヴンへの裁きを託すために、妖精竜の身は天へと上り、代わりに月華竜の輝きが、いっそう強まった。

 

『月華竜 ブラック・ローズ』

 攻撃力2400+2100

 

「攻撃力、4500だと……!」

 自分は、前世に生きた二人からの呪いで、力の全てを奪われて。

 相手は、二人の(アズサ)の力を得た、最高峰の攻撃力を得て。

 守る手段も、手札も何もかも、自分には残されておらず……

「これで……本当の終わりだ!!」

 

「終わり……そう。確かに終わりだ」

 それだけ追い詰められているのに、レイヴンはまだ、笑い声を上げた。

「終わり……分かっているのだろうな? この決闘を終わらせる、その意味を?」

「何が言いたいんだよ、今さら?」

「宿命の決闘、そう言ったな? 私たちターミナルシリーズ、それが互いに戦う、宿命の決闘だと」

「ああ、言ったよ。それがなにさ?」

「やはり、分かってない……」

 一組の男女に挟まれて、恐怖に震えているくせに、それでも余裕を崩すことなく、目の前の少女に言葉を投げかけた。

「そうだ。これは宿命の決闘。かの世界での滅びと共に、カードとして生まれ変わった者達が、その宿命から解放され、自由になるための……その元凶となった者、氷結界との決闘をすること。そして、私たち精霊は、その決闘を行うために、選ばれし決闘者を導くことも役目の一つだ」

「そんなこと分かってるよ。だから今まで、そうして梓のもとにやってきた決闘者たちと闘って……」

 そこまで言い返して……そこで、自身の言葉の違和感に気付いた。

「闘って……やってきて……あれ? どうやって? 精霊って、なに……?」

「思い出せんだろうな。当然だ……なぜなら、お前たちが決闘を終えた時点で、用済みとなった精霊たちは、姿を消してしまったのだから!」

 その真実に、アズサは目を見開いた。

「普通、精霊が姿を消しても、人間の記憶から消えることは無い。だが、私たちは違う。私たちは全員、今よりも遥か先の未来で生まれるカード。そんなカードの精霊は本来、この世界に存在は許されない。この世界から消えた時、それはすなわち、私達など存在しない、本来の姿を世界が取り戻すということ。すなわち、世界の仕組みにのっとり、その精霊を知る人間どもの記憶から、その精霊に関する記憶、その一切が消えるということだ!」

 

「……あずさ、どうした?」

「え……あれ? なんで、わたし、涙、なんか……」

 

「……て、ことは、この宿命の決闘の、最後の決闘が終わった時……」

「そう……私はもちろん、お前もこの世界での役目を終え、用済みとなり、消えることになる。仲間達はもちろん、愛する水瀬梓の記憶からも、お前という存在の一切は抹消される」

 

「舞姫のことを、忘れてしまうというのか? 私達も……梓までも!?」

「そんな……アズサ、ちゃんのこと、忘れる、なんて……っ」

「むごいことを……!」

 

「……」

 アズサが思い出したのは、ここに来る直前のことだった……

(ああ、そういうことか……)

 いきなりお尻を触ってきたかと思ったら、自分のことを抱きしめて、やけに体温が高くなって、息も荒くて、心臓もバクバク高鳴ってて……

 僕に興奮して、発情でもしてくれてるのかと思った。

 けれど、今考えたら、梓があんなふうになる時なんて、僕が知る限り、一つだけ。

 梓としても、確信があったわけじゃなかったろうけど……

(分かったんだね……この決闘をしたら、僕とはお別れになるって。それが、すごく怖かったんだね……僕とお別れするの、怖いって……嫌だって、思ってくれてたんだ)

 

「さあ、どうする? このまま決闘を終わらせるのか? それが、水瀬梓との永遠の別れとなるのだぞ。もっと長い時間、水瀬梓と一緒にいたいとは思わないかね? この決闘、できるだけ長く引き伸ばしたいとは思わないか?」

 

「佐倉君」

 レイヴンの、苦しまぎれの叫びを無視して、アズサは、佐倉へ声を掛けた。

「今だから言うけどさ……君と梓が決闘した時、散々君のこといたぶって苦しめて、最後に大ダメージでトドメ刺したのさ、あれ、梓の中で性格が入れ替わった、僕だったんだよね」

「……ああ。喋り口調とか髪型とかで、何となく分かってた」

「正直、あの時は明らかに君が悪かったし、僕は、梓みたく優しくないから、ちっとも悪かっただなんて思ってないんだけど……それでも、梓のこと、助けてくれたから、言っておく。あの時のこと、その……ごめんなさい」

「気にするな。お前の言った通り、悪かったのは俺の方だ。遅すぎるかもしれないが、俺の方こそ、本当に済まなかった……あと、今の俺の名前は――」

 

「星華姉さん」

 続けて、星華の名前を呼んで、語りかける。

「僕が引きこもっちゃった間、梓のそばにいてくれて、本当にありがとう。梓が部屋から出てきたのも、外を出歩けるようになったのも、全部、星華姉さんがそばにいてくれたからだよ。本当、ありがとうね」

「……私は、私にできることをしたまでだ。それに、梓のそばにいたいと思ったのは、他ならぬ、私自身の意志だ」

「うん……梓と、星華姉さんとの三人暮らし、本当に楽しかったよ」

「舞姫、お前……」

 

「あずさちゃん」

 ようやく涙を拭き終えた、あずさにも同じように、声を掛けた。

「やっぱりさ、あずさちゃんはすごいよね。梓が出られない間、梓を守るために、自分から悪者になって、進んでイジメられるんだもん。よくは見てないけど、どんな目に遭ったかは、大体知ってる……グリムロのこと抜きにしても、やっぱ、梓にとっての一番は、君だよ」

「あずさちゃん……」

「だから……だからさ……梓のこと、星華姉さんと一緒に、どうか……よろしくね」

「……」

 

「レジー」

 倉庫の出入り口、倒れた父親のそばで、ずっと項垂れた状態でいる、レジーに向かって、声を上げた。

「こんな目に遭ったんだもん。もう、魔轟神のことなんか、嫌いになってると思う。信じてた人に、こんな形で裏切られてさ、悔しかったし、哀しかったよね?」

「……」

「けど、もしまだ、決闘のこと好きでいるならさ……もう一度だけ、魔轟神たちのこと、信じてあげて欲しいな。全部の元凶のレイヴンは、今からぶっ倒して、この世界から追い出すから。だからさ……今度は、レイヴンなんかじゃなくて、君を選んだ魔轟神たちのこと、信じてあげて。カードの精霊として、彼らの代わりにお願いするよ」

「……」

 

「……すー」

 四人に向かって、言いたいことを言い終えた後は……

 最後の一人、最愛の人に向かって、大きく息を吸って――

 

「梓!!」

 

 工場の外に、この島全体に届きそうな大声で、ただ、一つ……

 

 

「世界で一番……大! 大! 大好きだあああああああああああああ――――――――――――!!」

 

 

「バトル!!」

「ひぃッ……!!」

 フィールドに引きずり出され、力を全て奪われて。

 それでもなお生き延びようと、翼を広げ、逃げ出そうとした。

 だがそれを、

「ぐほっ……!」

 隣に座する、大悪魔が許すことなく、その巨大な脚で踏みつけ、足蹴にし、押さえつけた。

 

『……』

 精霊ではない彼に、言葉を発することはできない。

 それでも、(レジー)への仕打ちはもちろん、彼もまた、生前レイヴンに利用され、裏切られ、挙げ句、命を奪われた一人だから。

 そんなレイヴンへ向ける表情は、ハッキリと言葉を示している。

 

 ――お前など、もはや仲間でもなんでもない……

 ――決闘を汚し、我々の主をも弄んだ……

 ――その許せぬ罪を、今、ここで……

 

 

「おのれ……おのれえええええええええええ!!」

 

 レイヴンの力を奪う、一組の男女。

 レイヴンの自由を奪う、巨大なる絶対神。

 レイヴンに対する、全ての恨みが集結したこのフィールドで……

 

「『月華竜 ブラック・ローズ』で、『魔轟神レイヴン』を攻撃!」

 

 その恨みを一身に引き受けた、愛から生まれし竜の一撃が……

 

散華の鎮魂歌(ローズ・レクイエム)!!」

 

 元凶たる哀れでちっぽけな男の、全てを呑み込んだ――

 

 

レイヴン

LP:900→0

 

 

 

 

「ぐぁ、あぁ……」

 ライフがゼロとなり、決闘は終わった。それを合図に……

「ぐ、うおおおおおぉぉ……!!」

 実体化しているレイヴンの体が、醜く崩れ始めた。

 このまま放っておけば、やがて、消える――

 

「許さんぞ、貴様ら……こうなれば、貴様ら全員も道連れだあああああああああ!!」

 

 消える直前、レイヴンが絶叫した。その瞬間、ずっと開いていた異世界への扉が、異常な躍動を開始した。

「な、なんだ……?」

「まずい! 異世界の通り道が暴走してる。このままじゃ、ここら一体……いや、下手をしたら、この島丸ごと、異世界に吸い込まれるぞ!!」

「うそぉ……!!」

 消えたレイヴンの、最後の悪あがき。どこまでも見苦しく足掻き、最後の最後まで人間への憎悪を捨てず。

 それが、この工場に、この島にいる人間全員に、降りかかろうとした……

 

「よかった……僕にもまだ、できることがあったみたいだ」

 そんな三人に向かって、アズサが優しく声を上げた。

「佐倉君」

 名前を呼んで、二枚のカード……『妖精竜 エンシェント』、『月華竜 ブラック・ローズ』の二枚を、佐倉――不動に手渡した。

「僕があの穴に飛び込む。で、中から力を抑えるから、君はこの子達……四体のドラゴン達の力で、あの穴閉じちゃってよ」

「そんなことができるのか?」

「できるできる。これでも精霊としちゃあ、そこそこ力は高位な方だからね」

「だが、そんなことしたら、お前はどうなる?」

「どうせ、もうすぐ消えちゃう身だからさ。最後の最期くらい、梓のために、命懸けさせてよ」

「舞姫……アズサ……」

 話は決まり、やることは決まった。

 

 梓の手にデッキと、レイヴンから取り戻した決闘ディスクを握らせて、最後に……

「ん……」

 未だ、意識がもうろうとしたままの、梓に、優しく唇を重ね合わせた。

「これで、本当の本当に、最後だ……梓、ずっとずっと、元気でね……」

 

 

 ――大好きだよ。梓……

 

 

「……ア……ズ……」

 

 目を開いたと同時に、梓の目に、見えたもの。

 それは……

 今日までずっと一緒にいて、一緒に戦ってくれた、唯一無二の、相棒の背中……

 

 

 

 

 

 

      ➡ A.黙って見守る

 

        B.追いかける

 

 

 

 




お疲れ~。

キリ良く三話で終わらせたかったから書ききったけど……
さすがに詰め込みすぎた自覚あるよ。決闘も情報も……


てなわけで、今回はオリカ無し。原作効果だけ~。



『シンクロコール』
 通常罠
 自分の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。
 そのモンスターを効果を無効にして特殊召喚し、そのモンスターを含む自分フィールドのモンスターのみを素材としてシンクロモンスター1体をシンクロ召喚する。

漫画版5D's、ジャックvsセクト戦で、ジャックが使用。
OCGでは、シンクロ召喚できるのは絶体王者ご用達の、闇属性、ドラゴン族または悪魔族のみ。
限定的すぎではあるが、何でも呼び出せたんじゃあそら強すぎるから、規制も止む無しだぁな……



禁止カード
『サイバー・ポッド」

制限カード
『強欲な壺』三枚目



そんなこんなで、ラスボス戦、終了……

次話からはまた、新たな展開になりますよってに。

それまで待ってて。

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