遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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あ~あはは~あん……
前の続きや~。
ちょこっとRな描写が多目になったけれど……
いつものことだし、まいっか~。

行ってらっしゃい。



    怒りの業火

視点:外

 

「……」

 

 目の前の光景に、彼女は声も出ず、涙目ながら皿になった目で、動けずにいた。

 

「最初っからそうしときゃいいんだよ、バカ女……」

「そのまま動くな。俺らが美味しく食ってやるからよぉ……」

 

 目の前から聞こえてくるのは、下卑た男の最低な声。

 鼻に臭ってくるのは、臭すぎる口臭と体臭と、血の臭い。

 見えるのは、汚い顔と、血だらけの衣服と刃物の光。

 一緒にいたはずの友達二人はとっくに帰って、一人残った自分は、そんな二人組に両手、両足を押さえられて、手に持った刃物で、制服を少しずつ、切り開かられている。

 切られた部分から順に、制服の下の、白い肌が覗いていた。今日まで美容や健康に気を遣って、綺麗と言われるよう維持してきた自慢の柔肌だった。

 そんな肌を好きにしようと、ベタベタと触り、舐めるような視線で見下ろしているのは、恋人じゃない。友達でも、自分が認めた男でも無い。よりにもよって、見るからに危ない、言葉も通じない、言っていることも理解できない、嫌悪しかできない下種男の二人組。

 

「……」

 

 一体、どうして、こんなことに……

 

 

 陽が沈みかけた時間帯、彼女は、友人である女子生徒二人と、三人で歩いていた。

 そんな時目の前に、以前から気に入らない、平家あずさのやつが歩いていた。

 バカで地味で目立たない、超暴力的な化け物のくせに、アカデミアの女王である天上院明日香やその他実力者、なにより、アカデミア生徒全ての憧れである、水瀬梓さんとまで友達でいる。仕舞いには、新入生のエド・フェニックスまで。

 今では、自分さえ誘いが無かったホワイト寮に、あっさり入ることが許されて、挙げ句、あっさりやめてしまうという調子の乗りっぷり。

 例の事件があってから、あからさまなことは誰もできなくなったものの、この女子生徒もかつて、辞めていった生徒達に混ざって、あの化け物クソ女に色々な嫌がらせをしてきた。

 女子寮の窓に石を投げて割ってやったし、本人に石をぶつけたことだってある。イタ電だって毎日してやった。あの時はたまたま居合わせなかったが、本当なら、女子寮の放火にも参加したかった。

 それだけのことをしてやったのに、仲間達は全員アカデミアから逃げて、今では自分一人しか残っていない。バカで地味で目立たない、なのに満ち足りている、こんな化け物クソ女のせいで。

 だから、そいつを見た途端、両側の友達二人の制止も聞かずに、今まで溜め込んでいた文句をぶちまけてやった。

 化け物クソ女は、ただ笑って聞いているだけだった。その笑顔も余計にムカついた。

 そして全て言い切った後は、決闘ディスクを取り出した。

 三対一で、決闘する?

 笑顔でそう語った顔を見た途端、今までの威勢がどこかへ吹っ飛んでしまった。

 左右の二人まで弱腰になって、結局そのまま逃げるしかなかった。

 

 なんであんな女が、この決闘アカデミアで最強クラスになってるんだ?

 さすがに水瀬梓さんには敵わないにしても、梓さんと同じ、シンクロ召喚まで使っている。

 バカでチビで目立たない、化け物クソ女のくせに……

 絶対に許さない。このまま済ませてやるもんか。あの女だけは許さない。

 あんな女がいるから、私はこんなにムカついて、イライラさせられてるんだ。だから、私があの女に、その罪滅ぼしをさせることは、当然の権利なんだ。

 また嫌がらせしてやる。

 隙をついて、あの女の、シンクロモンスターの入ったデッキを盗んで、そのまま燃やしてやろうか。

 それか今度こそ、部屋を燃やしてやろうか。逃げていった奴らは退学させようとして失敗したが、あいつごと燃やしてやれば良かったんだ。私ならもっと上手くやれる。

 いいや、いっそのこと、あいつの実家の住所を調べて、実家を家族ごと燃やしてやれば一発だ。自分が火事に巻かれるよりよっぽど苦しいだろう。

 悪いのはあいつだ。バカで地味な化け物のくせに調子に乗った、あのクソ女が悪いんだ。

 そいつに罰を与える私は、正しいんだ……

 

 そんなことを考えながら、友人二人とも別れて歩いていた時だった。

 

「よう、彼女ぉ……」

 

 突然、前から下品な声が聞こえた。声もそうだが、ニヤついた顔も、赤い服装まで下品で、おまけに臭い男だった。

「この俺と決闘しろよぉ……」

 下品な声で、決闘ディスクを構えている。臭いも相まって、気持ち悪いだけのそんな男との決闘なんか、まっぴらだった。一日一回のノルマもとっくにこなしているし、放っておいて帰ろうときびすを返した。

 だが後ろには既に、別の男が回り込んでいた。

「なに逃げてんだよ? 俺達が決闘しろって言ってんだぞ」

 臭くて汚い男二人掛かりで足止めして、無理やり決闘を要求して。

 今すぐ警備にでも突きだしてやろうか?

 そう思った途端、ずっと漂っている臭いが、ただの体臭でないことに気付いた。

 体臭やホコリ、泥の臭いも確かにする。だが、そんなもの以上に鼻をつんざくのが、生々しい、乾いた鉄の臭い。

 それに気付いて、二人の服装をよく見た瞬間……

「……!?」

 夕焼けの赤と暗さのせいでよく見えなかったが、それは赤い服ではなくて、服が、真っ赤な血にべっとりと濡れている。

 それが分かって、ようやく気付いた。

 こいつらはヤバい。決闘どころじゃない、早く逃げないと大変なことになる。

 だが、そう判断したのが遅すぎた。

「この俺達が決闘しろって言ってんのによぉ……決闘しねぇならヤらせろよ」

 その、信じられない言葉を聞き返そうとした瞬間、目の前に、ナイフを突きつけられた。服装と同じく、真っ赤な血にべっとり濡れたナイフだった。

 おまけに、後ろにいた男には両手と口を押えられて、そのまま悲鳴を上げる間も無く引っ張り込まれて……

 

 そして気が付けば、近くの森の中で、男二人に無理やり押さえつけられていた。

 既に大切な制服は、ナイフでビリビリに切り刻まれて、下着が見えてしまっている。

 思い切り暴れたくても、両手両足を押さえこまれて、なにより、首元に当てられたナイフのせいで身動きが取れない。

 そして今、とうとう下着にまで手を掛けて、二人は腰のベルトに手をかけ始めた。

(い……や……)

 口には破かれた制服を詰められて、大声も出せない。

 そんな口からは唾液が滴るだけで、目からは涙しか流れない。

 鼻には、男と血の臭い匂いしか感じない。耳には、男二人の荒い息しか聞こえない。

 

 なんでこんなことに……

 私はなにも、悪いことなんかしてないのに……

 悪いのは、私を散々イラつかせてきた、バカで地味な化け物クソ女なのに……

 私じゃなくて、あの化け物クソ女こそ、こうならなきゃいけないはずなのに……

(たすけて……たすけて……!)

 誰の耳にも届かない、そんな言葉ばかり心に繰り返して、とうとう、パンツを破り取られた瞬間……

 

 ガンッ……!

 

 硬く閉じていた目の代わりに、耳にそんな鈍い音が響いた。

(……え?)

 気付くと、両手両足も自由になり、押さえられた体は動けるようになっていた。

 かろうじて残った制服の布地で、どうにか大事な部分を隠しながら、体を起こすと……

「あ……あ……! 梓さん!?」

 向いた方向には、青い着物と、長く美しい黒髪を揺らす、日本刀片手の美少年。

 彼は、目の前に倒れている男二人を威嚇していた。

「梓さん!!」

 助けられたことが嬉しくて、駆け寄ろうとした。

 だがその足を、鞘に納まった日本刀を突き付けられて、止められた。

 

「寄るな。感染(うつ)る」

 

「……」

 聞こえたのは、そんな一言だった。

 そんなことを言った彼の目は、いつもの優しい顔じゃない。

 今にも切れてしまいそうなほどに青筋を浮かべ、目の前にいる者を、憎み、蔑み、キレている、そんな、狂人……いや、正に『凶王』の目をしていた。

 無論、彼のことをよく知る人間からすれば、梓がキレている相手は男二人であって、寄るなと言っているのも、女子生徒に対する、激怒している中での精一杯の優しさと分かる。

 だが、梓とは大して縁もゆかりも関わりも無い、この女子生徒からすれば……

「……」

 無理やり捕まって、大切な純潔を散らされそうになって、そこを助けてくれたのが、みんなの憧れの人。この人になら、純潔を捧げて良いと本気で思えるほどの人だった。

 その人が、自分を睨みつけながら、ただ一言……

 感染る……

「……っっっ!」

 ただ決闘していただけなのにこんな目に遭って、優しいと評判の憧れの人にすら拒まれて。

 大いに傷ついた女子生徒は、切り裂かれたボロ布と靴以外はほとんどブラジャーだけの、下半身が丸出しというマヌケな姿なのも構わず、涙ながらに森の外へと駆けだして、叫んでいた。

 

「もう決闘もアカデミアも辞めるーーーーーー!!」

 

 

 そして、そんな女子生徒の行く末など、知ったことではない梓は、男二人を変わらず睨みつけていた。

「なんだよ女……お楽しみの邪魔しやがってよぉ……」

 一人は、あからさまに不快の声を上げていた。だがもう一人は、ニヤニヤ笑っていた。

「代わりにシてくれるってことだろう? 俺達が相手なんだ。誰だってシたいに決まってんだからよぉ。なぁー」

「……」

 言っていることは理解不能だが、最初(はな)から理解する気も無い。梓がここへ来た用は、ただ一つ。

「貴様らか? 羽蛾さんと、竜崎さんの二人をメッタ刺しにしたのは?」

「ああん?」

 その視線だけで刺殺できてしまいそうなほどの、強烈な視線を浴びていながら、二人は平然と声を上げていた。

「悪いかよ? あいつらは今まで散々汚ぇことしてきたんだ。俺達の決闘でもなあ! だから罰を与えてやったんだよ! 悪いか? ああん?」

「……」

 男達の尊大な態度も、無駄に豪快なだけの威勢も声も不快に感じながら、梓は、直前に見た二人のことを思いだす。

「二人とも、体中を刺され、血まみれだった……特に、決闘者にとって命でもある、両腕が酷い有様だった。かろうじて、命が助かっただけ奇跡だ。しかし、あの腕では、決闘者として、再起できるかどうか……」

「はっ! 生きてやがったのかよ、あの虫とトカゲ。絶対にくたばったと思ったのによぉ!」

 梓の嘆きを遮りながら、再び傲慢な声を上げる。

 罪悪感はもちろんのこと、後悔も無ければ、生きていたことにガッカリしている。

「おまけに、彼らのことを求め、共に闘ってきたデッキまで奪って……」

「求めた? バカかよ!? こいつらが求めたのは俺達だ! この! 俺達なんだよ! 俺達がこいつらに選ばれたんだよ! それをあいつらが我が物顔で使ってやがったのが悪いんだ! このデッキはなぁ! 俺達のもんなんだよ! ああん!?」

 二人とも、大いに笑っていた。大いに喜悦し、大いに傲慢な態度だった。

「シンクロモンスター? の入ったデッキを手に入れて、もう俺達は誰にも敗けねぇ。俺達は最強なんだよ。最強だったら何したって良いんだ! 分かるか女ぁ!?」

「分かったらさっさと脱ぎやがれ! さっきの女は、せっかくこの俺達がヤらせろって言ったのに逃げちまった。テメェのせいでなぁ! だからテメェが代わりにヤらせろぉ!!」

 もはや二人とも、島へ来た目的がすげ変わっている。

 デッキを手に入れたからかもしれないが、この二人の場合、デッキ関係なくこうなっていたことだろう。

 

 そして、そんな二人に対して、梓はもはや、憎悪以外に感じるものなどない。

「……既に慣れ尽くした。こんな身体で良ければいくらでも犯らせてやる……」

 言いながら、左手の刀を変形させた。そしてそれは、決闘ディスクに変わった。

「私を決闘で倒せたらな」

 デッキを構え、二人を睨みつけた。

 そんな梓を見て、二人は……

「はぁー? バカじゃねえの!? なに勝手な条件出してんだバァーカ!!」

「なんでわざわざ決闘なんざしなきゃならねぇんだ! 今すぐヤらせろって言ってんのが……!」

 二人とも、梓の言葉を無視して歩き始めた時……

 二人の周囲は一瞬にして、無数に突き立てられた、氷の剣に囲まれた。

 

「嫌だというなら……今すぐ貴様らを殺る! 決闘を挟んでやるだけ慈悲だと思えええええええええええ!!」

 

 その絶叫が、空気を揺らした。地面の土を巻き上げたかと思えば、無数の氷の剣、全てが砕け、散らばった。

「……なんだ女こらぁああああああああああ!!」

 二人とも、そんな光景に恐れるどころか、逆ギレしたようだった。

「もう許さねぇ……そのままヤらせりゃ一度だけにしてやるつもりだったけどよぉ、もう逃がさねぇ! テメェは今日から俺らの肉奴隷だ!!」

「やめろって言ったって許さねぇ!! 決闘が終わったら、死ぬまでヤってやるからなぁ!! 逃げんじゃねえぞおおおおお!!」

 いつも通り、勝とうが敗けようが関係なく要求を通そうとしている。

 だが梓にとって、そんな傲慢さなど関係なかった。

 二人のプロ決闘者も。そして、そんな二人に出会えたデッキすら侮辱した、この二人だけは絶対に許さない。

 その憎しみを糧に、決闘するだけ……

 

『決闘!!』

 

 

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

バカ

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

クズ

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

 

「先行は私。ドロ……」

「先行は俺様だぁ!! ド……」

 

 ……ガッ

 

「いっ……! がああああああああ!!」

 羽蛾の時と同じように、梓の言葉を無視してカードをドローしようとしたバカの手を、梓は、ナイフのように鋭利に尖らせた氷を投げ飛ばし、突き刺して止めた。

 そして、何の問題もなくカードを引いた。

 

手札:5→6

 

「て、テメェ……この俺に対して、こんなことが……!」

「魔法カード『天使の施し』。カードを三枚ドローし、二枚を捨てる。永続魔法『ウォーターハザード』発動。自分フィールドにモンスターが存在しない時、手札のレベル4以下の水属性モンスター一体を特殊召喚する。『氷結界の守護陣』特殊召喚」

 

『氷結界の守護陣』チューナー

 レベル3

 守備力1600

 

「更に、『氷結界の伝道師』を通常召喚」

 

『氷結界の伝道師』

 レベル2

 攻撃力1000

 

「永続魔法『生還の宝札』発動。自分の墓地からモンスターが蘇生される度、私はカードを一枚ドローする。更に伝道師の効果。このカードをリリースすることで、墓地に眠る『氷結界』を特殊召喚できる。『氷結界の虎将 ガンターラ』を蘇生。宝札の効果で一枚ドロー」

 

『氷結界の虎将 ガンターラ』

 レベル7

 攻撃力2700

 

手札:2→3

 

「二枚カードを伏せ、ターンエンド。そしてこのエンドフェイズ、ガンターラの効果で墓地の『氷結界の伝道師』を再び特殊召喚。宝札の効果でカードをドローし、ターンエンド」

 

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『氷結界の虎将 ガンターラ』攻撃力2700

   『氷結界の伝道師』守備力400

   『氷結界の守護陣』守備力1600

   魔法・罠

    永続魔法『ウォーターハザード』

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

 

 

「テンメェ……ふざけんなああああああああああああああ!!」

 氷を手から引き抜きながら、またバカは叫んでいた。

「この俺に、こんなことしやがって……おまけに、長々とプレイして、この俺を待たせやがって……なんで俺達がこんな決闘に付き合わなきゃなんねぇんだあああああ!!」

「……」

 それはこっちのセリフだ……

 漏らしたい言葉を必死に抑えつつ、変わらぬ形相で睨む梓に叫び、今度こそ回ってきた真っ当な権利から、カードを引こうと指を置いた。

「テメェだけは絶対ぶっ殺す……体縛って滅茶苦茶に犯して中出ししまくって体中の骨バキバキに折りまくって、それで生き埋めだあああ!! ドロオオオオオオオオオオ!!」

 

バカ

手札:5→6

 

「『ナチュル・パンプキン』だああああああ!!」

 

『ナチュル・パンプキン』

 レベル4

 攻撃力1400

 

 現れたカボチャのモンスターは、本来なら、眠そうなのんびりとした目をしているはずだった。それが今は、半開きだったはずの目は硬く閉じられ、口元は不快に歪み、眉間にしわを寄せている。

 その姿はまるで……

(嫌々プレイされてやっている……)

「『ナチュル・パンプキン』の効果だぁああ!! こいつの召喚に成功した時、相手の場にモンスターがいれば、俺はもう一体『ナチュル』を呼べる! 出やがれ『ナチュル・チェリー』!!」

 

『ナチュル・チェリー』チューナー

 レベル1

 攻撃力100

 

「この瞬間、速攻魔法『地獄の暴走召喚』だあああああ!! デッキからもう二体、特殊召喚された『ナチュル・チェリー』召喚だあああああ!!」

 

『ナチュル・チェリー』チューナー

 レベル1

 攻撃力100

『ナチュル・チェリー』チューナー

 レベル1

 攻撃力100

 

「……『地獄の暴走召喚』の効果により、『氷結界の守護陣』をもう一体召喚」

 

『氷結界の守護陣』チューナー

 レベル3

 守備力1600

 

「勝手なことしてんじゃねええええええええええええ!!」

「真っ当な効果の延長だ。何が悪い……」

「それが勝手だっつってんだろうが!! 動くなあああああああああ!!」

「……」

「こいつはなぁ、場のナチュルの効果が発動したターン、特殊召喚できるんだよぉ!! 出やがれ『ナチュル・ハイドランジー』!!」

 

『ナチュル・ハイドランジー』

 レベル5

 攻撃力1900

 

『ナチュル・ハイドランジー』

 攻撃力1900

『ナチュル・パンプキン』

 攻撃力1400

『ナチュル・チェリー』

 攻撃力100

『ナチュル・チェリー』

 攻撃力100

『ナチュル・チェリー』

 攻撃力100

 

「……」

 一ターンでフィールドを埋め尽くしておきながら、その実、梓は何の脅威も感じなかった。

 それは、梓自身のフィールドの盤石さと、男の愚かしい姿。そして何より、目の前のナチュル達の、嫌悪にまみれた感情のせいだった。

「オラオラァ!! 俺のために役立ちやがれぇええ!! レベル4の地属性『ナチュル・パンプキン』に、レベル1の地属性『ナチュル・チェリー』をチューニング!!」

 そんな言葉に従う二体のモンスターは、本気で嫌そうにしていた。

 それでも、仕方なく、決闘のルールにのっとって、行動を取った。

 

「俺を勝たせろ!! 敗けたら許さねえ!! 俺が勝てって言うんだから勝たせるんだ!! それが仕事だ!! さっさと働けええええ!!」

「シンクロ召喚! 『ナチュル・ビースト』!!」

 

 地面の下から、太い大樹が空へ向かって伸びた。

 そんな大樹の中心が罅割れたと思った瞬間、その中から、緑色に光る物が現れた。

 緑の皮膚と、黒のトラ柄と、優しげなネコ科の顔。

 それは、大樹から生まれた雄々しき獣だった。

 

『ナチュル・ビースト』シンクロ

 レベル5

 攻撃力2200

 

「オラオラオラもう一体だオラァ!! レベル5の地属性『ナチュル・ハイドランジー』に、レベル1の地属性『ナチュル・チェリー』をチューニング!!」

 そしてまた、同じ光景が繰り広げられた!!

 

「ああああ鬱陶しい!! まどろっこしいんだよ!! 待たせんじゃねえっつってんだよ!! さっさと現れやがれこのノロマああああああ!!」

「シンクロ召喚!! 『ナチュル・パルキオン』だああああああ!!」

 

 地面が隆起したかと思うと、そこから再び大樹が伸びた。

 だが直前とはまた違う、右往左往と縦横無尽に伸びていく、細長い樹だった。

 そんな樹の先端には、大きな岩が備わっていた。だがそれは、ただの岩ではなく、つぶらな目と、大きな口と、角と、髭を持つ、勇ましい龍の頭だった。

 樹の身体をくゆらせながら浮かぶそれは、大樹から成る聖なる龍。

 

『ナチュル・パルキオン』シンクロ

 レベル6

 攻撃力2500

 

「待たせるなって言ってんだよ!! さっさと出てきやがれ!! 変な演出ばっか入れやがって!! 俺のカードの分際で粋がってんじゃねえよ役立たずがあああ!!」

 そんな声に対して、モンスターが答えることはない。表情も変わらない。

 素材となったモンスター達に比べれば分かり辛いが、呼ばれた二体も、同じだけ嫌悪を滲ませていた。

「オラこれで最後だよ!! 魔法カード『死者蘇生』! 墓地の『ナチュル・ハイドランジー』特殊召喚だああ!!」

 

『ナチュル・ハイドランジー』

 レベル5

 攻撃力1900

 

「更に魔法カード『孵化』! 場のモンスター一体を生贄にして、そいつよりレベルが一つ高い昆虫族を特殊召喚する! 役立たずの紫陽花を墓地へ送って、きやがれクワガタ! 『ナチュル・スタッグ』特殊召喚!!」

 

『ナチュル・スタッグ』

 レベル6

 攻撃力2200

 

「レベル6のクワガタに、レベル1のこいつをチューニングだああ!!」

 もはや、カード名すらまともに呼ばなくなくなった杜撰なプレイで、最後のモンスターを呼び出した。

 

「さっさと出ろぉおお!! 勝たせろおおおおお!! 『ナチュル・ランドオルス』!!」

 

 みたび、地面から大樹が伸びる。森の全てを覆い尽くすような、緑に包まれた大樹だった。

 そんな大樹の、更に下。地面が割れて、巨大な岩が伸びてきた。

 地上に現れた岩は、長い首を、太い四足を、そして、丸い頭を持っていた。

 それは、大樹の甲羅を背負った、岩から成る亀だった。

 

『ナチュル・ランドオルス』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2350

 

「どうだよおおおおおおお!! これが俺様の力だ!! 俺の!! 『ナチュル』デッキの力だあああああああああ!!」

 三回連続のシンクロ召喚をこなし、大いに驕り、浮かれている。

 ただ呼び出しただけで満足し、勝利することに何の疑いも無い。

「バトルロイヤルルールで攻撃できねぇ……命拾いしたなぁ! ターンエンドだああ!!」

 

 

バカ

LP:4000

手札:0枚

場 :モンスター

   『ナチュル・ビースト』攻撃力2200

   『ナチュル・パルキオン』攻撃力2500

   『ナチュル・ランドオルス』攻撃力2350

   魔法・罠

    無し

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『氷結界の虎将 ガンターラ』攻撃力2700

   『氷結界の伝道師』守備力400

   『氷結界の守護陣』守備力1600

   『氷結界の守護陣』守備力1600

   魔法・罠

    永続魔法『ウォーターハザード』

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

 

 

「次は俺だぁ……ドロオオオオオオ!!」

 

クズ

手札:5→6

 

 新たにターンが回ってきたクズも、同じような声と姿でカードをプレイし始めた。

「手札から、『俊足のギラザウルス』を二体、特殊召喚扱いで召喚!!」

 

『俊足のギラザウルス』

 レベル3

 攻撃力1400

『俊足のギラザウルス』

 レベル3

 攻撃力1400

 

「……ギラザウルスが特殊召喚扱いされた時、私は墓地からモンスター一体を特殊召喚できる。私は『天使の施し』で墓地へ送った『氷結界の武士』を蘇生。宝札の効果でカードを一枚ドロー」

 

『氷結界の武士』

 レベル4

 攻撃力1800

 

手札:2→3

 

 本来、こういう説明は使った本人が説明する義務がある。

 もっとも、さっきのバカと同じ。このクズに最初からそんな気は毛頭なかったことが分かる。

「ギラザウルスの一体を生贄に、『大進化薬』発動!」

 使ったほとんどが未来のカードであったバカに対し、クズは現在のカードをプレイしていく。

「こいつが場にある限り、レベル5以上の恐竜族に必要な生贄が一体少なくなる。俺はギラザウルスを生贄に捧げて、レベル9の『ジュラック・タイタン』を召喚だあああ!!」

 フィールドに爆炎が燃え広がる。そこから、溶岩にも似た巨大な手足、胴体が現れた。

 それが直立し、梓を見下ろした。

 

『ジュラック・タイタン』

 レベル9

 攻撃力3000

 

「シンクロ召喚なんか、まどろっこしくてやってられるかぁああああああ!!」

「……」

 クズの絶叫を無視しながら、呼び出された『ジュラック・タイタン』を見た。

 梓を見下ろすその勇ましい顔には、バカの使ったナチュル達と同じように、嫌悪感と、仕方がないという諦めを浮かべていた。

「まだまだあああ!! 永続魔法『一族の結束』!! これで攻撃力が800アップだあああああああああ!! 一枚伏せて、ターンエンド!!」

 

 

クズ

LP:4000

手札:0枚

場 :モンスター

   『ジュラック・タイタン』攻撃力3000+800

   魔法・罠

    永続魔法『一族の結束』

    通常魔法『大進化薬』

    セット

 

バカ

LP:4000

手札:0枚

場 :モンスター

   『ナチュル・ビースト』攻撃力2200

   『ナチュル・パルキオン』攻撃力2500

   『ナチュル・ランドオルス』攻撃力2350

   魔法・罠

    無し

 

LP:4000

手札:3枚

場 :モンスター

   『氷結界の虎将 ガンターラ』攻撃力2700

   『氷結界の武士』攻撃力1800

   『氷結界の伝道師』守備力400

   『氷結界の守護陣』守備力1600

   『氷結界の守護陣』守備力1600

   魔法・罠

    永続魔法『ウォーターハザード』

    永続魔法『生還の宝札』

    セット

    セット

 

 

「……」

「言葉も出ねぇかあああああ!? 俺達のプレイングによおおおお!!」

「見ろよ! こいつら! あんなバカな虫野郎やクズのトカゲ野郎より、俺達に使われてよっぽど喜んでんのが分かるだろうが!!」

「……」

「しかもまだ生きてるだぁああ!? 決闘できねえ腕になっておいて、よくもまあ恥ずかしげもなく生きてやがるよなぁ!!」

「この決闘が終わったら、テメェをヤってぶち殺して、あの二人の息の音も止めに行かなきゃよおおお!! ぎゃははははははは!!」

「……」

 もう、こいつらに掛ける言葉など、梓には何も無い。

 いやむしろ、言いたい言葉が多過ぎて、どれを掛けるべきかが分からない。

「……ドロー」

 

手札:3→4

 

 二人とも、自身の優れていると思い込んでいるプレイに酔いしれて分かっていない。

 彼らのプレイングの全てが裏目に、梓にとって、好都合となってしまっていることに。

「レベル4の水属性『氷結界の武士』に、レベル3の『氷結界の守護陣』をチューニング」

 前のターン、バカが行った光景。モンスターの全てが気だるげだったバカとは違い、梓のモンスターは二体とも、勇ましく跳び上がった。

 

「冷たき結界(ろうごく)にて研磨されし剣の汝。仇なす形の全てを砕く、冷刃災禍(れいじんさいか)の刃文龍」

「シンクロ召喚! 狩れ、『氷結界の龍 グングニール』!

 

『氷結界の龍 グングニール』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2500

 

「お前も、シンクロ召喚!?」

「ほぉーう、このデッキが戦いたがってたのはお前か。そのデッキも頂いてやるよぉ」

「……」

 おそらくあのデッキたちも、嫌々ながらも、闘えるようあの二人に協力したんだろう。

 最愛だと認めたパートナーがあんなことになった以上、もはや梓と闘うには、あの二人に自分達を使わせる以外無いのだから。

 そして、デッキたちが協力したにも関わらず、できたことは、このターンで決着がつけられる粗末な盤面。

「グングニールの効果。一ターンに一度、手札を二枚まで捨てることで、相手フィールドのカードを捨てた枚数まで破壊できる」

 

手札:4→2

 

「バカがぁ!! 『ナチュル・ランドオルス』の効果で、モンスター効果の発動を無効にして破壊だぁ!!」

「どうやって?」

 梓の冷たい質問に、バカは得意になりながら……

「ああん? どうやってだぁ? 手札の魔法カード一枚を捨てて……」

 

バカ

手札:0

 

「……おい!! 何で手札が無え!! これじゃあ効果が使えねえだろうがああ!!」

「……」

 見苦しく叫び、何かに対して文句を叫ぶ。挙げ句の果てに、

「チクショウ!! だったら……!!」

 手札を補強しようと、デッキのカードに指を添えた。

 だが、ドローフェイズ時のドローや、何らかのカード効果によるドロー、サーチといった、正当な理由が無い限り、ディスクにセットされたデッキにはロックが掛かり、不正にカードを手札に加えることはできなくなっている。

 そんなことは、機械に弱い梓でも知っていた。

 だがこの男は、それを知ってか知らずか、躍起になってカードを引こうとしていた。

「おおおおおおおいいいいい!! さっさとカードよこしやがれえええ!! 破壊できねえだろうがあああああああ!!」

「……破壊するのは、『ナチュル・ビースト』と『ナチュル・パルキオン』」

 もはや何も言うまい。言ってやるものか。

 梓がそう思いながら宣言した二体のシンクロモンスターが、グングニールの放った鎌鼬に切り裂かれる。

 その時の顔は、破壊されながら安らかな表情に見えた。

「俺のモンスター!? ……てめえええええええええええええええええ!!」

 バカはと言えば、安らかとは程遠い声と顔で叫び続けるだけだった。

 

「『強欲な壺』発動。カードを二枚ドロー」

 

手札:1→3

 

「伏せカード発動。速攻魔法『エネミーコントローラー』。二体目の『氷結界の守護陣』をリリースすることで、貴様の場の『ジュラック・タイタン』のコントロールを得る」

「はああああああああああああ!?」

 守護陣が光に変わり、クズの場に君臨していた暴君は、嬉しげに梓のフィールドへ移った。

「何やってんだてめええええ!? この裏切り者おおおおおおおおおおお!!」

「そして……チューナーモンスター『アンノウン・シンクロン』召喚」

 

『アンノウン・シンクロン』チューナー

 レベル1 

 守備力0

 

「……」

 その小さなチューナーを呼び出した瞬間、梓の身にあった憎しみが、よりその力を増幅させるのを、バカとクズ、二人が感じた。

 二人が行ったこと……二人の存在……全てを破壊せんと、憎み、恨み……

 そんなふうに、恨まれる覚えなど全くないぞという顔の二人をよそに、梓は、ソレを執り行う……

「レベル7の『氷結界の龍 グングニール』に、レベル1の闇属性『アンノウン・シンクロン』をチューニング」

 宣言した瞬間、グングニールの咆哮と共に、氷の身体全身に亀裂が走った。

 まるで、そこから出てこられることに歓喜しているかのように。

 または、真の姿になれることに興奮しているように。

 

「地獄と極楽、絶無を求めし時。無間へ轟く咆哮震わせ狭間の界より羅刹(らせつ)は目覚める」

「シンクロ召喚! 現世(うつしよ)に無の裁きを……『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』!」

 

 グングニールの身を砕き、そこから目覚めたモノ。

 それは、かつての梓の、憎悪の象徴であった鬼の貌を持つ、禍々しき闇の龍……

 

『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』シンクロ

 レベル8

 攻撃力3000

 

「伝道師の効果! このカードをリリースし、墓地のグングニールを蘇生、宝札の効果で一枚ドロー」

 

『氷結界の龍 グングニール』シンクロ

 レベル7

 攻撃力2500

 

手札:2→3

 

「再びグングニールの効果! 手札を二枚まで捨て、相手の場のカードを捨てた枚数破壊する。私は『ナチュル・ランドオルス』と、『一族の結束』を破壊する!」

 

手札:3→1

 

「最後だ……魔法カード『ミラクル・フュージョン』! グングニールの効果で墓地へ送った『E・HERO オーシャン』と、水属性『氷結界の武士』を除外。氷結の英雄『E・HERO アブソルートZero』!」

 

『E・HERO アブソルートZero』融合

 レベル8

 攻撃力2500+500×2

 

「なんだよ……なんなんだよ、これ……」

 

『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』

 攻撃力3000

『氷結界の龍 グングニール』

 攻撃力2500

『E・HERO アブソルートZero』

 攻撃力2500×2

『ジュラック・タイタン』

 攻撃力3000

『氷結界の虎将 ガンターラ』

 攻撃力2700

 

 二人とも、理想とするプレイングができたはずだった。

 なのに気が付けば、フィールドはがら空きとなり、目の前には、自分達のライフを削るに十分過ぎるモンスターの群れ。

「こんなはずじゃなかった……」

 そんな二人を睨みながら、梓は、呟いていた。

「あの二人と決闘ができていれば、彼らの力を存分に使いこなした、最高の決闘ができていたはずなのに……」

 梓はよく知っている。ナチュルもジュラックも、真の力はこんなものではないことを。

 そして、あの二人なら、その力を十二分に引き出すことができたのも分かる。

 それがどうだ。そのデッキを使ったのは、卑劣な手段でデッキを奪い、そのくせ、まるで使いこなせていない、決闘者ですらないバカとクズ。

 しかも、そんな二人のせいで、あの二人は決闘者として再起できるかすら危うい。

 最愛のパートナーも、最高の決闘の機会さえ奪われて、まるで力を発揮できない決闘を強要された、そんなデッキたちのことを思うと……

「赦さない……」

 今日までずっと眠っていた、憎悪の象徴『煉獄龍』。彼が目覚めるほどに膨れ上がった憎悪と怒りを、二人に向けた。

「バトル!」

 その怒りを鎮めるために。そして、ナチュルとジュラック達の無念を晴らすために。

 梓は、バトルを宣言した。

「グングニールでバカを、『ジュラック・タイタン』でクズを、それぞれ攻撃!!」

 グングニールの口には冷気が、タイタンの口には、火炎が貯まった。

「ふざけんな……ただでやられてたまるかよぉ!! 罠発動『聖なるバリア -ミラーフォース-』!! そっちのモンスター全部破壊して……!!」

絶無裁(ゼロ・ジャッジメント)……」

 クズの最後の抵抗を、梓は冷たく跳ね除けた。

「は? な……?」

「『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』の効果。自分の手札がゼロの時、一ターンに一度、相手の発動した魔法・罠カードの効果を無効にし、破壊する」

 長く伸びた尾の、先端に備わった爪に貫かれ、砕かれたミラーフォースを眺めながら、二人は、宣言された二体の攻撃を受けるしかなかった。

 

バカ

LP:4000→1500

クズ

LP:4000→1000

 

「があああああああああああああああああああああ!!」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」

 二人の絶叫がコダマした。

 選ばれた者同士の決闘。その衝撃は、普通の決闘以上の威力を伴い、直接攻撃ともなれば、その危険性は計り知れない。

 それでも今まで梓が誰も傷つけてこなかったのは、ひとえに梓が、その優しさから力を加減してきたからだった。

 そして、今回の決闘に限って、そんな加減など、最初からする気もなかった。

 

「アブソルートZeroでバカを、ガンターラでクズを攻撃」

 

「うわあっ!! ああああ!! やめろぉ!! バカぁあ……!!」

「来るな!! こっちへ来るなあ!! この俺に向かって……!!」

 

バカ

LP:1500→0

クズ

LP:1000→0

 

「ぐあああああああああああああああああああああああ!!」

「ああがあああああああああああああああああああああ!!」

 ライフがゼロになり、既に意識を、最悪、命を失ってもおかしくない。

 そんな二人に対して、梓は、最後の宣言を行う。

 

「『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』で、二人に攻撃……」

 ライフはとっくにゼロ。だがそんなことは関係なく、最後の攻撃を行った。

「死滅の混沌業火(カオス・インフェルノ)!」

 煉獄龍の口から放たれた獄炎。

 それが二人に直撃し、その身を燃やした。

 

 

「……」

 二人とも、うつ伏せに倒れて動かない。

 そんな二人から、デッキだけは回収しようと手を伸ばした、その時……

 

「決闘ごっこは終わりだああああああ!!」

「約束通り犯らせて死ねええええええ!!」

 

 氷と炎にやられたのを、一体どうすれば、これだけの生命力が得られるのやら……

 そんなことを考えながら、梓は左手の刀を振るった。

 鞘に収まったそれが、二人の両手を叩いた時。パリンと、儚く割れる音が響いた。

 それも構わず梓に手を伸ばすが……

「……は?」

 なぜか掴むことも、触れることもできず、二人とも奇妙に思い、自身の両手を見てみる。

 二人とも、両手が凍り付いていた。

 そして、そんな凍った腕の、ひじから先にあるはずの部分が、二本とも、二人なので四本とも、どこかへ消えていた。

「な……なんだあああああこりゃあああああああ!?」

「俺の!! 俺の手!! どこだあああああああ!?」

 無様に慌てふためく二人を横目に、ひじから下が失せたことで、地面に決闘ディスクが落ちている。

「さあ、帰りましょう。羽蛾さんと、竜崎さんのもとへ……」

 そう言って、手を伸ばした時、慌てていたはずの二人がその決闘ディスクに覆いかぶさった。

「触んじゃねえ! こいつは俺のもんだあああああ!!」

「俺のデッキだ!! 俺のデッキなんだあああああ!!」

 もう決闘などできないくせに、無様にデッキに執着し、叫び散らす二人を見ながら……

「……そうですよね。すみません」

 梓は立ち上がり、二人に背中を向ける。二人とも、そんな背中に勝ち誇った顔を向けた。

「真に怒っているのは、私ではない。あなた方にこそ、二人に罰を与える権利がある」

 そんな言葉の意味が、理解できなかった。

 ただ、二人とも、自分達の後ろに、決闘中には無かったはずの、強烈な形相を浮かべ現れた、半透明の植物、岩、虫たち、燃え盛る巨大な恐竜たちの姿に、気付くことはなかった。

「止めはしません……存分におやりなさい」

 そのまま、歩いていく梓の背中が見えなくなった瞬間……

 

 ……

 …………

 ………………

 

「……」

 憎しみと、怒りと、無念さと、今の決闘の不毛さと……

 様々な負の感情が、梓の中に渦巻いていた。

 それでも、そんな物以上に、見なければならない物がある。

 

「さあ……次は誰です?」

 

 左手首からの出血をそのままに、周囲に向かって、声を上げた。

 

「私は逃げも隠れもしない。今すぐでも構いません。いくらでもお相手しましょう。さあ、お次はどなたです?」

 

 堂々とした、凛とした声での呼びかけ。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 森の中での決闘を覗き見ていた、三人の決闘者達は、その声を聞いて、考える。

 今すぐ決闘をするべきか、立ち向かうべきか、と……

 

「……」

 

 だが、しばらくして、三人とも気配が消えるのを感じた。

「今はその時ではない、ということか……」

 出血の止まった左手を押さえながら、去っていった者達のことを考える。

 

 童実野町から始まった、闘うべき宿命の決闘。

 その相手となる決闘者達。

 

「あと、五人……」

 

 

 

 




お疲れ~。

たまにさ、ひじから下か、ひじから上って言われて、どの部分か迷うこと無い?

てことで、梓の新しい切り札お披露目回でした~。

そんじゃら、また次話まで~……
ちょっと待ってて。

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