遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

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はいや~。
六話や~。
行ってらっしゃい。



第六話 おかえりなさい

視点:外

 

「らせん階段!」

 

「カブト虫!」

 

「廃墟の街!」

 

 

(天上院君……俺は先に帰ってもいいのだろうか……?)

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「久方ぶりのアカデミアだなぁ」

「ええ。二泊三日のはずが、まるで十ヶ月近く掛かったような気がしますね」

 出発の時にも使われていたフェリーを降りて、星華と梓は会話していた。

 二人だけでなく、他のアカデミア生徒や教師達も、フェリーからゾロゾロと降りてきている。

 疲労感を漂わす者もいれば、楽しみに満足を浮かべている者もいる。

 特に表情の読めない者もいるし、中にはなぜか怒りを露わにする者もいる。

 様々な感情を生徒達に与えた修学旅行から帰った後は、一日休みが与えられている。

 ほとんどの生徒達は、同じように寮の自室へと帰っていった。

「さて、私達も戻るとしようか……ホワイト寮に」

 星華が、皮肉を込めてそう言った。

 元々梓の部屋の周囲の壁だけ青色が残っていたブルー寮も、梓が回復して氷が融けたことで、完全に青から白へと塗り替えられていた。

 無論、二人ともそんなことで変わりはしない。

 未だ残るブルー生徒のほとんどは、ブルー寮を追い出され、代わりに勧誘されていったイエロー寮の生徒と交代する形でイエロー寮の空き部屋に移り住んでいた。

 そんな中、この二人だけは、変わらず梓の部屋に住み続けた。

 氷で閉ざされた部屋に引き籠もっていたことも理由の一つではあるが、そうでなくとも、この二人を追い出せるものなど、ホワイト寮には一人もいなかった。

(それでも、悪感情は抱かれているようだがな……)

 強さに加え、元々人気者でもあったことから強くは言われない。

 それでも実際、ホワイト寮の生徒達からすれば、ブルーのままでいる二人は完全に異端であり、同じ寮に住むことに対して抵抗を示していた。

(まあ、どうでも良いがな)

 星華としては、今更誰が敵か味方かなどどうでも良い。

 星華にとって重要なのは、水瀬梓が、自分のそばにいるかどうか。それだけだった。

「……すみません、星華さん」

 その梓が、星華に対して申し訳なさげな笑顔を見せていた。

「先に戻っていただけますか? 少し、寄りたい場所があるので」

「……」

 修学旅行へ戻って早々、どこへ行く気か……考えるまでも無かった。

「分かった。先に戻って待っているぞ」

「はい」

 互いに笑顔を見せ合いながら、そう言葉を交わす。

 梓が歩いていき、その背中をみる星華の顔は、既に笑顔が消えていた。

(正直、こんなこと思いたくはないが……戻ってくるといいな……)

 

 

「ただいま戻りました」

 梓が走り、辿り着き、ドアを開いたのは、レッド寮の空き部屋だった。

 帰ってきたばかりなこともあり、他の生徒達はまだ帰ってきていないか、帰ってすぐ眠ってしまったのか、静かだった。

 そんな部屋の中に、ドアを閉めながら入る。

 窓からの光で、明かりを点けなくとも十分に明るい。のだが、

「あらあら……」

 その部屋の様子と、その部屋にたった一人いる住人のおかげで、明るいはずの空き部屋は、どんよりと暗い空間に感じられた。

「えらく散らかしましたね」

 部屋を見渡し、持参したゴミ袋を広げながら言う。

 そこへ、部屋にいくつも散らかったジュースの空き缶を潰しながら入れていく。

 最後の空き缶を入れ、二つ目のゴミ袋の口を縛ったところで、別のゴミ袋を取り出す。

「さてと……」

 それには、散らかったお菓子やらつまみやらの空き袋を入れていく。

 中には中身が残っている物もあり、それは梓が食して空にした。

 ゴミの全てをゴミ袋に入れた後は、その他に散らかった、お菓子の食べカスであったり、埃だったり青色の髪の毛だったりを、手で拾える物は拾い、それ以外は、部屋に備え付けの掃除機や雑巾を掛けていく。

「こんなものでしょうか?」

 部屋が元の綺麗な空き部屋に戻るまで、梓がドアを開けてから十分ほどの時間だった。

 ただ一つ、部屋の隅に寝転んでいるものを除けば。

「さて……帰りましょう。アズサ」

 梓がそう、部屋の隅に呼び掛けた。

 

「……」

 

 しかし、呼び掛けられた相手は反応を見せず、ただ梓に背中を向け、ジッとしている。

「……」

 顔を困らせつつ、アズサへと近づいていく。

「ほらアズサ、いつまでもそうしていないで、帰りましょう」

 優しく呼びかけ、手を伸ばす。

 だが、その手は、バチッという音と共に弾かれた。

「……ああ、起きておりましたか」

 手を叩かれながら、梓はそう、笑顔のまま言う。

 そんな顔を見たアズサはと言うと……

「……」

 真っ赤に腫らした目を細め、白い歯を食い縛らせていた。

「おやまあ、そんな顔になって。せっかくの美しいお顔が台無しですよ」

「……うるさいよ」

 梓に言われても皮肉にしか聞こえない言葉。だがアズサにとっては、そんな言葉以上の皮肉が目の前の現実だった。

「なにさ今更……長いこと放ったらかしにしておいてさ……」

「何を怒っているのですか?」

 梓はあっけらかんとした顔で、そう言った。

「放ったらかすも何も、私のもとから離れたのはあなたの方でしょうに」

「……」

 アズサは、梓に対して、怒っていた。

 だがとうの梓は、罪悪感はおろか、申し訳ないという気持ちも感じていないらしい。

「私は少なくとも、アズサが怒るようなことをした記憶はありません。私のもとから離れたあなたのことを、私はそっとしておくことに決めました。そして、そろそろ良いだろうと思って迎えに来ました。私は何か、あなたに対して、悪いことをしましたか?」

「……」

 言葉にしてしまえば、確かに、梓はアズサに対して、何の非もない。

「あなたは私の何に怒っているのか、言葉にしてもらわなければ分かりません」

「……だったら、言わせてもらうよ……」

 立ち上がり、梓と視線を合わせ、そして、酒、ではなく、ジュースの匂いに満たされた口を動かした。

「僕でさえさじ投げちゃうくらい傷ついて引き籠って、その後星華姉さんと一緒に住みだした途端ちゃっかり元気になっちゃって、その後も僕のこと忘れて星華姉さんと一緒にいて、それで何日も経った後になって今更僕の前に現れてさ!」

「……私が元気になったことを怒っているのですか?」

「そんなこと言ってないだろう!! 元気になったのはむしろ良かったよ!! もう無理だって諦めちゃうくらい苦しかったはずなのに、それが、こうやって部屋から出てきて、ちゃんと話せるくらい元気になってくれて、奇跡だって思ってるよ……全部……全部、星華姉さんのおかげでさ……」

 途中まで怒鳴って、そこまで話して、そして、顔を下へ俯かせ……

「すごいよね、星華姉さん……凍った梓の部屋へはずっと、精霊の僕か、氷を融かせるあずさちゃんくらいしか行けないと思ってたのに……方法はかなり強引だけど、部屋の中に入って……ちょっと話しただけで、梓のこと元気づけてさ……僕なんか……僕なんか、梓から離れて、諦めることしかできなかったのに……」

「確かに、そうですね」

 アズサの涙ながらの言葉を、梓はあっさり、肯定してしまった。

「他でもない私自身のことだというのに、そのことになぜか傷ついてしまって、それでお部屋に籠もってしまって。その間、お部屋は汚すは、お菓子は食い散らかすは、ヤケ酒……缶ジュースはあおるは」

「……るさい……」

「それで、いざ迎えに来てみれば、管を巻いた挙句、愚痴をこぼしたかと思えば星華さんを褒めたりけなしたり。わけが分かりません」

「うるさい!!」

 言葉を途中で遮りながら、その顔に拳骨を見舞う。

「何だよさっきから! 梓こそ、一体なにがしたいわけ!?」

「お説教に決まっているでしょう」

 拳骨を受けたままの状態で、普通に答えていた。

「相変わらず、あなたは感情を言葉にするのが下手くそですね」

 そして、ありのままの事実を言葉にしていく。

「今言った理由とやらも、ただ私が回復するまでの肯定を言っていったにすぎません。聞いた限り、何の理由にもなっておりませんし、星華さんのことを褒めているふうにしか聞こえません。アズサが私に何が言いたいのか、まるで伝わってきません」

「な……な……」

 そして、顔に突き刺さった握り拳を掴んで、真剣な顔と声を向けた。

「私に言いたいことがあるのなら、はっきりと言葉になさい。比喩も前置きも見苦しい。あなたが私に言いたいこと。それだけを、率直な言葉としなさい」

「……分かってるくせに」

 そんな言葉を叩きつけられて、アズサはまた呟く。

「本当は、何が言いたいか分かってるくせに……それでも僕の口から言わせたいの?」

「そうしなければ、私とて、あなたを真に理解などできませんから」

「……」

「生まれつき、あなたは私。そして、私はあなただった。けど、別れてしまった今は違う。アズサはアズサ。水瀬梓は、水瀬梓でしかない。アズサ自身の言葉は、水瀬梓には分からない。そうでしょう」

「……」

 突きだした拳を離し、梓も手を離す。

 すぐ後ろの壁にもたれかけて、アズサは……

「……好き」

 それまでずっと言ってこなかった感情を、言葉にした。

「……僕……『氷結界の舞姫』……アズサは……水瀬梓のことが、大好きです……」

「……」

「だからさ……そりゃあ、梓が誰を好きになるか、誰と付き合うかは自由だし、そのこと何とも言わないよ。けど、けどさ……やっぱ、良い気持ちはしないじゃん。生まれた時からずっと一緒で、生まれる前からずっと好きだった男がさ、僕以外の女と仲良くして、いちゃついて、一緒の部屋に暮らしてさ……うん。はっきり言って最悪だよ」

「……」

「星華姉さんが一方的に迫ってた頃ならまだ良かった。けど、その星華姉さんは今、僕より梓のそばにいて、梓のこと元気づけて、梓にとって、大切な人になってる。そんなの、許せない!」

「……」

「誰にも渡したくない! 僕が大好きな梓のこと、僕以外の誰にも渡したくない! 僕だけが一人占めしたい! そばにいるだけじゃなくて、僕だって梓と、恋人になってイチャイチャしたい!!」

 絶叫しながら、立っている梓に抱きつく。

 声が震え、背中に回した手が震え、体中が震えていた。

「……そんな身勝手なことばっか考えて……梓を元気づけることもできなくて……その方法も分かんなくて……逃げちゃった僕が……今更、梓の所に帰るなんて……できるわけないじゃん……僕は、僕のこと大っ嫌いなのに……こんな勝手なばっかの僕見て、梓まで、僕のこと大っ嫌いになったらって思ったら……怖くてもう、帰れないじゃん……」

 梓の肩に顔を埋め、すすり泣く。

 今になって、かつて、万丈目に言われたことを思い出した。

 アズサは、梓の心を理解できる。だから、梓が心に受けた傷の深さも理解し、諦めることしかできなかった。

 だが、アズサは梓自身である以上に、梓の精霊、無二の相棒だった。

 本当なら、星華が行くまでも無く、そんな自分が梓のそばにいるべきだった。それなのに……

 涙が落ちていく度に、後悔が渦を巻く。

 どうして、梓のそばにいてあげられなかったんだろう。

 どうして、諦めることしかしなかったんだろう。

 今日まで、相手のことを放ったらかしにしていたのは、梓ではなくて、自分の方だというのに。

 そんな自分に対する怒りを、よりによって、梓に八つ当たりするくらいなら、どうして、あの時、逃げ出したんだろう……

 

 

 そんなことを思いながら、泣き続けるアズサの頭に、梓は優しく手を添えた。

「確かに……私は嫌いです。そんなアズサのことが」

 容赦のない言葉を放った。

「この世界に生まれ変わるより前からそうだった。人一倍おしゃべりでお調子者、ふてぶてしい礼儀知らずで、頭も悪く元気だけが取り柄。やりたいことを好き放題やっては、周囲の人々を引っ掻き回す」

 そんなアズサの頭を両手で押さえ、目を合わせる。

「そのくせ……家族や友人知人を気遣って、肝心な自分の心には蓋をして、本音を言うことができたのは、最期の最後だけだった」

 梓の言葉の羅列に、余計にアズサの目に涙がにじんだ。

「そして、この時代に生まれ変わって、姿を現した後は、それが余計に顕著だった。誰よりもそばにいるくせに、いつも私に遠慮していた。本当の自分も、言いたい言葉も、全て隠して……私が愛していると言ったのは、そんなアズサではなかったというのに」

「……っ!」

 その言葉に、アズサは目を見開いた。

「……覚えてたんだ……僕にそう言った時のこと……」

「ええ。長く忘れておりましたが、シエンとの再会や、グリムロさんの力で過去に飛ばされたことで、全てではありませんが、思い出しましたよ」

「……」

 グリムロの名前が出たことで、再びアズサの表情が曇る。

 かつて、自分の中に生きていたもう一人の自分。

 梓の命と引き換えに、消えてしまった魔轟神の巫女……

「正直に言えば、その時と今では、あなたに対する感情の形は違ってしまっている。少なくとも、あなたが望んでいるような感情ではないでしょう。星華さんと同じように」

「……」

 そんなことを、何の容赦も躊躇いもなく言えてしまえるのは、さすがは梓と言うべきだろう。

 だからだろうか。長年連れ添い、思い続けてきた相手から、それだけはっきりと言われたのに、アズサは不思議と嫌な気分にはならず、むしろ、スッキリとした心地良さすら感じていた。

「ですが少なくとも、私はあなたのことを愛しております」

 そして、その言葉も、はっきりとした、何の迷いの無い一言だった。

「先程あなたは、私があなたのことを忘れている。そう言いましたが、生まれた時から、そして、精霊としてずっとそばにいて、私を支えてくれた。そんなアズサのことを、姿を現した日から忘れた日などありません。そして、そんなアズサのことを、水瀬梓は愛しております。アズサがいなくて、とても寂しかった。今すぐ戻ってきてほしい。そばにいて欲しい。そう思ったから、私はここに来ました」

「……」

 何の迷いも陰りも無い。純粋で真っ直ぐで、梓らしい言葉。

「……それってさ、星華姉さんにも、そう思ってるんだよね」

「もちろん」

 あえて質問してみると、案の定、あっさりと肯定してしまった。

「アズサだけではありません。水瀬梓は、小日向星華さんのことも愛しております」

 何のごまかしも無く、はっきり言ってのける。さすがのアズサとしても苦笑は禁じ得ない。

「……それで僕のことも愛してるから戻ってきて欲しいって……普通に浮気じゃん、それ……」

「……浮気、でしょうか……?」

「そりゃ浮気でしょうが! 女の子二人も抱え込んじゃって! 浮気以外の何だっていうのさ!」

「……私が生まれた時代では、私のことを慕って、大勢の人達が集まっておりましたよ」

「教室の先生と一緒にしないでよ……」

 梓の、異性に対するスタンスを何となく理解した。そんなアズサに、梓は言葉を続ける。

「既に決めたことです」

 見るとやはり、何の迷いも無い、強い決意の籠もった表情を浮かべていた。

「私は、私のことを慕い、そして、私もまた愛おしいと思えた女性のことを、全員愛し、そして、守っていきます」

「……全員?」

「全員です。なんでしたか……腫れ物? でなく、晴れ模様、でもなくて……」

「ハーレム?」

「ああ、それです」

「それですじゃないよ! なに勇気出して告白した精霊捕まえて、堂々とハーレム作り宣言してんだよ! ただの最低下種野郎じゃないか!!」

「下種ではない。ゴミです」

「威張るな!!」

 そして、怒鳴るアズサを前にしても、梓はうろたえることなく、一歩も引かない。

「怒りの気持ちはもっともですが、そう決めたのです。この決意を変更する気はありません」

 終始変わらない強い視線を向けて、再び梓は宣言した。

「私は、私を慕い、愛してくれて、私自身もまた愛おしいと思った女性のことを、全員愛し、そして守ります。そして、決して離しません。私のことを愛してくれる限り」

「……」

 どんなに綺麗な言葉で飾り立て、力強く言ったところで、言っていることは下種の極み。

 俺が好きで、俺も好きな女は、全員俺のもの。

 だからお前も俺の女の一人として戻ってこい。

 要約して分かり易く言葉にしたら、本当に最低で、下種な男の吐く台詞だ。

 こんな男、普通なら殴って追い返してやる所だ。それなのに……

「……梓らしいね」

 梓が言うと、そんな言葉と共に、笑みが出て、そして、受け入れてしまう。

 下心も、下品さも無い。人一倍他人のことを思いやる、純粋で、なんの濁りも曇りも無い心で、不器用ながらも見つけ出した、誰も傷つけないための答え。

 アズサはほとんど覚えていないが、かつて、街中の人間から愛され、そして、同じように愛してきた梓だからこその、絶大な説得力を持つ言葉だった。

 そんな梓の言葉だから……

「……うん。分かった」

 アズサもまた、信じ、受け入れることができてしまった。

「帰るよ。僕。君のもとへさ。それで、梓のハーレムの一員になってあげるよ」

 既に涙も止まり、笑顔も戻り、立っているのは、いつものアズサだった。

「……そうそう」

 アズサの言葉に安心したところで、梓はきびすを返し、玄関に戻る。

 そこには積まれたゴミ袋と、それに隠れて紙袋が置いてあった。

「アズサに、修学旅行のお土産ですよ」

「お土産? 僕に?」

 頷きながら、紙袋を渡す。その中を覗いてみると、

「……え、これ、僕に……?」

「そうですよ」

「えぇ……?」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「……」

 既に、ほとんどの生徒は寮の自室に戻っているはずの時間。

 にも関わらず、外から生徒の声は聞こえてこない。

 大方、また集まって、斎王のことを崇め奉っているのだろうな。

 そんなことをぼんやり考えながら、星華は、梓の帰りを待っている。

(梓のことだ。ちゃんと舞姫を連れ戻すことだろう……連れ戻したら、その後、私は……)

 この部屋に、そして、梓のそばに長くい続けて、梓は、自分のことを受け入れてくれた。

 だがそれは、梓のそばに、精霊もおらず、真に孤独だったからだ。

 そんな男の元に、誰よりも連れ添ってきた女が戻り、孤独でなくなったなら……

(梓は優しい男だ。それでも……)

 舞姫が戻ったと同時に、捨てられてしまうのではないか。そんな不安に駆りたてられながら、それでも、この部屋の主の帰りを待ち続ける。

 そして……

 

 トントン……

 

 ドアをノックする音が聞こえた。その後に……

 

「ただいま戻りました」

 

 ガチャリ、とドアが開かれる。

「梓……?」

 ドアを開き、入ってきた梓は、背中に誰かを背負っていた。

 それを下ろして、星華と向き合う。

「すみません。お部屋の片づけやらで遅くなってしまいまして」

「……ああ、それは、構わんが……」

 予想とは違う目の前の光景に、星華は目を見開き、そして、尋ねる。

「……誰だ? その女は……?」

 なるだけ冷静な声を出したつもりだった。しかし、本人も気付かぬうちに、ドスが効き、怒りを露わにしている。そんな声を出してしまっていた。

 だが、梓はそれに気付かず、疑問を顔に浮かべていた。

「誰って……アズサではありませんか」

「……」

 

「なにぃいいいいいいい!?」

 

 予想外過ぎる答えに、絶叫してしまった星華は再び、梓が背中から下ろした少女を見る。

 長く伸びた、美しい青髪。整った、もしかしたら梓以上の美貌を宿した顔。

 確かによく見れば、梓がアズサと呼び、星華が舞姫と呼んでいる少女に違いない。

 違いないのだが……

「……その服装はどうした……?」

「童実野町で買ったお土産です。可愛いでしょう」

 梓は無邪気にそう語っていた。

 いつも着ていた、動き易そうな紫色の全身タイツを脱ぎ、代わりに、二の腕を露出した、ひざ丈の純白のワンピースを着ていた。

 足もとは、タイツに備え付けていたブーツではなく、足の甲が見えるフラットシューズに履きかえられている。

 そして、いつもならその活発さを表したようなツインテールに縛っていた髪を下ろし、解放された流麗なストレートヘアーが背中でなびいている。

 今まで見てきた、元気で活発で、女の子らしさの欠片も感じられなかった美少女は消え、代わりに、誰もが清楚で可憐だと感じる、正真正銘の美少女が、恥じらいに顔を染めながら立っていた。

「……ショウ子ちゃんの件もあったが、梓のコーディネートの腕はかなりのものだな」

「そうでしょうか? 元よりアズサの美しさがあったればこそですよ」

 そして、当のアズサは終始顔を染め、立ち尽くしている。

 着たことの無い可愛らしい服に、恥じらい、硬直してしまっていた。

「ふむ……」

 そんなアズサと、梓の姿を見て、星華は立ち上がる。

「……舞姫が戻ってきたのなら、私は既に、用無しだな……」

 二人を見て、変わらぬ絆を見せつけられた。それは星華に、ここへいてはいけないと感じさせるには、十分過ぎる光景だった。

 そんな思いに従って、部屋を出ようと立ち上がったが。

「星華さん。あなたは、私のことを愛しておりますか?」

「……なに?」

 改めて、梓の方からそんなことを聞かれ、一瞬思考が停止する。

 だが、答えは決まっていた。

「当たり前だ。こんな気持ち、お前以外に抱いたことは無い。既に宣言したろう。小日向星華は、水瀬梓のものだと」

 氷の壁を破壊して、梓の隣に座った日から変わらない、確かな感情だった。

「……あなたさえ望むなら、これからも、一緒にこの部屋に暮らしませんか?」

「え……」

 

 そして梓は、アズサに対しても宣言したことを、星華にも宣言し、聞かせた。

「……お前らしいことだ」

 星華も、最初に聞いた時は、浮気じゃねーか! とも思った。

 だが、梓の性格を知っている女として、浮気以上の純粋な気持ちを確かに感じた。

「それに……」

 納得する星華に対して、梓は更に付け加える。

「正直に言えば、今の星華さんを一人にはしたくありませんからね。あまりのだらしなさに、私がいなければいつ早死にするか分かりませんし」

「うぐっ……!」

 遠慮が無く、デリカシーの欠片も無く、そして、実に梓らしい。

 そんな言葉を受けて、星華は胸に痛みを感じた。

 だがやがて、その痛みも、温かな心地良さへと変わった。

「……分かった」

 最後には笑みを浮かべて、梓を見つめる。

「お前が、私のことを愛してくれるのなら、最初に言った通り、ずっとそばにい続けよう」

 この部屋に帰って、一人でいた時の恐怖は消えた。

 代わりに、満たされた気持ちと、より一層強くなった梓への愛情に満たされていた。

 

「良かったね。星華姉さん」

 そんな星華の様子に、アズサも、純粋な笑みを見せる。

「だけど……」

 だが、そんな笑みを変えつつ、隣に立つ梓に抱き着き、

「んん……っ」

「んな……!?」

 その唇を、強引に奪った。

「ん……僕も、もう遠慮するのやめたから。覚悟しといてよね」

 そう、挑発的な笑みを浮かべて見せた。

「……ふ、ふぅん。良かろう。存分に見せつけるがいいさ。もっとも、貴様如きに負ける気はせんがなぁ……」

 動揺しつつもそれを隠し、腕を組み、組んだ腕に乗った物を揺らし、見せつける。

「……~~~~……」

 そんな星華の姿にアズサは歯ぎしりをしていた。

「べ、べべべべ、別に良いけど? 梓は、そんなの全然興味持ってないし? むしろ、そんなの見ても、可哀想って思ってるだけだし? ね?」

「ええ、そうですね。燃焼の手段が無いそんな部分に脂肪が溜まってしまって、生活への支障が無いのか、非常に心配になります」

「ぬっ、ぐぬぅ……」

「……ぶはっ!」

 悪意なく毒を吐く梓。その毒に胸を撃ち抜かれる星華。そして、吹き出すアズサ。

 それがキッカケで言い合いとなる、星華とアズサの二人を、梓はまるで、母親のように穏やかな表情で見つめていた。

(……さて、これで残る問題は……)

 

 星華と、梓から離れたアズサは、互いに睨み合っていた。

 だがその最中、嫌な気配を感じた。その気配に振り向いた時、

「ひっ、梓……」

「ちょっと、どうしたのさ、梓……」

 

「……」

 

 梓は、無表情だった。

 見る者、そばにいる者を圧倒し、委縮させるだけの、明確な殺意に満ち満ちた、どす黒いオーラを全身から漂わせながら、刀のように鋭利に細めた目を痙攣させ、拳を固く握っている。

 そんな、無表情な梓が立っていた。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 それと同じ頃だった。

 

「……なに、これ……」

 目の前の光景に、呆然とし、立ち尽くす。

 すると、誰かの声が響いた。

 

「火事だー!」

 

 男子生徒の声が、廊下に響く。そしてそれは、騒ぎとなる。

 

「火事だぞー! 寮の部屋が燃えてるぞー!」

 

「放火だー! ただの火事じゃない!」

 

「犯人は……」

 

「平家あずさだー!!」

 

「……え? わたし?」

 あずさが呆気に取られている間も、悪意に満ちた声は増えていった。

 

「統焦が犯人だー!」

 

「統焦が部屋を燃やしやがったー!」

 

「犯人はここよー! 燃えてる部屋の前に、犯人の化け物がいるわよー!」

 

「えっと……えぇ~?」

 

 

(……許さない……私をずっと、守ってきて下さった……そんな、平家あずささんを傷つけ続けてきた者……一人残らず許しはしない……)

 

 寮の一室が燃え上がるのと同時に、そんな炎とは対照的な、しかし、炎以上に遥かに危険な、冷たい炎を、梓はその身に、怒りと怨嗟として、燃え上がらせていた。

 

 

 

 




お疲れ~。
やーっとアズサが戻ってきたよ~。
まあ、変わらず雲行きは怪しいんだがよぉ。
次回もヤバそうやね。
どうヤバいかなぁ。
気になるんなら、ちょっと待ってて。

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