遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

113 / 175
みぃやぁあ~。

んじゃあ、修学旅行、しゅっぱ~つぅ~。

てなわけで、行ってらっしゃい。



第四話 童実野町へ

視点:外

 

 波の音が、下からさざめいていた。

 鳥の声が、上から鳴り響いていた。

 上と下からそんな音に挟まれながら、船は前へと進んでいた。

 海面を切り、後ろに白い跡を残す。そうして目的地へ近づいていき、そこに乗る者達の憧れの場所へ近づいていく。

 それを感じながら、船の上の、決闘アカデミアの生徒達は、胸を弾ませ、ワクワクと笑みを浮かべていた。

 若さに溢れ、希望に溢れ、期待が高まる。そんな雰囲気に包まれた船舶の上で……

 

 そんな空気をぶち壊す者達もまた、存在していた。

 

 

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 

 ガキッ

 ガキッ

 ガキッ

 

「落ち着いて下さい、星華さん」

 

「やかましい! 絶対に許さぁぁあああん!!」

 

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 ダン……

 

 ガキッ

 ガキッ

 ガキッ

 ガキッ

 ガキッ

 ガキ……

 

「……どういうことだよ……?」

「……見ての通りとしか……」

 十代と翔が会話した通り、見ての通り、としか説明の仕様の無い光景を、二人は繰り広げていた。

 星華が二丁拳銃を梓へ向け、撃ち続け、梓は刀で全ての弾丸を打ち、斬り落としている。

 会話していた通り、星華が怒りを露わにし、それを梓が諌めるために、こんな状態となっていた。

「……そもそもなんで、こんなことに……」

「それが……」

 話しながら、こうなる直前の光景を思い出した。

 

 

 ホワイト寮という組織が出来上がってからというもの、それ以外の生徒達との間には、はっきりとした確執が生まれていた。

 そのため、この船の上においても、ホワイト寮の生徒達と、それ以外の生徒達は真っ二つのグループに別れていた。

 そしてそれは、梓や星華といった、アカデミア内での人気者も例に漏れず、ホワイト寮が一人もいない、レッド、イエロー、そして僅かに残っているブルーの生徒達のグループに加わり、船旅を共にし、会話を楽しんでいた。

 始めこそ、誰もが普通に会話を楽しむまでに回復した梓に喜んでいたのだが……

 

「星華さんという人は、私のお手伝いを全くして下さらないのですよ」

「食べ終わった食事の食器は、水に着けておいてといっているのにそのままですし、着替えも脱いだらそのまま放置しておりますし……」

「お風呂から出た後は、ろくに体を拭きもせず、半裸の状態でお部屋をぶらついた挙句にお布団に飛び込みますし……」

「この間など、食べ過ぎに加えて外に出られないから体重が増加したと嘆いておりましたし……」

「まったく、私がいなければ何もできないのですから、あの人だけは……」

 

 梓としては、生徒達との会話を楽しむために、軽い気持ちで吐いた愚痴だった。

 しかし、それを近くで聞いていた星華は黙っておらず、怒りを露わにし……

 

 

 そして、現在に至った。

「喰らえぇえ!!」

 

 ババババババババババババババババ……

 ババババババババババババババババ……

 

 両手に持っていた拳銃を、機関銃に持ち変えて、情け容赦なく撃ち続ける。

 梓はそれを、刀を振り続けることで一発残らず斬り裂いていき、やがて、星華の機関銃が弾切れを起こした。

「ならば……」

 今度は機関銃を捨てると、かなり長い、金属製の筒を取り出した。

 それを梓に向け、狙いを定め……

 

RPG7(対戦車ミサイル)を喰らってみろ!!」

 

 ボムッッ

 

 バズーカが火を噴いた瞬間、そこから鉛弾とは比べものにならない、巨大なロケット砲が放たれる。

 それが飛んでいくと同時に、梓は刀を両手に持ち変え、上に振りかぶり……

 

 スパァ……

 

 飛んできたミサイルを、真っ二つに叩き斬った。

 二つに分かれたそれは梓の後ろへ飛んでいき、海へ落ちた後、巨大な爆発音と共に、巨大な水柱を発生させた。

 

 ス……

 

「はっ……」

「まだやりますか?」

「……」

 自身の持ちうる全ての武器を、刀一本で制される。

 刀の切っ先を目の前に、これ以上は無駄だということを悟り、手に持ったPRG7を足もとに投げ捨てた。

 

「……てか、平然と撃ってたけど、あの銃火器もろもろ、どこに持ってたんだよ……」

「気にしたら負けだって……」

 

「あの二人、本当に仲がよろしいのね」

「本当、夫婦喧嘩みたいで、微笑ましいわ……」

「夫婦喧嘩って、ああも命懸けなものだったの……」

「……言うまでもないけど、ここ日本だからね、一応……」

 

「……」

(あれが、あずさが惹かれている男だというのか……)

 

 ある者は疑問を、ある者は笑みを、ある者は、その表情を引きつらせ、一人の男子生徒が、女子生徒に向かって真剣を突き付ける様を見守っていた。

 

 

 一方、ホワイト寮は静かなのかというと、そんなこともなく……

 

 

        ド          ド

       ド            ド

      ド     ド  ド     ド

     ド ド   ド    ド   ド ド

      ド   ド      ド   ド 

     ド   ド        ド   ド

    ド                  ド

 

 

「ど、ど、ど、どうしたんですか、明日香さん……」

「なにを、怒ってるんです?」

「こんな、下らないことで、なんで……」

 

「……なんか……オメーら、わかってねーなぁ~」

 

「ブッ殺すぞッ! てめーッ! コラッ!」

 

 三人の男子生徒に対して、明日香は、あずさの後ろに隠れつつ、言葉を続けた。

 

「いいか……しゃべっていいのは、『あずさ』への謝罪だけだ! それ以外の言葉をひとっ言でも、その便器に向かったケツの穴みてーな口からはきだしてみろ!」

「『ひと言』につき、仲間(カード)一人(一枚)殺す(破く)! 『何?』って聞き返しても殺すッ! クシャミしても殺すッ! 黙ってても殺すッ! あとで心が籠もってなかったとわかったらまた殺すッ!」

「いいな! 注意深く神経使ってしゃべれよ……それじゃあ言うぜ……」

 

「『あずさ』に誠心誠意、『謝れ』。その、くさりきって臭くて仕様がねー、サバの水煮缶みてーな役立たずな脳ミソがつまった頭こすりつけて、『謝れ』……」

 

「……」

 あずさの後ろに隠れながら、大切なデッキを人質に取られつつ、シャバイ脅しにビクつくことなど感じさせない、やると言ったらやる『スゴ味』があるッ! 明日香を前にして、白い制服の男子生徒達は、従うしかなかった。

 その場にひざを着き、両手の平も着け、頭を下げて、額を船床にこすり付ける。

「ごめんなさい……」

「すみません……」

「悪かった、です……」

 

「いえいえそんな……別に怒ってないから」

 そんな男子生徒達に、あずさは心底申し訳なさそうに手を振っていた。

「明日香ちゃんも、デッキ返してあげて。わたし別に怒ってないから」

「……」

 明日香はまだ納得しかねているようだが、あずさがそう言うので、あずさの背中から姿を現し、頭を上げた三人にデッキを返却した。

 三人の目の前に、バラバラにばら撒いて。

「ちょっとーっ!?」

「ぅああああああ!」

「俺のデッキ!」

 大慌てでカードを拾う三人に背を向けて、明日香は、あずさと万丈目を伴って、その場から移動した。

 

「明日香ちゃん、やり過ぎだよぉ……」

「おれはコケにされるとけっこうネにもつタイプでな……ツケはきっちり払ってもらわにゃあ気が済まねーんだ……」

「……まあ、確かに、あれは明らかに向こうが悪い。あずさも、既に梓が部屋から出てきた以上、これ以上我慢することもあるまい」

「……」

 明日香と、万丈目に言われ、二人と同じく『真っ白な制服』を着たあずさは、苦笑した。

 

 

 わざわざ説明するまでもないだろうが、彼女らの会話の通り、原因は三人の男子生徒達の方にあった。

 修学旅行出発の数日前、斎王が梓を狙っていると知っていたあずさは、自分が白の結社の仲間入りを果たす代わりに、梓に手を出すなと要求した。

 強い手駒を欲していた斎王は、その要求を快諾し、明日香と万丈目もまた、単純に気心の知れた友人として快く迎え入れた。

 しかし、それ以外の生徒達は違った。

 虐めはしなくなったとはいえ、それ以前にあずさに対して出来上がっていた、感情の払拭や改善は成されず、むしろする気も無かったことで、あずさが自分で言っていた通り、あずさのホワイト寮入りを煙たく感じる生徒は大勢いた。

 あずさの顔を見る度に舌打ちを吐いたり、あからさまに無視したり、酷い場合は、本人のいる前で、本人に聞こえるよう陰口を叩く者もいた。

 そして、元来優しいあずさが何も言わないことをいいことに、この船の上でも、あずさを前にして、大声で罵倒する男子達がいた。

 そして、それに対して、特に仲の良かった明日香がとうとうプッツンしたことで、船は『2隻』あったッ! ような勢いで、あんな行動に移ったのである。

 

 

「……それにしても、童実野町かー」

 船の進行方向を見ながら、あずさが一言、声を発した。

「どうかした?」

「童実野町がどうかしたのか?」

「……いや、どうしたもこうしたも、童実野町は……」

 

「……しかし、童実野町、ですか……」

「……童実野町がどうかしたのか?」

 船の進行方向を見ながら呟いた梓に、散らかした銃火器を片付けつつ、星華が尋ねた。

「……いえ、どうもこうも、童実野町は……」

 

「わたしの実家なんだよ……」

「私の実家ですから……」

 

 ……

 …………

 ………………

 

 童実野町の埠頭に到着した後は、本来ならスケジュールに則って観光を楽しむはずだった。

 しかし、斎王率いるホワイト寮の、大多数の生徒達がそこから離脱し、予定も何もめちゃくちゃになったことで、そこからは各自、自由行動という形になった。

 

「……さて、自由行動は良いが、どこへ行くか……」

「……」

「……おい、梓?」

 港から離れ、梓と二人で街を歩きながら、星華は落ち着きなく周囲を見る梓に声を掛けた。

「どうかしたか?」

「……いえ、約一年半ぶりに帰ってきましたが……あまり変化が無いなと思まして」

「なに?」

 その答えに、星華は聞き返した。

「お前、実家には一度も帰っていないのか?」

「……帰りたい実家だと思いますか?」

「……」

 梓を引き籠もらせた女を思い出せば、その答えに納得しない方が無理がある。

「……ならば、今日は私に街を案内してくれ」

「……私がですか?」

「そうだ。できるか?」

「それは、まあ……私もそれなりに、この街のことは知っているつもりですが……」

「なら頼む。場所は任せよう」

「では、そうですね……」

 

 

 一方、ホワイト寮の面々は、斎王と共に『海馬コーポレーション』を訪れていた。

 そこで斎王は、海馬コーポレーションの若き社長であり、且つ決闘王『武藤遊戯』の宿命の好敵手(ライバル)と言われる人物、『海馬(かいば) 瀬人(せと)』と対面。

 修学旅行イベントのために、『海馬ランド』を使用させてほしいと直談判を行った。

 二つ返事で了承を得た後は、用事が済んだことで、こちらもそれぞれ解散となった。

 

「う~ん、どうしよう……」

 解散となり、それぞれ好きに周っていいということになったものの、あずさは困惑していた。

「明日香ちゃんや万丈目くんは、別の仕事があるからって行っちゃったし……今更、この街で自由行動って言われてもなぁ……」

 元より、実家である以上主立った場所は周っている。

 もちろん、実家だからと街の全てを知っているかと言われれば、答えは否だが、それでも長年慣れ親しんでいる以上、今更感動も、新鮮味も、全く感じない。

 なので、特に行きたい場所も無く、逆の意味で身動きが取れなくなっていた。

「はぁー……」

 

「あずさ」

 

「……え?」

 と、立ちすくんでいたあずさの後ろから、少年の声が響いた。

 その声で、誰かはすぐ分かった。

「ああ、エドくん。一人なの?」

「あ、ああ……ところで、さっき聞いたんだが、君はこの街の出身らしいな?」

「う、うん、まあ……」

「せっかくだから、案内をしてくれないか?」

「ええ? わたしが?」

「ああ。君はこの街をよく知っているんだろう?」

「そりゃあ、まあ、大体……」

「なら、ぜひ頼むよ。ちなみに、この街の名物は何かな?」

 隣に立たれ、あずさは困惑しつつ、その質問を考えた。

「名物、ねえ……まあ、まず言えるのは……」

 

 

「驚くほどの治安の悪さ、でしょうか……」

「……」

 図らずも、あずさと同じ質問をされた梓は、星華に対してそう返していた。

「……悪いのか? 治安が……」

「ええ。今でこそまだマシになっておりますが、私が拾われて、中学校に通う以前から、不良や犯罪者の温床となっておりました」

 

 

「そんなにか?」

「うん……まあ、私は小学校までしかこの街にはいなかったけど、その時から酷かったなぁ……」

「……それほどまでに酷かったのか?」

「うん。外歩いてたら普通に不良が歩いてるし、時々、銀行強盗とか、普通に見掛けたよ」

 

 

「実際に、コンビニ強盗に巻き込まれたこともあります」

「梓がか?」

「ええ。普段着がこんな格好ですから、目立っていたのでしょうね、人質に選ばれてしまって。さっさと気絶させて帰りましたが……」

「おおぅ……」

 

 

「不良の中には、わたしが小学校でボコボコにした虐めっ子の兄弟もいてね、木刀とか警棒とかスタンガンとか、刃物まで持ってるのが、十人くらいで仕返しに来たこともあったなぁ……全員病院送りにしたけどさぁ」

「わーお……」

 

 

「いずれにせよ、私がいた時から、虐めや、カツアゲや詐欺といった軽犯罪は横行しておりましたね。決闘の聖地だということを差し引いても……」

 

 

「この街に住みたいっていうなら、お勧めはできないかな。お店とかレジャーとか揃ってるから、生活する分には便利だけどさ……と」

 

「あそこが『亀のゲーム屋』だよ」

「あそこが『亀のゲーム屋』です」

 

『……』

『……』

 

 全く別の場所から、全く別の道を通り、目指し、(あずさ)が辿り着いた場所は、奇しくも同じ場所だった。

 

「梓くん……」

 

「……いやっ」

 あずさと顔を合わせた途端、梓は両手で顔を隠した。そして、星華を置いて、その場から走り去った。

「おい、梓、待て!」

 

「……」

「追わなくていいのか?」

 本当は聞きたくない質問だった。それでも、あずさの切なげな顔を見せられると、聞かずにはいられなかった。

「……追い掛けても、逃げちゃうだけだろうから……」

 エドにそう答えた後は、後ろへ振り返る。

「この先にお勧めのお店があるから、そこでご飯にしよっか」

「……」

 

 

「おい、梓……」

 やっとの思いで追いついた先は、路地裏の、人けの無い場所だった。

 梓はそこで、あの時と同じように小さくなりながら、顔中を血が出るまで掻きむしっていた。

「……いくら傷つけたところで、お前はお前だ。梓」

「……」

 手を止めて、傷だらけになった顔で、星華に目を向けた。

「過去を消すことなど、誰にもできはしない。過去にどれだけの悲劇があろうが、誰もがそれを、形や時間はどうあれ受け入れ生きている……生きていくしかない。今この瞬間、お前一人が悲劇の中にいるわけではない」

「……」

 梓に合わせて座り、血まみれになった両手を取りながら、星華は、語り続ける。

「お前の苦しみは、私には分からん。だからこそ敢えて言わせてもらう。こんなことをしたところで痛々しいだけだ。いちいち平家あずさから逃げるのも、わざとらしいだけだ。そんな鬱陶しい行動ばかり続けたところで、憐れまれこそすれ、救われることは無い」

 厳しい言葉を投げ掛けつつ、梓と目を合わせる。

「そんな仕様の無い存在でいるくらいなら、さっさと前を向いて、現実を直視したらどうだ?」

「……」

「今のお前は、捨てられたゴミでも、穴ちゃんでもない。私の最愛の恋人の、水瀬梓だ。下らん過去を見続けて逃げる暇があるなら……私のことを見ていろ。私がいくらでも、お前のことを支えてやる」

「……」

 

「ヒュー、美人ちゃんはっけーん」

 

 真剣な話しをしていた所に、そんな空気をぶち壊す、卑しい声が響いた。

 路地の向こう側から、いかにもな服装をした男達が三人、二人の前へやってきた。

 男達はいかにもな声色で、二人に再び卑しい声を掛けた。

「こーんな人けの無い場所にいるなんて、どう見ても誘ってるよねー」

「ちょうどいいやー。俺らが遊んであげるからさー、一緒に良いことしよーよー」

「それでさー、一緒に記念撮影してさー、お友達に……」

 

 ダンッ

 ダンッ

 ダンッ

 

 台詞を言い終えるより前に、銃声が三発、路地裏に響く。

「……は?」

 その後で、三人は一斉に、自身の足もとを見て、ズボンに開いた穴を見つけた。

「……あ、ああああああああ!」

「うあああああああああああああ!!」

 痛みに倒れ、悶絶し、悲鳴を上げる。

 汚いセメントの上に倒れ伏しながら、三人が三人とも、同じようにのた打ち回っていた。

 

「……やってしまったな。さっさと逃げるか」

「慌てずとも大丈夫ですよ」

 男を見下しながら言った星華に対し、刀の一振りで殴って気絶させながら、梓が語り掛ける。

「……おお、すごい。三発が三発とも貫通している」

「当然だ……しかし、大丈夫だと? 童実野町では、発砲事件も茶飯事なのか?」

「茶飯事とまでは言いませんが、時々は。それに何より……」

 その顔は既に、元の綺麗な顔に戻っていた。

「ここは、決闘の聖地ですから」

 

 

「おい、今銃声がしなかったか?」

「ああ。したした……」

「……ま、気にすること無えって」

 

「……先輩、たった今、銃声がしたと通報が入ったんですが……」

「銃声? ああ、良いよ良いよ、気にしなくて……」

「え? でも、事件じゃ……」

「どうせ誰かが決闘でもしてるんだろう。何度か通報があって急行してみたら、ただ決闘してただけだったからな。ソリッドビジョン? だろうよ。この街じゃ決闘は盛んだからな」

「そうっすか……」

 

 

「……まあそれでも、早めに離れた方が良いのは確かですが」

 そう言うと、梓は星華を背中に背負った。

「おい、梓……」

 そして、ビルの隙間を壁伝いに跳ね飛び、移動し、あっという間に現場から遠く離れたビルの屋上へ舞い降りた。

「……さすがだな」

「いえいえ……それと、念のため、貫通した弾丸も回収しておきました。証拠は一つでも少ない方が良いですので」

「……貴様も中々のワルだな……」

 苦笑する星華に向けて、悪戯な笑みを返しながら、星華を下ろす。

 そのビルの屋上からは、童実野町の景色がよく見えた。

 

「……今のままがダメなことくらい、私も分かっております」

 二人並んで、街並みを眺めながら、梓は、語り始めた。

「ただ、逃げ回るだけでいいことなど一つも無い。そんなこと、幼い頃から、身に染みて分かっております……逃げ続けた挙句無抵抗だった結果が、あの決闘ですから」

「……」

 過去を振り返り、そして、一人の人物のことを思いながら、語り続ける。

「そして、そんな決闘をしてしまったせいで、私は今この瞬間、本当なら、誰にも顔向けできないくらい、恥ずかしい思いをしました。無意味に私が恥ずかしがっているだけだと、分かっているのですがね……」

「……」

「理由が何であれ、恥ずかしさから解放されるには、行動を起こすしかない。けど、恥ずかしいから行動が取れなくなる。そのうち、恥ずかしがること自体が行動になってしまう……間抜けな話しだ」

「……分からんでもないがな……」

 分かっていても、恥ずかしいことを理由に、自身に言い訳をし、正当化し、結果、何もしなくなる。

 むしろ、分かっているからこそ余計に恥だと感じ、いつしかそんな、恥だらけの自分を見せないことが目的と化す。

 ただ、何もできない、何もしたくないという事実を、ごまかすだけの言い訳に過ぎないというのに、むしろそれが分かっているから、なお更恥ずかしさばかりが増していき……

「……それでも、真にダメな人間は、自分がダメだということにも気付かないものだ。大した理由も無いくせに、そういった行動に移せない、移さないという人間もいる。そんな連中に比べれば、お前はだいぶマシだ」

「……むしろ私には、大した理由が無い人達が羨ましいです。考え方を変えれば、恥ずかしがる理由など無くなるのですから」

「……」

 

「……いっそ、私がそんな、ダメな人間だったなら……」

「……」

「私は、今以上に、あずささんと……」

 

 ガチャリ……

 

 全てを言い切る前に、梓の米神に、冷たい感触が当てられた。

「……星華さん?」

「……」

 梓の米神に銃口を当てながら、星華の顔は、地面を見ていた。

 哀しげに……それ以上、顔を見られないように……

「……お前の気持ちは、私もよく分かっている……分かっているが、それでも……」

「……」

「……お前がいつも、求めて止まない女のことを、意識せずにはいられない……そんな私の身にもなってくれ……」

「……」

「……なぜ、私ではダメなんだ……私に、何が足りないんだ……なぜ……平家あずさなんだ……」

「……」

 その質問には、答えることはできなかった。

 星華の気持ちを、梓は知っている。星華もまた、梓の気持ちをよく知っている。

 そんな星華にとって、今の梓の心の有り様の、なんと残酷なことか……

 それが分かっているから、梓は何も言えなかった。

 何を思い、何を言葉にしたところで、今の星華には全て、言い訳にしか聞こえないだろうから……

 

「……」

 しばらくうつむいた後で、銃口は下げられた。

「……まあいい。お前がモテることは、今に始まったことではないからな。今日のところは、せっかくの修学旅行を満喫して……」

「なんですか? あれは……」

 星華が言葉を言い終えるより前に、梓が言葉を挟んだ。

 見ると、梓は視線を、だいぶ先に向けている。そこに見えるのは……

「あのビルは……?」

「かつて、伝説の決闘者である武藤遊戯さんと、海馬瀬人さんが、グールズのレアハンター達とタッグ決闘を行った舞台です」

「それがどうかしたのか?」

「見えませんか?」

「見えるって、なにが……」

 言葉が理解できないまま、星華は銃を取り出した。

 遠視スコープの取りつけられた狙撃獣を直立姿勢で構え、そのスコープ越しに、梓の視線の先を見る……

「あれは……丸藤翔と、ティラノ剣山か……」

 星華の言った通り、ビルの上で、翔と剣山が背中合わせに決闘ディスクを構えつつ、翔の場には『ブラック・マジシャン』が、剣山の場には『ダーク・ティラノ』が立っている。

「相手の場の、あのモンスターは何だ……?」

「確か……『雷帝ザボルグ』と、『氷帝メビウス』のカードですね……」

「……というか、お前は裸眼でこの距離からよく見えるな?」

「……? 見えませんか?」

「スコープ越しでもギリギリだ……」

 直前まであったシリアスの雰囲気はどこかへ吹き飛び、星華は溜め息を吐き、梓は、可愛らしく首を傾げていた。

「……いずれにせよ、なにやら只事ではなさそうです。今気付きましたが……」

 梓は言いながら、周囲に目を配る。

 

 空はただの曇り空だと思っていた。だがよくよく目を凝らすと、巨大な四つの影が見えた。

「……確かに、この街と言い、あのビルの二人と言い、尋常ではない雰囲気だ……」

(……これは、置いてきて正解だったか……)

「む? 何か言ったか?」

「……すみませんが、お二人のもとへ向かっても構いませんか?」

「どうせ止めても無駄だろう。ただし、私も連れていけ」

「もちろん」

 言うが早いか、星華をその背に背負い、ビルの間を飛び交った。

 

 

 一分程で、目的のビルへ、見上げるほどの距離まで近づいたが……

「……?」

 目の前の光景に、その足を止める。

「……」

 

「ようやく見つけた……悪いけど、相手をしてもらう……」

「君達かー。ここにいれば会える気がしてたんだー。どっちか分からないけど、遊んでよ」

 

「……はい?」

 ビルの合間を飛び越えてきた、梓の目の前に立っていたのは、同じ服装、同じ体格、同じ声、同じ顔をした、二人の年若い男子。

 しかし、一方は物静かな無表情を、もう一方は、ニヤニヤと笑顔を浮かべている。

 そんな対照的な二人が、決闘ディスクを二人に向けていた。

「何者だ? 悪いが、私達は先を急いでいる。さっさと……」

「良いでしょう」

「そう。良いでしょう……は?」

 前から聞こえた梓の声に、思わず聞き返す。

 しかし、梓の表情は正面のビルでなく、既に目の前の二人組に向けられていた。

「先を急ぎたいのは山々ですが……このお二人とは、決闘をしなければならない。そう強く感じます」

 そう言うと、星華をその場に下ろし、決闘ディスクを装着した。しかも、

(光の決闘ディスク……! 本気ということか……)

「……ならば、私も混ぜてもらうぞ」

「星華さんも?」

「二対二で丁度いい。構わないな」

 

 言葉を掛けられた二人組は、一斉に頷いた。

「お好きなように……」

「僕らはむしろ、タッグ決闘の方が得意だもんねー」

 

「決まりだな……一応、名を名乗っておけ」

 

「……『金山(かねやま) カズヤ』……」

「『金山 タクヤ』。ちなみに僕が兄で、カズヤが弟でーす」

 

「小日向星華と、こっちは水瀬梓だ」

「星華さん……」

「心配するな。足を引っ張るようなヘマはしない」

「……」

 

 

 梓が何も言えないまま、どこかしらのビルの屋上に立った四人は向かい合い、決闘が開始された。

 

『決闘!』

 

 

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

カズヤ

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

星華

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

タクヤ

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

 

「最初は私です。ドロー」

 

手札:5→6

 

「……私は『氷結界の守護陣』を守備表示で召喚します」

 

『氷結界の守護陣』チューナー

 レベル3

 守備力1600

 

「更に、自分フィールドに『氷結界』が存在することで、手札の『氷結界の伝道師』を、守備表示で特殊召喚」

 

『氷結界の伝道師』

 レベル2

 守備力400

 

「この効果で特殊召喚したターン、私はレベル5以上のモンスターを特殊召喚できなくなりますが、一巡目は全てのプレイヤーの攻撃は封じられます。カードを二枚伏せ、ターンを終了です」

 

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『氷結界の守護陣』守備力1600

   『氷結界の伝道師』守備力400

   魔法・罠

    セット

    セット

 

 

「星華さん、どうかお気を付けて」

「なに……?」

「この決闘、おそらく一筋縄ではいきません……」

「……? ……!」

 最初、言葉の意味が分からなかった。しかし、直後に視線を、梓の顔から下へ下げた時、ようやく異変に気付いた。

 

「……俺のターン」

 

カズヤ

手札:5→6

 

 梓の、決闘ディスクが装着させられた左手首から、血が滴っていた。

 

「……チューナーモンスター『A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) サイクロン・クリエイター』召喚」

 

A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) サイクロン・クリエイター』チューナー

 レベル3

 攻撃力1400

 

「チューナーだと!?」

 その言葉に、星華が驚愕の声を上げる。そして、それを無視しながら、カズヤはカードをプレイしていった。

「……サイクロン・クリエイターのモンスター効果。手札を一枚捨て、発動」

 

カズヤ

手札:5→4

 

「……フィールド上のチューナーの数だけ、フィールド上の魔法・罠カードを選び、持ち主の手札に戻す……お前のフィールドの『氷結界の守護陣』はチューナーモンスター。よって、お前の伏せカード、二枚とも手札に戻す……」

 オレンジ色の鳥型の機械が、両翼に備わったファンを回転させる。そこから発生した突風が、梓の場の伏せカード二枚を巻き上げた。

「く……」

 

手札:2→4

 

「……魔法カード『旧型出陣』。自分の墓地から、機械族モンスター『A・O・J アンリミッター』を特殊召喚」

 

『A・O・J アンリミッター』

 レベル2

 攻撃力600

 

「……ここからどうなるか、分かるよな……」

「レベルの合計は、5……」

「……」

 

「レベル2の『A・O・J アンリミッター』に、レベル3の『A・O・J サイクロン・クリエイター』をチューニング……」

 

 それは、梓も、星華もまた、見慣れた光景だった。

 そして同時に、この世界ではありえないはずの光景だった。

 オレンジ色の機械鳥が三つの星へ変わり、細く鋭い針を光らせる紺色の機体の周囲を回る。

 

「正しき闇より生まれし正義の機械(からくり)よ。殲滅の闇の一陣となりて、悪しき光に今、裁きの時……」

 

「シンクロ召喚。起動せよ、『A・O・J カタストル』……」

 

 白色の機体、金色に輝く頭部と四脚。

 暗黒の闇より這い出てきたその機械は、相対する二人に対して、その冷たい隻眼を向けていた。

 

『A・O・J カタストル』シンクロ

 レベル5

 攻撃力2200

 

「シンクロモンスター……」

「『A・O・J カタストル』……」

 

 

 

 




お疲れ~。

ぶっちゃけ、決闘ディスクが実装されたら、作中みたいな事態になっちまいそうだよなぁ……
まあ、無論その辺は考えてるたぁ思うけどね。銃声っつっても所詮は電子音だし……

つ~ことで、次話はタッグ決闘の続きから行くでよ~。
どうなることか~、気になる君よ~。
ちよつと待ってて~。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。