遊戯王GX ~氷結の花~   作:大海

112 / 175
???「蜂出する憤激の針よ、閃光と共に、天をも射抜く弓となれ!
    シンクロ召喚! 現れろ『B・F-霊弓のアズサ』!」


凶王「  Σ(゚д゚lll) 」

統焦「  Σ(゚д゚lll) 」

舞姫「  Σ(゚д゚lll) 」


弓使う奴、一人もいねぇ……

てなわけで、三話いくでよ~。
決闘も込みだから長いよ~。
それでもい~い~?

いいなら、行ってらっしゃい。



第三話 見える絆、見えない絆

視点:外

 

『斎王さまー! 盟主さまー!』

 

 真っ白に染まったブルー寮から、そんな生徒達の声が響いていた。

 

「ようこそお越し下さいました。我が決闘アカデミアへ」

「力無き私達へ、斎王様のお導きを……」

 

『うおおおおおおおおおお!!』

 

「いいえ。私があなた達を導くのはありません。運命があなた達を導くのです。私はあなた達と同じ、一生徒。これから皆様と共に学び、光の結社の繁栄を育んでいきましょう……」

 

「これは、運命なのです」

 

『デステニー! デステニー!』

『デステニー! デステニー!』

 

 そんなホワイト寮を、エドは、あずさは、そして、十代達は、不審に思いつつ、眺めていた。

 

 そして、同じくそんなホワイト寮の、同じ屋根の下にありながら、そんなものとはまるで関わりを持たない、青色の二人は、いつもと同じように日常を過ごしていた。

 

 

 

視点:星華

「……すまん。梓……」

「どうしました? 星華さん」

 梓本人は、謝罪される覚えなど無いから、疑問しか湧かぬだろうな。

 だが当然だ。私は何も、梓にやましいことがあるから謝っているわけではない。

 私が謝ること。それは……

「……少しの間でいい。外へ出たい」

「……」

 そこでようやく、梓も納得したように表情を変えた。

 この部屋は、私が来た時から、私が爆破した窓に加え、玄関のドアも氷漬けになっている。つまりこの部屋から外へ出るには、梓の意志が必須ということだ。

 まあ、爆薬も道具もあるから、自力で出ることも不可能ではないが……

 私は、梓の隣にずっといると宣言した身だ。それに、これ以上恋人の部屋を壊したくは無い。

 だから、正直に打ち明けた。

「……」

 納得から、梓の表情に変化は無い。ただ、私を真っ直ぐ見つめているだけだ。

 その視線と表情の、相変わらずなんと美しいこと……

「……それはまた、どうして……」

 梓としても、それは疑問だろうな。そして、私としても正直、外へ出たいという欲求に対する罪悪感はある。必ず戻るとは言え、また梓を一人きりにしてしまうのだから。

 ただ、それでも……

「それは……」

 譲れないものはある。なぜなら……

「それは?」

「……ここに来て七日になるが……た……」

「た?」

「た……たい……」

「鯛?」

「……」

 

「体重が、七日で四キロも増えていたんだ!!」

 

「……良かったではありませんか」

「……」

 人が激しい羞恥に耐えながら吐いた告白に対して、女神男は微笑んだだけ……

「良くないわ貴様! 女の体重が増加するということがどれだけの悲劇か分かって言っているのか!?」

「どれだけの、悲劇って……」

 まあ、そもそも飯を滅多に食わん梓には分からんだろうがな……

「悲劇だ……梓の作る飯が美味いうえ、部屋に引き籠もって動かない日々を送ったせいで……風呂に入る前の鏡で、下腹部や頬がやけに丸くなったと思って、体重を測ってみたら……あんな……あんな……」

「だから食べ過ぎだと常々言っていたのに。私は栄養バランスを考えて食事を作っていたのに、一日三食、毎食ご飯を五杯もおかわりしていては、太るに決まっているでしょう」

 う……

「そ、それは、梓の作る飯が、美味いから……」

「それだけではありません。私がお風呂に入っている間や、夜に眠っている間、隙を見てはお湯を沸かしてカップラーメンを食していたではありませんか」

 うぐ……!

「……気付いていたのか……?」

「一緒に住んでいる身ですよ。気付くに決まっております。しかもつまみ食いしたことを隠すために、食べ終わって空になったカップは、ミキサーで粉々にしてお手洗いや流しに流していたでしょう?」

 んな……!?

「なぜ、そのことを……」

「ゴミはゴミとしてキチンと出して下さい。洗いもしないままミキサーにカップの粉が着いていて、気付かず使いそうになったのですから」

「うぅ……」

「おまけにお手洗いはともかく、流しにカップの粉末を流したせいで、一度水が詰まってしまって、大変だったのですよ。虎将の力を駆使してどうにか解消しましたが、その力が無ければどうなっていたか……無機物である以上パイプユ○ッシュを使っても取り除けないのですから」

「むぅ……」

 いつの間にやら、私はその場に正座し、梓は私を見下ろしながら説教をしていた。

「まったく……この調子だと、星華さんのお部屋がどうなっているかも心配ですね」

「私の部屋の話しはするな……」

 つい、口を滑らせた。

「それはなぜですか?」

「そ、それは……」

「んー?」

 くぅ……いつも可愛いと感じるその顔はイジワルに染まり、可愛いが、それ以上に気まずい……

「その……そう、危険物が多いからだ。拳銃に弾薬、爆薬に化学薬品に、工業道具にナイフと、素人に触らせては危険なものが多くある。だから、私は入学以来部屋に人を上げたことは無いのだ」

「ふむ……」

「……」

「それなら仕方がありませんね」

 よし、ごまかせた。まあ、半分は事実だが……

「ただいずれにせよ、そのだらしのない食生活はお直しなさいな。それではそのうち脂肪だるまになってしまいますよ」

「し、脂肪だるま……」

 筋肉だるまならぬ、脂肪だるまか……

 というか、そう言えば、そもそもが体重の話しだったな……

「……そこまで言うなら、梓も体重を量って見せてみろ」

「私が? 分かりました」

 梓のことだ。かなり軽いことは外見から見ても明らかだ。

 だが、おそらく自身の身長での平均体重など知る由もあるまい。

 ここは一つ、いつもいつも私の方が言い負かされているからな。多少大人気なくともいい。体重が重いことがどんな悲劇か説いてくれる。

 と、思っている間に、梓は体重計を取り出していた。そして、その上に乗り、数値が表示され……

「……梓よ」

「はい?」

「貴様……冗談ではなくもっと飯を食え」

「なぜ?」

 

「なぜじゃない! なんだこの体重は!? 着物の重さ込みでこの重さか!? 軽いだろうとは予想していたが重いとか軽いとかいう次元の問題ではない! その身長にこの体重で、貴様はなぜ生存していられる!?」

 

「……はい?」

 梓はただ、首を傾げている。自分がどんな体をしているかまるで分かっていない。

 最も理想的とされる体重は、身長から110を引いた値だとどこかで聞いたことがある。少々軽すぎる気もするが、特に筋肉を鍛えているとかでなければ無難な数値だな。私の周りにも、それより遥かに軽い人間は大勢いることだし。

 だが梓の場合は、身長-110どころではない。本人にも言ったが、なぜ生きていられるのかというほどに、とにかく軽すぎる。

 全裸姿も見たことはある。男子である以上胸が無いのは当然として、それでも一見すれば女子と見紛うほどの、細めではあるが美しい、完璧と言っても良いプロポーションを保っていた。

 それだけのスタイルと、この体重……全くイメージが一致しない。

 皮と骨だけ……むしろ、皮すら除いて骨だけだと言われても納得できるレベルだぞ……

「頼むから飯を食え。私も痩せる努力をするから。その分余った私の分の飯をお前にあげるから、な? な?」

「わ、分かりました。分かりましたから、そんな、くっつかないで……」

 両肩に手を置きつつ、顔を思い切り近づけてやる。

 梓がそんな簡単に死亡するとは思わんが、それでも脂肪が必要なのは間違いない。

 さすがに醜く太ることは私としても受け入れかねるが、健康的に美しく太る必要は有りだ。

 そのためにも……私が、こいつに飯を食わせなければなるまいよ……

 

「……ですが、お外ですか。ふむ……では、私も久しぶりに外出しますか」

 

「……えぇ!?」

 信じられない言葉が聞こえた気がして、聞き返した。

「私も外出します。ちょうど、外出が必要な用事も、残っていて……」

 そう言っている梓の顔は、酷く不安そうにしていた。

 引き籠もることとなった原因を考えれば、無理もない。私自身、そういうことを平気で言う者を見たから分かる。

 アカデミアの生徒達から、どんな目で見られるか……

 

「心配はいらん!」

 そんな梓を勇気づけるため、私は立ち上がった。

「貴様の隣にいるのが誰か忘れたか? アカデミアの女帝、小日向星華だ。貴様の前にどんな下種下郎が現れようとも、私が守ってくれよう」

「星華さんが……?」

「うむ! 任せろ!」

「私より弱いのに?」

「ぐ……」

 いちいち棘がある……

「……でも、そうですか……」

 一言言い返してきたから、その顔を見た。その顔は、不安ながらも、私のことを頼っている、そんな切なげな顔……

「ご迷惑をお掛けするでしょうが……私が外を歩いている間、どうか、おそばにいて下さい……」

「……//// お、おう! 任せておけ!!」

 可愛い……可愛すぎるぞ、水瀬梓////

 ああ、抱き締めたい、抱きたい、食べたい……

 だが、ここは我慢だ。私は梓にとって、堅ろうなる盾でいる必要がある。

 まあ、梓自身、どんなものでも切り裂く切れ味を誇る刃なのだから、盾など必要は無いのかもしれん。

 それでも、そんな刃を存分に振るうために、主を守るのが盾の役目だ。

 私はそんな盾……いいや、私の武器は銃火器だ。だから、梓を守り、且つ、脅威の全てを排除する弾丸となろう。

 

「……はい。これでお外に行けますよ」

 と、私が誓いを胸にしている間に、梓は玄関に立ち、ドアを凍らせていた氷を全て溶かしてしまっていた。

「よし。では行こうか」

 言いながら、隣に立ち、その手を握った。

「……はい」

 不安げな声を出しつつ、私の握った手を握り返す。

 少し強いが、痛いと言うほどではない。

 それを感じつつ、玄関のドアを開いた。

 

 いくらでも私に寄り添え。怖ければ私を頼れ。

 お前の隣には、いつも私がいる。

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

視点:外

 

「決闘は美しく、が私のモットー。美しい決闘しましょう」

「美しく、できるかは分からないけど、正々堂々、楽しませてもらうよ」

 

『決闘』

 

 

プリンセス・ローズ

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

LP:4000

手札:5枚

場 :無し

 

 

「頑張れー翔!」

「翔せんぱーい!」

 

「翔くーん! あなたは美しいですわー!」

「勝てるわよ翔! 決闘でも美しさでも!」

 

「はいはい……」

 

 苦笑を浮かべつつ、翔は決闘に目を戻した。

 

 

 時間は少し遡る。

 修学旅行の日が近づいてきた折、校長室では、クロノスとナポレオンの二人で、行き先をどこにすべきかという話し合いが行われていた。

 イタリアへ行こうと言うクロノスと、フランスへ行こうというナポレオンと、意見は真っ二つに分かれていた物の、そこへ、白の結社と十代が割り込んだ。

 そうして話し合いの収集が着かなくなった結果、白の結社の代表と、十代達の側の代表が、それぞれ決闘を行うこととなった。

 白の結社からは、『精霊が見える決闘者』だという『プリンセス・ローズ』が。

 十代達の方からは、当初は十代がやる気満々だったものの、「兄貴を危険な目には遭わせられないっス」ということで、無理やり翔が出てきた。

 

 そしてもちろん、それを聞いて、例の二人が食いつかないはずが無く、現在に至った。

 

「精霊が見えるお姫様……どんな決闘になるかな、あずさ」

 客席で、向かい合う二人を眺めながら、十代があずさに問い掛けた。

「うん……でも、精霊の力、ね……」

 話し掛けられたあずさは曖昧に頷きながら、プリンセス・ローズを見る。

(……まあ、見えるだけで、必ずしも精霊が宿ってるってわけでもないとは思うけど……)

 

「……」

「どうした? 天上院君?」

 別の席に座る万丈目は、先程から、隣でブツブツと呟く明日香に声を掛けた。

「……」

 答えは返ってこず、呟き声は継続する。何だろうと思い、耳を立ててみた。

「……」

 

(イギリスのウィンドナイツ・ロット……イタリアのヴェネツィアかローマも捨てがたい……けどエジプトのカイロにも行きたいし……やっぱり鉄板は、M県S市杜王町……そうだわ、あそこよ。北緯28度24分、西経80度36分へ行き、次の新月を待って……)

 

「……」

 聞かなかったことにした。

 

「ターンエンド」

 

 と、その声に、決闘に目を戻す。既に先行のプリンセス・ローズがターンを終えていた。

 

 

プリンセス・ローズ

LP:4000

手札:5枚

場 :モンスター

   『悪魂邪苦止(おたまじゃくし)』守備力0

   魔法・罠

    無し

 

 

(守備力0……普通に倒しちゃって大丈夫かな……)

『美しくない……気持ち悪いですよぉ』

(こら! 失礼なこと言わない! 相手は精霊が見えてるんだよ!)

『見えてませんよ。見れば分かります』

(え?)

 マナの言葉を聞き、ローズに目を向ける。しかし、客席の剣山が思わず漏らした、美しくない、という言葉に敏感に反応していたローズの表情に、変化は無い。

「……僕のターン」

 

手札:5→6

 

 まだ判断するには早い。そう思いつつ、カードを引いた。

「……僕は『熟練の黒魔術師』を召喚」

 

『熟練の黒魔術師』

 レベル4

 攻撃力1900

 

「バトル。『熟練の黒魔術師』で、『悪魂邪苦止』を攻撃」

 黒魔術師の杖から放たれた光が、『悪魂邪苦止』にぶつかり、問題なく破壊された。

「『悪魂邪苦止』の効果発動。戦闘によって墓地へ送られた時、デッキから『悪魂邪苦止』を手札に加えることができます」

 

プリンセス・ローズ

手札:5→7

 

「二枚。枚数の制限は無いのか……永続魔法『魔法族の結界』を発動。フィールド上の魔法使い族が破壊される度に一つ、最大四つまでこのカードに魔力カウンターが乗る。そして、魔法カードが発動されたことで、『熟練の黒魔術師』に魔力カウンターが一つ乗る」

 

『熟練の黒魔術師』

 魔力カウンター:0→1

 

(『ブラック・マジシャン』を呼ぶのは、次のターン以降になりそうだな……)

「カードを二枚伏せる。ターンエンド」

 

 

LP:4000

手札:2枚

場 :モンスター

   『熟練の黒魔術師』攻撃力1900

   魔法・罠

    永続魔法『魔法族の結界』魔力カウンター:0

    セット

    セット

 

プリンセス・ローズ

LP:4000

手札:7枚

場 :モンスター

    無し

   魔法・罠

    無し

 

 

「私のターン、ドロー」

 

プリンセス・ローズ

手札:7→8

 

「魔法カード『イキカエル』を発動。手札の水属性モンスター『悪魂邪苦止』を墓地へ送り、墓地の水属性モンスターを特殊召喚します」

 

プリンセス・ローズ

手札:7→6

 

「『悪魂邪苦止』を召喚」

 

『悪魂邪苦止』

 レベル1

 攻撃力0

 

「『悪魂邪苦止』を墓地へ送って……」

「墓地にいた最初の『悪魂邪苦止』を召喚……?」

 その奇怪なプレイに、客席の十代と剣山が疑問の声を上げる。

 

 だが、翔には分かった。

「生贄召喚の生贄か……魔法カードが発動されたことで、『熟練の黒魔術師』に魔力カウンターが乗る」

 

『熟練の黒魔術師』

 魔力カウンター:1→2

 

「『悪魂邪苦止』を生贄に、『デスガエル』を攻撃表示で召喚」

 

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

 

「『デスガエル』……レベル5で、攻撃力1900……?」

「これで終わりではありません。私の墓地には、二体の『悪魂邪苦止』がいます」

 プリンセス・ローズが宣言した時、足もとに二体の『悪魂邪苦止』が出現した。

「『悪魂邪苦止』達よ……逞しく成長して、その姿を見せて……」

 

「足が生えたノーネ!」

「腕も生えたのでアール!」

 いつの間にやら客席にいた、二人の教師の言った通りの変化が『悪魂邪苦止』に起きた。

 その後、水柱と共に、緑色の姿を現した。

 

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

 

「召喚した『デスガエル』の効果により、自分の墓地にいる『悪魂邪苦止』の数だけ、手札かデッキから、『デスガエル』を呼ぶことができるのです」

「攻撃力1900が三体か。ちょっと厄介だな……」

「どう? 彼らが私を守ってくれる、プリンス達……」

「プリンス?」

 唐突に言われた言葉を、翔は聞き返した。

「そう。王子様よ」

 フィールドの『デスガエル』達は、ただ鳴き声を上げている。それを見る誰の目にも、それは『デスガエル』以上の何物でもない。

 だが一人だけ、プリンセス・ローズの目には、正しいことを言っているという確信が宿っていた。

「あなたには、決闘モンスターズの精霊が見えると、斎王様から聞いているわ。だったら見えるでしょう? 私の王子様が」

 三体の『デスガエル』を示しながら言われた言葉に、翔は、目を凝らした。

 しかし、どれだけ凝視してみても……

「えっと……僕の目には、カエルにしか……」

「王子様よ!」

 翔の答えに、プリンセス・ローズは怒鳴り声を上げる。そして、大仰な手振りを行い、ロマンチックな声を上げた。

 

「私には見える。今は醜いカエルに身をやつしているけど、いつでもこの私を守ってくれる、麗しの王子様……ほら、ここにいるじゃない」

 

「……」

 どれだけ翔が疑問に感じても、その目には、言葉には、確信が宿っていた。

「……ひょっとして、童話の話し? カエルと結婚するお姫様の……」

 それを言った途端、ローズの表情が険しく変化した。

「童話じゃないわ! 現実よ! それにカエルと結婚するんじゃなくて、カエルにされた王子様と結婚するの! それに、私には王子様が見えるの……どう? 私の王子様は」

「……」

 さっきからその話しを受け、目を凝らしている。それでも翔の目には、仮想立体映像による『デスガエル』の姿が見えるだけ。

 客席にいる、十代や万丈目、あずさも、同じような反応を示していた。

(マナ、見える? 王子様……)

 念のため、本物の精霊である自らのパートナーにも尋ねてみるが、

『……いません。王子様どころか、あの『デスガエル』達は精霊ではありません』

 返ってきたのは、予想通りの答え。そもそも、見えているはずなのに、ずっと自分のそばに佇むマナに対しても、何の反応も示さない。そのことから……察しはついていた。

 

「決闘を再開します。魔法カード『死の合唱(デスコーラス)』を発動。私のフィールドに、『デスガエル』が三体揃った時、相手フィールド上の全てのカードを破壊します」

「全てのカード!?」

「『デスガエル』達、私のために歌って」

 その宣言に従い、『デスガエル』達は一斉に口を開き、鳴き声を、そして、衝撃波を放った。

「さすがにそれは通せないね。伏せカードオープン、カウンター罠『対抗魔術』! 自分フィールドの魔力カウンター二つを取り除いて、魔法カードの発動を無効にして破壊する」

「なんですって……!」

 

『熟練の黒魔術師』

 魔力カウンター:2→0

 

 翔の発動した伏せカードが表になると同時に、黒魔術師から二つの光が放たれ、『死の合唱』を破壊した。

「く……」

 

「翔君、ナイスプレイ!」

「その調子で、妄想お姫様をブッ倒しちゃいなさい!」

 

「妄想……」

 客席から聞こえてきた、ももえとカミューラの声に、ローズは反応した。

「……私のターンはまだ終わってません。三体の『デスガエル』を、『融合』」

 三体の『デスガエル』の前に、『融合』のカードが表示される。それを見上げる『デスガエル』達は一つに歪み、新たに現れた。

「出でよ、『ガエル・サンデス』」

 

『ガエル・サンデス』

 レベル8

 攻撃力2500

 

「おおー! 格好良いー!」

 

 客席から、十代の声が聞こえた。しかし、それを聞いた剣山達は、苦笑しながら首を横に振っていた。

 

「でしょでしょ!」

 しかし、ローズは同調しながら、後ろの『ガエル・サンデス』を見上げた。

「更にイケメンの王子様……素敵でしょう」

(う~ん……カエルの王子様の精霊ね……)

「続けます。『ガエル・サンデス』、『熟練の黒魔術師』を飲み込んでしまいなさい」

「うぅ、防ぐ手がない……」

 その言葉通り、『ガエル・サンデス』の伸ばした舌が『熟練の黒魔術師』を捕らえ、そのまま口の中へ運ばれた。

 

LP:4000→3400

 

「『熟練の黒魔術師』が戦闘破壊されたこの瞬間、『魔法族の結界』に魔力カウンターが一つ乗る」

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:0→1

 

「そして、これで攻撃は終了……」

「残念ね。こんな手もあるのよ。速攻魔法『融合解除』」

 

「げえ! マズイどん!」

 

 剣山の戦慄が聞こえたと同時に、フィールドに立っていた巨大な『ガエル・サンデス』は、三体の小さな『デスガエル』に変わった。

「おかえりなさい。『デスガエル』達……」

 

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

 

「王子様、悪い魔法使いをやっつけて!」

「悪い魔法使いって……そりゃ確かにデッキは魔法使い族だけど……」

「『デスガエル』でダイレクトアタック。デス・リサイタル!」

 三体の『デスガエル』が、一斉に翔に向かって跳ぶ。しかし、翔は慌てることは無かった。

「リバースカード『速攻召喚』発動! 手札のモンスター一体を召喚できる。僕は手札から、『見習い魔術師』を守備表示で特殊召喚」

 

『見習い魔術師』

 レベル2

 守備力800

 

「『見習い魔術師』が召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した時、フィールド上のカードに魔力カウンターを一つ乗せる。永続魔法『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:1→2

 

「まあ……なんて嫌らしい魔法使い……」

「嫌らしいって言われても、こういう効果なんだから……」

「けど、その魔法使いの守備力は800。『デスガエル』で、魔法使いに攻撃! デス・リサイタル!」

 向かってきた『デスガエル』にのしかかられたことで、『見習い魔術師』は破壊された。

「戦闘破壊されたこの瞬間、『見習い魔術師』の効果発動! デッキから、レベル2以下の魔法使い族モンスターをフィールドにセットする。僕は二体目の『見習い魔術師』をセット」

 

 セット(『見習い魔術師』守備力800)

 

「更に、魔法使い族の『見習い魔術師』が破壊されたことで、再び『魔法族の結界』に魔力カウンターが乗る」

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:2→3

 

「まだよ。もう一度、『デスガエル』で攻撃。デス・リサイタル」

「うぅ……『見習い魔術師』、『魔法族の結界』の効果発動!」

 

 セット(『見習い魔術師』守備力800)

 

『魔法族の結界』

 魔力カウンター:3→4

 

「最後の『デスガエル』で攻撃! デス・リサイタル!」

「く……効果発動! 僕はデッキから、レベル1の『聖なる魔術師(セイント・マジシャン)』をセット。そして、最大四つ乗ったことで、結界にこれ以上魔力カウンターは乗らない」

 

 セット(『聖なる魔術師』守備力400)

 

(これで次のターン、このカードを墓地へ送って、魔力カウンターの数、四枚ドローできれば……)

(……こうなったら、全てのカエルを……)

「バトル終了。私は、三体の『デスガエル』を生贄に、『両生類天使-ミ・ガエル』を特殊召喚」

 再び三体の『デスガエル』が光に変わると、新たにオレンジ色の、翼の生えた大きなカエルが姿を現した。

 

『両生類天使-ミ・ガエル』

 レベル5

 攻撃力1400

 

「攻撃力1400……」

 三体ものモンスターを生贄に捧げてまで召喚されたにしては、あまり強いステータスとは言えない。だとすれば、何かしらの効果があるに違いない。

 そして、そんな翔の考えは正しかった。

「ミ・ガエルの特殊効果は、生贄に捧げたモンスターの数で決まる。三体を生贄にした場合、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する」

「えぇ!?」

 その瞬間、二人の周囲を周っていた魔力の結晶は、音を立てて砕けた。

「ああ、せっかく魔力カウンターが貯まってたのに……」

「更に、私がプレイした、『ガエル』と名の付くモンスターを、可能な限り召喚できる」

 

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

『デスガエル』

 レベル5

 攻撃力1900

『ガエル・サンデス』

 レベル8

 攻撃力2500

 

『うわぁ~、カエルがいっぱい……』

「うそ、融合デッキからも特殊召喚できるなんて……?」

 マナが表情を引きつらせ、翔は驚きの声を上げ、客席の者達は、大量のカエルの姿に不快を浮かべた。

「もう一つ。相手プレイヤーは、ミ・ガエルを攻撃できない。これでターンを終了するわ」

 

「ちょっと待った!」

 

 

プリンセス・ローズ

LP:4000

手札:1枚

場 :モンスター

   『両生類天使-ミ・ガエル』攻撃力1400

   『デスガエル』攻撃力1900

   『デスガエル』攻撃力1900

   『デスガエル』攻撃力1900

   『ガエル・サンデス』攻撃力2500

   魔法・罠

    無し

 

LP:3400

手札:1枚

場 :モンスター

    セット

   魔法・罠

    無し

 

 

 プリンセス・ローズが決闘を優位に進めているところに、万丈目の声が響いた。

「プリンセス・ローズはここで退場し、この俺が決闘を引き継ぐ」

 

「え? なんで?」

「なんだよー。せっかく良い所なのに、邪魔すんなよー」

 

「そうよ。下がってちょうだい……良い所?」

 客席から、明日香の疑問と、十代の声が聞こえ、プリンセス・ローズも苦情の声を上げる。

 しかし、万丈目の表情は変わらない。

「ローズ。君の言っていることには偽りが見られる。君には……」

 

「決闘モンスターズの精霊は見えていない」

 

「な、何を言っているの……!」

(とうとう言っちゃったかー……)

『まあ、私達から見たら、バレバレですしね……』

 ローズは苦悶の表情を浮かべた。しかし、翔や十代を始め、精霊の見えている者達や、精霊であるマナは、納得の表情を浮かべていた。

「貴様、何と言って斎王様をたぶらかした? ……いいや、違うぞ。斎王様ともあろうお方が、そんなことを見抜けぬはずはない……そうか! 俺がこの場を引き取り、見事勝利へ導く。俺こそが運命なのか!」

『何言ってるんですか? あの人……』

(さあ……)

 

「私は、嘘なんかついてないわ。見えるのよ! 王子様が!」

 

 しかし、ローズは必死な声で、自らの正当性を訴えていた。

「子供の時に、カエルの王子様のお話しを読んで、カエルはずっと、私の王子様で、友達だったのよ……いつも一人ぼっちだった私を、ずっと守っていてくれた。そして、このカエルデッキと出会った時、私には見えたのよ。王子様が……」

「……」

 

「幻覚だ!」

 

「……ううん」

 ローズの弁明を、万丈目は一言で切り捨てた。しかしそれを、フィールドに立つ翔が否定した。

「確かに、彼女の言う精霊と、僕らの知ってる精霊は違うのかもしれない。けど精霊は、その存在を信じる心に宿るんだよ。その形がどうあれ、一人じゃないよって励ましてくれるなら、それこそが本当の精霊なんだよ」

(ね、マナ……)

『う~ん……そうですね。そういうことにしておきますか……』

「……あなたが信じてるなら、僕も信じる」

「……」

 

「翔君、優しい……////」

「(ポ……)////」

 

「……ふん。まあいい。だが翔、お前の劣勢は変わらない。斎王様が見通された運命は、もうすぐ証明される」

 

 去っていく万丈目の姿を、ローズが見ているところに……

「決闘再開だよ」

 翔の声が響いた。

「童話の悪い魔法使いはお姫様に負けちゃうけど、今回は、魔法使いがあなたの王子様を倒すよ」

「丸藤翔……」

 言っている台詞は、悪役そのものだった。しかし、それは同時に、彼女の中だけのプリンスの存在を認めたということ。それがローズは嬉しかった。

「さて……僕のターン、ドロー」

 

手札:1→2

 

「『強欲な壺』発動。カードを二枚ドロー」

 

手札:1→3

 

「伏せ表示の『聖なる魔術師』を、反転召喚」

 

『聖なる魔術師』

 レベル1

 攻撃力300

 

「『聖なる魔術師』のリバース効果発動。墓地にある魔法カード『強欲な壺』を手札に加えて、発動。もう一度、カードを二枚ドロー」

 

手札:3→5

 

「……僕は『聖なる魔術師』を生贄に捧げ、『ブラック・マジシャン・ガール』を召喚!」

 

『ブラック・マジシャン・ガール』

 レベル6

 攻撃力2000

 

『うおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 男子生徒からの歓声が上がり、女子生徒は、そんな歓声に表情を歪める。

 それを無視しつつ、翔は、自身の隣からフィールドへと降り立ったパートナーに対して、言葉を掛けた。

(マナ、彼女の王子様に、僕らの絆も見せてあげよう)

『はい! 本物の精霊の絆を見せてあげます!』

「……僕は更に、魔法カード『賢者の宝石』を発動! 場に『ブラック・マジシャン・ガール』が存在する時、デッキから、『ブラック・マジシャン』を特殊召喚」

 

『ブラック・マジシャン』

 レベル7

 攻撃力2500

 

「出た! 昭和の遺影(ホワイト)

 

「更に、1000ポイントのライフを支払うことで、魔法カード『拡散する波動』発動! レベル7以上の魔法使い族モンスター一体は、このターン、相手モンスター全てに攻撃できる。レベル7の『ブラック・マジシャン』を指定!」

 

LP:3400→2400

 

「く……しかし、『拡散する波動』を使用したターン、指定したモンスター以外は攻撃できないはず。それに『ブラック・マジシャン』の攻撃力は、『ガエル・サンデス』と互角。それでは私のライフは削りきれない……」

「うん。だからこれを使うよ。魔法カード『黒・魔・導・連・弾(ブラック・ツイン・バースト)』! 場に『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』がいる時、このターン、『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力を『ブラック・マジシャン』に与える」

 翔の宣言と共に、マナと、白色の『ブラック・マジシャン』が杖を重ねあわせた。そこから強大な魔力が発生し、二人の力を増幅させた。

 

『ブラック・マジシャン』

 攻撃力2500+2000

 

「攻撃力4500……!」

「バトル! 『ブラック・マジシャン』、『ブラック・マジシャン・ガール』……」

 

黒・魔・導・連・弾(ブラック・ツイン・バースト)!」

 

 師弟の黒魔術師が、重ねた杖を天に向かって掲げる。その瞬間、そこから発生した光が、プリンセス・ローズのフィールドに立つ、全てのカエル達を包み込んだ。

「……」

 

プリンセス・ローズ

LP:4000→0

 

 

「えっと……やりすぎちゃった?」

「……ふん! そんなマジシャンより、王子様の方が格好良いんだから。ベー!」

 舌を突き出し、去っていくローズの後ろ姿に、翔は苦笑し、マナは同じように舌を突きだした……その時だった。

「あれ?」

『あら?』

 

「ん?」

「あれは……」

 

 翔が、そして、十代とあずさがそれを見た。ローズのそばから、緑色に輝く球体が現れる。

 球体の中で、王冠と、赤いマント、黒い衣装を身に纏ったカエルが、お辞儀をしていた。

(……マナ、見えた?)

『はい。あれは、幻覚ではありません』

(そっか……プリンセス・ローズ……)

『ずっと、彼女のそばにいたんですね……』

 

「やりましたー!」

「翔ー! やっぱあんた最っ高!」

 勝利した翔に、ももえとカミューラが飛びついた。

 その後ろには、十代や剣山らがやってきていた。

「すっげーぜ、翔ー!」

「不思議ちゃん粉砕どん!」

「さすがは翔」

「あはは……僕が勝ったから、修学旅行先は兄貴に決めてもらうからね」

 

「好きにするノーネ」

「でアール……」

 

 クロノスとナポレオンは立ち上がり、ホワイト寮の生徒達も、面白くなさそうに立ち上がっていった。

 

「それでは発表しまーす! 修学旅行の行先はー……」

 

 

 斎王は、彼らから離れた場所で一人、タロットカードに興じていた。

「丸藤翔が勝ったか……だが運命は変わらない。私が占った場所……」

 ここから離れた場所に立つ十代の姿を思い浮かべながら、裏向きのタロットをめくる。

 

「あの遊戯さんや、海馬さんが戦った、決闘の聖地……」

 

「堂実野町」

 

 

「ふむ……何やら盛り上がっているな」

 

 十代が、行き先を発表した時、そんな声が決闘場に響いた。

 誰もが耳を疑った。その声の主は、ここ数日姿を見せなかった者の声だった。

 だから、必然的に全員の視線が集まる。そして、それが幻聴ではなかったと、全員が確信させられた。

 

「星華さん!」

「星華様!」

「星華お姉さま!」

 

 誰もが彼女の名前を呼んだ。そして、その名前を呼ばれた少女は、

「もう一人いるぞ」

 そう言って、自身の後ろを示す。その背中から、ひょっこりと、小さく姿を現した。

 

「梓さん!?」

「梓さん、お部屋から出てきましたの!?」

 

 星華以上に、誰もがその姿に驚愕の声を上げた。

 顔を見せた梓は、あの決闘の日と同じ外見をしていた。

 青く輝く着物。透き通るような黒髪。雪のように純白の肌。この世のものとは思えぬ絶世の美貌。

 しかし、再び光の下に現したその姿は、いつも見せていた、控えめながらも堂々としたものでは無くなっていた。

 人を恐れ、世を恐れ、そばの人間に身を寄せ、縋る。

 まるで、母親に寄り添う小さな子供のように、震えていた。

 

「梓さん!」

「梓さん!」

 

 しかし、そんな梓の姿に誰もが見せたのは、歓喜だった。レッド寮、イエロー寮、そしてホワイト寮。

 どれだけ色と共に心の有様が変わっていようが、梓という、憧れと尊敬に彩られた人物への気持ちは、変わることはない。

 その心のままに、多くの生徒が二人の元へ走り寄った。

 それに、梓はより小さくなるが、

「……」

 震えながら、それでも体に力を込めて、星華の前に踏み出た。

「……」

 集まった生徒達を見据え、その表情を伺う。

 

『……』

 

 誰もが深刻そうな、沈んだ表情を見せていた。

 引き籠もる直前の出来事が、誰にも負の感情を宿らせていた。

 梓という人物のことは分かっていながら、そうなる前のことまで分かってしまったから。

「……あ……」

 そして、そんな生徒達に向かって、梓は、震えながらも、声を出す。

「……あ……は……」

 

『……』

 

 小さいながらも気付いた生徒達が、その声に耳を傾ける。

「は……浜口ももえさんは、おられますでしょうか……」

 

「は、はい! ここにおります!」

 決闘場の上で、翔に抱き着いていたももえが声を上げ、梓に向かって走った。

 その後ろに、カミューラと翔も続き、三人で梓の前に立った。

「……カミューラさんもご一緒でしたか……ちょうど良い……」

 顔色は優れず、声もあまり出ていない。そんな様相にありながら、梓は、紙袋を取り出した。

 

(……て、今どこから出した?)

(いいじゃん。気にしたら負けだよ、そういうの……)

 

「これを……」

 その紙袋を、ももえとカミューラに手渡す。二人と、精霊のマナも、その中身を見る。

「……こ、これは……!」

「要望のあった、新しいショウ子ちゃんの、こ、こ……仮装衣装を、届けに参りました」

 

「ブゥー!!」

 

 その後ろでは、翔が盛大に吹き出していた。

 しかしそれは、梓の言葉で新たに起きた喧騒に遮られた。

「マジで!? 梓、作ってくれてたの?」

「ええ……というか、本当は、あの決闘を行う直前に完成させておりました。けど、その後すぐに引き籠ってしまって……そのせいで、お届けすることが、できなくて……」

 そこまで言うと、途端にその目に涙を浮かべた。

「すみません、こんなに長い時間、お待たせしてしまって……私は……『ショウ子ちゃん応援団』、失格ですね……」

「そんなことありませんわ!」

 涙目で自身を卑下する梓に向かって、ももえが大声を上げた。

「こんな、広げるまでもなく可愛いと分かるコスプレ衣装をいくつも完成させるなど、私達にはできませんもの。梓さんは、紛れもないショウ子ちゃん応援団の要ですわ!」

「かなめ……?」

「そうよ!」

 同じように、カミューラも前に出て、梓に声を掛ける。

「マナは、ショウ子ちゃんのポーズや背景を決める。私は、それを写真に写す。そうして撮った写真で、ももえが写真集を作る。けどそれをやるには、あんたの作った衣装がなきゃ始まらない。誰か一人でも欠けたら、ショウ子ちゃん応援団は成り立たないんだから」

「そうですよ。失格どころか、むしろ、あれだけ辛い目に遭ったのに、わざわざ部屋から出てきて届けてくれただけでもすごく嬉しいです」

「……」

 二人からの励ましに、それでも梓は、目を逸らした。

「……私はただ、私の作った衣装で、より可愛らしくなった、ショウ子ちゃんの姿が見たかっただけで……」

『そんなの、みんな同じですよー』

 続いて、精霊であるマナも、梓に声を掛けた。

『私達全員が、可愛い可愛い翔さんの姿を見たいがために力を尽くしているのです。そして、あなたはこうして戻ってきてくれました。それが、ショウ子ちゃんの可愛さのおかげなら、それに勝る喜びはありません!』

「……」

 

「みんなー!」

 

 マナの言葉の後で、カミューラは受け取った紙袋を掲げ、後ろにいる生徒達に、声を上げた。

「新しいショウ子ちゃんのコスプレ、見たいー!?」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『きゃああああああああああああああああああ!!』

 

 大勢の男子の、そして、女子達の声が上がった。

 男子だけでなく、女子達にも、ショウ子ちゃんのファンは大勢いる。

 どれだけ盛大な祭りも、たった一つの悲劇で、一瞬で氷漬くこともある。

 だが、逆もまた然り。たった一つの楽しみが、大きすぎる悲劇を塗りつぶすこともある。

 大勢のショウ子ちゃんファンが、梓を必要としている証だった。

「オッケー! んじゃ、待ってなさい! 私らショウ子ちゃん応援団が、新しいショウ子ちゃんの晴れ姿を届けてあげるわー!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『きゃああああああああああああああああああ!!』

 

 カミューラ、ももえ、梓、そして、彼らの目には見えないマナが並び立ち、堂々と宣言したことに、喝采は一層激しさを増した。中には号泣する者もいた。

 そんな様に、ずっと不安しか見せなかった梓の表情に、僅かだが、微笑みが浮かんだ。

 それをずっと後ろから見ていた星華も、梓の姿に、表情を綻ばせた。

 

(……で、そのためにまた僕が、文字通りの意味で一肌脱がされるわけか……)

 そして、当のショウ子ちゃん本人は、そんな盛り上がりを見せる連中を眺めながら、目を細めるしかなかった。

(……けど、それで梓さんが元気になるなら、いっか……)

 眼鏡を外し、そこに映った自分の顔を見る。

 もっとも、相変わらずの視力のせいで、そんな小さな部分に映る顔は見えない。

 それでも、この可愛い顔が全てのキッカケであり、そして今、それが友人の助けになったなら、そんな顔でも誇らしかった。

「……ん?」

 

「よかったな。梓……」

 ここに来るまで、自分の後ろで小さくなりながら、酷く脅えていた。

 しかし、こうして大勢の生徒達に快く迎え入れられたことで、そんな懸念は消し飛んだ。

 もう大丈夫だ。そう確信した……

 

 

 ゴ

  ゴ

    ゴ

       ゴ

            ゴ                 ゴ

                  ゴ      ゴ

 

 

 その時、その異様な雰囲気を、誰もが感じ取った。

 その雰囲気に振り返ると……

「明日香、さん……?」

 明日香がいつの間にやら、梓の前まで歩いてきた。

 しかもその顔には、今まで掛けたことの無いはずの、眼鏡が掛けられている。

「明日香さん……?」

 

「明日香さん、僕の眼鏡返してー!」

 

 後ろから聞こえる翔の声を無視しながら、明日香は、梓に顔を近づける。

 

「……梓、お部屋から出てきたんだね。えらいネェ~」

 

「は……? はぁ……」

「梓、歳いくつ?」

「……明日香さんと、同い年のはず、ですが……」

「そう……えらいネェ~」

 異様な雰囲気と、今まで掛けたことの無い眼鏡と、意味不明の台詞。

 違和感と混乱を周囲に撒き散らしながら、それでも、言葉を続ける。

 

「星華さんと一緒にきたの?」

 

「え、ええ……」

「……」

 

「そんじゃあブン殴ってもいいなあッ! あずさに寂しい思いさせやがって、てめーが償いすんのかよ!? 働いて償うったって、てめーが働けるようになるまで、あずさは何年待ちゃあいいんだよッ! 困ったガキだぜッ!!」

 

 ひとしきり叫んだ直後、右の拳を持ち上げる。そして、

 

 ガンッ

「……」

 ガンッ

「がっ……!」

 一撃目は、全く効き目が無かった。だから二撃目は、梓の唯一の弱点にぶつけた。

「梓! 大丈夫か!?」

「……なん、とか……」

 星華が駆け寄り、梓が答える。そんな様子を見た後で、明日香は眼鏡を外し、ももえに渡すと、そのまま去っていった。

「なんだというんだ? 一体……」

「……」

 ほとんどの生徒が、明日香のあまりの変貌ぶりに、言葉を失い、話しの内容を聞いていなかった。

 しかし、当人である梓と、その前にいた星華は、はっきりと聞いていた。

 そして、その内容に出てきた人物は、既に、目の前に立っていた。

「あ……」

 

「……」

 

 梓に寄り添う星華と、集まった生徒達の遥か向こうに、十代、三沢と並んで立つ、あずさと目が合った。

「……?」

 と、星華は変化に気付いた。

 見ると、いつの間にやら、ここに来た時と同じように、梓は星華の後ろで、身を縮こませ、震えていた。

「梓?」

 話し掛けても、変化はない。

 そんな梓に向かって、あずさが一歩踏み出した。その瞬間、

「お、おい……!」

 突然の行動に、星華が声を上げる。

 あの決闘をした時のように、綺麗になった自身の顔に爪を突き立て、引っ掻き始めた。

「何をしている! やめろ!」

 慌てて両手首を掴むが、腕力に差があり過ぎて、止めることができない。

 両手の指に、血と皮と、肉がこびりつき、真っ赤に変わったところで、ようやく手を止めた。そして、そんな顔を両手で隠し、余計に小さくなる。

「梓……?」

「……見ないで……」

 声を、全身を震わせながら、発したのはそんな言葉だった。

「……どうか……醜くて、汚い私のことを……どうか……見ないで……」

「……」

 全員の目が釘付けの中で発せられたそれは、星華に向けられた言葉ではなかった。

 星華よりも、そして、集まる生徒達より遥か向こうに立つ、別の少女に向けられた言葉だった。

 

「……」

 あずさは目を閉じると、梓や星華、集まっている生徒達、そして十代らに背を向け、反対方向へと歩いていった。

 

「……」

 星華の腕の中で小さくなりながら、梓は、傷だらけになった顔を上げる。

 見えたのは、去っていくあずさの背中だった。

 そんな背中に向けて、手を伸ばそうとした。だが、血と皮にまみれた自身の手を見て、やめた。

 たった今、自分で言った通り、今の自分の姿など、彼女に見せられたものではなかった。

 当たり前だ。見せたくないから、わざと醜く傷つけ、汚い顔にしたのだから。

 そんな姿の自分が、彼女を求めて良いはずがない。

 少なくとも、梓はそう思っていた……

 

 

「おい、あずさ! 良いのかよ!」

 決闘場を出て、廊下へ出ていったあずさを、十代と三沢が追い掛けていた。

「……本人が会いたがらないんだから、仕方ないじゃん……」

「何で!? まさか、まだ気付いてないのか? あいつは、お前が嫌いだから避けてたんじゃなくて、本当はずっとお前のこと……!」

 

「分かってるよ!!」

 

 立ち止まりながら、大声で絶叫した。叫んだ後は、拳を握って、体中を、そして、声を震わせて……

「分かってるからさ……これ以上、みんなして……梓くんのこと、虐めないでよ……」

 それだけ言って、放心する二人を置いて、廊下の向こうへと走り去った。

 

「……どうしたら良いんだよ……」

 見えなくなったあずさの方を見ながら、十代は漏らした。

 梓は一方的にあずさから逃げ、あずさはそれを追い掛けようともしない。

 ただ、好きという気持ちが同じなせいで、二人の距離が今以上に離れることはない。

「……梓が一歩踏み出すか、あずさの方から追い掛ければ、それで解決なんだがな……」

 三沢の言ったことを、二人ともしようとすらしない。

 

 好きという気持ちも同じなら、だから近づきたくないという気持ちまで、同じだった。

 醜く汚い、大嫌いな自分を見られたくないから。

 本人がそう望むなら、その通りにしてあげたいから。

 

 そして、それらの最たる理由も同じ……

 

『あなたにだけは、嫌われたくないから……』

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

「おぉえ、げぇ……っ」

 二人で寮の自室へ戻るなり、梓はトイレに籠もっていた。

 毎日掃除している便器に頭を突っ込み、吐しゃ物で盛大に汚していた。

 そして、そんな梓の背中を、星華は終始、さすっていた。

「……げほっ……すみ……ません……」

「気にするな」

 その顔は、既に治癒は完了し、引っ掻き傷は綺麗に治っている。

 しかし、引っ掻き傷以上の、痛ましい苦悶にまみれていた。

「もう、一人も残っていないと……頭では分かっているのです。でも……あの中に、一人でも、あの男達の一人が隠れているのではと……思うと……うぅっ」

 途中で言葉を切り、また盛大に吐く。

 あの男達、という言葉を考えれば、こんな姿も無理はなかった。

 あの出来事のせいで、人前に出ること自体が恐怖となった。むしろ、あれだけのトラウマを植え付けられて、吐き気だけで済むならそれだけで大したものだろう。

 

 だが、それでも梓なら、耐えられただろうと星華には分かった。

 少なくとも、あの場からすぐに逃げ出すほど、追い詰められることはなかった。

 梓がこの部屋へすぐに帰ることになった理由は、他にあった。

「……」

 その理由である少女の姿を思い浮かべ、またすぐ頭を振り払う。

 そして再び、目の前で吐き続ける、愛しい恋人の背中をさすり続けた。

 

 

 中でそんなことになっているとも知らず、彼は、二人のいる部屋の前に立っていた。

「……」

 微笑みを浮かべながら、ずっと張っていた氷が融け、剥き出しとなったドアに、手を伸ばす……

 

 ガシッ

 

「……?」

「……」

 しかし、ドアへ伸びた斎王の手を、透き通るような漆黒の手甲を着けた、小さな手が掴んだ。

 

 

 

 




お疲れ~。

遊戯王キャラって、総じて体重軽すぎるよね……

んなこと思いつつ、あんまおもろくなかったかな、今回。
まいっか。オリカいこ~。



『イキカエル』
 通常魔法
 手札の水属性モンスター1体を墓地へ送って発動する。
 自分の墓地から水属性モンスターを1体選択して、フィールド上に特殊召喚する。

 プリンセス・ローズが使用。『粋カエル』じゃあない。
 捨てたモンスターそのまま特殊召喚することもできそうだから、手札一枚で上級を呼び出すことが可能。
 ただ、蘇生として使うなら、素直に『死者蘇生』か、当時は無いが『浮上』を入れるべきだわな。


『両生類天使-ミ・ガエル』
 レベル5
 水属性 水族
 攻撃力1400 守備力800
 このカードは自分フィールド上のモンスター3体をリリースして特殊召喚する事ができる。
 この方法で特殊召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。
 このカードの特殊召喚に成功した時、自分がプレイした「ガエル」と名のついたモンスターを可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。
 自分フィールド上に他のモンスターが存在する限り、相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。

 プリンセス・ローズが使用。
 カエルデッキならかなりの爆発力を発揮しますわな。
 プレイさえすればエクストラからでも呼べるのは何気に凄いんでなかろうか。
 まあ、まずサンデスを出すこと自体が大変なんだけど。


『黒・魔・導・連・弾』
 通常魔法
 自分フィールド上に表側表示で存在する「ブラック・マジシャン」1体と「ブラック・マジシャン・ガール」1体を選択して発動する。
 このターンのエンドフェイズまで、選択した「ブラック・マジシャン」の攻撃力は選択した「ブラック・マジシャン・ガール」の攻撃力の数値分アップする。

 『劇場版 遊戯王 時空を超えた絆』で、遊戯さんが使用。
 大体の必殺技カードに言えることだが、モンスターを場に出すのがどうしても手間だわな。
 一応、よくある「どちらかは攻撃できない」って制限ないのは利点ちゃ利点。
 でもぶっちゃけ、実際にはこれ使ってまで攻撃力上げにゃならん場面てのも少ないろうし、装備魔法使った方が早いと思われ。



以上。
そんじゃ、次話までちょっと待ってて。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。