学園艦の恋愛事情   作:阿良良木歴

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甘さ多めにしてみました!(当社比)


継続高校学園艦
三日月


「……ん。調律終了」

 

なんでもない平日の昼下がり、僕は戦車が置いてある倉庫の中でカンテレのチューニングをしている。別に、今日だけの珍しいことな訳じゃない。何週間に一回とかそんな感じ。

 

「ほら、終わったよ」

 

「ありがとう、君の仕事はいつも丁寧だね」

 

倉庫の冷たい床から立ち上がり、後ろの戦車に腰掛ける女の子、ミカに手渡す。ポロロンと軽く音を鳴らし、満足気に頷いた。

 

「毎回思うんだけど、僕が調律する意味ある?」

 

「この世に意味が無いことはあまりないんじゃないかな?」

 

「そうだけど、そういう意味じゃないよね?」

 

ミカのカンテレの調律を始めて、もう三年になる。一年生の時の自己紹介で絶対音感が特技と言った事に端を発する。父親が調律師、母親がピアノの先生と楽器に埋め尽くされた生活を送っていた為に身に付いた絶対音感。それに目を付けてカンテレの調律を依頼してきたのが、同じクラスのミカだった。けれど、調律で重要なのは絶対音感というよりは相対音感の方で、基準の音にどれだけ合わせられるかによって、調律の善し悪しが変わってしまう。いくら親が調律師でも、僕は素人。いい加減な事は出来ないから、そこら辺はちゃんと説明して断った。だけど、

 

『失敗を恐れず、挑戦することが人生においてとても大切なことなんじゃないかな』

 

と、何やら哲学的に言われあれよあれよという間に調律をさせられていた。素人とはいえ親の影響でピアノやギター等には触れていたが、カンテレなんて珍しい楽器でいつも通りという訳にも行かず。結果、微妙な音になってしまった。少なくないショックを受けている僕の隣でいつもの様に微笑みながら、音程が不安定なカンテレを鳴らすミカ。その音を耳に残しながら、次は絶対上手くやってやる!と、決意した事を昨日の事のように思い出せる。つまりは、上手いこと乗せられてここまでやっちゃってたのだ。三年生になって気付くなんて遅すぎるよ、僕。

 

「今更やめるなんて言わないけどさ。どうして僕だったのかなって」

 

「……深い意味は無いよ。君と私のクラスが一緒だった、それだけさ」

 

「ふぅん。まあ、そういうものだよね」

 

音を確かめていたミカの手が止まり、僕に何か言いたげな視線をぶつけてきた。

 

「あれ?どこか音がおかしいところでもあった?」

 

「そうじゃないよ。ただ、君は三年経っても成長しないね」

 

「え、なんでいきなりバカにされてるの?」

 

「自分の胸に聞いてみるといいさ」

 

いつもの浮世離れした雰囲気とは違い、なんとなく拗ねている雰囲気を感じた。僕の調律の精度はこの三年で上達したと思うし、ミカの遠回しな物言いにも大分対応出来るようになっていると思うんだけど……。やっぱりミカの全てを理解するのは難しい。

 

「うーん。身長も伸びたし、成長してない所はないよね?」

 

「……」

 

「うん、ちょっと待って。今、思い出すから」

 

ミカの表情が冷めきっていたので、必死に何かを思い出そうと頭の中をグルグルと回す。その思考を断ち切る様に倉庫の入り口から女の子が二人入ってきた。

 

「もう、ミカったらまたカイを連れ出して!」

 

「にししっ!二人はいつも一緒で仲いいねぇ~」

 

一つ年下のアキとミッコだ。ミカと仲が良く三人でいる所をよく見かける。ミカの調律を請け負っている僕とも交流は多い。

 

「彼には調律をして貰ってたんだ」

 

「今週でもう二回目でしょ!」

 

「季節の変わり目だからね」

 

「カイだって忙しいんだから、独り占めしちゃダメなの!」

 

僕を無視してちょっとした口論が発生する。でもまあ、これもいつもの事だ。

 

継続高校はあまり裕福な学校では無い。学園艦の規模も小さいし、戦車道の試合に出るミカ達はパンツァージャケットっていう正式な?物じゃなくジャージで試合に出てるみたいだし。それと僕の何が関係あるかって言えば、僕が器用貧乏だからなのだ。

 

ミカのカンテレを初めて調律した時もそうだけど、ある程度のレベルまでは初見でもなんとか出来てしまう。だから生徒会からの要請で学校の備品の修理や校舎の破損の修繕、果ては水道や電気の配線なんかも弄っている。一生徒の僕がやるからお金は掛からない、資金に乏しい継続高校的には実に有益な人材になっているのが僕なのだ。どう考えても僕が貧乏くじを引いたってだけの話だけど。

 

つまりは僕に調律をして欲しいミカが周りから独り占めしているように見えるから、周りのことも考えて生徒会の手伝いもさせたいアキとの言い争い、ということだ。

 

「で、可愛い女の子に取り合いされてる色男の感想は?」

 

「からかわないでよ、ミッコ」

 

「にししっ!でも実際、ミカは美人でアキは可愛いじゃん。そこんとこ男としてどうなのよ?」

 

「……これが色恋沙汰だったら嬉しいかもね。この状況じゃどっちに転んでも僕が酷使されるだけだし」

 

「調律は終わったんだろ?なら、後はのんびりするだけじゃないの?」

 

「最近、ミカが僕にカンテレの演奏を教えたがるんだ」

 

「へぇ、良いんじゃないの?アンタ演奏好きだろ」

 

その通りで僕も楽器を演奏するのは好きだし、カンテレの演奏だって興味はあった。だけど、

 

「……その、後ろから手を回して来るから、ね?」

 

「ああ……」

 

「僕も一応男だから、我慢しているんだけど。精神的に疲れるんだよ」

 

「我慢って言い方、なんかヤラシイ~」

 

「ミッコ!」

 

ミッコにおちょくられたが、本当に疲れるんだ。ミカは、その……胸も大きいし。だから教えて貰う時には背中に柔らかい感触とチューリップハットの下から香るシャンプーの香り。吐息混じりの声が耳を撫でて、スベスベした指先が僕の手に重ねられる。その全部に耐えている自分の精神力を褒め讃えたいくらいだ。

 

「いいじゃん、役得ってことで」

 

「そんなあっさり思えないよ!」

 

「なんで?ミカにそこまでされてるって知ったら、他の男達に血祭りにされるくらいでしょ?」

 

「それはそうなんだけど。……誰にも言わない?」

 

「ん?まあ秘密にしろって言われれば守るよ」

 

その言葉を聞いてまず、ミカとアキの方を見る。アキの言葉を受け流すミカの姿が目に映る。まだ飽きもせずに続いているようで良かった。だって、

 

「……ミカが僕以外にカンテレ教える時も、ああなのかなって思ったらムカムカするから」

 

「……へぇ~」

 

ミッコに素早く耳打ちする。ミッコの顔が面白いと言わんばかりにニタニタし始めた。僕もこの感情がなんて言うのかは知っている。それだけに、秘密にして欲しいのだ。

 

「鈍感だと思ってたけど、意外に脈アリじゃん」

 

「え、どういう意味?」

 

「そのままミカに伝えればって意味だよ」

 

「む、無理無理!そんなこと言ったらバレちゃうでしょ!」

 

「……やっぱり鈍感、いや。鈍カイ君だね」

 

「なんでいきなり新用語作ったの!?」

 

「まあ気にしなさんな。……っと、お喋りし過ぎたね。それじゃあ行こうか」

 

「え?どこに??」

 

「女子のロッカールーム。備え付けのシャワーが水漏れ起こしてるんだって」

 

「僕男だよ!?」

 

「大丈夫、生徒会長から許可降りてるし。連れて行けば学食三日分の食券が手に入るし」

 

「最後に私欲がダダ漏れだよ!!」

 

「という訳でミカ!カイ借りてくよ~」

 

「ちょっ!はやっ!?」

 

僕の手を引きながら駆け出すミッコは驚くほど速く、アキとミカは漁夫の利で獲物をかっ攫われて呆然と見つめているのだった。

 

 

***

 

 

「ね、ねぇ。ミカ?」

 

「……」

 

「そろそろ機嫌治して欲しいなぁ……なんて」

 

「…………」

 

(く、空気が重い!ミッコのバカ!!)

 

口に出さずに元凶のミッコに悪態を吐く。時間は巡り放課後、それも下校時刻を過ぎていた。陽が沈みかけ、夕焼けの赤から夜の深い蒼までのグラデーションが空を彩っている。倉庫の脇に停車した戦車に腰を降ろしたミカ。いつもの余裕のある笑みとは違い、ムスッとした表情でカンテレを奏でていた。カンテレの音もどこか刺々しい。

 

昼休みに女子ロッカールームの修理をやり終え、放課後一番にミカに謝りに行こうとしたんだけど。教室に乗り込んできたアキとミッコに又もや連行されてしまった。その時にミッコがミカに説明。アキは僕の腕に抱き着きズルズルと引っ張って行く役割で、ミッコが何を言ったかわからないけどミカの視線が凄く怖かった。おまけに腕に抱き着いたアキのせいで生徒会室に行く道中では男達の視線が痛かった。極めつけは尋常じゃない量の雑用仕事。途中で会ったミッコに『ミカが待ってるから早く終わらせて倉庫に行ってあげな』と言われたにも関わらず、こんな時間になってしまった。流石にもういないかと思って来てみれば、怒ってる雰囲気のミカ。今日は厄日なんじゃないだろうか。

 

「……昼休みにカンテレを教える約束だったよね」

 

「う、うん」

 

「ミッコからは放課後に埋め合わせをすると聞いていたよ」

 

「ぼ、僕もそのつもりだったんだ」

 

ミッコのやつ、あの時そんな説明してたのか。でも放課後どころか夜突入しそうな時間になっちゃってるんですけど。

 

「約束を破り時間に遅れる様な人は信用と信頼を失う。そうは思わないかい?」

 

「おっしゃる通りです」

 

怖い。何が怖いって、普通に怒られるより遠回しにジワジワいたぶられてる感覚が怖い。固いグラウンドに正座しながら、反省の意を示す。数分後、落ち着いてきたのか大きな溜息をミカは吐いた。

 

「もういいさ。時間は有限だからね、練習を始めよう」

 

「そ、そうだね!」

 

僕は手早く自分のカンテレを取り出し、ミカより低い所に腰掛け練習を始める。教えて貰い始めて一ヶ月くらいだけど、そこそこ演奏は出来ていると思う。もっとも、ミカの求める基準には程遠いらしい。実際、ミカの演奏は優雅で美しい。この学校に来てから毎日聞いていた僕には自分の演奏がまだまだだって事くらい十分理解している。

 

音の波間に思考が沈んで行く。他の考え事が頭から抜け落ちて、自分の鳴らすカンテレの音と、ミカが奏でるカンテレの音に全てを支配されていく。時間の感覚も無くなってどれくらい経っただろう。唐突にミカの演奏の音が止んだ。不思議に思い、演奏をやめ振り向こうとした僕の背中を柔らかくて温かい感触が包み込む。

 

「み、ミカ?」

 

「夜はやっぱり冷え込むね。こうでもしないと凍えてしまいそうだ」

 

そこでふと気づき、空を見上げる。さっきまで赤が混じっていた空は青黒く染まり、いつの間に現れたのか三日月が顔を出していた。随分時間が経っていたみたいだ。時計で時間を確認しようと、携帯の入ったポケットに手を入れる。それと同時にミカの手がポケットに入り込む。いつどかしたのか膝の上に置いていたカンテレも僕の脇に置かれていた。

 

「ミカ?ど、どうしたの??」

 

「昼休み、随分楽しそうにミッコと話をしていたね?」

 

ミカの顎が僕の肩に乗り、耳にかかる吐息で背筋がゾクッとする。けど、ポケットの中で僕の手の甲が抓られる。

 

「ミカさん?い、痛いんだけど」

 

「放課後、アキに抱き着かれてデレデレしてた」

 

「デレデレなんて……痛い!」

 

「こんな時間まで待たせて、来ないかと思ったじゃないか」

 

ぎゅっと、後ろから抱き着かれる力が強くなる。戸惑いながら、ポケットの中の手を握ってみる。不安にさせてしまったのは僕だ、それを少しでも無くしたかった。ビクッと体を震わせたミカだったけど、僕の手を握り返してくれた。

 

「来ない訳無いじゃないか。ミカは僕の大切な……友達だろ?」

 

「……はあ」

 

「え、なんで溜め息……っていだだ!?ミカ、手!手が潰れる!」

 

流石に大切な人、なんて臭いことは言えず言葉を濁したら、ポケットの中で僕の手が握りつぶされそうになった。戦車道やってると握力がこんなに付くんだろうか?

 

「ミッコの言う通り、私からじゃないとダメみたいだね」

 

「え?一体なんのはなsーーんっ!?」

 

「んっ」

 

ミカが呟いた後、僕の体から少し離れたと思い後ろを振り向いたら唇に柔らかい感覚。驚きで見開かれた目には瞳を閉じたミカの顔が視界を埋め尽くしていた。数秒にも満たない僅かな時間。それなのに僕の頭はオーバーヒートしたように動かなくなっていた。

 

「……ここまですれば、鈍感な君だって気付くだろう?」

 

「あ、えっと……」

 

「返事が、欲しい」

 

らしくない、ストレートな言葉が僕を射抜く。朱が指した頬も不安そうに潤む瞳も僕を捉えて離さない。けど、僕の頭も口も正常には働いてくれず、目線が頭上の月へと逃げてしまった。耳にミカの息を呑む声が届く。本当は声を大にして叫びたい。届けたい。好きだって、愛してるって。なのに、口が自分のじゃ無いみたいに動かない。だから、僕は月を指差す。綺麗に輝く三日月を。

 

「……君は、意外にロマンチストなんだね」

 

「……そうかも」

 

やっと口から零れた声は気の抜けた、震えた声になっていた。クスクスと笑ったミカの目尻には涙が1粒溢れていた。

 

「ずっと月は綺麗ですよ、と返すべきかな?」

 

「やめて。告白された上にそこまで言われたら、男として立つ瀬が無い」

 

「それじゃあ男を見せて貰おうかな?」

 

スッとミカが顔を少しだけ前に出し目を瞑る。僕はミカの頬に手を添え優しく口付けを落とした。

 

 

***

 

 

帰り道、僕の左手はミカの右手に繋がっている。未だに現実味の無いこの状況に心臓の音がやたらうるさい。肌寒い筈なのに繋がった手のひらから伝わる温もりで、体が火照ってしょうがない。でもそれ以上に、

 

「君と来たら、何時まで経っても私の想いに気付かないから大変だったよ」

 

「もう堪忍してください……」

 

今までの僕の鈍感っぷりを口頭で指摘され続けてるせいで、体が火達磨になりそうなほど恥ずかしい。どうやら三年間の鬱憤があるみたいだ。

 

「どうすれば許してくれる?」

 

「それは君自身が考えることじゃないかな?」

 

「う、うーん。毎日愛を叫ぶとか」

 

「それができるなら君はパスタの国に行ったほうがいい」

 

「だよね……。残りの高校生活を出来るだけ一緒に居れる様にします」

 

「高校生活、ね。そんな刹那主義には賛同出来ないね」

 

「ええ~。じゃあどうすれば??」

 

器用貧乏な僕は恋愛に関してはとことん不器用らしい。そんな僕を弄って楽しんだのか、手を握ったまま僕の体に寄り掛かり、

 

「ずっと、この先も一緒にいてくれたらそれでいいさ」

 

「……確かにそれは刹那主義じゃないけどさ」

 

それ、やっぱり僕のセリフ。

 

その言葉は紡がれず、それでもミカには伝わっていて僕の好きな幻想的な笑みを僕だけに向けていた。




ミカは恋人が出来たらデレデレになると思うのです!
ミカに甘えられたり嫉妬されたいだけの人生だった。

という訳で、個人的には甘さマシマシのつもりです。

まだまだ甘さが足りん!
という甘党の方がいらっしゃいましたら、ご指摘よろしくお願いします。

それでは、また次回も見ていただければ幸いです。

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