学園艦の恋愛事情   作:阿良良木歴

5 / 12
お久しぶりです。
更新全然しなくてすみません。
大分スランプで読み辛いとは思いますが、どうぞ。


愛しい君に贈るたった一つの冴えないレシピ

俺は不器用な人間だ。

 

一つのことに集中すると他のことが出来ず、並行で何かを行ったり出来ない。部活に力を入れると勉強が疎かになり、勉強に専念すると部活がてんでダメになる。それでもまあ、特にスポーツで一番になりたかった訳でも勉強でトップに立ちたかったという思いが無かったから、可もなく不可もない平均をやっとの思いでキープしていた。

 

不器用な俺が勉強と部活をギリギリに落としていたのは料理のためだ。

両親が幼い頃に他界し祖父母の家で育てられた俺は、せめて迷惑にならないようにと料理をするようになった。でもそんなのは杞憂に過ぎず、いつも美味しい美味しいと料理を食べる祖父母の笑顔を見ているうちに料理が俺の生き甲斐になっていった。

そして、そんな俺がアンツィオ高校に進学を決めたのも当然料理のためだった。

 

生徒が自分達で出す露店。競争相手もいて自分の料理の腕も磨ける最高の環境。偏差値もそんなに高くないのも俺にとっては救いになっている。実際入ってみたら、予想以上に強いノリと勢いに圧倒されたものの皆良い奴ばかりで楽しく過ごせる確信が出来ていた。皆と料理の腕を競っているウチに肉料理が得意な事からカッチャトーレなんて大層な名前を貰ったりもした。本来の意味は猟師風の料理って事だから、俺の名前のゴロとノリで付けられた感があるけど。

 

順風満帆の学校生活の中、オレの意識を吸い寄せる奴がいた。

 

名前は安斎千代美。アンツィオ高校の戦車道の立て直しの為、推薦で入学した女の子で眼鏡と灰緑色の三つ編みの、戦車道というよりかは文学少女の方がしっくり来る女の子だ。

 

そんな彼女は、衰退し履修者が残り僅かな戦車道の事でいつも頭を悩ませていた。メンバー集めのポスターやビラ配り、戦車道の試合の作戦、果ては戦車の整備まで。1人では抱え切れない程の重荷を背負っているように見えた。

いつも必死な顔で眉間に皺の寄った彼女の力になりたいと、俺はいつからか思うようになっていた。

 

 

***

 

 

「おーい。何考えてるんだ?」

「ん?いや別に」

 

夕焼けに染まるスペイン階段風階段。その下の方に腰掛けた俺に上の方から声が掛かる。振り返らずとも分かる、聞き慣れた安斎のーーチヨの声だ。季節は秋、戦車道を引退したチヨから一緒に帰ろうと言われて、待ちぼうけていたところだ。

 

「そっか。変に黄昏てたから何か悲しい事でもあったのかと思ったよ」

「悲しい、というよりかは懐かしんでいた。丁度ここでチヨに、初めて料理を食べさせたからな」

「あ、ああ~。ここだったっけ、そういえば」

 

恥ずかしそうにそっぽを向く安斎の横顔を見る。照れているようで、懐かしさも含んでいる微笑みが、たまらなく愛おしい。昔は、こんな表情ではなかったからーー。

 

 

***

 

 

「安斎、さん……だよな?良かったら食っていかないか?」

 

入学して半年。俺は初めて彼女に声を掛けた。名前は当然知っていたが、女の子に事務的な事以外で声を掛けるなんて初めてだったから緊張しながら声を出したのを覚えている。その時の彼女は、いつもと同じ様に必死で焦っている顔をしていた。

 

「……ありがとう、ございます。それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

声を掛けたら少しだけ表情が和らいで、丁寧な言葉遣いが文学少女然とした見た目に違わず、余計に緊張した。それでもいつも作っている料理をしている内にどこかに消えて、俺の料理で安らいで欲しいという思いだけが強くなった。

作った料理は、俺のアダ名の由来となった、鶏肉のカッチャトーラ。昔の俺が作れる、一番美味しいと言える料理だった。

 

「どうぞ」

「ありがとう。いただきます」

 

差し出した料理を黙々と食べる彼女を見て、とりあえず不味いと言われなくて安心した。だが、

 

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 

そう言った彼女の微笑みは、無理して笑っているように見えた。そのまま代金を置いて去っていく彼女の後ろ姿を見て俺の心は酷く動揺した。

何故?どうして?料理とは笑顔で食べるものだろう、と。あんなに辛そうな笑みで、言葉で、お礼を言うものでは無いだろう、と。

彼女を笑顔に出来なかった、その事実に俺は拳を固く握り込んだ。

 

 

***

 

 

「しょ、しょうがないだろ?あの時は本当に余裕が無かったんだから!」

「だとしても、俺はあの時物凄くショックだったんだ」

 

学校の校門を出て黄昏に染まる帰り道、思い出話の口火を切るとチヨは怒って俺の肩をポコポコ殴る。昔では見る事が出来なかったコロコロと変わる表情に、思わず笑みが零れる。

 

「……なんで笑ってるんだ?」

「別に。随分と表情が変わる様になったから、嬉しいと思ってな」

「そんなに変わったか?」

「変わったさ。前の落ち着いた感じの笑い方も良かったが、今の楽しさが全面に出ている笑い方の方が俺は好きだ」

「なっ!……お前は恥ずかしげも無くそういう事を……」

 

薄暗い中でも分かるほど、顔を赤くしたチヨはぶつぶつと何かを呟いていた。赤面症は今も昔も変わってないな、とどうでも良い答えにまた苦笑する。

 

「い、言わせてもらうけどな!お前だって大分変わってるからな!」

「……そうか?」

「自覚無かったのか!?」

 

心底驚いた表情のチヨを見て、今も昔も仏頂面だったはずだと、俺は記憶を掘り返した。

 

 

***

 

 

「安斎、今日も飯食っていけ」

「……ついに呼び捨てになったな」

 

あの無理な笑顔を見てから数ヶ月、俺は毎日彼女を呼び止めては料理を食べさせていた。最初の方はぎこちなさがあったものの、1ヶ月をすぎる頃には慣れ、その日はもう呼び捨てでもいいやとぞんざいな扱いになっていた。彼女も最初は遠慮していたが、徐々に慣れてきていた。その頃には今の、眼鏡を外しドリルみたいな髪型になっていた。喋り方も意図的に変えたらしく、男勝りな砕けた喋り方になっていた。

 

「別に良いだろ。それに大会が終わった今の時期暇だろ、食って感想を聞かせろ」

「それが客に対する態度か!まあ、食べるけど」

 

そう言って差し出した料理を食べ始めた彼女を、じっと観察する。もきゅもきゅと小動物みたいに頬張って食べる姿を眺めていると、段々と頬に赤みが差してきた。とうとう真っ赤になった彼女は、

 

「あああっ!もうっ!!」

「どうした?味付けが辛すぎたか?」

「違う!そんなに見つめられたら普通に食べられないだろう!?」

「観察しなきゃ目的が達成出来ないだろう」

「目的ってなんだ!?」

 

荒い息で俺から距離を取る。そしてそのまま額に手を当てて不思議そうな声を出す。

 

「なんで仏頂面で強面のお前の店が売上1位なんだ……」

「腕がいいからだろう」

「自分で言うか!美味いのは、確かだけどな」

「……その表情じゃない」

「え?」

 

美味いと言った時の顔は、前よりかは良かった。だが、違うんだ。俺が見たいのは心の底からの笑顔で、内側に疲れを隠して笑う顔じゃない。

 

「さっき、観察していると言っただろ」

「あ、ああ」

「俺は安斎の笑顔が見たいんだ」

「なっ!はあぁっ!?」

 

先程同様、いやそれ以上に赤くなった彼女に向けて続けて言葉を放つ。

 

「俺の料理で笑わないとか、許せん。俺は料理だけは自信があるんだ、絶対心の底からの笑顔で美味しいと言わせてやる」

「自信過剰か!びっくりさせるな!」

 

言い切って満足した俺の額に、彼女のチョップが炸裂した。赤い顔で、あ〜とかう~、と呻き出した彼女を見つつ、まだまだ精進が必要だと気を引き締めた。

 

「……そういう事、来たお客さんにも言ってるのか?」

「?俺が見たい笑顔はお前のだけだ」

 

額に2度目のチョップが炸裂した。

 

 

***

 

 

「……まあ、若気の至りと言うやつだ」

「一言で片付けるな!」

 

完全に陽が落ちて街の街灯が道を照らす。所々チヨに訂正されながら思い出した昔の俺は、なんというか……傲慢な奴だ。

 

「傲慢でプライドが高い上、前はもっとギラギラしてたぞ。なんか、飢えた狼みたいな」

「チヨ、追い討ちはやめてくれ……」

 

してやったりと笑うチヨから目を背ける。若気の至りと言ってみたが、これではただの黒歴史だ。確かに昔は料理の腕を磨くのに必死で、ただ貪欲に料理の知識や技術を追い求めていた。それはひとえに、自分をこの学校に入れてくれた祖父母の為、中途半端は許されないと思っていたからだ。

 

「だから変わったって言ったろ?」

「ああ、認めるよ。最近は前ほど荒れてない」

「最近はというか、その……私と付き合い始めてからは多少落ち着いたよな?」

「そうだな。考えが変わったから……いや、思い出したからか」

「??」

 

不思議そうに首を傾げるチヨに向けて口を開く。が、言葉が紡がれる前に後ろから騒がしい足音が聞こえてきた。

 

「アンチョビ姐さ~ん!」

「カッチャトーレの兄貴~ッ!」

「……騒がしいのが来た」

「そうだな」

 

チヨと顔を合わせて苦笑いしながら、駆け寄ってくる後輩二人とも付き合いが長いことを思い返す。

 

 

***

 

 

「安斎とその後輩。新作が出来た、食っていけ」

「アンチョビだ!今度からそう呼べと言っただろ!」

 

新年度になって少し経った頃、いつもの様に彼女を呼び止めていた。その頃には戦車道の後輩が出来ていて、いつも誰かしらを連れて歩いていた。その為威厳を作ろうとしていたのか、アンチョビという呼び方を強要していた。

 

「昨日のベレー帽の子とは違うな」

「ああ、こいつは新しく入った1人のペパロニだ」

「よろしくっす!得意料理は鉄板ナポリタンっす!えっと……」

「勝矢だ。勝矢亮士(かちや りょうし)。皆からはカッチャトーレと呼ばれている」

「わかりました、兄貴!」

「……話、聞いてたか?」

 

元気過ぎる後輩に料理を渡し、下拵えをしている、新しく俺の店に入った奴に声を掛けた。

 

「ほら羅山(らざん)、お前の分だ」

「あざっす兄貴ッ!!」

 

羅山ーー今のラザニアは、新入生1日目の友達との露店巡りで出会った俺の料理に惚れ込んだらしく、弟子入りを申し込んできた。最初は断っていたが、あまりにもしつこかったから受け入れてしまった。ラザニアを見た時の安斎の驚いた顔は少し面白かったが。

 

「全員、食ったら感想を言えよ」

「「メッチャ美味いっす!!」」

「具体的な意見を言え。美味いのはわかってんだから」

「相変わらずの自信だな」

 

苦笑いの彼女は新しい後輩のお陰か、前より楽しそうだった。だが、それとこれとは話が別。俺の料理で心からの笑顔を引き出す、その目標はまだ達成出来ていなかった。

 

「……なあ安斎」

「だからアンチョビ!で、どうした?」

「好きな料理はなんだ?」

「唐突だな。好きな食べ物はカルパッチョだな」

「カルパッチョか……そういえば挑戦した事ないな」

 

本来は生の牛ヒレ肉を使うが、最近じゃ日本発祥の魚の刺身を使ったやつが多くなってきている。この場合は後者と取るべきか。栃木出身の俺はあまり生魚を使った料理を作らない。というか、祖父が猟師を生業としていた影響で肉の方が慣れ親しんでいた。鹿肉などの調理で煮込んだり香辛料を使うことも多かったから、生物の調理が苦手な部分もある。

 

「わかった。機会があったら作ろう」

「……なあ、なんでそんなに私を気にして料理するんだ?」

 

不思議そうに、それでいて何かを期待する様な表情で彼女を俺を見つめてきた。俺は迷いなく言い放つ。

 

「好きだから」

「なっ!?」

「「おおっ!」」

「料理が」

「だと思ったよバカ!!」

 

投げ返された皿が思ってた以上に痛かった。

 

 

***

 

 

「今日も姐さんと兄貴、仲良いっすね!」

「今日も一緒に晩飯っすか!」

「そんなとこだ。あと、店の中だからもうちょっと静かにな?」

 

後輩二人が混ざり、やってきたのは地元のスーパー。俺の家から近いのでよく利用している。ラザニアとペパロニの二人もドルチェの家で勉強会をするらしく、晩飯の買い出しを一緒にしていた。チヨの奴は何故かわからんが少し拗ねているらしく、少し離れた後ろを歩いていた。

 

「あれ?兄貴、そっちは精肉コーナーじゃないッスよ?」

「いいんだ。今日のレシピは魚を使った奴だからな」

 

そう言って鮮魚コーナーに足を向ける。手に取るのは、サーモンや鯛などの刺身だ。白身魚で統一しようとかは考えず、それでも俺が作るレシピはもう決まっているから迷う事はない。

 

「魚っすか……。そういえばオレ、兄貴の魚料理食ったこと無いっす!」

「そういえば私も!」

「ん?そうだったか?」

 

そう言われれば、そうかもしれない。何故なら今日作る料理はただ1人に向けて試行錯誤した料理だから。会計が終わり、エコバッグに品物を詰め込んだ俺にラザニアが名案とばかりに声を上げた。

 

「兄貴ッ!今日兄貴の魚料理食いに行って良いっすか!」

「それ良いなラザニア!」

「なっぁ!?」

「ん、俺は別に構わない」

「カッチャトーレッ!?」

 

むむむっとチヨが俺を恨めしげに睨む。言いたいことがわからないが、料理とは大勢で食べた方が美味しいと相場が決まっている。小躍りするラザニアとペパロニ。その背後に現れた人物が思いっきり二人の頭を叩く。

 

「「あたぁ!?」」

「これから勉強会だっつったろ、ダアホども」

「という訳でドゥーチェ、カポクオーコ。二人でのお食事を楽しんでください」

 

突如として現れたドルチェとカルパッチョによって、ラザニアとペパロニは引き摺られて強制退場となった。ちなみに、カルパッチョの言っていたカポクオーコはイタリア語で料理長の意味。3年から1年までの露店の中で一番料理が美味い俺のことをそう呼ぶやつもいるのだ。

 

「嵐の様な奴らだな」

「いつもの事だろ。ほら、行くぞ!」

 

そう言って強引に俺の手を取り歩き出すチヨ。不意に訪れた柔らかい感触に心臓を高鳴らせたまま、チヨの隣に並ぶ。いつもは奥手で、手を繋ぐのすら苦労しているのに一体どういう風の吹き回しだろう。チラリと横目でチヨを見ると、やはり無理しているのか耳まで真っ赤になっていた。

そういえば、あの日は今とは逆の立場だった。

 

 

***

 

 

『ーーの勝利!』

『わあああっ!』

 

勝敗を告げる声がスピーカーを通して聞こえ、それを掻き消す様な歓声が会場から爆発する。

戦車道の一回戦、その会場の側で俺は露店を出していた。今日はアンツィオ高校の大事な初戦であり、たった今、敗北を告げられた。

 

「負けちゃいましたね、兄貴……」

「……そうだな。さっさと店仕舞いして、アイツらの所に行くぞ」

「でもオレ、バカだから励まし方とかわかんねぇッスよ?」

「落ち込んでる時にこそ、美味い料理を腹一杯食わせるんだよ。それが一番元気が出る」

「なるほど!」

 

手早く露店を片付け、アンツィオ高校の控え場所に向かう。到着すると、いつもの元気の良さが無い面々が静かに帰る準備をしていた。その中で1人だけ、声を張り上げている奴がいた。

 

「ほらお前らさっさと帰る準備を整えるぞ!あ、ほら!カッチャトーレとラザニアが美味い料理作りに来たぞ!」

「食材はまだ多めにある。遠慮なく食ってけ」

 

安斎からの声と共に配膳を始める。最初は落ち込んだまま食べていたが、徐々に話し声が上がり笑顔になっていく。安斎も一息つけた様で集団から少し離れた所で見守っていた。安斎の手に料理は無い。

 

「安斎、ちょっといいか」

「だからアンチョビ!……で、どうした?」

「話がある。場所を移すぞ」

「へ?ちょ、待って!」

 

戸惑う安斎の手を取り強引に連れ出す。アンツィオの陣地から離れ、会場の喧騒も遠い木陰で手を離した。

 

「どうしたんだ、いきなり?」

「まあまずはこれを食え」

「むぐっ!?」

 

状況を未だ把握し切れていない安斎の口にピザを突っ込む。魚介系メインで扱いに四苦八苦しながら作ったものの、冷めても美味しい自信作だ。モソモソと口を動かし、飲み込む安斎を確認して口を開く。

 

「落ち着いたか?」

「なんでそうなる!?」

「む?美味しいものを食べれば落ち着くだろ?」

「いきなり口に入れられなきゃそうだろうけどさ!」

 

やり方が不味かった様で安斎は不機嫌そうに眉を顰めている。……やはり上手く出来ないようだ。

 

「……俺は不器用だからな」

「はぁ?」

「こういう時どうすれば良いのか皆目見当がつかないんだ」

「だから何の話だ?」

 

「お前が……安斎が、悲しんでるのか悔しいのか、怒っているのかも、俺は理解し切れていない」

「ーーっ」

「そして、慰めるべきなのか励ますべきなのか、はたまた騒いで忘れさせるべきなのかも俺にはわからない」

「……」

「それでも、お前の辛そうな表情を見てたら、放ってはおけなかった」

「……そんなに、顔に、出てたか?」

「いや、傍目に見れば全く出てないかった。だが、この1年。お前のことをずっと見てきたんだ。それくらい分かる」

「そ、っかぁ」

 

そう呟いて安斎は俯いてしまった。美味しいものを食べれば元気になる、そう思っていたが効果は薄く、これ以上どうすればいいかわからない。そんな情けない独白をした自分に嫌気がさしていると、ポスンと胸に安斎が寄り掛かってきた。

 

「あ、安斎!?」

「ごめん、でも。……少し、だけこのまま、で」

 

一瞬遅れて動揺する俺に届く、安斎の震えた声。じんわりと濡れるシャツ。そこで漸く安斎が泣いている事に気づいた。俺のシャツに皺が出来るほど握られた手にどんな想いが籠っているのか。声を押し殺して泣く安斎が今何を想っているのか。何もかもわからなかった。

ただ、泣いている姿を見たくなくて、俺はそっと安斎の頭を撫でた。安斎は少しだけ驚いた様子だったが、嫌がること無くそのまま俺に身を委ねていた。ただ無言で立っている俺は、思う。安斎には笑っていて欲しい、喜んで欲しい、と。そこで漸く気づく。

 

ああ、俺はーー

 

 

***

 

 

「好きになってたんだよな」

「ん?料理のことか?」

「いや、チヨのこと」

「んなぁ!?だ、だから平然とそういう事言うなよ……」

 

俺の言葉に顔を真っ赤にしてボソボソと文句を言うチヨ。俺の部屋のキッチンで二人並んで料理を作る。一緒に帰る時はこうして晩御飯を共にしている。メインの品は俺で付け合せやスープなんかをチヨ。この役割分担も大分板に付いてきた。完成まであと少し。

 

「相変わらず器用に盛り付けるな~」

「料理だけは、な。他が不器用だからな」

「確かにな。告白の仕方も不器用だったもんな」

「……それは忘れろ」

「へへっ!絶対忘れないからな!私がどれだけ待ったことか」

「……ん?待った?」

「へ?あ!い、今のは忘れろぉ!!」

 

叫びながら俺に飛び掛ってくるチヨに、告白の時を思い出してしまった。

 

 

***

 

 

「なあカッチャトーレ。最近どうしたんだ?」

「……別に、なにも」

 

夏も過ぎ秋風が冷たくなってきたある日。授業の移動中、たまたま会った安斎が俺の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねてきた。聞きたい事はわかっているが、言葉を濁して逃げようとする。

 

「待てよ!なんか最近変だぞ?店の事とか、いつも眠そうにしてるし!」

「そんなことは無い。それより、早くしないと次の授業に遅れるぞ」

「いや、でも……」

 

言葉に詰まった安斎を振り切り、そそくさと立ち去る。去り際の安斎の寂しそうな顔に胸が痛くなった。胸の痛みと寝不足から来る頭痛を抱えながら、退屈な授業をなんとか乗り越えた。

 

その日の放課後、

 

「兄貴、最近どうしたんすか?」

「……お前もか」

「だって、兄貴の料理の味。最近ちょっと変わったっていうか……」

 

いつも通り露店で料理を作っていると、羅山が料理を片手に聞いてきた。今日は安斎や羅山に言われたが、他にも店の常連や3年の先輩にも言われている。「味が落ちた」だの「全体的に質が悪くなった」だの好き勝手言ってきやがる。だが、俺が今1番大事にしているのは、店で出す料理では無い。店を持つ身としては言ってはいけないんだろうから、ひたすら心配を突っぱねている訳だ。

 

「……今日は客足も少ない。店を締めるぞ」

「あ、おっす」

 

客がパタリと来なくなったタイミングで早々に店を閉めた。心配する羅山に別れを告げ、1人校門へと向かう。俯きながら歩き、帰りにスーパーへ寄る事を決めた所で、誰かが目の前に立ち塞がった。

 

「安斎……」

「今から帰るんだろ?一緒に行くからな」

「……はぁ。好きにしろ」

「よし!」

 

許可するまで絶対に通さない、という鬼気迫る表情で仁王立ちされては流石に無理を通せず妥協した。嬉しそうに俺の隣に並ぶ安斎を見て、まあいいかと思考を放棄した。

他愛も無い話をしながら歩く。好きだと自覚してからというもの、こんな些細な事でも幸せだと思ってしまう。単純というかちょろいというか。そうこうしてるうちに俺のアパートまで着いてしまった。スーパーに寄るのもすっかり忘れてしまっていた。

 

「じゃあな。俺の家、ここだから」

「お、そうか。お邪魔します」

「……は?」

 

安斎の言葉を上手く呑み込めず、硬直した俺。そんな俺を無視して安斎はずんずんアパートに入っていく。数秒遅れて安斎に待ったをかける。

 

「ま、待て安斎!俺の家に来る気か!?」

「最初からそのつもりだったぞ」

「先に言え!というかこっちにも色々心の準備とかが!」

「?心の準備?」

「……なんでもねぇ。しょうがない、上がってけ安斎」

「お邪魔しま~す」

 

これ以上は墓穴を掘る事になりそうな為、仕方なく家に入れる。適当に座ってろ、と言いケトルで湯を沸かして棚からインスタントコーヒーを出す。沸いたお湯でインスタントコーヒーを作り、買い置きの砂糖やミルクと一緒にテーブルに置いて安斎の正面に座る。

 

「……んで、なんか話があんだろ?」

「やっぱバレた?」

「そりゃここまで露骨に来れば流石にな」

 

コーヒーを啜りながら、安斎の方を見やる。肩を竦めて苦笑いした後、真剣な眼差しで俺を見つめてきた。

 

「最近、私の事避けてるだろ」

「……さあ?そんな事は無いと思うが」

「嘘つくな。露店の前通っても声掛けて来ないじゃないか」

「忙しいからじゃないか?」

「前はどんなに忙しそうでも絶対呼んでただろ」

「そうだったか?よく覚えてないな」

 

ぐぬぬ、と唸る安斎。安斎には悪いが、俺の見栄とプライドのためにシラを切り通させてもらう。

 

「聞きたいのはそれだけか?なら暗くなる前に帰った方が良いぞ。俺はこの後練習中のレシピを試さなきゃ……あ」

「新作か!なら食ってく!」

「だ、駄目だ!まだ全然で人に食わせるようなもんじゃない」

「だったら私がアドバイスしてやる」

「い、今作ってるのは、好きな奴に食わせる為のだから。安斎の意見は……」

「ふぅん……」

「あ……」

 

俺の背筋に冷たい汗が伝い、安斎の目がスっと鋭くなる。早く安斎を返そうとして、迂闊な発言をした。そこだけならまだ良かったが、そこから焦って雪だるま式にボロが大きくなってしまった。一気に不機嫌になった安斎は指を2本立てて俺に突き出してきた。

 

「私を避けてる理由を言うか、新作を食わせるか。好きな方を選べ」

「……はぁ」

 

俺の中じゃそれは二択じゃなく、一緒の答えなんだよ。と、心の中で愚痴りながら無言でキッチンへと向かう。ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。腹を括った。

 

15分後、

 

出来た料理を皿に乗せ、安斎の前まで持っていく。今俺が作れる物で1番旨い料理……なんかじゃない。

 

「これって……」

「……サーモンのカルパッチョだ」

「カルパッチョ……って」

「安斎が好きだと言ってたからな」

「……」

「本当はもっと美味しく作れた完成品を食わせてやりたかったんだけどな」

 

だから、最近ちょっと避けてたんだよ、と無言になった安斎に告げる。流石にもう気づかれたと思うから、全てを吐き出してしまおう。

 

「戦車道の全国大会の時、泣いてるお前を見て、泣かないで欲しいと思ったんだ。だけど俺は不器用だから、料理しか出来ることがないから。だから苦手なカルパッチョに挑戦してたんだ。そのせいで店の味は少し落ちちまったけどな。

それでも俺はな、安斎。お前に笑顔でいて欲しいんだ。」

「……」

 

俯く安斎は、何も言わず俺の作ったカルパッチョをひと口食べた。味見の段階で、味に纏まりが無く完成とは到底言えない品だという事は分かっていた。それでも、

 

「……美味しい。こんなカルパッチョなら毎日でも食べたいな!」

 

目尻に涙を浮かべ、それでも笑顔の安斎を見た時。俺の料理で安斎を笑顔に出来たんだと、実感したのだった。

 

 

***

 

 

「完成だ。サーモンのカルパッチョだ」

「おお~!で、自己評価は何点だ?」

「65点。まだまだ改善の余地がある」

 

完成した料理をテーブルに並べながら、今回のカルパッチョの点数を付ける。

チヨと付き合ってからも、なかなかカルパッチョの出来は向上していない。まあ得意のカッチャトーラや他の肉料理なんかも、あそこまでの出来になるのに数年掛かっているんだ。不器用な俺は地道に研鑽していくしかない。

 

「ちなみに付き合った日のカルパッチョって何点だったんだ?」

「あんなの30点で赤点だよ」

「私は美味しいと思ったけどな」

「そこはアレだろう。料理は愛情って奴だ」

「ばっ!だからそういう事をサラっと言うな!!」

 

チヨに怒られながらも、俺は本当の事だと思う。祖父母の為に作った料理は、祖父母の笑顔の為に。露店にきたお客さんに笑顔になって貰える様に、思いやりを込めて。一時期忘れてしまっていたが、今はチヨのおかげで思い出した事だ。そして、

 

「とりあえず食べようか」

「はぐらかしたな……。まあ、良いけどさ」

「それじゃあ」

「ああ」

 

「「いただきます」」

 

このカルパッチョは、愛しい君の為に。




読んでいただき、ありがとうございました。
とりあえず年末年始にもう一本くらい上げたいです。
その前に最終章見に行かないと!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。