東方讃歌譚 〜Tha joestar's〜   作:ランタンポップス

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Get Your Wings 2

 暗い道が延々と続く。

 道、だと分かるのは、奥から漏れる灯台の明かりが場を照らし、一筋の道を映し出していたからだ。くるりくるりと、灯台は回り、十秒間隔で自分へ光が分けられる。

 

 

 綺麗な光だ、まさに迷い人の為の誘導灯。自分は二歩と三歩と、示された道を歩き始めた。ここにいる理由は分からないし、目的地も分からない。ただあの、灯台の下へ行けたのなら何かあるのだろうと、妙な自信と期待だけが自分を突き動かしている。

 四歩、五歩と足が進む。とても軽やかだ、一気に走り出せる程。とっとと、灯台の下へ行かんとして自分は膝を曲げ、足に力を込めようとする。

 

 

 

 

「まだ行くんじゃあない」

 

 そこで、呼び止める声がかかった。声からして男だろう、それも若い。

 声は前からかかっている。灯台の光が来た時に、目の前に人物が逆光を浴びて現れた。いつの間に立っていたのだろうか。

 

「何だぁ、お前? 突然人様の前に立って、通行妨害か?」

 

 突然現れた事への動揺を隠すように、敢えて軽い口調で目の前の人物を挑発する。すると前の人物は呆れたように溜め息を吐いた。

 

「俺はこう言いたいんだ、『こっちに来るのは早過ぎる』。戻んな」

「…………」

 

 男の妙な忠告に、何が面白かったのか「プッ」と吹き出す。所謂、失笑と言うものだ。

 

「ほぉぉ〜、藪から棒に俺に指図すんのねぇ〜。生憎、俺は人に指図されると、その逆の事をやりたくなっちゃうのよねぇン!」

 

 そう言うと、陸上選手のようにクラウチングスタートの体勢を取ろうと腰を曲げ始める。目の前の人物が男だろうが女だろうが、一気に突っ切れる自信が自分にはあった。全速力で突っ走り、男を力付くで跳ね除け、一家に灯台へ向かおう。そんな理想像が確立していた。

 

 

 次の灯台の光が来た時、男は片手を前に出して「止めろ」と静かに言う。

 

「だから早過ぎる。まだこっちに来ては駄目だ」

「と、言う事は、この先には何か見られてはいけない何かがあるって事だな?」

「そうじゃあない、全く……いずれはこっちに来るだろうが、まだ早い」

 

 次の灯台の光が来た時、男は首を俯けて面倒臭がるように首を振っていた。髪がふるふると揺れる様が確認出来る。

 

「まだ、やるべき事が残って……いや、やるべき事が出来たんだ」

 

 男は一旦呼吸を吸い込むと、付け足した。

 

 

 

 

「『JOJO(ジョジョ)』」

「……ッ!?」

 

 そこで男の話にやっと耳を傾ける気になれた。クラウチングスタートをしようとして曲げた腰を上げ、暗い中でも男が立っていた地点を凝視する。

 

「……その渾名は誰から聞いた? おめー……と俺、どっかで会ったっけか?」

 

 男が自分の名前を、それも愛称の方で呼んだと言う事は、パッと出会った顔見知り程度の関係では無いと言う事だ。記憶の中で思い出せるだけの人間の顔を思い出すが、如何せん、男の声に聞き覚えがないのだ。

 いや、聞き覚えはあるような気がする。懐かしいような、そんな懐古的な感情も湧いて来る。

 

 

 男は話を聞いてくれる気になったと知り、安心したように息をふぅと吐いた。

 

「関係上から言えば、俺は知っている」

「おめーが知っていても、俺が知らなきゃ信用出来ねぇっての! そこは名乗るのが道理ってもんだろがッ!」

 

 とは言ったが、さっきの通り『自分はこの男に感傷を抱いている』のだ。自分は何処かでこの男と出会ったハズだろうが、思い出せど思い出せど正体から離れて行くようだ。

 

 

 灯台の明かりがまた戻って来る。男はまた、面倒臭がるように首を振る。

 

「……まさかここまで面倒な性格だったとは……性格はある程度知っていたつもりだったが」

「そいつぁ、残念だったな。俺の思考は読み辛い事で有名なのよ!」

「……はぁ」

 

 男が溜め息をついた時、自分は彼へ人差し指を向け、『決め台詞』をバシッと言い放つ。

 

 

「次にお前は、『兎に角、この先は行くべきではない』と言う!」

「戻れ。やるべき事をしなければならない」

「…………」

 

 絶句する。自分の得意技が、さらりと受け流されたからだ。勘でも鈍ったか、いやいや俺はまだ十八だ、相手の表情が見えないからな、と考えを巡らす。

 だが目の前の男が、顔はまるで見えないが、もしかしたらしてやったりとほくそ笑んでいやしないかと、短気になる。

 

「……あのぉ、さっきから名乗らないし、しかもちょっと上から目線じゃない、あんた?」

「今は名乗れない」

「て、てんめぇ〜!」

 

 左手で拳を作り、ふるふると震える。

 怒りで爆発寸前の自分であったが、目の前の男は心底どうでも良いそうだ。灯台の明かりが当たった時、物思いに耽るかのように顔を背けていた。

 

「……気付かないのか?」

「あぁん? 何がだよ?」

「左手だ」

「左手ぇ!? 左手がなん…………」

 

 

 その時頭の中で、何か一筋の光が線となった。

 思わず自分は押し黙り、カラカラと乾いて行く喉の感覚と見開かれた眼球がドライアイとなる様をまじまじと実感していた。そしてその身体は、微かに震えている。

 

 

 

 

 灯台の明かりが身体を灯した。

 拳を握っていたと思われる左手が、無かったのだ。

 

「…………お、お……」

「……察したか」

 

 記憶が海馬から突き上げるように、顔を出した。

 赤石、火山噴火、究極生物……そして、切断された左手が究極生物の喉元に刺さる様。

 

 

 次に発した言葉は、先程とは表裏全く変わった、弱々しい声である。

 

「……俺は……死んだのか? と、言う事はここが……死後の世界って事か……?」

 

 死に対しての恐怖はない、自分はやるべき事を達成したのだから、悔いはないハズ。ただ、死の世界と言うものに気が動転していただけだ。

 

 

「…………さっきから言っている」

 

 男の淡々とした言葉が聞こえる。呼吸を深く吸い込む音。

 幽霊も呼吸するのだなと、場違いながら思っていた。

 

「まだだ」

 

 

 

 

 男の声の反響が止んだと同時に、灯台の明かりが回転をやめた。

 光は真っ直ぐ、目の前の男の背後から差している。自分は思わず、腕を顔の前に出して眩しさから逃れようとする。

 

 

「ここはまだ際目……生と死の境界だ。JOJO……いいや、『ジョセフ・ジョースター』。運命はまだ、死なせようとしないようだ」

「なんだと!?」

「運が良かったな……『(うつつ)からのお迎え』だ」

 

 男の背後の、灯台の明かりがどんどんと強まる。暗い世界は、一つの道を中心に段々と白くなって行く。自分の身体は愚か、男の姿は強過ぎる光に呑まれて形を失って行く。

 

「お、おい! 光が……!」

「ジョセフ・ジョースター、これだけ言っておきたい。実に凄い男だ、敬意を表するよ」

「待て! なにお別れのムードになってんだぁ!? 名前を、あんたの名前を!!」

 

 光が強くなり、逆に意識が弱くなる。何故立てているのかと不思議な程に、脳内は何も考えられていやしない。

 必死に叫び、男の名前を聞こうとする。薄れ行く意識の中で、男の声ただ一つだけが響いた。

 

 

 

 

「娘を頼んだ。『ジジイ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が浮上すると、暗い世界に再び舞い戻る。だがこの暗い世界は、自分の瞼が閉じている事で起こっているのだなと、次に分かった。

 少し瞼は開かれる。白い、穏やかな光が一筋の線となって横に引かれる。耳へ葉の擦れるような音と、誰かの小さな話し声が入り込んでいた。

 

「____。________」

 

 男性か女性かすらも分からないものの、ボソボソと聞こえて来る。近くではなくて、少し遠い所にいるのだろうか。

 彼は寝過ぎた後のようなぼんやりした頭のまま、ゆっくりと瞼を開いて行く。

 突然雪崩れ込んで来た光を受け止めたせいで、眩しさから「うっ」と呻き声を上げてしまったものの、それもすぐに慣れた。

 

「うぅ……ここ……は?」

 

 ホワイトアウトの世界は薄れ、網膜はやっと正常通りに作動を始めた。

 

 

 ゆるいカーブの木目が眼前に広がる。視界に入ったのは、木造建築の天井であった。

 少し視線を下げてみれば、連子窓から燦々と柔い太陽光が、ザワザワと揺れる竹の葉の擦れる音と共に入り込んでいた。薄いブラウンの、上質そうな木々に心に安心を与えるような香り。

 

 

 シンプルながらも佇まいを見せる、質素な美を表したような木造の部屋にて、彼はベッドの上で寝ていた。

 

「お、おぉ? なんだぁここは?……まるで中国か日本みてぇな場所だなぁ……」

 

 そう言いながら、上半身を起こしてみる。長い時間眠っていて鈍ったか、倦怠感がズシリとのしかかる。

 何とか上半身を起こそうと、両手で身体を支えるようとするが____

 

 

「おおっとぉ!?」

 

 ____左側に大きく倒れてしまう。

 

「どべ!?」

 

 そしてそのまま、鈍った身体でバランスを取る事も出来ずに、ベッドから落っこちてしまう。

 助かったのは、床がコンクリートでは無かった事。木製の床は幾分か柔らかく思え、必要以上の痛みを伴わなかった。

 

「いっでぇぇ!!」

 

 言えど、木製とて衝撃を完全に受け止める訳がない。クッションではないからだ。

 それなりに堅い床の上で痛がり、軽く悶絶する。

 

「こんな所誰かに見られたらチョー恥ずかしいぜ……ベッドから落ちるたぁ、間抜け過ぎる……」

 

 また上半身を起こそうと、腕を立てようとした時、左手に違和感を覚えた。

 感覚が全く無い。指を動かそうとするものの、力の行く所が手首に入る前に遮断されているのだ。

 

 

「……うお?」

 

 彼は左手に視線を向けた。

 左手には厳重に包帯が巻かれていたのだが、手首から上が喪失している。

 

「…………」

 

 そのまま自分の身体を見る。上半身だけ裸になっており、衣服の代わりに包帯で覆われていた。

 右手はキチンとあるし、足も二本。左手以外の欠如はない。

 

 

 

 

「……そうか……確か俺は……」

 

 ここで彼は、自分に何があったのかを思い出す。

 今思えばとんでも無い話だが、俺は生物最強の存在を、地球の力を利用して宇宙へ押し上げたのだった。左手はその時の、名誉の負傷。

 

 

 ……そんな文体を想像して、まるでファンタジーだなと苦笑いをこぼす。

 しかし、あの状況で良く生きていられたなぁと、自分で自分の生存が信じられない。自分はその生物と共に遥か上空へ飛ばされ、カーマン・ラインとは行かずとも成層圏まで到達した後落下したハズだ。そんな場所から落ちて生きていられた人間は歴史上、自分だけだろうに。

 

「へ、へっへ! 俺って実は、スーパーラッキーボーイってか? カーズの奴、すっげぇ悔しがってんだろうなぁ!!」

 

 残念なのは自分の生存を、久遠の宇宙へと追放された究極生物……『カーズ』に知らせられないと言う事か。知ったらもっと悔しがるだろうなと彼は一人で笑っていた。

 

 

「しかし、ここは何処だ? まさか俺、イタリアからアジアまで飛んだのか!?」

 

 世界地図を頭の中で作ってみれど、最短でもアメリカ大陸超えした後に太平洋を超えなきゃいけないだろう。

 分かっている。まず、あり得ない。

 

「ありえねぇー! と、言う事は……ここはどっかのオリエンタリストな医者の診療所か? しっかし、イタリアに竹なんざ、あるもんかぁ?」

 

 連子窓の外を眺めてそう呟く。外は竹の密集地で、ここまでの竹林なんざ本の写真でしか見た事がない。もっと言えば、その竹林は中国安吉(あんきつ)県の大竹海のものであった為、尚更西洋の光景とは思えない。

 

「いや。竹は成長が早いと言うからなぁ……何本か輸入して植えりゃ、建物の周り程度なら竹林を作れるかもしれん。だとしたらスゲェアジア好きな奴なんかもなぁ」

 

 関心しながら、右手と左腕を使用して何とかベッドの上へよじ登ろうとする彼だが、その時にまた耳に誰かのボソボソとした声が聞こえて来た事に気が付いた。

 

「__で……____え?」

 

 部屋には幾つかのベッドが並べられ、さしずめここは病室だろう。入口はやはりアジア調の粋な障子口だったが、声はその向こうからこちらに漏れているようだ。

 看護師だろうか、ともあれここの関係者の可能性があるので、彼は大声で呼び付けた。

 

「おーい! そこに誰かいるのかー? ちょっと来てくれぇー!」

 

 すると彼の声に反応したのか、外からドタドタと廊下を踏み鳴らす音が響いて来る。フローリングの為か、音がかなり大きく聞こえて来るので、相手が何処まで来ているのかが音の大きさで瞭然である。

 

「なんだなんだぁ? 結構良い感じの内装のクセに、行儀がなってねぇじゃあねぇかよオイ!」

 

 音の間隔からして走っているのだろう。ここが病院として、向かって来ているのが関係者としても、廊下を走るのは如何なものかと彼は思った。

 騒がしい足音は近付き、入口前で止まる。「やっと来たか」と思ったと同時に、ガラガラと障子が開かれた。

 

 

「目が覚めましたか!!」

 

 入って来た人物の姿を見て、彼は三秒程呆気に取られた。

 良い所の学校制服のようなブレザーまでは分かる。だが、顔の方へ視線を向けると、奇抜な色の髪に兎の耳がみょーんと伸びている様子が見えたではないか。

 

「…………」

「……? どうされました?」

「……ぷっ」

 

 

 一回失笑し、そのまま口元をひくひく震わせ、その震えが最大まで達した時に大口開けて大笑いをかました。

 

「ギャハハハハハハハ!!!!」

 

 抱腹し笑い転げる彼を前に、今度はやって来た少女の方が呆気に取られている。大笑いする彼にどう反応すればいいのかを判断しかねているようで、棒立ちで入口で傍観しているだけ。

 

「え、えぇと、私の顔になにか?」

「か、顔ぉ!? ワハハハハハ!! も、もしかして、えぇ? その頭の奴、普通と思っていて? へへ、へへへ」

「え?」

「その兎の耳だよ兎の耳ぃ! ギャーッハッハッハッ! 嬢ちゃん、なかなかファンキーだなぁハッハッハッハッハ!! ば、ば、バニーガールフフフフフハハハハハ!!」

 

 彼が笑うのは無理はないだろう。明らか、場にそぐわない兎耳を付けて、それについて笑っている事に彼女は気付いていなかったのだ。涙を目に溜め、過呼吸を起こす彼の前で少女がやっと口を開く。

 

「……あのぉ、まさか笑っているのは……」

「だからその兎の耳だよ! ハハハ!! は、腹いてぇーッ」

「…………」

 

 

 苦笑いする少女の耳がへなりと、萎れた。それを見た彼は笑いから驚きの声へと変わる。

 

「おぉお!? う、動い……!」

「あー、そうでしたね。やはり『外来人』の方でしたか……初めてですよね恐らく」

「が、外来人ん〜?」

 

 彼は『外来人』と言うニュアンスに違和感を覚えた。国外人物に対しては『外国人』と言うが『外来人』とは言わないだろう。どちらかと言えば、外来人は何処か辺境の村の村民が異邦者に対して言うものだ。勿論、個人差は存在するとは思われるが、外国の人間には外国人と言うが早いので、外来人とはやや遠回しな言い方、あまり使わないなと彼は考える。

 

 

 と、なるとここは、イタリアだろうか。イタリア人女性は皆、頭に兎の耳でも付いているのだろうか(そんな訳はない)。

 

「ちょっと嬢ちゃん! 一つ聞きてぇ。ここは何処で、その耳はなんだ?」

「二つじゃないですか……質問に答える前に、経緯(いきさつ)を説明……」

 

 少女は一旦言葉を止めて、怪訝な表情で話を変えた。

 

「……えぇと、左手の事ですけど、混乱は無いですか?」

 

 彼女は、左手が欠如した状態でもあっけらかんとしている彼に驚いているのだ。彼が運び込まれた状況を思い出す、切られた左手からは流血しており、明らかに襲われた直前であっただろう。なのに彼はまるで、前からそうだったと言わんばかりの態度であるので、聞いたのだ。

 何だそんな事かと、彼は笑う。

 

「左手の件なら問題ねぇぜ! きっちり認知してるし、理由も知っている! まっ、理由に関しては完結したし、何の問題はないぜ!」

「……幻肢と言う訳はないですからね。抑える薬を点滴しましたし」

「そんな薬あるのか……あっ、もしかして!」

 

 彼は右手の人差し指を彼女に向けて、確信したように言った。

 

「ここはドイツだなぁ!? 聞いた事あるぜ、ドイツの医学薬学は自称世界一ってなぁ!」

「ドイツではないです」

「……そりゃそうだわな。『シュトロハイム』以外のドイツ人が俺を助ける義理はないし……」

 

 そこでふと、彼はシュトロハイムと言う人物について思い出した。火山の噴火の時、火口付近にいた事は気付いていたが、それからどうなったかは分からない。もしや、死んでしまったのではと心配になる。

 いいや、あの不死身人間は早々死なんわな。そう考え直す。

 

 

「しゅとろ……? まぁ……左手の事を認識していらっしゃるのでしたら話は早そうですね。貴方の質問を交えて説明します」

 

 少し気分が落ちた所で、少女が話を本題に戻そうとしたので切り替える。少女は言葉を組み立てているようで、「えぇと」と呟く。

 

 

「貴方は竹林で左手欠損状態で発見されまして、ここで緊急治療を行わせて頂きました」

「そうかそうか……んん!? ちょっと待て! 海の上とかじゃあねぇのか!?」

 

 あんな高い場所からの落下で生きていられるなんて、可能性としたら岩盤を盾にし、海へ着水する事ぐらいしか可能性を思い付かない。しかし自分が倒れていたのは内陸部、しかも竹林の中。何があってそうなってこうなったかが、ちんぷんかんぷんだ。

 

「海の上って……一体、どう言う状況下にあったのですか……一先ず、私に話を続けさせてください」

「あぁ! さっさとここが何処か言えってばよぉ〜!」

「単刀直入に言えば、ここは貴方の知っている場所では無いと言う事ですよ」

「へ?」

 

 唖然とする彼に対し、少女は淡々と言い渡した。

 

 

 

 

「建物の名前は『永遠亭』で、貴方がいるこの界隈は『幻想郷』と呼ばれる場所であります」

 

 永遠亭、幻想郷……彼の記憶に間違いなければ、聞き覚えのない単語。

 

「えいえんて〜? げんそ〜きょ〜? 場所じゃねぇ、国で言ってくれ!」

「注文の多い人ですねぇ……国で言うなら」

 

 ワガママな患者に苛ついているのか、また耳が萎れる。その様子を観察していた彼き対して彼女は一呼吸入れて、国名を言う。

 

「『日本』です」

「日本だぁぁぁぁ!? オー、ノーッ!!」

 

 右手と左腕で両頬を挟み、見るからに愕然のリアクションをかましながら、彼は叫んだ。

 当たり前だ、ずっとイタリア近辺かと思っていたのだ。いやそれだけでは無い、イタリアから遥か東方の地に吹き飛ばされている事が理解の範疇を超越していた。それは、岩盤が落下した箇所を計算に入れたとしても、絶対にあり得ない。

 

「待て待て待て待て!! 俺がいたのはイタリアだぞ!? イタリアからどうやって日本に来れんだ!? 口からデマカセは俺に通じねぇかんな!」

「嘘ではないですよ! そしてここ『幻想郷』はただの日本地域じゃないんですから!」

「なにぃ!?」

「はい! 二つの目の質問の答えです!」

 

 喧しい彼に対し、説明やら何やらが面倒になって来たのか、自棄になったような口調となっている。彼女は自らの耳を指差しながら、捲したてるように言い放つ。

 

 

 

 

「ここは現実と隔絶された場所であり! 非現実的な人々の暮らす世界なのです! そしてこの耳は本物です! はいッ!! 以上ッ!!」

 

 彼女の話を聞き、流石の彼も黙って口をぽかんを開けていた。頭の処理が追い付いていないようで、眉間に指を当てて整理しているようだった。

 十秒程静止した後、絞り出すような声があがる。

 

「……嘘、じゃあねぇよなぁ?」

「……まぁ、信じられる話ではないと、思いますが」

 

 少女は顔を真っ赤にしていた。先程の自棄になった自分を思い出し、恥じているようだ。

 対して彼は少女の表情を観察している。彼は「俺にデマカセは通じない」と言っただけに、相手の嘘を読み解く事を得意としている。結果、彼女の表情は真面目そのもの、嘘の気配は微塵に感じない。

 

「するってぇとぉ……あ、あんた、うっうっ、うっ、兎人間!?」

「その言い方は何か抵抗ありますが……まぁ、そうですね」

「いやいや待て待て。ワムウやカーズの事もあるし、あり得ない事もないのか?……いや、それで納得しちまうのも悔しいなぁクソゥ……」

「なにをブツブツと……取り敢えず、そう認識して貰えますと有り難いです」

 

 まだ分からない事があるのか、彼はまた質問する。言えど、人外生物に対して話をしているばかりにやや慎重気味だが。

 

「えーっと、ですねぇ、兎さん……もう一個聞きたい事があるんですよぉ〜……」

「兎さんって……あぁ、申し遅れました、私は『鈴仙・優曇華院・イナバ』と言います」

 

 彼女は自身の名を名乗るものの、名前の感じが掴めなかったのか、彼は怪訝な表情になる。

 

「れ、れいせ?」

「鈴仙でいいですよ」

「鈴仙……ならこっちも名乗っておこっかなぁ〜」

 

 彼は屈折させていた上半身を立て、乱れた髪型を気障に整える仕草を取りつつ、せめて自己紹介の時はと笑顔を見せた。

 

 

 

 

「俺は『ジョセフ・ジョースター』」

 

 右手の親指を自身に向け、続ける。

 

「『ジョジョ』って、呼んでくれ」




Get Your Wings。
エアロスミスのアルバム名より。

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