東方讃歌譚 〜Tha joestar's〜   作:ランタンポップス

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Get Your Wings 1

 その場所は、彼岸花が咲き乱れる川岸。白き玉が朝ぼらけのように浮かぶ、幻想的で淡い光の場所である。

 対照的に川は底が見えぬ程に暗く、白と黒の境界がはっきりと分岐していた。こんこんと流れる川面の波は、下流へ下流へと旅を続けるのだろう。ただ上流も下流も対岸も、靄がかかって全く見えない、霧の中の世界だ。

 

 

「はぁ、どうしたもんか、どうしたもんか」

 

 彼岸花を掻き分け、川を見つめる一人の人物がいる。その髪は紅く、乱れ咲く彼岸花と同等かそれ以上の鮮やかさで何処と無く吹くそよ風に靡いていた。

 彼岸花の川岸にて胡座をかき、困り顔のまま目を細め、溜め息を吐く。その様だけでも絵になる光景だろうが、彼女が持っている大きな鎌だけが、場違いに禍々しさを醸し出している。

 膝に肘を置き、顎を手の平に乗せて頬杖つく。表情は非常に面倒臭げだ。

 

「ここまで見えないのはちと、異常だね」

 

 彼女の見つめる先には、濃霧が発生していた。最も、この場所自体が霧に覆われた場所ではあるのだが、川の真ん中の部分がより隔絶されているかのように霧が濃くなっている。寧ろ霧の中だからこそ、その部分の濃さが際立っており、とても目立っていた。

 

「はぁ。こんな霧じゃ、舟は出せないか。今日は臨時休業だね、こんな霧見てたらこっちの気が鬱いじゃうよ」

 

 ぼやきながら、彼女は鎌の柄を杖代わりに立ち上がり、鬱々しいだのなんの言っている割には嬉しそうな表情で踵を返した。

 

 

「そんな訳ないじゃないの」

「ヒィィ!?」

 

 振り返った目の前には……いつの間に立っていたのか、笏を両手で持って胸の前で掲げた、如何にも真面目臭そうな、青と緑色を基盤とする制服に身を包んだ少女が立っている。紅髪の女性よりはだいぶ年下に見えるのだが、少女の方が位は高そうだ。そう思える程に少女の出す雰囲気と言うのが厳粛たるものであった。

 証拠として紅髪は、冷や汗をかいて見るからに動揺している。

 

「なかなか顔を見ないと思ったら、こんな所で油を売っていたのですか。また職務怠慢で?『小町』」

 

『職務怠慢』の四文字を突き付けられた小町、と呼ばれる紅髪の女性は苦笑いとそっぽ向きで応答した。

 

「図星、のようですね」

「……いやぁ、今日は霧が濃いもんでしてね。舟を出すにはちょっと、危ないかと〜……」

「濃霧が出ているのはあそこだけです。迂回したなら、問題無く運べるじゃない」

「……ごもっとも」

 

 小町は首をガクンと落とし、降参したと示すように鎌を握っていない左手を上げた。

 そんな彼女の様子を見て頭痛でも起こしたか、少女はこめかみを押さえながら、口角をぴっちり結びつつ語り出す。

 

「貴方はいつも、私が言った事に対抗しようとする。自分でも分かっているハズでしょ、詰めが甘いと言う事は。と言うより、霧が濃いなんかの理由で休業されては、ここは死者で溢れかえってしまうでしょうに」

「ぐ、ぐうの音も出ないですね」

「第一に、そんなすぐに休みの理由を用意出来る所が、貴方のやる気の無さを……」

「あああ、あの!『四季様』!!」

 

 説教に入ろうとする四季と呼ばれる少女を押し留めるように、小町は名を呼んだ。

 目を瞑って説教していた彼女は片目をギロリと開け、「なんですか?」と聞く。小町はふぅと息を吹き、質問する。

 

 

「濃霧なんですけど、流石にあそこだけアレってのは……おかしいと思いませんかねぇ?」

 

 小町の質問に四季は少し考え込む仕草をした後、口を開く。

 

「それは同感です……昨日まではありませんでしたもの」

「あの濃霧、深過ぎるんですよコレが。霊魂さえも覆い隠す程なもんでね」

「ふむ……一度、調査する必要がありますね」

 

 濃霧は立ち昇る入道雲のようだ。嵐の前触れか、何かを隠しているのか。どちらにせよ、ここからでは判別も出来ないだろうに。四季はそこで、濃霧を眺めながら難しい顔をする。

 

 

 

 

「……しかし、それはそれ。今すぐ仕事に戻りなさい」

 

 だが彼女は物事を分割して考えられる人であったようだ。すぐに視線を小町へ戻し、ピシャリと言い放つ。

 

「あ、やっぱり?」

「……『やっぱり』? 貴方とうとう、私にはぐらかしまで」

「いえいえいえいえッ!! しょ、職務に戻らせて頂きますッ!!」

 

 小町は川岸に留めていた木舟に乗り込むと、逃げるように川へと漕ぎ出した。彼女は船頭のようだ。

 仕事に戻った彼女に対し、四季は付け加えるように声を出す。

 

「終わったら私の部屋に来るように!! 逃げたら、承知しませんよッ!!」

「は、はぁい!……とほほ」

 

 つまり、仕事終わりは彼女の説教時間である。困ったように頭をかきながら小町は舟を大きく漕ぎ出し、あっという間に霞に消えた。その後ろ姿を眺めていた四季は「やれやれ」と呆れたように首を振る。

 

 

 

 

「さて」

 

 視線は再び、濃霧の方。彼女はその濃霧に、外見以外の何か、妙な気配を感じ取っていた。

 

「『怨念』、ですか。霧に隠したつもりでしょうが、私の目は誤魔化せませんよ。しかしこれは……どうしたものでしょう」

 

 ぶつぶつと呟きながら彼女もまた、踵を返して霞の奥へ身を消したのだった。

 川に浮かんだ不可解な濃霧は何事もなく漂い、鎮座する。ゆっくりゆっくりと、不定形に歪みながらも晴れず広がらず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体から重力が抜け落ちた。空気を切る音と、それが自身の身体を裂くような感覚があった。意識は朦朧とし、痛みも何もが麻痺している中で、精一杯感じ取った風景だ。

 

 

 彼がいるのは、遥か上空。どう言う原理が作動したのだろうか、浮き上がった岩盤の上で、手首より先のない左腕から血を流して倒れ込んでいる。全身は傷だらけ、精神も限界、まさに満身創痍だ。

 

(……シュトロハイム……スモーキー…………スピードワゴンの爺さん……)

 

 一瞬の浮遊感、内臓の浮いた。

 成層圏近くまで飛び上がった、彼を乗せた岩盤が勢いを喪失させたのだ。一点に到達、そこから見た光景は青い地球の光と永遠の暗黒宇宙との狭間。彼にとって、最後の光景であり、生と死の狭間。

 

 

(リサリサ先生…………終わったぜ…………)

 

 呼吸が出来なくなった、もう死期が近いのだろう。

 言えど、腕からはまだ流血は続き、息も吸い込まない程に身体は衰弱していた。それにここは遥か上空、パラシュートはない。どうやっても自分は助からないだろう。

 

 

 

 

 薄れる意識の中、ぼやける視界の先がふと、青と黒が混ざり合ってから見た事もない程に美しい白光に変化した様を捉えた。真珠にダイヤモンド、この世のどんな宝石でも形容の出来ないような、それ程に美しい光だった。

 

(……お、こんな俺にも、お迎えは来るもんなんだな……へへ…………)

 

 今にも吹き消されそうな意識の灯火の先、ぷつぷつと明滅する意識の最中で、彼は思う。

 

 

(『天国』かぁ?…………シーザー、そっち行くぜ…………)

 

 最後に、身体が引っ張られたような感覚が起こるものの、その感覚と共に彼の意識は暗夜に消えた。

 何処か遠くへ行くのか、それとも案外、脆く消失するか。死後の世界など、神のみぞ知るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竹林に囲まれた、とある屋敷。趣きのある門構えと、人を寄せ付けない雰囲気が、林を抜ける細々とした太陽の光の為であるのか強く演出されている。青い竹は光で濃く輝き、小鳥の囀りだけの静寂の中で一際目立っていた。伸びる竹は空を覆い、まるで竹林に世界を尽くされたような錯覚に陥る。

 

 

「えぇと」

 

 そんな鬱蒼とした森を歩く、一人の少女の姿。

 和風な雰囲気のこの場にはかなりそぐわない、現代風のブレザーとスカートに紫色の髪、極め付けとして側頭部上から伸びる兎の耳が異色を放っている。しかし元からここに住まう人物のようで、ゴツゴツとした悪路をひょいひょいと歩いていた。

 

「人参に大根、里芋に、おまけに貰ったネギ。今日の夕飯は何にしようかなっと」

 

 手提げに詰めた食材を運び、自宅だろうか、竹林の屋敷へと家路を急ぐ。

 時期は夏過ぎ、秋の手前。蝉の鳴き声がなくなり、残暑も失せ行く寂しげな季節へと移ろいで行く頃だ。葉はまだ色を付けてはいないものの、ひらりはらりと青葉を落とし始めた。色付く前の、最後の夏の風景であろうか。

 

「甘栗も貰ったし、今日は果てし無くツイているわ! いやぁ、いただきまぁす」

 

 栗が旬の季節、今日も里の方では栗を炊く人が沢山いたなと振り返る。今度は栗を買って、栗ご飯も捨てがたいなと、頭の中で今後の献立を考えていた。本当にこの時期は食材が何でも美味い。

 包み紙にある甘栗を撫でながら、彼女は屋敷の門前へと歩を進める。今日はまだまだ吉相あり。

 

 

 

 

「ああ! 良いトコで会った、『鈴仙』!!」

 

 すると、彼女を……鈴仙と呼ばれるその少女を引き止める声が背後より。

 鈴仙も聞き覚えのあるようだが、かなり警戒したような鋭い目でバッと振り返る。振り返るにしてはキレのある動きに、声の主は変な声を出した。

 

「なはぁ!? そんな鮫見たような振り向き方はなんだい!? びっくりした!」

「何を言ってんのよ……どうせまた、落とし穴とかに落とそうと」

「しないっての! まだ!」

「掘るつもりはあるのね……」

 

 鈴仙を呼んだ少女は、同じく兎の耳を伸ばした、薄紅のふわりとした服に身を包んでいる。

 二人は知り合いで、言い合える程の仲とは分かるのだが、少女の方は悪名高いのか、前述の通り警戒されていた。

 

「そんな事よりちょいとちょいと」

「何なのよ、私はこれから____」

 

 

 だが鈴仙はすぐに警戒を解く事となる。それは、少女の背後に目が行ったからだ。

 

 

 

 

「____え?」

 

 少女の背後五メートル程の場所に、人が倒れていた。

 

「ちょ、ちょっと!?『てゐ』、あれは!?」

「竹林のど真ん中で倒れて____」

「まさかあんた、とうとう……」

「私じゃないやい!! 竹林のど真ん中で大怪我して倒れていたっての!!」

 

 大怪我と聞き、鈴仙は少女……てゐを横切ってその人物の側へ駆ける。

 

「すいません、大丈夫ですか!?」

 

 駆け寄ってみれば、その図体の大きさにまず驚いた。

 

 

 性別はまず男。身長は二メートルに迫る程だろうか。身長だけではない、肩幅も広く、着衣しているとは言え逞しく膨れた筋肉は常人のものとは思えない。顔はうつ伏せに倒れている為に確認出来ないが____シャツのみの動きやすい服装だが____ここらでは珍しい洋服を纏っている。服には何故か、焦げた跡やら血の跡が腕部や背中に目立っており、所々が破れている。

 

 

 鈴仙は男への呼びかけと共に、怪我の有無を確認する。それについては、てゐが補足した。

 

「怪我は腕だね。見てみ、すぐに分かるよ」

「これは……!!」

 

 倒れた男の左腕には、布が巻かれている。その左腕には、手首から上がないのだ。誰かに斬られたように、バッサリと欠落している。

 

 

「勝手にだけど、その人間の服破って包帯代わりにしたよ。まぁ、呼吸は止まっているけど」

「大丈夫じゃないじゃない!? し、心臓は!?」

 

 そう言って鈴仙は、男の脈拍をとる。微かに動いている、怪我を負ってまだそれなりの時間しか経っていないようだ。だが、脈をとった時に触った彼の手は既に冷たく、あと数分もしない内に死んでしまう事は火を見るよりも明らか。

 

「ほら、そっち持って!! 師匠の所に運べたらまだ助かるかも!!」

「はいはい、分かってますって」

「いや、ちょっと待って、師匠呼んで来た方が早いかも!」

 

 彼女の言う師匠とは、医者なのであろう。

 確かにこんな巨漢を運ぶのは骨が折れる、その内に死んでしまったらどうしようもないだろう。なら、医者を連れて来たのならそれなりの手当てはしてくれるだろうし、屋敷に運び込むまで何分かくらいの延命はさせてくれるハズ。

 

 

 そう判断した鈴仙だけ屋敷に戻り、てゐは待たされる事となった。

 

 

「はぁ……面倒ごとになったなぁ……しかし、どうしてこんな所でねぇ……」

 

 チラリと、男の背中を見る。

 背中だけではどのような人物かは分からない。ただ、後ろ髪から覗く左首筋辺りの『星型の痣』が異様に目立っていた。




ジョジョ×東方です。ひがしかた、じゃあない。とうほうです。
コーヒー飲んで体調崩した時に思い付きました、宜しくどうも。

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