バルタン星人の奇妙な野望   作:チキンライス

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第九話 あの人たちは

 

 

 

 

 

 

 その日から、人々の中で少しだけ視方が変わった。

 宇宙人は現実に存在する。

 しかも、そいつは我々の周りの人間に擬態して生活しているらしい。

 しかし、どうやら悪い存在ではないようなのだ。

 彼は創作の中で登場する存在として世間に知られていた。

 地球侵略を企む悪の存在として、創作物の中では描かれていた。

 人々の認識も、それに沿ったものであり、彼についても人間に害を与えてくる存在ではないかと穿った視方をしていた。

 そして、その日行われた日本の国会答弁にて、彼は姿を現した。

 彼は人々の想像を裏切り、予想外の言葉を口にした。

 彼は、地球侵略など考えていなかった。

 彼は理性的な存在だった。

 武力的な行為ではなく、政治的な交渉によって、我々と友好の証を示した。

 地球人には、宇宙人を取り締まる法律など存在しない。

 宇宙人を罰するための法律も存在しない。

 今まで宇宙人の存在など、夢想するだけだったから当然だ。

 そんな人々に、彼の方から友好へと歩み寄ってくれた。

 彼は私たちを配慮して、光の国の戦士たちを連れてきてくれた。

 しかもご丁寧に、彼らを介することで不平等な締結をなくそうとしてくれた。

 彼は交渉後、姿を消した。

 光の戦士たちも、はるか空の彼方に飛び立っていった。

 彼は今も我々人類の中に溶け込んでいるだろう。

 昨日までの私たちなら、それは恐怖を呼ぶことだった。

 しかし、その時から、人々にある種の安心感が芽生えたのだった。

 宇宙人は確かにいる、しかし、悪い奴ではないらしい。

 もちろん、不信感が完全に消えたわけではないが、それでも国会答弁前までの、世の終わりのような雰囲気は完全に払しょくされて、元に戻ろうとしていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 梨沙はかつてない危機に襲われつつあった。

 世間を騒がせた異世界、及び宇宙人の国会答弁の後で、彼女は正気に戻り顔を青くした。

 突然だが、明日世界が滅ぶとしたら、何をしたい? 

 そんな問いがあったとしたら、あなたはどうするだろうか?

 かつて世紀末には、ノストラダムスの大予言が一流行りしたことがあったが、その時も結局明日は変わらずに来たのである。

 その時生きていた人は、今の問いを同じように考えただろうか。

 彼女の場合は、明日が来ないかもしれないことを嘆き、やけになって突っ走るタイプであった。

 結果、明日は来ることになった。

 自棄になった結果として、まず金がなくなった。

 元々月末まで食費を切り崩してまで節約していた彼女は、世間を騒がせた宇宙人の侵略騒動により完全に終わったと思った。

 彼女が今作っている同人誌も、すべて無駄になるかもしれない。

 申しこんだ祭典も執り行われないかもしれない。

 努力が無駄になることを憂いだ彼女は、とりあえず飲んで食った。

 アルコールが回り、その日の昼頃まで眠っていた彼女は、起きてからテレビをつけた。

 そこで彼女が目にしたのは、離婚した元夫と、世間を騒がせている美貌をもつ異世界から来た訪問者。

 梨沙のテンションがバーストアップした。

 ウキウキに中継を見ていた彼女は、続くバルタン星人が登場したところでハッと我に返った。

 議事堂内で見られるその姿は、おそらく人々に恐怖を与えることだろう。

 梨沙もその一人だった。

 彼女の頭が白くなり、書きかけの原稿用紙とテレビをちらちらと往復させた。

 もう、終わりなのか…。

 ところが、事態は変化していった。

 中継される場所が変わり、今度は外の風景が映し出された。

 国会議事堂の前には、多数の人々が詰めかけている。

 そこに、4つのまばゆい光の玉がやってきた。

 それらはカメラで映される中で、ウルトラマンの姿になった。

 梨沙もウルトラマンは知っていた。

 日本でおそらく上位に入るほどの人気と知名度を誇るヒーローである。

 自分は特撮にはそれほど興味はないけれど、そんな彼女も知っているほど有名なのだ。

 男の子なら、スペシウム光線の真似をして、両手を十字に組むことは経験をしたことがあるはずである。

 巨大なウルトラマンたちは身長を人間台にまで縮小化させると、国会議事堂の中へと入っていく。

 人々は彼らの進路を開ける。

 まるでモーゼの十戒のように、人の波が割れていく。

 再び議事堂内が映され、しばらくしてからバルタン、ウルトラマンたちが並んで座るというシュールな光景が映し出された。

 この時点で、梨沙の頭の中は停止しかかっていた。

 バルタン星人が壇上に立ち、話を始める。

 日本語上手だね、とよく働いていない頭が思いを浮かべる。

 話を聞いているうちに、何となく悪いことを言っていないように感じた。

 侵略行為なんてする気はないよ。私も地球で人間として住んでいるから。だから人間のやることにいちいち口挟まない、その代わりに私が地球にいても何もいわないでね。

 そのようなことで、バルタン星人と総理大臣が握手?している姿が映し出された。

 カメラのフラッシュがまばゆく輝き、テレビの向こう側では凄い歓声が聞こえてくる。

 

「……助かったの?」

 

 梨沙は呆然としたままベッドの上に座り込む。

 徐々に現実味を帯びてくる。

 それと共に直面する現実。

 彼女はいまだ手つかずとなっている机の上の原稿用紙に目を向けた。

 頭が急速に冷却されていく。

 それと共に、彼女の顔色も蒼くなっていく。

 とある部屋から、絶叫が上がった。

 それからしばらくすると、涙を浮かべながら机に向かう彼女の姿が見られた。

 時間という強敵とも立ち向かう彼女も、やがて限界を迎える。

 肉体的、精神的にも限界近い彼女は、恥をかき捨てて応援を呼んだ。

 メールを送った先は、離婚した旦那だった。

 もはや彼女には余裕すら残っていなかった。

 腹の虫は鳴り響き、眠気が頭を揺らし、夢の世界へ招待する。

 それでも、彼女は止まるわけにはいかなかった。

 そんな彼女の元に、夜中、救いが訪れた。

 別れた夫が、彼女の救援に来てくれたのである。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 久しぶりに見た伊丹は、女連れであった。

 それだけでも梨沙にとっては驚天動地な出来事であるのに、一緒にいた女性たちが国会にも出ていた異世界から来た有名人だったからさあ、大変。

 彼女が胸に秘めて隠していたレイヤー魂だったり、着せ替え魂だったりが漏れ出し、一行を遠ざけていた。

 何とか伊丹がなだめ、場を落ち着かせると、

 

「梨沙、テレビ借りるぞ」

 

 そう言ってほこりのかぶったブルーレイデッキを操作し始めた。

 テュカ、ロゥリィ、レレイの三人もその様子を興味深そうに眺めている。

 若干疲れを見せるピニャとボーゼスも、ここに来て落ち着いたのか、同じように腰を落ち着けて黒い画面をみていた。

 ちなみに、休息が大切なことを知っている自衛官の栗林と富田は、別室ですでに寝入っている。

 伊丹は彼女たちに付き合わなければならないため、起きていなければならなかった。

 もっとも、今日いろいろありすぎて素早く切り上げるつもりではあるのだが。

 彼が黒いバッグの中から取り出したのは、『ウルトラマン』のブルーレイボックスだった。

 もともと国会でバルタン対策の資料として使用されていたものだったが、バルタン星人テラーと友好的に接することができたため、必要なくなったのだ。

 バルタン星人やウルトラマンの姿を間近で目撃したロゥリィ、テュカ、レレイは興奮が抑えられず、彼らが記された文献を見せてほしいと伊丹にせがんだ。

 鼻息を荒くし迫ってくる三人に、早く移動したかった自衛官組は、国会においてあったブルーレイを借りて、梨沙の住居にやってきたのである。

 さすがに全39話見るわけにはいかず、彼女たちとの協議の結果、ウルトラマンが地球にやってきた1話、バルタン星人が初登場した2話、そして伝説の最終回である39話がチョイスされた。

 大まかにはレレイが翻訳し、専門用語や知らない単語などを伊丹が応答するという形式で、三話視聴された。

 途中でピニャとボーゼスが寝入ってしまい、彼女たちには体を冷やさないようにタオルケットがかけられている。

 

「……素晴らしかったわぁ。まさか異世界にあんな戦士がいるなんてぇ。これはぜひともエムロイにお伝えして、彼の元へ招致しないとぉ」

「この神を讃える讃美歌も素晴らしいわ。今度楽器でお父さんに轢いて聞かせてあげなきゃ」

「かの神が繰り出す奇跡の『理』は素晴らしい。一体どのような『理』が使われているのか……」

 

 伊丹はますます元気になっていく三人を見て頬を引きつらせた。

 ロゥリィさん、ウルトラマンたちは光の国に帰ったんですよ?

 テュカさん、それは讃美歌でもなんでもなく、OP主題歌です。

 レレイさん、手を十字に組んで念じても、スペシウム光線が出るわけないじゃないですか。

 

 ふと、それまで沈黙を保っていた梨沙の方に視線を向けた。

 伊丹としては、この状況から抜け出すために助けてくれないかな、との思いを込めてである。

 そして彼は、魔物を見たのである。

 

「……ふ、ふ、ふふふふふふふふふ腐腐腐腐腐腐腐腐――――――」

 

 彼女は、眼鏡を妖しく光らせて不気味に嗤っていたのである。

 伊丹はひきつらせていた表情をさらに引きつらせた。

 彼は元妻の本性を知っていた。

 そして、彼はまた、「腐女子」と呼ばれる存在についても心得があったのだ。

 彼女たちは、時には無機物同士でさえ、掛け算することができると。

 彼女たちの頭の中では、東京タワーや通天閣でさえ擬人化することができると。

 そして、くんずほぐれつプロレスを行うウルトラマンたちが、彼女たちの餌食とならないはずがない。

 それまで彼女は、ウルトラマンの番組を見たことがなかった。

 理由はいろいろあるが、女の子は基本的にウルトラマンを視聴したがらない。

 もちろん、世の中には好きな人もいるかもしれないが、梨沙は興味を持たなかった人種だった。

 彼女の知識は、世間一般で知られているように、胸にカラータイマーがあり、三分間しか変身してられず、腕を十字にして放たれるスペシウム光線が必殺技だ。

 そのような認識だったのである。

 そして今宵、彼女は見たのだ。

 伊丹には彼女が()()見えていたのかわからなかったが、これだけは断言できた。

 それは、少なくとも彼が思っているような、健全な男の子が思い浮かべるようなことを、梨沙が考えているわけではないことを。

 彼女はふらりと立ち上がり、伊丹から渡された軍資金を手に、夜の街に繰り出した。

 これは少し後の話ではあるが、戻って来た彼女はコンビニで買ったであろう大量のエナジードリンクを冷蔵庫の中に押し込むと、先ほどまで進めていた机の上の原稿用紙をゴミ箱に投げ捨て、真っ白な新しい紙を取り出した。

 それは……、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ……。

 そのデスマーチに、彼女は喜んで飛び込んでいったのである。

 伊丹は四面楚歌なこの状況に、天を仰ぎ見た。

 都会の空には、助けとなるウルトラの星は浮かんではいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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