バルタン星人の奇妙な野望   作:チキンライス

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第七話 出現

 

 

 

 

 

 夜は来る。

 あの日、あの場所で人々に与えた影響は甚大なものであった。

 人々はその衝撃からまだ立ち直ることができないでいる。

 それでも、時間は平等に誰にでもやってくる。

 あの日、特地に現れた二人の巨人に、異世界の人々は確かに神の姿を見た。

 そして、神に対する敵、「悪魔」の存在も。

 キャラバンは各々に集まって、薪の火を囲んでいた。

 途切れることないざわめきが、火を囲んで行われている。

 その一つに、伊丹たち自衛隊の姿もあった。

 一同、彼らの表情は暗い。

 異世界というなれない土地、風土に加え、予想外の出来事の連続。

 極めつけに今回の炎龍、バルタン騒動。

 疲労が、彼らの体を蝕んでいた。

 いや、疲労だけではない。

 彼らは国防を担う自衛官として、日々訓練に明け暮れている。

 時には困難な任務にも立ち向かい、作戦を遂行している。

 彼らはエキスパートだ。そのためにも日々の訓練をしている。

 銃を扱うのも、ある種の特権のように思えるかもしれないが、それにふさわしい技術や知識を身につけている。

 彼らが流した汗や、過ごした時間が、そのまま彼らの自信となっている。

 その自信が、ボロボロに打ち砕かれている。

 覚悟はしてきたつもりだった。

 異世界という未知の世界へと飛び込む、危険な任務である。

 敵は地球に侵攻してきた軍隊だけではない。

 気候、風土、文化、人種、それらがまったく違う相手に対して、どう接すればよいのか。

 この困難な任務に対して、選りすぐりの自衛官たちが各地の自衛隊基地から派遣されてきた。

 彼らには実績があり、知識があり、技術がある。

 国家の安全保障を担うにふさわしい力を備えているのだ。

 さらに近世以降に発展した重火器。

 それは異世界の軍隊よりも優位に立つことのできる彼らの武器であった。

 戦うために必要な武器は、彼らに力を与えてくれる。

 困難な任務ではあるものの、必ずやり遂げてみせると、思っていた。

 甘かった。

 彼らは沈黙を保っていた。

 何かを耐えるように、じっと揺れ動く炎を見ていた。 

 伊丹耀司も、その一人だった。

 彼の傍らにはエルフのテュカ、魔導士であるレレイ、そして亜神であるロゥリィが控えていた。

 

「……知っているの?」

 

 レレイが尋ねた。

 明らかに、異世界にやってきた自衛隊員は、あの悪魔と光の神を知っている風だった。

 彼らが、あの存在をここに連れてきたのか?

 しかし、そういうわけでもなさそうだった。

 自衛官たちは皆、あの悪魔に彼らの武器を向けていた。

 あのパパパー、とやれば人を殺すことを可能とした、すごい武器である。

 彼らにとっても、あの悪魔は敵なのだ。

 彼らの話す言葉は理解できないものだった。

 少なくとも、彼らの言葉を学び始めたばかりのレレイの語彙力では、あの時悪魔と何を会話していたのかは理解ができない。

 いくら天才的な頭脳を持つといっても、根本的に語彙力が足りてないのだ。

 ただ、彼女には簡単な日本語を理解し、翻訳することができる。

 だから、彼女たちは話してほしかった。

 例えわからなくても、あの神と悪魔について。

 

 

「―――――俺の世界にある、物語に出てくる存在なんだ」

 

 彼らはこことは違う、遠い、遠い星からやってきた。

 彼は伝えられないままでも、口ずさみ始めた。

 光の国からやってきた、巨人の話を。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「門」の向こう側での出来事が明るみになっていくにつれて、地球の人々の関心は自然とその方向へと向いていった。

 彼らの関心は、この地球上ではもう新しい場所では見つからないとされている、豊富な資源である。

 石油が、石炭が、レアメタルを含む鉱山資源が、何よりファンタジーの小説などでしか出てこないような、地球外の物質など。

 特地は宝島だった。

 銀座での一見以来、姿を見かけないバルタン星人やウルトラマンよりも、人類に利益をもたらすことが確実視される異世界に関心が移るのは、自然なことだった。

 しかし、彼らがそのことを知り得たのは、メディアを通じてである。

 日本政府の管轄領となった「門」に対しての情報統制は、当然制限されている。

 「門」の中で何が起こっているのか、それを知りえるのは、日本政府だけなのである。

 特地に派遣された自衛隊が、異世界を散策している。

 どんな場所なのか。

 どんな危険があるのか。

 どんな資源があるのか。

 人々は待てなかった。

 彼らが欲しいものは、彼らに利益をもたらす存在があるかどうか。

 そして、懸念があった。

 「門」を独占している日本政府が、特地からもたらされる恵みを、独占してしまうのではないかという懸念である。

 わからないのだ、彼らには。

 異世界で何が行われ、何が起こっているのか。

 わからないから、気になる。

 知りたい者たちにとっては、政府の曖昧模糊な答弁は邪魔なものでしかない。

 ある日、自衛隊関係者の報告で、人民に被害が及んだとの報告があった。

 自衛隊の目的は、人民を守ることである。

 なのに、人に銃を向けたのか!?

 現政党に対立する野党の議員は、そう糾弾した。

 彼らは特地に生息するドラゴンを見たことがない。

 いまだに、その存在を信じられないのだ。

 一方、こうした野党やマスコミの追及に対して、総理大臣含む与党の面々も辟易としていた。

 彼らは日夜、国のかじ取りを任せられる。

 敵は多い。

 彼らは疲れていたのだ。

 

「では、委員長、その事件の当事者となる自衛官や、特地の人物を参考人としてこの場に招致したいと考えているのですが」

 

 そう言った野党の議員の提案は受け入れられた。

 特地から特別に、被災者が国会議事堂に派遣されることに決まったのである。

 

『ああ、もう一ついいかな?』

 

 ぎょっとした。

 いつの間にか、議場の端に何かがいたのである。

 空いていた席に座っていたのは、異形だった。

 バルタン星人。

 日夜議論されていた問題の一つが、何にも気づかれず、誰にも気づかれずに足を組んで座っていたのである。

 議員たちは騒然となった。

 彼らは自分が腰かけていた席から動けないでいた。

 バルタン星人のせいではない、彼らの身体自体が固まってしまっているのだ。

 喉がからからに乾いていく。

 口がうまく動かすことができない。

 嫌な汗がふつふつと沸き上がっていく。

 

『緊張しているな、……まあ、無理もない』

 

 そう言ってフォッフォッフォッフォと笑う。

 勇気のある控えていた警備員たちが議員を後ろにやり、自分を楯とする。

 警棒を構え、対峙する。

 バルタンに動きはない。

 椅子に座り足を組んだまま、人々の姿を眺めている。

 

『……皆さん随分とお疲れのようだ。今日わたしがここに来たのは、そんな君たちの懸念を一つ払拭してあげようと思ってね』

 

 ゆっくりと、バルタン星人が立ち上がる。

 警備員たちが身構える。 

 

『国会への召集の日、私も参加させてもらおう。そこで私と、君たち地球人との間柄について決着をつけようではないか。政治的に、完全に』

 

 一同は呆然と立ち尽くしている。

 不気味な、バルタン星人の笑い声だけが議会の中でこだましている。

 バルタン星人の姿が、光を伴って白くなっていく。

 そして、彼の姿がそこから消えたのだった。

 

『ああ、言い忘れていたが、サプライズゲストを呼んである。楽しみにしていてくれたまえ』

 

 そう不吉な言い分を残して。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 バルタン星人の国会への招致。

 それは瞬く間に世界中に波及し、世間を沸かせた。

 今度は明確な恐怖の対象としてだ。

 人々は恐れていた。

 宇宙人の地球侵略という、創作の中でしか見られないような出来事に。

 人々は体験したことがなかった。

 自分たちとは違う知的生命体が、彼らのすぐ近くに存在しているという事態を。

 宇宙は広い。

 産業革命以降、急速に発展した人類の科学でも、まだすべてを見通すことは叶わないのだ。

 ましてや、月に行くのにも一苦労であるのに対して、バルタン星人はどうだ。

 彼は創作の中で出てくる宇宙人だ。

 そう思われていた。

 しかし、どうやら違うらしかった。

 遠い、遠いどこかの銀河に、彼らの故郷であるバルタンの星がある。

 いや、あったらしい。

 本当かどうかはわからないが、どうやらバルタン星人の故郷である惑星は、科学実験の結果失われたようである。

 痛ましい話だ。

 それで終わるなら、可哀想な宇宙人の話として終わるだけであるが、そうではなかった。

 彼らは自分たちが移り住む新たな星を求めて、宇宙を旅している。

 そこで見つけたのが、この地球であった。

 そこですでに住んでいる知的生命体とひと悶着あってしまった。

 地球という星は、広いようで狭い。

 人類はすでに、その許容量を超えるほどその数を増やしていた。

 それは豊かさの象徴ではあるが、同時に限界が近づいていることも意味していた。

 我々は偉大なこの星の恵みを受けて、生を受けている。

 自然は恵みを創出する。

 人間はその恵みを搾取する。

 搾取する量が、自然の生み出す恵みを超えた今、人間は「外」の世界に手を伸ばし始めた。

 まだそれも最初の段階である。

 そこに、バルタン星から移民がやってくる。

 どうやら、20億3000万人ほどいるらしい。

 それを受け入れ、共存することができるのか。

 この、飽和している宇宙船地球号で?

 無理だ。

 YESと言うには、それはあまりにも難題な問題であった。

 創作の中では、人類はバルタン星人を受け入れなかった。

 結果、戦争になった。

 それが、今や現実となっているのである。

 現実のバルタン星人と、現実の地球人の対立。

 戦争になる。

 互いの生存をかけた、血で血を洗う戦いである。

 人類の歴史は、戦争の歴史であるという人がいる。

 それだけ長い間、人々は戦いを続けてきた。

 一体何人の血が流れたろう?

 いくつの命が失われたろう?

 戦争は悲惨である。

 そのことを私たちは知っている。

 知ってはいるものの、実感を失っていた。

 ましてや、相手は人間ではない。

 宇宙からやってきた、来訪者なのである。

 彼らの歴史の中で、エイリアンと交戦した記録はない。

 創作の中でだけ、存在する。

 どちらにせよ、絶望的な状況だった。

 すでに各国は、日本に有力者を派遣することを決めている。

 日本も、受け入れの体制を整えている。

 「門」どころの騒ぎでは、無くなっていた。

 彼らの関心・興味は、もっぱら行方不明だった宇宙人のなすことだった。

 そして、悪魔に対抗できる光の巨人の存在。

 地球全体で、深刻な騒ぎとなっていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ふふ、大変な騒ぎになっているじゃないか」

 

 寺島はいつもの行きつけの喫茶店で、今日の朝刊に目を通している。

 新聞各社どの記事も、一面バルタン星人のことばかりであった。

 彼が昨日突如として日本の国会に現れ、言い残した言葉。

 その真意をとらえられず、人々は今、混乱の極みにあった。

 

『侵略の前兆か?』

『バルタン星人の国会答弁』

『警備員、侵入を察知することができず』

『各国の首脳で協議』

『ウルトラマンは、今どこに』

 

 そのような見出しが並んでいる。

 寺島は苦い液体を喉に流し込み、席を立った。

 そして再び、人の波の中へと消えていく。

 誰も彼がバルタン星人であると気づきはしない。

 そして彼も一人の人間として、日常の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 


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