バルタン星人の奇妙な野望   作:チキンライス

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第13話 バルタンレポート4

 

 

 

 

 

 バルタンの大いなる意思からの解放によって、バルタン星人各々が違う道を歩んでいくこととなった。

「怒り」を抱いた者がいた。

 人体改造で胸部にスペルゲン反射光を埋め込み、ウルトラマンに戦いを挑んだのだ。

 彼の者が抱いた復讐の炎は、一体どれほどのものだったのだろう。

 私には、想像するに余りあるものだ。

 続くバルタンも、狡猾な作戦を用いてウルトラ戦士に勝負を挑んだ。

 まことに怪奇な「ビルガモ作戦」にて、一時はウルトラマンジャックを罠にはめることに成功した。

 なぜ、初代ウルトラマンではなく、その後続で地球にやってきたウルトラマンジャックに挑戦したのだろう?

 おそらく、彼の怒りは初代ウルトラマンだけではなく、ウルトラ戦士全員に及ぶほどになっていたのだろう。

 怒りは、眼を曇らせる。

 彼の目はもはやウルトラ戦士を見間違えてしまうほどに、曇ってしまっていた。

 ビルガモ作戦が失敗に終わった彼は、結局生き残ったのだろうか。

 できることなら、彼は生き残ってほしいと思う。

 テレビでは、ウルトラマンジャックが彼の去り際に浴びせたスペシウムの光で、生死不明となっている。

 彼は今もなお、別の宇宙で生き残っているのだろうか。

 もしそうなら、復讐を忘れて違う道を進んでいってほしいと思う。

 バルタンの大いなる呪縛から抜け出した彼が、再び復讐という名の鎖に縛られることなど、到底容認できるものではない。

 彼はまだ若い。

 バルタン星人としての人生は、まだ始まったばかりだ。

 できることなら、曇った眼で様々な事柄を見て、思案して欲しい。

 それが彼の曇りを取り除くことだってあり得るのだ。

 復讐の黒い感情だけが、彼を突き動かす原動力となることは、悲しすぎる。

 バルタンの大いなる意思から解放された今、私は個人としての感情を得た。

 初めは、自分自身で選択し、行動することに戸惑いを感じた。

 それは川の流れに身を任せていた魚が、各々で勝手に泳ぎだすことに似ていた。

 流れに逆らって泳ぐことに、どこか怖さを覚えた。

 その意味では、私はまだ赤子のようだった。

 それから幾年か経って、私は地球人に擬態しながら、彼らの感情を観察し続けた。

 私の親はもういない。友も、家族も。

 私が感情を、意思を学んだのは、人間の行動からだ。

 彼らの行動には、大部分が合理性を欠いたものだった。

 発達した科学と緻密な脳を持つバルタン星人にとっては、彼らの行動は理解しがたいものだった。

 それでも、彼らの行動を観察していくうちに、私は感情というものに興味を惹かれていった。

 喜怒哀楽、彼らは笑い、怒り、嘆き、そして楽しんだ。

 私はそこで、初めて自由であることを認識した。

 バルタンの民はテレパスによってつながることで、感情を抑制していた。

 なぜか、それは合理的ではないからだ。

 感情に振り回されていては、群れとしてまとまることができない。

 思想が増えていくにつれて、人間たちは争いを拡大していった。

 私はその光景を横から眺めていた。

 合理的ではない、感情的な彼らの行動は、バルタンの常識からいえば合理性を欠いている。

 それでも、彼らの行動が私の戸惑いを解消してくれるように思った。

 長い時間を経て、私はようやく、バルタン星人の一人として生きていくことを決めることができたのだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 伊丹は炎龍を討伐するために、シュワルツの森へと向かうことを決めた。

 現在、彼を含む討伐隊の面々は、6()人。

 心を病んだエルフのテュカ。

 魔法によるサポートを願い出た魔導師、レレイ。

 伊丹を脅して無理やりついてきた死神、ロゥリィ。

 シュワルツの森からやって来たダークエルフのヤオ。

 そして、形見の鋼を両腕に抱えて座り込んでいる、デシであった。

 伊丹たちが出発する前に、彼の前に二つの人影が姿を現した。

 一人は、伊丹がソーシャルワーカーのところへと足を運んだ時に見かけた老人だった。

 片腕に義手をつけ、片目には黒色の眼帯をしている老人だ。

 いかめしい顔や筋骨隆々な身体には、幾重にもつけられた傷跡が見えた。

 もう一人は、父そして家族を失ったデシだった。

 伊丹はもう長い間彼の姿を見ていなかった。

 その日再び彼を見かけて、愕然とした。

 レレイやロゥリィも、その変化に目を見開いた。

 彼の身体は傷だらけで、薄汚れた包帯が幾重にも巻かれていた。

 彼の頬がシュッとしていたのは、食べなかったことが原因だけではないだろう。

 子どもじみた、ふっくらとした丸顔は、幾分か肉が削げ落ちて大人の顔つきになっていた。

 ズボンから伸びる足は、細くカモシカのようだった。

 何より雰囲気が、彼を一段、二段と大きく見せていた。

 

『こいつも一緒に連れてってやってくれんか?』

 

 老人が伊丹に提案した。

 伊丹はしぶった。レレイやロゥリィならともかく、デシはまだ子供であり、ろくな戦力にならない。

 むしろ、足手まといであり、無駄な屍が増えるだけである。

 彼が今から向かうところは、必ず勝てることを約束できるような、甘っちょろい場所ではないのだ。

 伊丹は老人に尋ねた。

 彼は、伊丹たちが何と戦いに行くのか知っているはずだった。

 炎龍に家族を殺されたテュカのことも、それを撃退した自衛隊の戦力をあてにしてアルヌスにやってきたダークエルフのヤオのことも有名である。

 老人もその噂を聞いており、彼女たちを傍らに侍らし装備を整えている彼がどこに行くのか、容易に想像できたはずである。

 

『こやつはな、今から死にに行くのよ』

『死んで、生まれ変わるために行くのだ』

『人間には、それが必要な時がある』

『それがたとえ、どんな結果になったとしても、だ』

 

 伊丹はそう言った老人から視線をはずして、横に侍っていたデシの方へと顔を向けた。

 彼の瞳には、妖しい、暗い光が灯っていた。

 彼の瞳は、まだ見ぬ悪魔の姿を映していた。

 彼の表情は引き締まり、決意を表していた。

 

『いいんだな?』

 

 デシはうなづいて、伊丹の傍まで歩いていった。

 レレイやロゥリィから、非難の視線を浴びたが、伊丹は何も言わなかった。

 代わりに、彼はデシに、

 

『逃げてもいいんだぞ』

 

 そのことだけを伝えた。

 デシは何も言わなかった。

 ただ黙して、彼の父の形見の剣を腕に抱き続けた。

 

『よかったのぉ?』

 

 ロゥリィが後から聞いてきた疑問に対して、伊丹は苦い顔で、

 

『……知らねえよ』

 

 そう応えた。

 もともと、テュカのことだけでも精一杯なのに、その上デシまで背負うことなど、彼にはできなかった。

 デシの瞳は今、曇っていた。

 その曇りの中に、暗い炎が宿っていることを、伊丹は確かに見た。

 黒い、黒い炎である。

 それが絶え間なく燃え上がり、デシの心を蝕んでいるのだ。

 逃げてもいいというのは、彼がデシに作った逃げ道だ。

 伊丹としては、そちらを選んでくれた方がいい。

 炎龍を見て、恐れをなして、しっぽを巻いて逃げ出してほしかった。

 その方が、面倒事が少なくて済む。

 炎龍に襲われたから、しっぽを巻いて逃げ出すことを選んだとして、誰が彼を侮蔑の表情で嗤うだろうか。

 伊丹が告げた言葉で、多少なりともデシの心に後方への道が意識されたことだろう。

 ひどい人ぉ、とロゥリィが言った。

 口元が三日月の様相をしていた。

 うるせえと、伊丹は彼女の言葉を切った。

 これから向かうのは、死地である。

 異世界よりも進歩した武器を持つ自衛隊でもなお、そのことは変わらない。

 彼に余裕など、もとよりありえなかった。

 ただ、彼には帰るべき場所がある。

 祭典がむちゃくちゃにされ、行くことができなかった彼は、来年こそはと再戦を誓っているのである。

 それまでは、死ぬわけにはいかなかった。

 彼が求める場所、彼が求める物のために、彼は死地へと赴くのである。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 あの日、日常を奪った悪魔への復讐こそが、デシの原動力。

 その感情はデシに素晴らしいパワーを与えていた。

 老人――デュランと名乗ったあの男は、デシに厳しい修練を課した。

 怒声や罵声も浴びせ、彼を非難した。

 それを、デシは歯を食いしばり耐えた。

 嘔吐するまで走り続けた。

 腕が上がらなくなるまで剣を振り続けた。

 あざがひかなくなるまで殴られ続けた。

 その光景を見ていた良識のある大人たちは、デュランを非難し、やめさせようとした。

 しかしそれを止めたのもデシだった。

 普通のことでは、駄目なのだ。

 デュランが大人たちに言った言葉だ。

 長い時間をかけて鍛錬を施し、適切な師匠のもとで修練を行うことで、確かにデシは強くなれるかもしれない。

 しかし、デシには時間がなかった。

 怒りの炎は、デシを突き動かし続ける。

 その行動は、危ういものである。

 現在は強くなるという目的を果たすためにエネルギーを使っているが、少し強くなると一人で炎龍の元へと駆け出していきかねない。

 それほど、デシの眼は濁っていたのである。

 曇っている彼には、道は正しく見えてはいなかった。

 今はデュランが手を引いて、導いてやることしかできていなかった。

 しかしいつまでも彼の老人の手でひかれっぱなしというわけにはいかない。

 ならば、短時間でも、最低限の戦士に育て上げねばならない。

 デュランはそう言ったのだ。

 大人たちは納得ができなかったろう。

 まだ幼さの残る、未来ある若者をわざわざ死地へと送り込むことなど、到底容認できるモノではない。

 大人たちの言葉に、デュランは吼えた。

 

『未来あるだと? お前たちはこいつの今の姿を見て、本当に未来があると思っているのか!?』

 

 汗を垂らし、血を流し、体をいじめながらも邁進していくデシの姿は、痛ましかった。

 それでも前へ、前へと進んでいく彼は、確かにどこかおかしかった。

 その道がやがて破滅に行きつくと知っていても、デシは止まれなかったのである。

 止まればそこで、黒い炎に飲まれてしまうと、子どもながらにわかっていたのだ。

 デュランはそのことを見抜いていた。

 それは彼の長い戦場での経験からだった。

 デュランが与えたのは、武器を振るうための最低限度の筋力と、走るための体力だ。

 デシは出発するまでの短い間、主に走ることだけをデュランに課されていた。

 それは戦に必要不可欠なものともう一つ、逃げるための武器だった。

 老人はデシが止まらないことを理解していた。

 そのために、彼にもう一つ選択肢を与えていたのである。

 そして今、デシは悪魔と対面した。

 悪魔は空からやってきた。

 伊丹たちが、ダークエルフが潜んでいたロルドム渓谷にたどり着いてからしばらくして、炎龍が獲物を求めてやってきたのである。

 ヒトよりもはるかに大きな体躯を備え、翼を兼ね備える空の王者。

 その牙は捕まったら最後、獲物を黄泉まで容易に連れて行ってしまう。

 さらにその獰猛さ、凶暴さ、雑食性こそ、ヒトをエサとしてしか認識しない証である。

 それゆえに、明確な脅威であった。

 生き残っていたダークエルフたちが矢を放つが、ダイヤモンドに次ぐ強靭さを持った竜のウロコには傷一つつけることは叶わない。

 彼の蛇の口から放たれた炎は、ヒトの身体を容易に焼き尽くすだろう。

 しかし、彼らは恐れなかった。

 炎龍の左目には、矢が突き刺さっている。

 炎龍の左腕は、緑の人が放った爆発する武具によって、半壊している。

 傷を残せるなら、血を流すなら殺せるはずだ。

 そう思って、彼らは渓谷に潜んで待っていたのである。

 そして、時は来た。

 彼らは小さな牙を、炎龍に突き立てたのである。

 ロゥリィの斧が、必殺の威力を以って炎龍を吹き飛ばした。

 レレイが放った魔力の波動が、炎龍に次々と襲いかかっていく。

 その中で、デシは一人呆然と立ち尽くしていた。

 彼の脳内では、あの日、あの場所で感じた恐怖が、明確によみがえって来た。

 彼のそれまで燃え上がっていた黒い炎が、一瞬にして鎮火してしまう。

 代わりに、恐怖という名の沼によって、彼は足から囚われてしまっていた。

 ガタガタと震える身体を止めることができなかった。

 カタカタと歯を鳴らすのを止めることができなかった。

 ズブズブと沈んで動けなくなる脚が言うことを聞かなかった。

 両手で構えていた鋼の重さが、本来のものへと戻っていく。

 魔法が、切れた。

 動悸が激しい。息が断続的に発せられる。

 彼を突き動かしていたものすべてが、ガラガラと崩れ落ちていった。

 こんな、こんな化物を相手にするのか?

 ――――無理だ。

 そう彼は放心した心で思った。

 彼は血も、汗も流してきた。

 この時のために、身体を苛め抜いてきたのである。

 これは賭けでもあった。

 デシの身体が途中で力尽きてしまえば、それまでの賭けだ。

 彼はその賭けに勝った。

 そしてここにいるのである。

 覚悟もしてきたつもりだった。

 デュランからは、勝ち目の薄い、無謀な戦いであるとも話は聞いていた。

 それでも、それでもと、ここまで来た。

 その積み上げた覚悟が、一瞬で、音を立てて崩れ去ったのである。

 レレイとロゥリィとの交錯から立ち直った炎龍が、ぐるりと辺りに視線を落とす。

 デシとも、視線が交わった。

 その恐怖の色を読み取ったのであろうか。

 炎龍は空中で方向を変えると、デシの元へと駆けていった。

 翼を広げ、超スピードで飛行する。

 デシは動けなかった。

 彼は世界がスローになるのを自覚した。

 その中で、少しずつ近づいてくる死の顎をまじかに見ながら、彼は彼の人生を思い出していた。

 父、母、妹、そして村のみんなのこと。

 まだ輝かしい、村での日常を見つめながら、彼は瞳を閉じた。

 その時、何かがデシの身体を押した。

 力なく立ち尽くすだけだったデシが、横合いから吹き飛ばされる。

 そのおかげで、炎龍の顎から逃げることができた。

 デシを突き飛ばしたナニカは、超スピードで迫る炎龍の頭部に捕まり、ひらりとその上に乗った。

 それはもはや絶技ともいえる身のこなしだった。

 そのまま黒い影は、左目に突き刺さったままの矢に鋼を当てた。

 炎龍から絶叫がほとばしった。

 炎龍は勢いのまま、壁に激突していく。

 黒い影はその前に空中に飛び出して、一回転して着地する。

 痛みに呻きながら暴れまわる巨体を尻目に、影が立ち上がる。

 デシが、恐る恐る目を開いた。

 彼の目には、遠くで暴れまわる炎龍と、その前に立つ男の背中が映っていた。

 彼はその背中の持ち主を知っていた。

 

「――――父ちゃん?」

 

 それはあの日、死んだと思っていた父、ヨタのものだった。

 ヨタは炎龍をまっすぐと見据えながら、倒れ伏す息子にこう応えた。

 

「――――待たせたな、デシ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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