バルタン星人の奇妙な野望   作:チキンライス

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第11話 バルタンレポート2

 

 

 

 

 

 放映されたウルトラマンとバルタン星人との確執の中で、初代ほど特異なものはなかった。

 それ以降、バルタン星人はどこか人間味というか、感情を持っているように感じられる。

 バルタン20億3000万の民と共にやってきたバルタン星人は、無機質な目をしていた。

 彼は自分の意思を持っていたのだろうか?

 というのは、バルタンの発達した科学力が、逆に我々を縛っていたのではないかと思ったからである。

 これは自覚がある症状ではない。

 『ウルトラマン』が放送されてから、自分で自分に質問してみた結果、私の中に生まれたものだ。

 バルタンの科学力は、人間はおろか下手をするとウルトラの科学よりも優れている、まさに超科学の名に恥じない行いをすることができた。

 クローン技術は、我々にとっては初歩中の初歩である。

 テロメアの増殖により、私たちの寿命は飛躍的に増大した。

 肉体改造、遺伝子組み換え、細胞変異により、我々は宇宙空間、及び放射能の中でも活動ができる肉体を手に入れた。

 唯一スペシウムだけが、我々が克服できなかったものだった。

 しかし、それも近年の内に何とかなると、我々は楽観視していた。

 その結果、バルタンは流浪の民となった。

 遠いバルタンの星からやってきたバルタン星人は、なぜ、一人しか活動していなかったのだろう?

 種々の超能力を手に入れたバルタンは、もはや肉体は器でしかなかった。

 肉体が滅びることは、死ぬことではない。

 卓越したクローン、細胞変異の技術により、いつでも全盛期の器を手にすることができるのだ。

 何らかの事故で欠損した個所は、容易に生やす事ができた。

 細胞のひとかけらから、器を万、億に増やす事すら可能だった。

 もはや神の処遇、それでもバルタンの民は止まらなかった。

 私たちは超科学という妖しい光に見入っていた。

 バルタンの科学によって、不可能だったことを可能にする。

 神秘的だった事象を解明し、自分たちの力とする。

 皆が科学を求めた。

 そうして長きにわたり繁栄を勝ち取って来たのだから。

 だから気づかなかったのだ。

 誰か、星を滅ぼす要因となった科学者を止める者はいなかったのか?

 もう遠い昔の出来事ではあるが、おそらくいなかっただろう。

 バルタン星に住む誰もが、科学を求めていたのだから。

 私も、そんな哀れな罪人の一人でしかない。

 彼を非難する理由は、私にはない……。

 しかし、今だからこそ、()()に対して言葉を投げかけたい。

 

『あなたは同胞が間違った道に進もうとしているのを、なぜ正してやれないのですか?』

 

 私は死ぬまでの長い長い時間、この罪を抱いて生き続けるだろう。

 それは呪いにも似たものだ。 

 運命の日、私の目の前で起こったあの光だけは、一生忘れることができないだろう。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 日が暮れ、夜が来るかもという時間帯。

 アルヌスの一角に設置されたオープンテラスでは、奇妙な緑色の一団があった。

 日本から来た自衛隊員である、伊丹、黒川、桑原。

 そして、亜神ロゥリィ・マーキュリー。

 ビールの大ジョッキが人数分机の上に置かれ、それを皆がもち口々に話そうという態勢だった。

 

「……で、話ってのは?」

 

 伊丹が切り出し、それを受けて対面に座っている黒川が話し始めた。

 彼女の口から吐き出されたのは、今もなお幻影を追っている二人の話だ。 

 エルフであるテュカと、デシの話。

 テュカは架空の父の幻影を追っており、デシに至っては自分の殻に閉じこもって出てこない。

 一応、食事や睡眠はとれているようではあるものの、これ以上この生活が続くようでは、いずれ体に支障をきたすだろう。

 もしくは、割れ物のように壊れてしまうときが、もうすぐに来ているのかもしれない。

 黒川は「現実」を認識させてやることが大切だと言った。

 テュカにも、デシにも、きちんと失った者を認識させ、そのことを乗り越えていかなければならないと。

 正論であった。

 しかし、正論がまた、正しくない時だってあるのだ。

 彼女はまだ若い。

 正論がまた当人にとっての毒となることだってあるのだ。 

 そのことを、彼女は伊丹から諭された。

 現実を認識した、テュカやデシがどうなってしまうのかはわからない。

 結果壊れてしまった場合に、彼女にはどういう責任も取ることができなかった。

 放っておけと、伊丹は突き放した。

 時には、そういうことが必要な時もあると。

 時間という大いなる力に任せろと。

 黒川は不服そうではあったが、その場は引き下がった。

 

「……そういえば、ロゥリィさんにお聞きしたいことがありました」

「なぁにぃ?」

「真実を隠すことが、時には必要ならば、どうして、あなたはデシに真実を教えたのですか?」

「ああ、そのことぉ……」

「彼にも、テュカのように黙っておけばよかったのではありませんか?むしろ真実を話したことで、状況を悪化させてしまったのでは?」

 

 今もなお、幽鬼のような表情でさまよっているデシ。

 彼もまた、父や彼の家族の幻影を追っている。

 あの日、ロゥリィから語られた真実は、デシを大きく打ちのめした。

 そして、あの日までそばにいた父が、偽物だったことも。

 どうしてあの場にバルタン星人がいたのかは、彼らにはわからない。

 しかし、かの父が宇宙人の擬態によるもので、本物はすでに死んでいると、彼は信じることができなかった。

 ロゥリィは自らが崇める神の名をかたった。ならば、嘘を言うはずがない。

 では、彼女はなぜ残酷な真実を語ったのか?

 

「あの子には、受け継いでほしかったのよぉ」

「受け継ぐ?」

「人間の一生は短い、その中で、どんな生を謳歌するのかなのぉ。私が崇めるエムロイの神は、人間のどんな性でも容認するの。強盗でも、殺人でも、どんな下劣なことでもねぇ。でも、問題はそれをどんな目的で、どんな態度でそのことを行ったかなのよぉ。兵士や死刑執行人が首を切り落として、何が悪いのぉ?彼がその職業を選択し、彼なりの誇りをもってその大業に挑むこと、それが必要なのぉ。偉大なるエムロイはすべてを容認するわぁ。彼の元へ魂が送られていったということはぁ、デシの父親もそれだけ誇りをもって死んでいったということなのぉ。その意思を、彼には継いでほしいのよぉ」

「……しかし、いくら何でも重荷すぎませんか?彼はまだ幼い、もう少し大きくなってからでも……」

「明日が来るかは、わからないじゃない。……ねぇ、思ったのだけれど、あなたは何でもできると、思い違いをしていないかしらぁ?」

「そんなことはありません!人間には、不可能なこともあります。それを自覚した上で、できることをしようと――――」

「そうかしらぁ?あなたたちの世界では、死ぬことは稀であると聞いているわぁ。――――この世界ではねぇ、人間が生きていくには、大変なことがたくさんあるのよぅ」

 

 例えば、炎龍。

 古代龍である赤い悪魔は、まさしく災害が具現化したようなもの。 

 その獰猛で、巨大な口に噛まれれば、即座に肉をえぐりだされる。

 まさに、動く災害。

 それも、人々を狙い定めてくる。

 また、衛生管理、医療技術が現代日本ほど確立していない特地においては、いまだ呪術による迷信的な信仰が広がっている。

 唾を付けとけば治ると、聞いたことはないだろうか? 

 本来ならば、つばに含まれている細菌で感染する可能性があるため、流水で傷口を洗い流すことが正解なのだが、今もなお各地で残っている迷信のたぐいであろう。

 昔は、7歳までは神の子と呼ばれることがあった。

 赤子の出生率、及び赤子が大きくなるまでに何らかの要因で死んでしまうことが多かったため、7歳までは神の選択に任し、それからは人間の幼児として、大人になるためのしつけを行うということである。

 科学技術の発展によって、人間は寿命を延ばし、病気を克服し、死から遠ざかって来た。

 ましてや、地球にはドラゴンなんて空想の産物は存在せず、外敵が存在しないのである。 

 武器を開発したことで、身体能力で劣る獣に対しても、有利に戦うことができるようになった。

 もはや、人間の敵は人間のみとなったのである。

 しかし、特地は違う。

 前近代的な彼らの生活は、まさに苦難の連続だ。

 地球ほど便利なものに囲まれているわけではないし、地球よりもはるかに凶暴な獣などに取り囲まれている。

 死が、すぐ隣に、近くに存在しているのである。

 冥府の神ハーディや、戦いの神エムロイが多くの信徒を獲得しているのも、この辺が理由の一端であるだろう。

 私たちは、死んでいった先に何があるのか知らない。

 わからないといったほうが正しいか。

 肉の器から分離し、魂が次にどこに行くのか?

 天国か、地獄か?

 そもそも魂なんてものは本当にあるのか?

 霊界、天界、種々の場所が本当に存在しているのだろうか。

 そこは死んだものしかわからず、文字通り神のみぞ知る世界なのだ。

 しかし、特地には神がいる。

 多くは、冥界を司ると言われているハーディの元へと、死後の魂が行くことになっている。

 それは肉の器を持った亜神によって伝えられる。

 亜神が人よりも超越的な力を有した存在であることは、特地の人間にとっては明白な事実である。

 そして、肉から解放され、この大気中漂う神の存在もまた、証明されている。

 当然、死後のことについて考えることがあり、死と表裏一体の生についてもまた、大いに考えるべき事柄である。

 彼らは懸命に考えている。

 いつ自分が死ぬかわからない世界で、どう生きることが正しいのかということを。

 正解なんてないのかもしれない。

 それでも、彼らの生がちっぽけなものではなくなるように、日々努めているのである。

 ロゥリィが感じた違和感は、このようなものだった。

 「門」の先には、確かにこことは違う繁栄があった。

 彼らは「カガク」の力を使うことで、特地の人々よりも知識や、技術においてはるかに勝っている。

 しかし、彼らは何か、重要なことを忘れてはいないか?

 彼女は、戦の神エムロイの使徒である。

 死後のほとんどを司るハーディとは違い、彼の元へと召される魂は、気高く戦い命を落とした戦士たちであった。

 彼らが流した血や汗は、彼の神のもとへと召されたことによって、意味があるものとなったのだ。

 彼らの生は、報われるものとなったのである。

 エムロイの使徒として祝福し、それを子へとつなぐことは当然のことだと思っている。

 誰が彼の偉業を称えるのか?

 誰が彼の死の意味を知るのか?

 ヨタの死は、痛ましいものではあるものの、エムロイのところへと召される気高き輝きを見せたのだ。

 常識の差か、文化の差か……。

 黒川とロゥリィの意見の対立は、異なる二つの世界の衝突にも似ているようだった。

 話は、黒川が退席したことで一時中断となった。

 一同はとりあえず、時間的な解決を願ったのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 デシが朝、鈍い体を起こすと真っ先にみるものがあった。

 部屋の片隅にひっそりと置かれた、彼の父の剣。

 鈍い銀の刀身は、革の鞘で隠され、今は見ることは叶わない。

 持ち主がいなくなった牙は、何も言わず、沈黙を保っている。

 これがあれば、戻ってくると思っていた。

 笑顔の父が、頭をかきながら取りに帰ってくるのである。 

 今は亡き日常の一幕だ。

 しかし、彼は唐突に現実に戻される。

 もう、この鋼を扱う男はどこにもいないのだと。

 デシは重い体を引きずつようにして、剣に近づいていった。

 手に取ってみると、ずっしりとした重量を伝えてくる。

 しかし、以前ほどの感動は、彼の胸には現れなかった。

 ぽっかりと開いた深淵へと続く穴が、彼の感情を喰らってしまっているのである。

 彼はそっと、鋼を地面に置いた。

 担い手を失った剣は、果たして誰の元へと行くのだろうか。

 デシはそのまま、薄暗い部屋の中でぼんやりと宙を眺め始めた。

 彼の日課は、ジエイタイの人が食事を手渡しにくるまで続くのだった。

 

 

 

 

 

 


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