バルタン星人の奇妙な野望   作:チキンライス

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独自解釈、独自設定あるかもです。


第10話 バルタンレポート1

 

 

 

 

 

 

『セイメイ?ワカラナイ。セイメイトハナニカ?』

 

 もう何度も何度も、この映像を見直している。

 『ウルトラマン』第二話「侵略者を撃て!」より、科学特捜隊のアラシ隊員の体を操作していたバルタン星人に対して、ウルトラマンと同一化しているハヤタとの会話の一節だ。

 この世界ではウルトラマン、及びそれに登場する宇宙人や怪獣たちは創作であるとみなされている。 

 しかし、現実に別の世界においては、私たちバルタン星人は存在しているし、ウルトラマンたち光の国の戦士もまた、存在している。

 多元宇宙(マルチバース)はどんな可能性も内包している。

 その中で、私たちの世界と、この世界との関係は、どのようなものであろうか。

 この世界があったから、私の宇宙が生まれたのか。

 私たちの宇宙があったから、この世界が生まれたのか。

 この問いは、鶏が先か、卵が先かの論争に似ており、もしかすると答えなどないかもしれない。

 しかし、私はこの世界で作成された『ウルトラマン』を見て、思うのだ。

 これは実際にどこかの宇宙で起こったことであり、ただのフィクションの出来事ではないことを。

 テレビの中で展開されている映像では、母星を失ったバルタン星人の一人が、地球に移住することを科学特捜隊の面々に宣言している。

 それを、イデを含めた地球の面々が反対の声を上げる。

 移民の問題は、今もなお大きな社会問題として取り上げられている。

 ましてや、当時の地球に住んでいる人間の人口と等しいほどのバルタン星からの宇宙移民を、受け入れることなど、到底望むことができるはずもない。 

 そのままバクテリアほどのサイズで生きることを選択すればよかったのか?

 あなたは、周りを人間よりもはるかに大きい動物たちに囲まれて、安心な生活を営むことができると、思っているのですか? 

 大きいことは、それだけで他者よりも優れている。

 人間がアリを踏みつぶせるのは、人間がはるかに大きな質量を有しているからである。

 縮尺が同じならば、人間に勝ち目などない。

 人間に拒否されたと思ったバルタン星人は、巨大化し地球を征服しようと、夜の東京の街に攻撃を開始した。

 そこでウルトラマンが登場。

 彼の体内で製造されたエネルギーは、バルタン星人にとって弱点であるスペシウムに酷似している。

 彼が手から放った光線によって、バルタンは夢を絶たれ、バルタン星20億3000万の生き残りは、その人生に終止符を打った。

 それから、長きにわたるウルトラ族、地球との、我らバルタン星人の因縁が続いていくのである。

 これから作成するレポートは、ウルトラマンの行いを非難するものでも、バルタンの選択を揶揄するものでもない。

 イノチとは何か、セイメイとは何か。

 なぜ、あの時のバルタン星人は、理解することができなかったのか。

 それについて、私なりの考察を書き記していきたいと考えている。

 この地球で生活し、私は人間を長い間見てきた。

 今ならば、その答えが多少なりとも出すことができるのではないか、そう思うのである。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 特地にある「(ゲート)」。

 かつて現地の魔術師たちが作り上げたそれが設置されているのが、アルヌスである。

 そしてそこは今、日本の自衛隊により占拠されている。

 異世界との初めての接触であった銀座事件よりしばらくして、アルヌスは大きな変貌を見せていた。

 異世界との接触点であるここでは、自衛隊、特地の住人ともに活発な交流を見せており、それぞれの世界への橋渡しをすることを期待された場所であった。

 語学研修、交易、その他もろもろの異世界間交流は、ゆるやかな速度で進行を見せている。

 門は、依然として閉じる気配もない。

 日本側の目的は、表向きはこちらに攻めいって来た帝国側の賠償。

 交渉は、一朝一夕で進むものではない。

 彼らはその優秀な頭脳と、種々の()()で戦う所存だった。

 ゆっくり、焦らず、じっくりと。

 政治家はせっかちではいけない。

 交渉事は、じっくり、ねっとりと相手を締め上げていくように。

 まずは情報を集めるために作った拠点が、いつの間にか異世界間交流の場として大きな発展を遂げていたのである。

 特地においても、アルヌスには珍しいものが存在する。

 それは緻密な工芸品であったり、美しい織物であったり、闇のような怪しげな色をした漆器であったり、ともかく彼らはそれを欲しがった。

 両者の思惑が一致したこの地では、それを求めて人々が四方からやってくる。

 今、アルヌスは特地で一番活気あふれた、ホットな場所なのである。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 その活気あふれた様子を、デシは遠くから眺めていた。

 彼の目には、どこか冷めた色が浮かんでいた。

 人々の顔には、皆笑顔が浮かんでいる。

 人々の口には、皆笑いが浮かんでいる。

 それに反して、デシの表情は曇っていたのだ。

 彼の心には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。

 

『あなたの父は、もう死んでいたのぉ』

 

 彼が再び目を覚まし、亜神ロゥリィから聞かされた言葉だった。

 その言葉は、小さな彼の心臓を強く締め付けた。

 彼は激昂した。

 胸の内が、燃えているようだった。

 お前が、お前がやったんだろっ!!

 不敬であることはわかっていたし、断罪されるだろうこともわかっていた。

 いや、もしかしたらわからずに、彼女に突っかかっていったのかもしれない。

 デシの途切れる前までの記憶では、この黒い死神が彼の父の首を吹き飛ばしていたのだから。

 激昂したデシがロゥリィを突き飛ばす。

 小さな子どもの体とは思えないほど、細腕から力が出ていた。

 突き飛ばされたロゥリィは、その勢いに逆らわず、ふわりと宙を舞って後方に着地する。

 殺意をたぎらせたデシを、周りにいた大人たちが羽交い絞めにする。

 抵抗するも、所詮は小さな子どもだ。

 取り押さえられ、地面に抑え込まれる。

 

『聞きなさい、真実を』

 

 彼女の口から放たれたのは、ある種の真実だった。

 彼の父、母、妹の家族がすでにあの世に行ったこと。

 彼の父は勇敢に戦い、その功績が認められ戦いの神エムロイのもとへと旅立っていったこと。

 デシが先ほどまで接していた父は、偽物だった。

 バルタン星人という異星人が、擬態していたこと。

 デシの頭が真っ白になった。

 もう何も考えられなかった。

 彼は呆然と立ち尽くし、力なく手を垂れさせた。

 ロゥリィも周りの大人たちも、その姿を痛ましそうに見ている。

 何人かは、顔を背ける者さえいた。

 どれだけそうしていたのだろうか。

 気づけば、彼の周りに人はいなくなっていた。

 彼は自衛隊の仮設住宅で目を開けた。

 彼が正気に戻るまで、薄暗い電灯が光る小さな部屋の中で一人、呆然と立ち尽くしていたのである。

 その時から、彼の胸には大きな暗い穴が開いている。

 何をしても、誰でもふさぐことができない、底なしの穴が。

 その穴が、今でもデシの感情を吸い込んでいるようだった。

 感情だけではない。

 何を食べても、何をしても、彼の気は晴れないでいた。

 食べ物の味がわからなかった。

 何を口に入れても、味のないゴムを嚙んでいるみたいだった。

 見える世界が、すべて灰色に見えていた。

 人々の鮮やかに笑う顔も、青色の空も、照り付ける太陽も、すべて灰がかって見えた。

 いまだ、彼は自分の足で立ち上がれずにいた。

 空虚な泥の沼にはまり込んで、動けないでいた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 アルヌスには、奇妙な噂が広まっていた。

 ここ――特地――のものではなく、別の世界から来た光の神の話である。

 その神は、遠い、遠い夜空に浮かぶ星の一つからやってきた。

 特地の人々には、「悪魔」の概念が無かった。

 特地には神がおり、実際に存在している。

 主に二種類に大別され、肉体を持つ亜神と、肉体を持たない正神とである。

 大いなる神が司る概念によって、その人の信仰は変わる。

 神に上下の区別はない。

 平等に存在し、大いなる力で私たちの周りに存在している。

 また、信仰する神の名を自らの名に刻み込むことで、その人がどのような神を信仰しているのかわかるようになっている。

 神は偉大なものであり、誰もその神の威光を汚す事など、できないのだ。

 あの炎龍でさえ、神の使役物でしかない。

 しかし、アルヌスに現れた門、そしてそこから入って来た人々は、違った。

 彼らは神の存在に対して愚鈍であった。

 それだけではない。

 神にあだなす「悪魔」の存在を、特地の人々は知ったのである。

 そしてそれは、実際に彼らの前に現れた。

 あの死神ロゥリィ・マーキュリーが手も足も出ずに、かの悪魔にとらえられたのだ。

 悪魔が繰り出す御業の数々は、まさに奇跡と呼べるものだった。

 分裂し、切られても再生し、巨大化する。

 悪魔が怪しげに笑うと、その声に冷ややかなものを浮かべる。

 彼らの背筋を凍らせ、動きを鈍くする。

 何だこれは、そう彼らは思った。

 「竜」という絶対者に牙を立てた緑色のジエイタイでさえ、あの悪魔にはかなわなかった。

 彼らが持つ鉄の一物から放たれる()()を受けても、悪魔は変わらずに笑っていた。

 その嗤いが、人々を底なしの恐怖に落としいれていく。

 そして彼らは見た。

 空に浮かぶ、彼らの知らない光の神の姿を。

 まばゆい光を放ちながら、赤い光が形を変えていく。

 その光は優しく、温かく人々を包み込んでくれるようだった。

 神はその銀色の体躯を人々の前に見せた。

 美しく、神々しい。

 人々は恐怖を忘れ、その姿に見惚れていた。

 

『ウルトラマン』

 

 ジエイタイの人々がそうつぶやいた。

 彼らは何か知っているようだった。

 悪魔と神が対峙する。

 炎龍よりもはるかに巨大な二体の立ち姿は、世の終わりを思わせる光景だった。

 彼らが放つ大いなる力を、感応性の高い人々に影響を与える。

 苦しむ人々がいる中で、二体の巨人が姿を消した。

 突然、何の前触れもなく、どこかへと。

 その夜、特地の人々の間では、あの巨大な神と、それと対峙する異形の話で持ちきりだった。

 それと、それを知っているであろう緑色のジエイタイの人々のことも。

 しかし、彼らはまた、ジエイタイの人々交信することが困難なことも知っていた。

 彼らは別のところからやってきた。

 言葉がほとんど通じないのである。

 彼らは我々の言葉を解さないし、我々も彼らの言葉を解すことができない。

 「ニホンゴ」とは彼らの話す言葉であるらしいが、特地の人々には理解することができなかった。

 しかしその中でも、彼らの話を聞こうとするものがいた。

 レレイ・ラ・レレーナ。

 ヒト種の魔導師であり、かの著名な賢者カトーの弟子である才媛である。

 彼女は短期間でも、彼らの言葉を学習しつつあった。

 彼女はジエイタイの人々から聞いた話を、特地の人々に話してくれた。

 もちろん、完全に理解できたわけではないし、断片的な情報しかまだ拾えたわけではない。

 それでも、人々はその話をしてくれと、彼女にせがんだ。

 曰く、かの神は遠い夜空に輝く星からやってきた存在である。

 曰く、かの神と対峙し、人間に害を与える「悪魔」が存在する。

 曰く、かの神はその悪魔と戦い、幾度となく世界を救ってきた。

 曰く、ジエイタイの人々が住む世界には、その伝説を記した文献が存在する。

 ウルトラマンは神ではない。

 しかし、限界状況でかの光の巨人の姿を見た人々は、その姿をどう幻視しただろうか。

 そして、「門」の外へと繰り出したテュカ、レレイ、ロゥリィの三者から後程告げられた言葉。

 かの巨人を賛美する詩。

 そして実在する悪魔の存在。

 異邦人である光の神は、実在し、私たち人間を、生命を見守っている。

 それは特地の人々が初めて触れる概念であった。

 異世界の神は、超越的な肉の器を持ち、それと対立する悪魔が存在する。

 その大いなる光の力で、私たちを見守り、守護してくれている。

 そんな話で、異世界の交流点であるアルヌスが持ちきりなのは、不思議なことではなかった。

 ジエイタイが持ち込んだ不思議な「ラジカセ」からは、かの神を讃えた詩がひとりでに詠まれていく。

 メロディと合わさり、耳に入っていくその詩に、子どもたちは夢中になった。

 また、異世界で作られた光の神を様子を描かれた書物。

 派手に着色され、丈夫な紙でできたそれは、特地の人々を瞬く間に魅了した。

 神と対立する悪魔の姿は、多彩で、人々に恐怖を与える。

 しかし、かの光の神が必ずや守ってくださる。

 一人のジエイタイの人が、言った言葉があった。

 

「ウルトラマンは、絶対に負けない!」

 

 特地の人々は、当時、彼の言葉が理解できなかった。

 しかし、彼の力強い握りこぶし、そして希望を宿した表情に、人々は勇気づけられた。

 ウルトラマンとは、かの神の名前らしい。

 現場にいたコダ村の人々、そして自衛隊と共にアルヌスに残った人々の何割かの中で、ひそかに改宗が行われていた。

 今アルヌスでは、ウルトラ教とも言うべき新興宗教が目覚めようとしていたりいなかったりした。

 その噂を、別の目的でアルヌスを訪れた一人のダークエルフが聞いていたりいなかったり。

 アルヌスに来た人々が口々に語る光の神の話。

 それは今、特地全土へと広まろうとしているのだった。

 

 

 

 

 


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