ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト   作:hirotani

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シリカちゃんメインの回です。
張り切りすぎて色々と詰め込んだせいで長くなってしまいました。


第4話 約束には指切りを

 とても商売をしている身とは思えないほどに顔を歪めながら、店主は目の前の品を凝視している。

 その髪が剃られた頭と顎に蓄えた髭、明らかに日本人ではない黒い肌に筋骨隆々の店主を眺めながら、セツナは横にいるシリカと共に鑑定結果を待っていた。

 アルゲードの賑やかな、とういうより騒々しい街の一角に構えるこの店も、街の雰囲気に違わず雑多という言葉が一番似合う。店内に飾られているのは武器や装備品が主だが、棚にはアイテムの他にモンスターをかたどったオブジェや剥製といった一風変わったものまで置かれている。以前客引きにと3メートルの熊型モンスターの剥製を置いたら、逆に客が怖がって赤字が続いたという話も聞いた。

「セツナ、《リザードマンロードの脳》なんて何に使うんだ……?」

 店主が外見に違わない野太い声で唸る。威圧しないよう声色に気を遣っているのは分かるが、それでも地響きのように低い声と外見のせいで凄みは増している。その証拠として、横にいるシリカがセツナの裾を掴んで離さない。それを見て店主はバツが悪そうに髪のない頭をポリポリと掻いた。

「俺が何でも買い取ると思ったか? ウチは廃品回収じゃねぇんだ」

「アイテムの説明を見ろ。トロトロとした食感と書いてある。食材として使えるのかもしれない」

「まあ、アメリカでも豚の脳は食うが……」

「俺が持て余すより、上手く使ってくれる奴に売ればいい」

 店主はため息を吐きながらも、「しょうがねぇな」とトレードウィンドウに金額を入力した。

「ミーシェでレストランを開いた知り合いがいるから、そいつに売ってみるか。《リザードマンロードの脳》、41個で300コルな」

「悪いな、エギル」

「にしても……」

 エギルはセツナの裾を掴んだままのシリカを一瞥した。シリカはその視線から逃れようとセツナの後ろに隠れてしまった。ピナも主人と同じ行動を取り、セツナの頭から2つの尾羽がはみ出している。

「お前があのシリカと一緒にいるなんてなぁ。連れがいるってだけでも驚きだってのに」

「任務だ」

 白亜のコートに身を包んだセツナをエギルが凝視する。この店にはよく足を運ぶが、この服で来るのは初めてだ。いつもの黒ずくめとは正反対の出で立ちに、来店時にエギルは目を丸くしていた。

「お前がKoBのメンバーだったとはなぁ。驚くことが多すぎるぜ」

「忙しいな」

 やはりこの格好で来るのは失敗だったと、セツナは密かに後悔した。シリカの護衛について4日。どこで何をするかはシリカに任せていたのだが、今朝シリカに「セツナさんの行きたい所に連れてってください」と言われた。フィールドに出るのはシリカの安全を考えると好ましくないため行動は圏内に絞られるのだが、これがセツナにとっては鬼門だった。

 普段は任務かアイテム収集で1日の大半がフィールドに出ているセツナは、主街区の店や名所の情報に詳しくない。そういうものは中層プレイヤーであるシリカの方が豊富だろう。しかしこのSAOで1年以上過ごしてきたのだから、行きつけの場所の1つくらいはあるのが普通だ。だからセツナの「行きつけ」としてこの店に来たのだが、やはりエギルにセツナの所属を知られることは好ましくなかった。

 血盟騎士団は少数精鋭だ。そこに所属しているというだけで話題の種になる。あの名高い血盟騎士団に所属していながら無名となると怪しまれるかもしれない。この前ギルド本部の門番が言っていた「団服を勝手に作って団員を装う輩」だと思われてほしいと、セツナは微かな期待を抱く。

「まあ、KoBのお前がウチの常連となれば、結構な宣伝になるかもな。《KoB御用達》ってよ」

「よしてくれ、目立つのは好きじゃない」

「そんな派手な服着てよく言うぜ」

 エギルは笑いながらセツナの肩を乱暴に叩いた。真顔だと厳ついが、その笑顔にはどこか愛嬌がある。厳つさが消えているわけではないが。この男は何度か店に来るうちに、こんな軽口を言うようになった。セツナの方は初めて来た時と同じくぶっきらぼうで、笑顔を彼に見せたことはないが。深い付き合いではないが、この男は信頼できる。だからセツナを店の宣伝に刷り込むことはしないだろう。

「シリカ」

「は、はいっ」

 エギルに呼ばれたシリカが上ずった声で返事をした。セツナの背中から顔だけを出して、エギルを覗き込む。

「セツナを頼むぜ。こいつは見ての通り無愛想だからな、お前さんが愛嬌ってやつを教えてやってくれ」

 シリカはエギルからセツナの顔へと視線を移した。その鋭く吊り上がった目と真一文字に結んだ口を見て、どこがツボにはまったのか噴き出した。必死に笑いを呑み込もうとしているが、堪えきれずに口元をおさえながら震えている。

「余計なお世話だ」

 セツナはそれだけ言って店を出た。シリカはエギルに頭を下げて、ピナと一緒にセツナを追った。外に出る際、エギルの「また頼むぜ」という野太い声が聞こえた。

「ごめんなさいセツナさん……」

 アルゲードの人混みの中で、シリカは控えめな声でセツナに謝罪した。エギルの店で笑ったことの罪悪感が今になって湧き出たようだ。

「気にしていない」

 このやり取りも何度目だろう。一緒に行動して4日間、シリカは会話の中で笑い、そしてセツナの無表情な顔を見て謝罪する。それにセツナが「気にしていない」と返す。シリカが気を遣う必要もないし、セツナは不快に感じたこともない。だがシリカが不安げな顔をすると、嫌でも周囲の視線を集めてしまう。中層の人気プレイヤーと血盟騎士団の団服を着たセツナはただでさえ目立つというのに、これでは誰がシリカのストーカーなのか分からない。セツナは一刻も早くストーカーを見つけたかった。

「セツナさん、これからどこに行きます?」

 シリカが元の無邪気な顔でセツナに訪ねた。シリカの表情は変わりやすい。笑ったと思えば困った顔をして、困った顔をしたと思えばまた笑う。

「シリカは行きたい所はないか」

 やんわりとセツナはシリカに行き先の選択を転嫁する。あの店以外にセツナが他人に案内できる場所といえば、グランザムの鍛冶屋くらいしかない。ましてやセツナのマイルームに招くことなどできないし、提案してもシリカは警戒するだろう。

 シリカは視線を落とし「うーん」と唸った後、顔を上げた。

「そういえば、さっきエギルさんがミーシェにレストランを開いた人がいるって言ってましたよね」

「ああ」

「じゃあ、そこでご飯でも食べませんか? あたし、行ったことないですけどそのお店知ってるんです」

 エギルの知り合いの店というだけで怪しい響きだが、横にいる少女はそこで提供される料理にそんな不安を持たないようだ。店に行くまでの間に店主が《リザードマンロードの脳》をエギルから仕入れないことを願いながら、セツナはその提案を呑むことにする。

「ああ、そうしよう」

 こんなことになるなら、60個も持っている《サンドビートルの羽》を売れば良かった。

そんな後悔を表情に出さないまま、セツナはシリカと一緒に転移門を目指した。

 

 ♦

 

 エギルの知り合いが経営しているというレストランは、第35層主街区の転移門広場からそう離れていない通りに店を構えていた。

 小さいから目立ちにくい店と聞いていたのだが、街をよく知っているシリカはすぐに見つけることができた。

「前にプレイヤーがレストランを開いたって噂を聞いて、ずっと来てみたかったんです」

 シリカはセツナに笑顔を向けてそう言った。街に着いてから揚々とした気持ちを抑えきれなくなっていた。ミーシェはシリカが気に入っていた街だし、それに何より彼と一緒に来た街だからだ。いつもなら《風見鶏亭》だが、たまには冒険してみたい。

 《トラットリア・オット》という看板を掲げる店に2人が入ると、店主らしき長身痩躯の男性が「いらっしゃいませ」と笑顔で出迎えてくれた。時刻は昼食時で、こぢんまりとした店内の席は殆どが埋まっている。店主はテーブル席に2人を案内してくれた。

「あたし、プレイヤーレストランの料理って初めてですよ」

「俺もだ」

 シリカはワクワクしながら店主から手渡されたメニューを開いた。NPCレストランだとファーストフードみたいにカウンターで注文するから、こうして席でじっくりとメニューを見るのは現実に戻ったみたいで安心する。

 メニューも豊富だった。何を食べようか迷ってしまう。でもこの迷う時間も楽しい。ふとセツナをメニューの陰から見ると、彼はもう決めたのか、コップの水を飲みながら窓から見える街並みを眺めている。あまり待たせてはいけないと思い、シリカはメニューの選択を急いだ。結局、シリカが決めるのにあと10分近く要した。

 店主に注文してから、シリカはじっと外を眺めるセツナを見ていた。賑やかな店内で、2人の間に行き交うのは沈黙だ。セツナは口数が少ない。この4日間で会話は全てシリカの方から切り出してきた。セツナはシリカに何かを要求することもなく、シリカのやることに文句ひとつ言わずに付き合ってくれている。年はそう離れていないようだが、年上には違いないセツナを振り回す度にシリカは謝罪した。表情を変えずシリカに付き合ってくれるセツナを不憫に思ったからだ。本来ならギルドで攻略に励んでいるところを、シリカと一緒にいることで不毛な時間を過ごさせているような気がした。

「どうした」

「えっ!?」

 突然セツナから向けられた言葉に、シリカはビクリと肩を震わせてしまった。それがとても恥ずかしくなって、顔が熱くなっているのを感じた。多分赤く染まっていることだろう。

「俺の顔は珍しいか」

「いえそうじゃなくて、何だか似てるなって……」

 そこまで言ったところで、シリカはしまったと口を半開きにしたまま止まった。慌てていたとはいえ、余計なことを言ってしまった。

「似てる」

 しかもセツナは興味を持ってしまったようだ。セツナは声に抑揚がなくて興味があるのかないのか分からないが、一瞬眉がピクリと動いたのをシリカは見逃さなかった。シリカはひと呼吸おいて、話すことにした。もう逃れることはできないと腹を括った。

「あたし、3週間前にピナを死なせちゃったことがあるんです。この層にある迷いの森で。そこで黒ずくめの剣士に助けてもらって、ピナを生き返らせるためのアイテムを一緒に取りに行ってくれたんです。キリトさんていうんですけど、その人とセツナさんが似ているなって思ったんです」

 ピナはテーブルの上で、セツナが分けてくれた《モランイチゴの実》を食べている。あの出来事はシリカの慢心が招いたことだ。もしピナを生き返らせることができなかったら、もしあの剣士に出会わなかったらと考えるだけで涙が出そうになる。それだけあの剣士のことはシリカにとって大きな存在だった。

 思えば、シリカがあの視線を感じるようになったのはピナを生き返らせてからそう日が経っていない頃だった気がする。前線に戻ったキリトに相談したかったが、攻略組である彼に「しばらく一緒にいてください」なんて言えない。そんなことを言うのはとても勇気が必要だし、シリカがキリトと一緒に前線に出るとしても足手まといになることは目に見えている。

「セツナさん、もしかして妹さんとかいます?」

 シリカの質問にセツナは眉をひそめた。表情を崩さないセツナにしては珍しい反応だった。当然かもしれない。この手のゲームで現実のことを聞くのはタブーらしい。シリカはMMOをプレイするのはSAOが初めてだが、1年以上ゲームの世界で暮らしてきたのだからそれくらい分かる。それでもセツナは答えてくれた。何となくだが、シリカは答えてくれるという確信めいたものがあった。彼も答えてくれたから。

「いや、姉が1人だけだ」

 予想とは違う答えだった。もしかしたらと思ったのだが、そんなに偶然の一致は起こらないようだ。でもシリカは嬉しかった。目の前の無表情な剣士のことを少しだけ知ることができた。

「なぜそんなことを聞く」

「あ、そうですよね。キリトさんがあたしを助けてくれたとき、なんでそこまでしてくれるんですかって聞いたら『妹に似てるから』って答えたんです。それ聞いたら何だかおかしくて、あたし笑っちゃったんです」

 話しているうちに、あの時の照れ臭そうな剣士の顔を思い出してまた笑ってしまう。せっかくの厚意に申し訳ないという気持ちはあるのだが。

「だからセツナさんにもキリトさんと同じで妹さんがいて、それであたしに良くしてくれるのかなって」

「俺は任務でお前と一緒にいる。それだけだ」

 セツナは無表情に言い放つ。その言葉で、シリカはセツナが一緒にいる理由を思い出した。自然と笑みが消えてしまう。

シリカがどこで何をしようと文句を言わずに着いてきてくれるのは、団長からそう命令されたからだ。セツナはシリカに何の感情も持っていないのかもしれない。本当は疎ましく思っているのかもしれない。

 でも、シリカはセツナの善意を信じずにはいられない。任務とはいえ、セツナがシリカの傍をずっと離れずに守ってくれていたのは事実だ。

「そうですよね、セツナさんにとってはお仕事ですよね。でも、セツナさんも良い人です。それはキリトさんと同じように」

「俺が……、良い人」

「はい! ピナもそれを知ってるから、セツナさんに懐いてるんです」

 シリカは真っ直ぐにセツナと目を合わせた。その瞳の奥で何を感じているのかは分からないが、その黒い瞳はやはりどこか彼と似ている。セツナはふっとため息をついて目線を逸らした。

「どうだろうな。その時近くを通りかかったのがそのキリトではなく俺だったとしても、同じことをしたと思うか」

「はい、思います!」

 シリカは力強く言った。セツナはどう反論すべきかコップを見つめて思索しているようだが、たとえセツナ自身が否定してもシリカが前言を撤回することはない。

 セツナが反論する前に、2人のテーブルに料理が運ばれてきた。シリカの前には《コラル牛チーズのラザニア》、セツナの前には《ボロネーゼ》が並べられた。味は申し分なかった。味以上にプレイヤーが作ったという温かみが、噛む度にシリカの体に染み渡っていく気がした。

 

 ♦

 

『情報なし。護衛と調査を継続する』

 ヒースクリフへのメッセージを送信し、セツナは客室の椅子に腰かけた。ウィンドウを出して武装解除し、寝巻のTシャツ姿になる。

 《トラットリア・オット》で昼食を済ませた後、シリカの提案で51層のフィールドに出て経験値稼ぎに励んだ。シリカのレベルでは安全圏とはいえなかったが、いざというときはセツナがいるので彼女の冒険を了承した。夕方までにシリカのレベルが3上がったところで切り上げ、主街区で夕食を済ませ宿を取った。

 アイテムストレージから《クリスタル氷山の雪解け水》をオブジェクト化し、瓶の中身を一気に飲み干す。HPを少し回復させるアイテムだが、宿で休めば全回復する。それでもセツナはこの無意味な行為をせずにいられなかった。セツナはテーブルに置かれた瓶を見つめた。月明りに照らされた瓶の水がクリスタルのような光を放っている。

 《トラットリア・オット》でのシリカとの会話を思い出す。3週間前、シリカはピナを蘇生させるために47層へ行った。同行していたのが話に出てきたキリトで、恐らくタイタンズハンドを牢獄に送ったのもキリトだろう。情報屋が、追加料金が発生すると言って教えなかったベータテスト出身の攻略組とは、きっと彼のことなのだと合致する。

 ピナを蘇生させたのが3週間前。シリカへのストーカーが始まったのも3週間前。あまりにも短絡的な推理だとは思うが、シリカのストーカーはタイタンズハンドの残党であると考えるのが妥当だろう。こんな推理をしたところで無意味かもしれない。

 セツナの仕事はオレンジプレイヤーを殺すことだ。シリカを殺そうとした者がいて、それを殺すためにセツナは彼女の護衛を名目にしている。

 目的をはき違えるな。目的はシリカのストーカーを殺すこと。彼女を守ることじゃない。セツナの秘密を知られたら、彼女も殺さなければいけないことを忘れるな。

 だから、このままシリカと一緒にいるわけにはいかない。こうしている間にも、ヒースクリフはセツナに回すべき案件を積み重ねているのかもしれない。そろそろ仕事を片付けなければ。

 セツナは自分が抱える焦りを自覚しながら、2本目の水を飲み干した。3本目に手を出そうとした時にドアをノックする音が聞こえ、セツナはウィンドウを閉じる。代わりに壁を叩いてポップアップメニューを出現させて部屋の灯りを点けた。

「あの、セツナさん……」

 シリカの声が聞こえる。セツナは椅子から立ち上がり、ドアへと歩き出した。

 

 ♦

「あの、セツナさん……」

 シリカはドアの前で返答を待ったが、何も聞こえない。時刻は23時だ。もう寝てしまったのかもしれない。やっぱり迷惑だ。そう思い自分の部屋へ戻ろうとした時、ドアが開いた。少しだけ開いたドアの奥で、セツナがシリカを見下ろしている。

「どうした」

 まさか出て来るとは思わなかったので、シリカは硬直してしまう。来た理由なんて考えてもなく、短時間で思いつくこともない。だからシリカは正直にいう事にした。

「あの、少しお話しませんか……?」

 ようやく声を絞り出したというのに、虫の息のようなかすり声になってしまった。とても恥ずかしくなって逃げたくなった。だがセツナはそんなこと気にしていないようで。

「なら下に行くか」

「いえ、あたしすぐ戻りますからここで……」

 シリカはまた、《トラットリア・オット》の時と同じように口を止めた。また余計なことを言ってしまった。しかもセツナは無言のまま、少しだけ開いたドアを更に開けてくれた。シリカはおずおずと中へ入りながら、恥ずかしさで火が点きそうになった。心細いからお話したいなんて、まるで子供だ。

 部屋で過ごすセツナは彼を印象付けるロングコートを脱ぎ、半袖の黒いTシャツ姿だった。昼間の服装が肌の露出を抑えていたからか、それとも着痩せするタイプなのか、部屋着のセツナは昼間の彼とは随分と印象が違った。全体で見れば細いが、ぜい肉がない腕はしなやかな曲線を描いており、体にぴったりと貼りつくシャツには6つに割れた腹筋が浮き出ている。少年らしさを残した顔には不釣り合いな体をしていた。

 アバターであるこの世界の肉体は暴飲暴食しても太らないし、いくら過酷なトレーニングを積んでも筋肉が付くことはない。おそらく、現実では何かのスポーツに熱を上げていたのかもしれない。だが戦いが日常茶飯事の世界に放り込まれたシリカには、彼の肉体が戦いのために作り上げられたもののように感じた。

 セツナはシリカを椅子に案内したが、シリカはベッドに座ることにした。ピナがシリカの頭に乗っかりながらうとうとしていたから、ベッドで寝かせてあげたいと思ったからだ。ピナはベッドの上で丸まってすやすやと寝息を立てている。可愛いなと思いながら、シリカはピナのふわふわとした背中を撫でた。

「何か飲むか」

 セツナはそう言いながら、マグカップにポットとランタンをオブジェクト化させた。ポットに水を注ぎ、お茶のパックを入れるとランタンをクリックして火を灯す。

「物持ちがいいんですね」

「ダンジョンじゃ必需品だからな」

 使っている器具は簡素で飾り気のないものだが、手慣れた様子を見るとやっぱり攻略組なんだと、シリカは見入ってしまう。シリカはこんな野営用の道具なんて持っていない。フィールドに出てもあまり探索せず、お腹が空いたらすぐ街に戻ってしまう。でもこの人は、ずっと迷宮にこもってモンスターと戦っているんだ。モンスターだけじゃない。アイテムやコルを狙うオレンジプレイヤーの恐怖とも戦っている。全てはゲームをクリアするために。

「セツナさん達が前線で戦っている時に、あたしはずっと中層で遊んでいて、申し訳ないです」

「そんなことを気にする必要はない。攻略組は好きで攻略に励んでいるだけだ」

「でも、あたしは何もできないです。ずっと、守られてばかりで……」

「下手に前線で戦って死なれては困る。中層で大人しくしてもらった方がありがたい」

 セツナは無表情のまま、マグカップに沸騰したポットの中身を注いだ。その表情の冷たさが、言葉の素っ気なさと相まって更に温度を下げている。

「味は期待しないでくれ」

 差し出されたマグカップをシリカは受け取る。そういえば、セツナから何かを要求されたのは初めてだ。何気ないことだけど、シリカは嬉しかった。シリカは湯気を立たせるカップを啜った。口の中に紅茶の苦みが広がる。《トラットリア・オット》で食後に飲んだ紅茶と比べたら粗末だけど、その温かさはシリカの冷え切った胸のつっかえを溶かしていった。同時に、それこそ自分がこの世界に来て失ってしまったものを思い出させた。

 シリカはベッドから立ち上がり、カップをテーブルに置いた。セツナは何事かとシリカを見やる。シリカはセツナの服を掴み、その胸に顔を埋めた。ポリゴンで構成されたその体は温かい。涙が溢れた。

「セツナさん……。あたし、怖いです……。いつまでこの世界に……、いなきゃいけないんだろうって………。パパに会いたい……、ママに会いたいよ………」

 ピナと出会えたことで、シリカの心に空いた穴は埋まったと思っていた。それは事実でもある。ピナがいたから、シリカは今日まで生き残ることができた。でもやっぱり、現実への恋しさは消えない。生き残ることだけを考えて忘れようとしても、それは大きな波のようにシリカの心に押し寄せてくる。

 家に帰りたい。

 両親に会いたい。

 学校に行きたい。

 友達に会いたい。

 シリカの頭にも温もりが訪れた。それはセツナの手だった。セツナは右手をシリカの頭に添えて、優しく抱きとめてくれた。

「ゲームがいつクリアされるかは分からない。だから、お前の望みがいつ叶うのかも分からない」

 とても冷たい言葉だと思う。でも、セツナの言っていることは事実だ。セツナは事実しか言わない。無責任に慰めをかけるよりも、事実だけを述べることが彼の優しさなんだ。

「でも今は安心していろ。お前を守ることが俺の任務だ。何があっても必ず守る。それだけは約束する」

 あまりにも素っ気ない言葉だ。でも彼の確かな優しさを感じ取ったシリカは、セツナの胸の中で涙を流し続けていた。

 ♦

 

 51層の街を歩きながら、シリカはチラリと横を歩くセツナを見る。セツナがその視線に気付きこっちを向くと、シリカは素早く前へと視線を戻す。さっき宿を出てからずっとこの調子だ。朝食を食べている間も、シリカはただ食事に集中して目の前に座るセツナを見ないようにしていた。

 原因は分かっている。昨晩シリカは散々泣いた後、自分の部屋に戻って眠りに落ちた。疲労感が一気に訪れて熟睡し、朝起きてようやく冷静になることができた。

 男の人に抱きついて、しかも泣いちゃった。

 もう完全に子供だ。しかもセツナの方はいつもの様子で、シリカに対する素っ気ない態度は変わらない。気にしているのが自分だけみたいで尚更恥ずかしい。

「シリカ」

「え? ぎゃっ」

 何かと俯いた視線を上げたら、前を歩いていたプレイヤーにぶつかってしまった。しかも顔面を向こうが身に着けていた鎧に。シリカは鼻をおさえながら「ごめんなさい」と謝罪した。

「ちゃんと前見て歩け」

「はい……」

 年齢差は兄妹といったところだが、まるで親子みたいなやりとりだ。恥ずかしい。

 冷静ではなかったにしても、あんなことをするなんてシリカ自身も思わなかった。いくら彼に似ているからって、我ながら何て大胆な行動に出てしまったのだろう。泣き虫だと思われてしまっただろうか。誰でも泣きつくような子だと思われたくない。これからどんな顔をすればいいのだろう。悶々とした羞恥に潰されそうになりながら、シリカは半歩前を歩くセツナの背中を追いかけた。

 2人は一言も会話を交わさないまま、街の転移門広場から目的地へと転移した。目的地である第39層の街を出て、東の森の中へと入った。

「この先か」

「はい」

 昨日夕食を食べながら話し合ったサブダンジョン攻略に向けて、2人は森の中を突き進んだ。この森を抜けた先に無人の古城があって、そこでレアアイテム取得のクエストが発生するらしい。提案したのは珍しいことにセツナだった。シリカは賛同した。それ以外にセツナへの恩返しが思いつかなかった。こんなことを言えば、「任務だから気にするな」と返されそうだ。

 道中で何度かモンスターと出くわしたが、2人ともノーダメージで切り抜けることができた。経験値がシリカに多く振り分けられるようにと、セツナはアシストに徹していた。目的がクエスト攻略で良かったと、シリカは安堵した。モンスターと戦う間は、緊張感が高ぶって恥ずかしさが消える。

「結構進みましたね」

「ああ、城はもうすぐだ」

 倒したモンスターのドロップアイテムと経験値を確認し、2人が歩き出した時だった。

「コリドー・オープン!」

 その高々とした声と共に、目の前の空間が青白い光を放って渦を巻き始めた。同時にセツナがシリカの背後に回り、どこから現れたのか見知らぬメイス使いの男が放ったソードスキルを自分の剣で受け止めた。しかしその衝撃を受け止めきれず、2人もろとも光の渦へと飲み込まれていった。

 一瞬の光の後、シリカは固い地面に転んだ。ピナが顔を近付けて泣き声をあげる。そこはとても暗かった。壁に松明が灯っているが、それは周りを申し分程度に照らすだけですぐに闇の中に溶けてしまう。2つの松明の間にうっすらと両扉がそびえ立っているのが見えた。人間の背など優に越している。

「迷宮…、回廊結晶か」

 既に立ち上がっているセツナがそう呟いた。

「迷宮…、どうして?」

「回廊結晶の出口にこの迷宮が設定された」

 シリカは立ち上がり周囲を見渡した。2人を取り囲むように、ざっと6人が武器を構えていた。全員カーソルがオレンジだ。更に2人が出てきたであろう光の渦から、もう1人が出て来る。その1人が出てきたところで、光の回廊が消えた。

「ったく、貴重な回廊結晶を2個も使う羽目になっちまった。KoBの連中が通りかかるなんてタイミング悪すぎだぜ」

 回廊から出てきたグリーンカーソルの男が頭をぼりぼりと掻きながら言った。斧を構えたオレンジの1人が笑いながら言う。

「さあて、どうやって殺すよ。ボスの間に引きずり込んで死ぬところ見るか?」

「バーカ、ここで殺すに決まってんだろ。このチビをなぶり殺してやんだよ」

 シリカには何が起こっているのか理解できなかった。とにかく絶体絶命としか分からない。

「シリカのストーカーか」

 セツナが賊にそう聞くと、グリーンの男が手に持っているメイスの柄を地面に叩きつけた。その顔は怒りに歪んでいる。シリカはその目を知っている。ずっとシリカが怯えていた射抜くような視線。それはこのメイス使いだったのだと。

「ああそうさ。そいつのお陰で俺達のリーダーは牢獄に送られたんだ。そこのガキが連れ込んでたビーターによ」

 グリーンの男がメイスでシリカを指した。そしてシリカはようやく彼らが何なのかを理解することができた。あの真っ赤な髪と唇の女性が率いていたオレンジギルド。

「タイタンズハンド……」

 その答えをセツナが代弁した。

「でもどうして、キリトさんが全員牢獄に送ったはずじゃ……」

「完全に潰れたわけじゃないということだ」

 2人の声をかき消すように、グリーンの男がメイスの柄を床に叩きつけた。渇いた音が通路に響き渡る。

「こんなことのために最前線の迷宮をマッピングしたんだ。きっちり礼はしてもらうぜ。まずはガキをなぶり殺しにする。んでKoB! てめーはボスの間で1人ボスと戦って無様に死んでもらう」

 賊は皆自分の得物を構え、一斉に2人めがけて走り出した。シリカは腰のダガーに手をかける。だがその手はセツナに掴まれた。その不可解な行動に「え?」とシリカが呆気に取られている内に、セツナは右手でシリカを、左手でピナを抱えると床を蹴って駆け出した。

「わああああああああ!」

 セツナは賊の間を縫うようにして包囲から抜けると、ボスの間とは逆方向の通路を走った。後ろから「追え!」という声が聞こえるが、その声はすぐに小さくなって消えてしまう。シリカの視界に、通路に灯る松明の残像だけが映った。まるで車でトンネルの中を走っているみたいだ。

 通路の途中でセツナは止まり、両腕に抱えたシリカとピナを下ろした。ジェットコースターに乗った後のようだ。頭がくらくらする。セツナは剣のホルダーに取り付けていたポーチから青い結晶アイテムを取り出し、それをシリカに手渡した。

「これで脱出しろ」

「セツナさんも一緒に――」

「俺は奴らを捕縛しなければならない」

「嫌です!」

 叫ぶように言ったシリカは、セツナの腕を両手で掴んだ。

「あたしを守ってくれるなら、一緒にいてください!」

 セツナが数瞬の沈黙の後、「分かった」と言ったところでシリカは手を放した。セツナがポーチからもうひとつの転移結晶を取り出す。

「団長に報告する。グランザムに行くぞ」

「はい!」

 2人は転移結晶を掲げた。

「転移、グランザム!」

 通路に響いた声は、シリカの声だけだった。「え…」と、シリカは無言のまま転移結晶を掲げるセツナに視線を向ける。セツナは何も表情に出さない。シリカの手の中の転移結晶が砕けた。

「いや! セツナさ―」

 最後まで言い切る寸前で、シリカの視界は青い光に覆われていった。

 ♦

 

 賊はすぐに追いついてきた。敏捷度にものを言わせての全力疾走だったのだが、案外早かったなと思う。賊はセツナの姿を見て眉をひそめていた。彼が身に着けているものが先程とは正反対の黒いコートだったからだ。

「ガキは転移したのか。にしてもてめー、たった1人で俺達を相手にするってのか。着替えた割には随分と粗末な装備じゃねえか」

 メイスを担ぐ男はセツナをせせら笑った。

「おいお前ら、こいつに麻痺毒をかけておけ。俺はガキを探す。確かグランザムって聞こえたな」

 メイス使いが腰から転移結晶を取り出す。それを宙に掲げる前に、セツナは賊の最後尾にいるメイス使いの腹を剣で貫いた。何が起こったのか分からないという表情のまま、メイス使いは自分の死を理解しないまま砕け散った。

 セツナは背後を振り向く。賊はカーソルがオレンジに変わっているであろうセツナに凍り付いた視線を向けた。賊の1人が震えた声で言う。

「こ、こいつまさか……、オレンジプレイヤーを殺し回ってるっていう……」

 セツナはゆっくりとフードを被る。シリカを殺すことは避けられたようだ。ふと、セツナは自分が安堵していることに気付く。しかし、その安堵の理由を追求するのはひとまず置いておこう。まずは仕事を片付けなければ。

「オレンジのお前達は圏内に転移できない」

 セツナは松明の光を反射する銀色の剣を携え、目の前の標的へと突っ込んでいった。

 ♦

 

 視界に映る時刻が、15時43分を表示していた。ゲートに入る者、またはゲートから出て来る者で転移門広場は主街区で最も人が集まっている。昼間は絶えず人が出入りするため、ピナを肩に乗せたシリカは広場でその出入りを見逃すまいと注視し続けていた。

 転移結晶でピナと一緒にグランザムに転移してすぐ、シリカは血盟騎士団の本部へ向かい助けを求めた。

「セツナさんが迷宮区に取り残されたんです! 助けてください!」

 本部の入口で門番に止められたシリカは喚くように言った。門番に何層の迷宮かを聞かれ、最前線と答えたら門番は驚愕の表情を浮かべていた。

「最前線って60層か!? あそこの迷宮はまだマップデータが公開されていないんだ。そう簡単に捜索隊を出すわけにはいかない」

 59層も3日前に解放されたばかりで、60層の迷宮攻略もあまり進んでいないらしい。ギルドに所属していても、迷宮区にいてはリストから居場所を確認することができない。ヒースクリフも攻略のために出払っていた。何を言っても動きそうにない門番2人にシリカは「もういいです!」と吐き捨て、転移門広場へ引き返しはじまりの街へ行った。

 黒鉄宮にある生命の碑でシリカはセツナの名前を探した。彼の名前に死亡を示す横線が引かれていないことを祈りながら。シリカが見つけた《Setsuna》という名前には横線も引かれず、死亡日時も死因も記されていなかった。ひとまず安堵したシリカはグランザムに戻り、転移門広場でずっとセツナの帰りをピナと一緒に待ち続けた。昼食時を跨いだが、食欲なんて湧かなかった。14時半にはヒースクリフ率いる血盟騎士団が列を成して帰還してきた。今日の迷宮攻略を切り上げたらしい。周囲のプレイヤー達が歓声に沸く中、シリカはヒースクリフに駆け寄った。シリカが何か言う前に、ヒースクリフは事を察してシリカを本部の応接室に案内して話を聞いてくれた。ヒースクリフならギルドの仲間であるセツナを助けてくれると思っていた。

「ボスの間までマッピングはできていないのが現状だ。いたずらに危険を冒すことはできない」

 ヒースクリフの言葉は、シリカの胸に冷たい刃を突き刺すようだった。それを聞いてシリカはとうとう我慢の限界を迎え、端を切ったように涙を流して喚いた。

「どうしてすぐに助けようとしないんですか! あなたの仲間なのに! あんな良い人を見殺しにするなんて最低!」

 ヒースクリフは迷宮の攻略にセツナの捜索も兼ねると言ったが、それは火に油を注ぐような発言だった。それではまるでセツナのことは「ついで」みたいだ。

 結局セツナを助けるために誰も、シリカも動けないまま、グランザムの転移門広場で待ち続けている。ゲートから出て来るプレイヤーの顔を凝視して彼を探し続けた。夜になってプレイヤーの数もまばらになり、シリカはその日は諦めて宿に行った。宿のベッドで横になっても、シリカは寝付けなかった。次の日の早朝、一睡もできなかったシリカはピナと一緒に転移門広場でプレイヤーの出入りを見ていた。朝から夜まで待ったが彼は現れず、シリカはその日も宿に泊まった。その日の夜も一睡もできなかった。流石に足がふらつきながらも、早朝にシリカはピナを連れて転移門広場まで足を運んだ。

 まだ生きているのかな?

 眠気でぼんやりとしながら、ふとそう思った。また生命の碑に行ってみようとシリカは歩き出したが、2日も睡眠を取らなかったせいで足元がおぼつかなくなり、自分の足につまずいたシリカは倒れ込んだ。だが地面に衝突する前に、親切なプレイヤーがシリカの体を抱きとめてくれた。お礼を言わなくちゃ。そう思い顔を上げた。

 

「ちゃんと前見て歩け」

 

 その素っ気ない声がシリカの耳孔に入り込んでくる。その顔は相変わらず無表情だ。何事も無かったかのように彼はシリカにその黒い瞳を向けた。

「セツナさん!」

 その名前を呼んで、シリカは目に涙を浮かべながら彼に抱きついた。人目もはばからず、周囲のプレイヤーの視線などお構いなしにシリカはセツナの胸に顔を埋めて泣いた。あの夜と同じように、セツナはシリカの頭を撫でてくれた。

「心配かけて済まなかった。もう大丈夫だ」

 ♦

 

 転移門広場で散々泣いた後、シリカはその場でセツナの胸に顔を埋めたまま眠ってしまった。いくら呼びかけても起きる様子が無かったため、抱きかかえて宿まで運んだ。セツナもその日は宿で睡眠を取ることにした。迷宮区からの脱出、カルマ回復クエストにそれぞれ1日を要したせいで休む間もなかった。

 次の日の朝、宿屋のロビーでシリカのファンらしき男から、彼女が2日間ずっと転移門広場にいたことを聞いた。

「シリカちゃんを泣かせるなよ」

 その男はセツナにサムズアップして宿を出ていった。何やら勘違いをされているらしい。しばらくはアインクラッドで面倒なゴシップが出回りそうだ。

 9時になってようやく起きたシリカを連れて、セツナはギルド本部へ行った。会議室でヒースクリフに「タイタンズハンド残党の捕縛」という形式上の報告を済ませ、その報告をもってようやくシリカ護衛任務の終了を告げられた。

 本部の扉の前で、シリカは深く頭を下げた。顔を上げると、そこには屈託のない笑みが浮かべられていた。

「セツナさん、本当にありがとうございました。何かお礼しないと……」

「任務だ。必要ない」

 ウィンドウをスクロールするシリカに短く言い放つ。シリカはその態度に気を悪くした様子はなく、むしろ笑っていた。

「セツナさんならそう言うと思った」

 一体何がおかしいのか。誰かに似ていると言ったり、いきなり抱きついたり。この少女が自分に何を思っているのかさっぱり分からない。更に理解不能なことに、笑っていたはずのシリカは視線を落とし、ぼそりと呟くように言葉を発した。

「また、会えますか?」

「会えるさ。生きていれば」

 セツナがそう言うと、シリカの表情が明るくなった。表情がコロコロと変わって忙しいなと思った。

「じゃあ絶対生きて、また会いましょう!」

「ああ」

 シリカが右手を差し出してきた。拳を握っているが、小指だけ立っている。

「約束です」

 察しの悪いセツナにシリカが口をとがらせた。セツナも右手を出し、小指をシリカの小指と絡めた。

「約束だ」

 シリカは軽い足取りで街の群衆へと紛れていった。その姿が見えなくなるまで何度か、こちらを向いて手を振っていた。セツナは本部の中へと戻り、螺旋階段を上って再び会議室の扉を開ける。

「改めてご苦労だった、セツナ君」

 椅子に腰かけるヒースクリフが、さっきと同じように労いの言葉を述べた。今日もヒースクリフ以外の4席は空いている。

 シリカは元の日常に戻った。そしてセツナもまた、元の日常に戻る。

「早速だが次の任務だ。案件が山積みになっている」

 


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