ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト 作:hirotani
「お疲れ様です、団長」
門の前で佇む団員に「ああ」と気のない返事をして、セツナは第1層の迷宮区目前に位置するトールバーナの街に足を踏み入れる。
上層の主街区よりも規模が大きい街は賑わいを見せている。小さな噴水のある広場では商人達が露店を広げ客引きに忙しい。とりわけ繁盛しているのは新聞屋で、号外が積まれたテーブルにプレイヤー達はこぞって集まっている。
「セツナ団長!」
誰かがそう言うと、広場にいるプレイヤー全員の視線が、嫌でも目立つ真紅のコートを着たセツナに集中した。中には目もくれずに歩き続ける者もいるが、恐らくNPCだろう。目を輝かせた、年の近そうな少年剣士が近付いてくる。
「ようやく
少年が手にする新聞には、大きく【
「処刑は何時にするんですか?」
「午後の1時だ」
「絶対に見に行きます!」
少年は尻尾を振る子犬のように騒いでいる。自分が何を言っているのか分かるのかと聞きたい。公開処刑なんて趣味の悪い見せ物を主催しておいて無責任な質問であることは自覚している。
これからあんたが見るのは殺人なんだぞ。目の前で人が死ぬことに耐えられるのか。それとも、あんたも現実で死ぬなんて信じない輩なのか。
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
セツナを取り囲む群衆が口々にそう言ってくる。一点の曇りもない賛辞と熱狂。セツナは人垣をかき分けながら進み、広場から抜け出すと狭い路地へと入る。
腹の底で何かが暴れているような感覚を覚える。それが胃もたれという、この世界では起こるはずのないものだと気付くのに少しばかり時間を要した。
誰にありがとうと言っている。
俺は死神で、多くの人間を殺して、ギルドの分裂を起こして、抗争にアインクラッド全土を巻き込んだ悲劇の元凶だ。
それなのに、彼等のセツナに対する感情は目に見えて変わっていった。団長になった当初は懐疑の目を向けていたのに、聖竜連合との抗争が激化してからはグランザムに行くと凱旋パレードのように歓声を向けてきた。
ポリゴンの体なのに吐き気を覚え、口を手で覆う。何も食べていないし、それ以前に胃自体が存在しない。口から出るのは吐息と糸を引く唾液を模したオブジェクトとエフェクトだった。
気分が少し落ち着くと、装備を普段着の黒コートに切り替える。フードで顔を覆い隠し、再び街へと繰り出す。
広場から南に伸びる路地ではプレイヤー達が長蛇の列を成している。列を追っていくと、横幅のある血盟騎士団の経理係がチケットを売っている。傍に【公開処刑見物チケット販売】と書かれた旗を立てて。
「お兄さん、エールビールいかが?」
両手に瓶を持った女性プレイヤーが話しかけてくる。顔を見られないよう俯き加減を維持する。
「代金は」
「今日は特別にタダよ。こんな日は飲むに限るわ」
「そうか。じゃあ1本」
にっこりと笑う女性から瓶を受け取り一気に煽る。喉を鳴らし、口の端から零れるのも構わず飲み干し、口元についた泡を手で拭う。
「良い飲みっぷり!」
そう言って売り子の女性は次の客のもとへと歩いていく。
処刑が娯楽として見せ物にされていた時代があったことは知っている。そんな時代でも、親は子に「命は大事にしましょう」だなんて言い聞かせていたのだろうか。
命は大事にしましょう。
アインクラッドでもその倫理は守られていたはずだ。人の数は減るばかりで、いくら男女が体を重ねてもポリゴンの肉体で子供を産むことはできないのだから。たとえ犯罪者でも生かして監獄に送るというのがセオリーだった。なのに、トールバーナにいる連中はどうだ。
命は大事にしましょう。ただし、犯罪者の命はゴミと一緒に捨てましょう。
セツナは、公開処刑を行うにあたってプレイヤー達から反感を持たれる覚悟でいた。なのに、彼等の反応は正反対だ。処刑される男の死を望み、喜び、殺すセツナに賛辞を送っている。
これが
街を南へと進むと、地面を掘って作られたすり鉢状の劇場へ辿り着く。古代ギリシャの様式で作られた劇場はそれほど大きくはないが、100人は入れるほどのキャパシティがある。この劇場では毎週金曜日にNPCによる演劇が催され、プレイヤーでも予約すれば使用は可能だ。
階段状に整備された観客席を下り、演者用の控え室の前に行くと、扉の前にいる団員が「立ち入り禁止だ」と行く手を阻んでくる。そこで自分の顔が彼には見えていないことを思い出し、セツナはフードを脱ぐ。団員の表情が憮然から唖然へと変わる。
「団長、これは失礼しました!」
慌てて敬礼する彼を「いや、いい」となだめる。
「団服だと街を歩き辛くてな」
「団長はいまや英雄ですからね。皆、団長に感謝していますよ」
「俺が死神でもか」
「我々を守るため、だったじゃないですか。団長が我々のために尽くしてくれたことは理解していますよ」
この団員はセツナの団長就任当初、よく命令に異議を唱えていた。死神に攻略なんて任せられないと。団長に死神は相応しくないと。
彼もまた、広場の少年剣士と同じ眼差しをセツナに向けてくる。もううんざりだと思いながら、セツナはドアへと視線を移す。
「
「ええ、中にも2人を見張りとして入れています」
「
「ずっと付けさせたままですが、本当なんですか? 奴の言葉を聴くと人殺しになるって」
「奴はそうやって他人に殺させてきた。自分の手を汚すことなく」
「どんな魔法ですか、それ」
団員は笑いながらそう言った。セツナはドアを開ける。それほど広くない楽屋の中心で
「お疲れ様です、団長」
「ご苦労。少し外してくれ。その男と話したいことがある」
「よろしいのですか? 万が一拘束を解かれたら………」
「万が一のために、ドアの前で待機してくれ」
団員達は互いに目を合わせた後、「かしこまりました」と部屋を出ていった。ドアが閉まれば、システムの保護によって外に話し声が漏れることはない。
セツナは
「いいのか? 俺が喋るとお前は人殺しになるかもしれないぞ」
「元々人殺しだ。あんたに人の殺意を解き放つ力があるとしても、もう解き放たれている俺に効果はないんじゃないのか」
「そうだな。お前は俺を殺す気満々だものな」
視界に映る時刻は9時を回った。あと4時間で死ぬとは思えないほど、
「あんたは言っていたな。俺達のやり方は本質的には同じだと。あんたには、血盟騎士団の団員が聖竜連合のメンバーと同じに見えるのか」
「ああ、見えるな」
「殺意を引き立たせるのに個を基準とした生存競争を下地にしているなら、あんたの言っていた事とは矛盾している。俺達は血盟騎士団という集団を存続させるために戦っていたはずだ」
「いや、矛盾はしていないさ」
「どういうことだ」
「他人に対する暴力性や殺意ってのは、要は利己的な思考だ。最初こそ自分1人が得するために他人を蹴落そうとするが、自分と同じ思考の集団に入れば、仲間を蹴落とす理由はなくなる。目的が同じなら結託したほうが得だし、収穫の持ち分が少なくても1人でいる分より生存可能性も高まる」
「利他的になるのも結局は自分のためということか。たとえ自分のためでも、最終的に人間は集団意識が強くなるのか」
「その通り。多少の自由はなくなるが、命には換えられない。選択肢の中に殺しを入れるよう思考を誘導させることはできるが、その後はそいつ次第だ。解き放った殺意はひとり歩きして、自分のために殺すか集団のために殺すかはそいつが選択する」
「だが解き放たれた大半の殺意は、集団への帰属として機能していたと」
「その通りだ」
「聖竜連合も
「聖竜連合はそうだな。だがラフコフは違った。あれは元々自分のことしか考えないゴミ野郎共ばかりを集めた。だからこそあいつらを人殺しにできたんだが、ゴミがいくら悪事を働いても結局はゴミだ。どうせなら誇り高き騎士達をゴミに突き落とすほうが面白い」
討伐戦の思い出に浸っているのか、
「あんたの趣味を聞くつもりはない。あんたはプレイヤーを扇動していくのに、ひとりひとりに言葉を聴かせていたのか」
「いや、風潮ってのは伝播するもんだ。ほんの数人に聴かせれば、後はネズミ算式に広がっていく。まるで波のようにな」
「制御することはできないのか」
「できないね。洗脳や催眠術とは違う。ああいうのは意識や思考を無理矢理捻じ曲げる。俺は思考に殺しというワードを追加させただけだ。殺しも十分得なやり方だとな。まあ、洗脳してやったのも何人かいるが。例えばギルバートとか」
「ギルバートを通じてあんたの言葉をギルド中に伝播させたわけだな」
「あいつはちょろい奴だった。お前に負けたことを根に持ってたからな」
他の団員達の前で敗れたギルバートの醜態。その羞恥がセツナに対する憎悪となり、殺意へと昇華してしまった。だとすると、あのときから既に混沌の兆候があったのだ。
「集団のために、排斥するために殺すのだとしたら、もう排斥の対象がなくなった集団はどうなる」
セツナの質問に
「晴れて本来の目的に向かって動き出すだろうな。お前が言っていたように、殺しは手段に過ぎない。ナチスがユダヤ人を絶滅させることができたら、より一層国の結束は強くなっただろうよ」
「意思が統一されれば、もう殺意の波は引くのか」
「そいつはどうかね。全員で目標に向かって馬鹿歩きするに違いないが、この世界は少しばかり特殊だ。殺す対象が人からモンスターに変わるだけで、殺意が鳴りを潜めることにはならない」
この殺人鬼は、扇動は現実での仕事で必要なスキルだったと言っていた。なら彼は、現実でも他者を殺戮へと駆り立てていたことになる。だとしても、現実でも数千数百という規模の扇動を容易に成し遂げていたのだろうか。法が整備された日本で暴力や殺人なんてかなりのリスクが付きまとう。決して洗脳ではなく思考が正常に機能した状態であれば、リスクを考慮して犯罪は踏み留まるはずだ。
しかしこの仮想世界は、現実とは倫理観が異なっている。社会が築かれているにしても、犯罪者はカルマを回復するだけで免罪され、司法による裁きはない。現実では持ち歩いているだけで逮捕される剣や槍を持ち、日常的にモンスターを殺しているプレイヤーには、既に何かを殺すことに躊躇がなくなっている。
「アインクラッドの環境が、殺意を解き放つのに適しているんだな」
「お前………」
「あんたの力を有効活用してやる」
セツナがそう言うと
「面白い奴だよ、お前は。殺すほどの魅力はないがな」
「光栄だ」
セツナは皮肉を飛ばす。
「お前と一緒にいれば、俺の心は埋まるのかもしれないな」
随分と長く話し込んでいるうちにすっかり忘れていた。この男はあと4時間後に死ぬのだ。
「それは残念だな。あんたの命は残り数時間だ。これから先のことを知ることはない」
「確かに。でもいいさ。もう何もかも」
考えてみれば、この男が捕まってしまうことがおかしい。1年と約半年前からアインクラッド中がこの男を捕まえようと探し回り、ギルド討伐まで追い込んだにも関わらず捕縛することはできなかった。あの晩も、圏外村のギルドハウスなんてPKリスクの高い場所を拠点としていたのも
「そんなにキリトを愛していたのか。何もかもどうでもよくなるほど」
「ああ。愛なんて利用しやすいもんだと嘲笑ってた俺が、愛に突き動かされるなんて皮肉なもんだな。俺の心は空っぽだよ。あいつが死んだ後も、あいつの代わりになるものを探し続けた。お前が血盟騎士団の団長になったと知ったとき、お前なら愛せるかもしれないと思ってた」
気色の悪さに悪寒が走るが、セツナに
「俺はキリトにはなれない」
「こうして話せば確信できるさ。お前はあいつとは違う。あいつは光を求めようとしていたが、お前はどうだ。ただ真っ直ぐ暗闇の中、地獄へと迷うことなく進んでるじゃねえか。お前を殺せたって俺は満たされない」
「今でも、キリトを愛しているのか」
「ああ」
この男は正気のまま、自分の行動が何をもたらすかを自覚した上で選択してきたのだ。殺すことも、愛することも。
「こんなことを言うのは癪だが、あんたが羨ましいよ。大切な人を愛してると言えるのは」
「お前も大切な人がいるのか?」
「いた。でも死んだ」
「そいつを今でも愛しているのか?」
「愛している、と思いたい」
「何だ、煮え切らない言い方だな」
セツナはいつの間にか、自分の口調が穏やかになっていることに気付く。
「確信が持てない。俺は彼女のことを愛していたのか。彼女は俺を愛してくれていたのか」
「まるで『美女と野獣』だな。真実の愛を得られなければ、お前はずっと呪われたままってことか」
そういえば、とセツナは思い出す。ナミエはディズニーの美しく脚色された「美女と野獣」が好きだった。彼女はこう言っていた。
「最初からお互い好き好きってなるより、2人が愛し合っていく過程が良いと思うの。そっちのほうがわくわくするじゃない」
野獣は真実の愛を見つけなければ人間に戻れない呪いをかけられた。野獣とベルが互いに愛し合うことが、2人の愛を真実と証明する。
なら、証明されるまで2人が互いを思う描写は愛と呼べないのか、とセツナは思う。ベルの解放を許したときの野獣は、既にベルを愛していたと言えるのではないかと。解放されたベルが野獣のもとへ戻った時点で、既に彼女も野獣を愛していたのではないかと。
「もう今となっては、真実の愛と証明できなくなってしまったが」
「辛いことだな」
「あんたの愛は、真実と言えるのか」
「人を愛することに真実だとか偽物だとか、いちいち証明書を発行しなきゃならないのかね」
「要は自分次第だな。そいつを愛していたか愛していなかったかは」
「あんたに愛について説教されるなんてな」
「俺だって思ってもみなかった。愛なんてあいつと出会うまで知らなかった。俺達は似た者同士だ。愛する者を失って、空っぽのまま生きる。ただし俺はこれから死ぬ」
「怖くないのか」
「死ぬのが怖いのは、この世でやり残したことがあるからだ。俺にはもう未練はない。むしろほっとしてるくらいだ。あいつがいない生き地獄から解放される」
「おっと」と
「お前からすれば、この言い方が一番いいか」
セツナにはその言葉の意図が分かる。両手を縛られた
「地獄はここにある」
この間までタイトルすら思い出せなかったというのに、その台詞が深く頭のなか、脳のなかに刻まれている。始めから地獄に堕ちるよう作られた構造。地獄とは神秘的な神の産物ではなく、人間が創り出す物質的な産物なのだ。セツナは今、自らが創り出した地獄に自分から堕ちている。罰の業火も番犬による八つ裂きもなく、放置されたまま無為に赦しを求めて彷徨っている。
「最期にお前と話せて良かった。楽しい時間だったよ」
「そうか」
それだけ返すと、セツナは再び
「ヴァサゴ・カザルス」
布を口に挟もうとしたとき、
「俺の現実での名前だ」
ゲーマーというのは、現実での自分を殆ど話さないという。それは彼等がゲーム上では別の人生を過ごすという意識からくるもので、中には現実での自分を嫌悪している者すらいるようだ。
現実どころかアインクラッドでも謎だらけだったこの男は、最期に現実での存在を示す名前をセツナに明かしてきた。もうすぐ死ぬからという虚構からなのか、それともセツナに何かを託そうとしているのか。その意図は分からないが、質問なんて野暮なことをする気にはならなかった。意図なんてものは、本人が胸の奥にしまっておくに限る。
「
布を噛ませ後頭部で縛りながら、セツナはそう言った。口から出たのは紛れもなく本当の名前で、この世界にやって来たときに持ち込んできた現実での意識が付随するはずの名前だった。それなのに、
部屋から出ていくとき、一度だけ
♦
トールバーナの宿屋で3時間ほど睡眠を取った後、セツナは劇場へと戻った。
地面をくり抜いて造られた劇場の斜面は階段状の観客席になっている。底にある舞台を取り囲むように、催される演劇を見下ろす。客席は既に満席で、チケットを入手できなかった者達はすり鉢の淵に立って底を除こうと首を懸命に伸ばしている。
団員の案内で裏口から楽屋へと入ったセツナは、装備を団長用の紅コートへと切り替える。襟を整えながら、隣に立つ書記係に尋ねる。
「聖竜連合の様子は」
「大人しくしています。ケルシュにいた親衛隊が主街区に攻めてきましたが、それほどの数ではなかったので鎮圧は完了しました」
「死者は」
「こちらに死者は出ていません。聖竜連合のほうは少なくとも13人の死亡が確認されています」
「そうか」
ひと呼吸おいて、書記係は淡々と言った。
「そろそろお時間です。舞台のほうへ」
「ああ」
腰に吊ったハーディスクラウンを少し抜き、刀身の赤みを確認すると鞘に納める。舞台へと繋がる四角に切り取られた光の先から歓声が聞こえる。その光に向かってセツナはゆっくりと歩き出す。
外に出ると光量の著しい変化で視界がホワイトアウトを起こす。視力が回復しつつあるなかで、来たときよりも大きさを増した歓声が耳の中で渦巻いてくる。
やがて視力が完全に回復する。視界を埋めているのは、すり鉢の斜面からセツナを見下ろす観衆。そして前方数メートル先には、2人の団員に挟まれるように
セツナがゆっくりと
セツナが剣を抜くと、歓声がぴたりと止んだ。
劇場に緊張が走り、観衆が固唾を飲んでこれからのショーを静かに待つ。セツナは後頭部にある布の結び目を斬る。切れた布は床へ落ち、ほどなくして砕け散る。観客席から微かなどよめきが聞こえた。
「最期に言い残すことはないか」
セツナがそう言うと、
やがて、
「お前達は俺のことをこう思っているだろう。血も涙もない鬼、悪魔だとな。だが、俺は人間だ。お前達と同じように笑い、泣き、誰かを愛する心を持った。今日、お前達は1人の人間が死ぬ光景を目撃する。この殺戮ショーを思う存分楽しめばいいさ。だが忘れるな。鬼でも悪魔でもない俺が死んでも、何も変わらない。お前達のなかに、殺意というものがある限りな」
すり鉢状の劇場は音響効果に優れた構造で、
「イッツ・ショウ・タイム!」
その言葉で締め括った
「さあ、ひと思いに頼む。セツナ」
セツナにしか聞こえないほど小さな声で、
斬撃とソードスキルの音響エフェクトが、劇場に響き渡った。
片手剣上段技《
遅れて割れんばかりの歓声が雪崩のように押し寄せてくる。歓声に包まれているなか、セツナは蒸発しながらも最期の瞬間まで自己主張するように煌めく
たった一撃。
そう、たった一撃で最悪の殺人鬼は消滅した。
システムのオーバーアシストもなく、他のプレイヤーと同じようにありふれた存在であり、ガラスに似たポリゴンを散らして。
観衆の反応は、ある意味
彼が観衆に向けた言葉は呪詛だったのだろうか。それとも祈りだったのだろうか。
ヴァサゴ・カザルス。
彼はセツナに、その名前と共に何かを託したのだろうか。託すとしたら、やはりこれからも発信しようとした悲劇の台本だろうか。いや、彼のやり方でいえば曲の楽譜というべきか。様々な憶測が頭蓋を駆けまわっていくが、彼が死んでしまった今となっては分からない。これから起こる変遷から、
ヴァサゴはこの世界が続く限り、アインクラッドを恐怖と混沌に叩き込んだ大罪人として語り継がれていくことだろう。
大半の死者は語られることなく忘れ去られていく。寂しい花畑で消えていったゾディアーク。宵闇のなかで首から腹を裂かれたギルバート。思考を操られたまま頭を割られたレブロ。仲間に看取ってもらえなかったクライン。他にもセツナが人知れない場所で殺した者達。そして、ナミエ。
人々に存在を、言葉を残すことができたヴァサゴは、罪人の中で最も名誉ある死を遂げることができたのかもしれない。
今回のお話を読んでこれからの展開に嫌な予感がする方もいるかもしれません。ちょいとネタバレですが、そう思ったあなたは正しい。