ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト   作:hirotani

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第2話 気持ちには言葉を

「おめぇ助かったぜ。あのままじゃ全滅してたわ」

 第50層の森林に、その男の明朗な声が響いていた。

 クラインと名乗るその野武士然としたプレイヤーと彼の5人いるパーティメンバーは、1人を囲み感謝と賞賛の言葉を次々と投げかけてくる。彼らの中心にいるセツナが憮然とした表情のままでも、機嫌を損ねることなく止むことがない。

 一仕事終えたセツナが帰路についていた道中、獣人タイプのモンスターを相手どっていた彼らを見つけた。苦戦しているようだったから、セツナはその戦闘に乱入した。人助けのつもりはない。ただセツナのレベルなら簡単に倒せると思ったからだ。

 予想通り、セツナは一撃でモンスターを撃破した。モンスターとクラインの間に割って入り、モンスターの首を落とした。そうしたらこの有様だ。既にアインクラッドは53層まで解放されたが、この50層も解放されてから日は浅い。彼らのように前線で戦おうとするプレイヤーがレベル上げに精を出すのも珍しくはなかった。

 そんな彼らにとって、数人がかりで苦戦したモンスターを単独撃破したセツナは目指すべきプレイヤーなのだろう。だからこうして賞賛の声をあげ、スキルや装備など色々とあやかりたいのだ。

 別に感謝されたり賞賛されたりするのは嫌いじゃない。でもセツナはあまり自分のことを他人に話すことは極力避けたい。性格的な問題もあるが、仕事上の問題が大きい。

「なあ、良かったらフレンド登録してくんねーか。俺たち、おめぇみてーにもっと強くなりてーんだよ」

 クラインが指を動かしウィンドウを開いた。でもセツナはその動作をしない。

「断る。俺は暇じゃない」

 それだけ言ってセツナは他のパーティメンバーをすり抜けるように歩き出した。暇じゃないのは嘘じゃない。彼らに戦い方をレクチャーしている時間はない。

「おい!」

 背後からクラインの声が聞こえた。セツナの態度に腹を立てたのか。そう思ったが、クラインがセツナに向けたものは怒りではなかった。

「ならせめて、おめぇの名前だけでも教えてくれよ」

 予想外の言葉に、セツナは振り返ってクラインの顔を見た。3Dオブジェクトで構成された表情に怒気や蔑視といった感情は読み取れない。どこか晴れやかだ。こんなお人好しも珍しい。

「……セツナ」

 控えめに名乗ったが、クラインにはしっかり聞こえたようだ。

「セツナか…。可愛い名前じゃねーか。女だったら惚れてたかもな」

 気持ち悪いぞ。と言葉に出してしまいそうだった。殺伐としたアインクラッドでよくそんな気楽なことを言えるものだ。

「じゃあなセツナ、邪魔して悪かった。生きていたらまた会おーぜ」

 

 ♦

 

 セツナは森の中を歩き続けた。微かではあるが、背後から感じる足音を聞き取りながら。さっきクライン達と会う前からも、この足音は聞き取っていた。それにしても粗末な尾行だ。索敵スキルは極めているが、それを抜きにしても筒抜けだ。

 セツナはウィンドウを開き、ストレージから武器を選択して装備を切り替えた。腰に提げた細身の剣が消滅し、代わりに小ぶりな短剣が現れる。投剣スキルの技は習得しているが、わざわざ使うこともないだろう。セツナは短剣を引き、木々の間に投げた。瞬間、木々の暗闇の中から人影が飛び出した。影は自分に向かって飛んでくる短剣を自分の得物で弾き、そのままセツナへと向かってくる。

 セツナが投げた短剣《スローター》は宙で弧を描き、地面に突き刺さった。どこかの町で買った安物で武器同士の衝突ではすぐに折れてしまいそうなものだが、知り合いの鍛冶屋が鍛えただけあって頑丈だ。あの鍛冶屋は良い仕事をしてくれた。

 その影がモンスターでないことはすぐに分かった。索敵スキルで既に気づいてはいたが、モンスターが向かってくる短剣を弾くなんて芸当はまずできないし、得物がソードスキルを放つ際のライトエフェクトを纏っていたからだ。

 そのプレイヤーは最初の一撃でセツナを仕留めるつもりだったらしい。だがセツナはそのソードスキルの動きが読めていた。スキル発動時のプレイヤーはシステムアシストに従って決まった動きをするからすぐ分かるのだ。ましてや初歩的な突進技の《レイジスパイク》では。

 セツナは突き出された刀身を避け、そのまますれ違うプレイヤーの背中に裏拳を打ち付けた。バランスを崩したプレイヤーがその勢いを止められないまま地面に転がる。セツナは素早くウィンドウを開き、装備中の《スローター》を捨てて、装備フィギュアの空白に愛用の剣を選択した。

 地面に伏した相手はすぐに体勢を立て直そうとしたが、その顔がこちらに向いたその瞬間、セツナの剣先が相手の眼前で静止した。

 相手は女だった。女はブラウンの瞳に憎しみを込めてセツナを睨みつけた。だがすぐに両手を挙げ、わかりやすい降参の意を示した。セツナも剣を下ろし、鞘に収める。

「何で殺さないの?」

「仲間がいるかもしれない。他に何人いる」

「あいにく私1人よ」

 セツナは「そうか」とだけ言って、地面でカーソルを宙に浮かせている《スローター》を拾いストレージに収めた。森の中で呑気にウィンドウを開くその姿に、女は皮肉っぽい笑みを零した。

「信じるの? 本当に仲間がいるかも」

「全員あんたと同じくらいの強さなら、返り討ちにできる」

「へえ、ギルトひとつ潰しただけのことはあるわね」

 セツナは女を見た。足元から頭まで。

「あんた、マディーンタスクの生き残りか」

 女が「ええ」と肯定する。マディーンタスクは、さっきセツナが壊滅させたギルドだ。奇襲や恐喝といったセコイ手口でプレイヤーからアイテムと金を巻き上げるオレンジギルド。学生のアウトロー集団のような連中だが、最近になってその被害が一般プレイヤーの間で問題視されるようになった。ギルドがとうとう殺人を犯したからだ。看過できなくなり、セツナはクライアントからギルド壊滅を指示された。そしてこの第50層の森林エリアを拠点にしているギルドに奇襲を仕掛け全滅させた。1人残らず殺すことで。

 目の前の女はギルドの面々がいた場所にはいなかった。たまたま出払っていたのだろう。となるとこの女はギルドの壊滅を知ってから、ずっとセツナを探していたということか。カルマ回復クエストで長い時間同じエリアにいたから、そのせいで見つかったのかもしれない。

 一応情報は仕入れていたが、どうやらギルドの人数全てを把握できていなかったらしい。贔屓にしている情報屋もそこまでは掴めていなかったようだ。

 だが情報不足に憤りを感じることはない。セツナの仕事ではよくあることだ。暗殺対象が以前潰したギルドの生き残りなんてことは何度も経験している。

「報復でもするのか」

「違う、試したのよ。私を守れるほどの強さか」

 守る? 何から守るというのだ。

 口に出さなかったセツナの言葉を汲み取ったのか、女は続けて言う。

「マディーンタスクからよ。あんたが殺したのはリーダーと取り巻きだけ。まだギルドは存在してる」

「なぜ自分のギルドから守ってほしい」

「もううんざりなのよ。最初は弱い者同士が生き残るためのギルドだった。奪うのも必要最低限のアイテムだけ。でも、皆は変わっちゃった。奪うだけに飽き足らず痛めつけることを楽しむようになった。私はまっとうに生きたいのよ」

 言葉を紡ぐ毎に、女の口調は激しくなっていった。見たところ成人間近といったところだが、まるで癇癪を起こした子供みたいだなとセツナは思った。

「オレンジギルドに変わっていく典型的な例だな」

 全てのオレンジギルドが犯罪目的で結成されるわけではない。SAOという生き残りをかけたゲームで、個人で競争するより徒党を組んだ方が生存率は高い。だが装備やアイテムを揃える金がないギルドが他のプレイヤーから強奪してオレンジ化する。多くの場合「軍」の取り締まりを受けることで大人しくなるが、厄介なのはある程度の実力を持った中層のオレンジギルドだ。組織としては巨大だが弱体化している「軍」は手を出すことができない。

 そういったギルドやプレイヤーを始末するのがセツナの仕事だ。

「あなたは私たちのギルドを潰すのが目的でしょ? だったら私の話に乗るのは決してデメリットがあるわけじゃない」

「ああ、そうだな」

「私はあなたにギルドの拠点を教える。だからあなたは今度こそギルドを潰して。私が奴らに裏切り者として狙われないように。あいつらを1人残らず殺して」

 随分と身勝手な女だな。

 セツナは半ば呆れるが、悪い話ではないことは確かだ。このまま中途半端に仕事を終わらせることもできない。

「分かった」

「ほんと?」

 女は少しだけ頬を緩めたが、すぐに元の険しい顔つきに戻った。信じたわけじゃないとでも言っているかのようだ。だがそれはセツナも同じこと。

「あくまでマディーンタスクを潰すためだ。あんたを守ることが目的じゃない。だから報酬はいらない」

 無報酬で引き受けたことに女は驚いたようだ。何か言おうとしたみたいだが「そ、そう…」としか言葉が出ていない。女は手を差し出した。意図は分かっているが、セツナはそれに応じない。

「握手よ、握手」

「俺たちにそんなものは必要ない。あんたもマディーンタスクのメンバーだ。場合によっては、あんたも殺すことになる。それを忘れないでほしい」

 セツナのその言葉で、女は互いの立場をようやく理解したようだ。手を引っ込め、また険のこもった目でセツナを睨みつける。

「でも一緒に行動するわけだから、名前くらいは教えて。私はレブロ」

「セツナ」

 

 ♦

 

 第50層の主街区アルゲードは騒がしい街だった。これまで解放された層の主街区の中では一番広いらしいが、小さい屋台や建物がひしめき合って開放感なんてまるでない。

 レブロは旅行で東南アジアの市場に行ったことがある。アルゲードはそこによく似ていた。

 怪しげな雑貨を売る露天商。

 鼻をつくようなハーブや香水の匂い。

 大声を張り上げて逆に何を言っているのか分からない店主。

 一番静かな店を知っていると言うセツナに着いて路地裏のレストランに入ったが、ここも十分騒がしい。2人が座った席の隣では、大柄な筋肉ダルマのような男が「イッキ! イッキ!」というコールに囲まれながら樽に入った酒を一気に煽っている。男が酒を飲み干すと、店中に歓声が沸いた。

 場違い。レブロは席についてから一言も発していない男を見て思った。男というより、少年と言った方が適切かもしれない。

「一番静かな店ってここ?」

「ああ」

 ぶっきらぼうに答えてセツナは茶を啜った。

「さっきからお茶飲んでばかりね。食べないの?」

「腹は減っていない」

「あっそ」

 レブロは固いパンを噛みながらセツナを観察した。表情や仕草をくまなく。その観察で分かったことは、セツナは決して表情を変えないこと。笑いもしなければ怒りもしない。そして、ずっとお茶を飲んでいること。さっきから飲み干してはウェイターにおかわりを注文している。いったいどんだけお茶が好きなんだ、この男は。

「まさか、話に聞いていたのがこんな若い男だったなんてね」

 レブロの言葉にセツナは反応を示した。この男、とことん無表情だから何を感じているのか全く分からない。

「何の話だ」

「あんた、私たちの界隈じゃ有名人よ」

「犯罪者狩りをしている事か」

「そ。顔や名前までは分かっていなかったみたいだけど、オレンジギルドを誰かが潰し回っていることは噂になってた。犯罪防止のNPCって噂もあったけど」

 セツナは「そうか」とだけ言ってまた茶を啜る。本当にこの男はどれだけお茶を飲むつもりなのか。もう6杯目だ。

「噂に尾ひれがついて、鎌を持ってたとか脚がなかったとか、そんな話も聞いたわ。ま、そんな長いコート着てたら脚なんて見えないだろうけど」

 レブロの話にセツナは興味を示しているのか分からない。まったく表情を変えないのだ。見たところ年下っぽいから歳相応の反応を見てみたいと思って「年上のお姉さん」を演出してみたのだが、この少年はそういった感性が枯れているんじゃないかと思う程無表情だ。話しているうちにレブロが疲れてしまった。

「あんたと話してもつまらないわね」

「俺もあんたの話はつまらない」

「な……」

 この小僧、とことん生意気だ。考えてみたらずっとタメ口じゃないか。

「あーそう。じゃあ質問させて。あんたのセツナって名前、それって本当のキャラネーム?」

 フレンド登録をしていないプレイヤーを凝視しても、頭上にはHPバーとカーソルしか現れない。レベルも名前もごまかすことができる。さっきのバンダナをつけた男のギルドにもセツナと名乗っている場面をレブロは見ていたが、全てが疑わしいこの男なら偽名を名乗っていてもおかしくはない。

「ああ」

 セツナは素っ気なく答える。その素っ気なさがかえって真偽をはぐらかしていた。さっきからずっと反応を注意深く見ているが、それは全て無駄だったように思える。

 考えてみれば、この男はアインクラッドの裏社会で恐れられながらもずっと謎のベールに包まれていたのだ。顔を知られたからといって、そこから全容を暴き出せるとも思えない。

 今のレブロに分かっていること。

 

 犯罪者狩りを行っているプレイヤーは「セツナ」と名乗っている。

 セツナは外見からしてレブロより年下。

 セツナは決して表情を崩さない。

 セツナはとにかく強い。

 セツナはお茶をよく飲む。

 

 セツナは6杯目の茶を飲み干すと、指でウィンドウを開いた。

「情報屋がこの町に着いたらしい。行くぞ」

 

 ♦

 

「済まないナ。オレっちとしたことが情けナイ」

 アルゲードの転移門広場に、セツナに先ほどメッセージを送った情報屋がいた。小柄でフードを深々と被ったその出で立ちは怪しげだが、アルゲードの街並みによく溶け込んでいる。フードから覗く頬のフェイスペイントはまるでネズミの髭のようだった。

「問題ない。それで、新しい情報は」

「ああ、仕入れてキタ。マディーンタスクのメンバーのリストと拠点。リーダーはお前さんがヤったから、現リーダーはギルド2番手のクライスって奴だろうナ」

 情報屋はセツナにオブジェクト化した紙を手渡した。セツナは内容をさらりと確認し、ストレージに収める。

「わざわざ済まないな」

「いいってことヨ。渡したネタに不備があっちゃ、オレっちの名が泣くゼ」

 2人のやり取りを見ていたレブロは情報屋にずっと視線を向けていた。本当にこんな子供みたいなのが情報屋なのか。とでも言いたげな様子だ。メンバーのことなどギルドに所属しているレブロに聞けばいいものだが、セツナもレブロを信用していない。贔屓にしている情報屋なら確かだと思える。

「短期間でギルドメンバー全員の情報を集めたの? 一体どうやって……」

「よせ」

 レブロの言葉がセツナによって遮られた。

「迂闊に話すと金を取られる」

「本当は嬢ちゃんが聞いてる時点で、貰いたいんだけどナ。にゃハハハ」

 情報屋は「じゃあナ」とだけ言って、転移門の揺らめく空間の中へ消えていった。

 セツナは情報屋から受け取った紙をオブジェクト化した。横にいるレブロにもその中身を見せる。

「間違いはないか」

 紙に載っている名前とスナップ写真、拠点の場所を示す地図。それらに目を通すレブロにセツナは聞いた。

「うん、間違いない。あの情報屋はどうやってこれだけの情報集めたの?」

「さあな」

 セツナはそれだけ言うとレブロの手から紙を取り上げ、自分のストレージに収めてしまった。

「さあなって、あんた興味ないの? あんたの情報も掴まれてるかも」

「掴んでも買い手がつかなければ問題ない」

「問題ないって……」

 レブロはまだ何か言い足りないようで口元をせわしなく動かしている。しかし言葉が出ないようで、セツナは次に出る言葉を待たずに転移門へと歩き出す。

「ちょっと……」

「行くぞ、ギルドの拠点は37層だ」

 

 ♦

 

 第37層は岩に囲まれたエリアだった。赤茶色の渓谷が広がる景色はアメリカのグランドキャニオンに似ている。もしかしたら制作時のモデルになっているのかもしれない。渓谷の間を縫うように小道が伸びていて、マッピングされていなければ迷宮区に引けを取らない。実際、解放されたばかりの頃は行方不明者が続出してそれなりの騒ぎになっていたらしい。エリア全域のマッピングが済んだ今でも、この層のフィールドに出るプレイヤーはそういない。道が入り組んでいて移動が面倒なのだ。

 主街区を出たセツナとレブロは高い岩肌に囲まれた道を歩いた。情報屋から渡された地図によると、西の渓谷の奥にマディーンタスクが拠点を構えているらしい。

 レブロから拠点まで使われているルートを聞き、セツナはそれとは別の迂回する形のルートを選んだ。それがレブロには理解できなかったらしい。

「ねえ、どうして回り道するのよ」

「途中で出くわしたら困る」

「……どうせ殺すのに?」

「仲間が殺されたと知ったら連中は逃げ出す」

「あくまで隠密に殺すってわけね」

 渓谷の道はいくら歩いても景色が変わることがない。見るもの全て岩だけ。それが通る者の不安を煽ることから人を寄せ付けないエリアなのだが、これくらいの方がオレンジギルドの隠れ蓑にはうってつけなのだろう。

 地図上では、もうすぐマディーンタスクの拠点に近い。セツナはウィンドウでそれを確認するとフードを被った。

「確認するが、俺はこれからあんたの仲間を殺す。本当にいいのか」

「ええ、もうあいつらに仲間意識なんて持ってないし、あいつらとおさらばできるなら何でもいいわ」

「よくギルドから抜けようと思わなかったな。そんな風に思っているのに」

 レブロはセツナに向けていた視線を落とした。眉間に力が入り、しわが刻まれている。

「前にギルドから抜けようとした子がいたのよ。もうついていけないって。でもその子は殺された。麻痺毒で動けない所を皆の前で処刑だって言って剣で刺された。もう逃げられないんだって、私は絶望した」

「自分を苦しめていた連中が死ぬ様を見て、安心したいのか」

「その言い方、まるで私が酷い女みたい。でもそうね、私は安心したい。ずっとフィールドの固い地面で寝てたから、久しぶりに宿屋のベッドで寝たいかな。その後は……、てちょっと」

 レブロが話している途中でセツナは足を進めた。心底どうでもいいと思った。この女のこれからなんて。レブロがこれから別の人生を送ることになっても、セツナには関係ない。セツナはマディーンタスクを滅ぼした後も、別のオレンジギルドを滅ぼすだけだ。

 2人は道が急なカーブを描いて曲がっている所で止まった。岩肌で先が見えない。地図によるとマディーンタスクはこの道の先を拠点としている。セツナは岩に体を密着させ、その影から曲がり角の先を覗き込もうとした。

瞬間、セツナは砂が舞う音を聞き取った。それと同時に剣を抜き虚空へと剣先を突き出す。それと全く同じタイミングで、岩の影から人が現れた。虚空に向けて放たれたはずの剣先が、突然飛び出してきたプレイヤーの喉元に突き刺さり、首を貫通する。プレイヤーは「え?」と、自分の喉に刺さった銀色の剣を見て呟いていた。セツナが剣を横薙ぎに振るい、プレイヤーの頭は困惑した表情のまま体から離れ宙に飛んだ。

 プレイヤーの頭と体がポリゴンの欠片を撒き散らす。セツナは光る欠片の中を走り抜けた。その先にはざっと10数人の集団がいた。全員得物を構えている。中にはソードスキルの構えを取っている者までいた。

 男がセツナに大剣を振り下ろしてきた。セツナはそれを受け止め、交差する剣の先にある男の顔を見る。情報屋から受け取った写真の中にあった男だ。

 男は筋力に自信があるようで、細身なセツナを押してくる。だがセツナは逆に男を押し返した。「うおっ」と上ずった声を上げて男の体が後退する。更に腹に食らったセツナの蹴りでバランスを崩した。セツナはよろける男の顔面に剣を突き刺す。男の体がポリゴンの欠片になる頃、セツナは既に標的を変えていた。

 セツナに向かってくる攻撃の手は止むことがなく、ソードスキルの構えを取る暇がない。それでもセツナにとっては通常攻撃で十分だ。それにソードスキルを使ったら使用後の硬直時間が生じてしまう。多勢に無勢のこの状況では自殺行為に等しい。

 ライトエフェクトを纏った剣がセツナに襲いかかる。セツナはそれを避けてがら空きになった敵の腹に剣を一閃する。敵の体が上下に分かれた。

 斧を振り上げた敵の顎を蹴り上げる。よろけた敵の体に剣を振り下ろして頭から股まで刃を滑らせていく。敵の体が左右に裂けた。。

 敵がダガーを突き出してくる。セツナはダガーを持つ手を手首ごと切り落として絶叫する口にライトエフェクトを纏った拳を打ち付ける。敵の頭が体から離れて吹き飛んだ。

 セツナは剣を交える敵の顔を見た。明るいブラウンの長髪と面長の顔をした男。ギルドメンバーのリストにあった現リーダーのクライスだ。

「野郎おおおおおっ」

 クライスは殺意に満ちた雄叫びをあげた。両手持ちの剣を何度も振り下ろしてくる。セツナは膝をクライスの腹に打ち付けた。咳き込むクライスの顔面に拳を打ち、そして再び腹を蹴り上げる。引き剥がされるように後ずさりしたクライスは剣を構えた。刀身がライトエフェクトを纏い、それを携えクライスは地面を蹴り走り出す。クライスが剣を突き出すと同時にセツナは跳躍した。クライスの剣が虚空を突き、その頭上にいるセツナのライトエフェクトを纏った剣がクライスの首へと滑り込んだ。

 片手剣単発技《月弧刃(げっこじん)》。攻撃対象が人型モンスター及びプレイヤーであれば、首を斬り落とし一撃で仕留めるソードスキル。セツナにとって一番使い勝手の良いソードスキルだった。

 クライスの頭と体が砕けるのを見て、恐怖の表情を浮かべたグリーンカーソルの男が逃げ出した。だが敏捷度の差ですぐに追いつき、セツナはその背中に剣を刺した。男の体は色彩を失い砕け散った。

 攻撃の手が止んだことに気付いて、セツナは周囲を見渡す。もう誰もいなかった。さっきの喧騒が嘘のようだ。セツナは仕留めた人数とリストに載っていた人数を照らし合わせる。リストに載っていたマディーンタスクのメンバーは全部で23人。50層の森で殺した5人と、ここで殺した14人を足すと22人。1人残っている。その残っている1人はすぐに現れた。セツナは背後を振り返る。視線の先には剣先を向けるレブロがいた。剣が震えている。

「初めから俺を殺すつもりだったのか」

 セツナの問いにレブロは震える声で答える。

「気付いてたの?」

「信用していなかっただけだ」

 レブロが本当にセツナに助けを求めていたとしても、セツナが彼女を信用することは絶対にない。セツナは自分の立場を理解している。オレンジギルドから常に正体を探られていることも。常に命を狙われていることも。

「でも、私がギルドから抜けたかったのは本当なの。それは信じて」

「……」

 セツナは何も言わない。無言のまま、レブロの剣先を掴んだ。レブロの体が大きく震える。セツナは掴んだ剣を自分の胸に突き立てた。

「っ! 何を―」

 レブロの視線がセツナの胸から頭上に表示されているHPバーに映った。セツナの視線にも映る緑色のバーは1ミリ程度しか縮んでいない。レブロが攻撃したという形になるが、カーソルがオレンジのセツナを攻撃してもレブロはグリーンのままだ。

「お前に俺は殺せない」

 レブロは咄嗟に剣を引いた。セツナの胸、剣を掴んだ指の関節にダメージを示す赤いエフェクトが貼りついている。

「グリーンは抹殺対象外だ」

 セツナの言葉に、レブロは驚愕の表情を浮かべた。

「あんたを縛っていたギルドは消えた。町で宿でも取れ」

フリーズでもしたように数瞬硬直し、「え…」とだけ声を漏らす。

「でもあんた、さっき……」

「うっかり殺した」

「どうして……。あんたを殺そうとしたのに……」

 レブロの手から剣が落ちた。糸が切れた人形のように膝をつく。そんなレブロにセツナは吐き捨てるように言った。声に何の感情も乗せることなく。

「今すぐ俺の前から消えろ。そして俺のことは忘れろ」

「………」

 レブロは何も答えない。その目に整理がつかない乱雑とした感情を宿しセツナを見つめている。

「10秒以内に消えなければ、この場で殺す」

 レブロは膝をついたまま、ポーチから青い結晶アイテムを取り出した。

「転移、はじまりの街」

 転移結晶が砕け散り、レブロの体が青い光に包まれていく。光と共に、レブロも消えた。

 セツナ1人になった渓谷は静かだった。モンスターの気配もない。フードを脱ぐと、渓谷に吹く風がセツナの髪を揺らした。

 セツナはメッセージウィンドウを開き、クライアントに向けての文字を打ち込んだ。

『マディーンタスク、殲滅完了』


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