ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト   作:hirotani

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後編
プロローグ


 殺す……っ‼

 その殺意を左右の剣に込めて、キリトは戦う。

 これはデュエルではない。これはゲームではない。今なら、目の前で自分の攻撃を叩き続けるこの男の言葉が分かる気がした。

 これは、ゲームであっても遊びではない。

 SAOの開発者、茅場昌彦はマスコミの取材でそう言っていた。それを全プレイヤーに宣言した男が、目の前でヒースクリフというアバターを動かしている。

 かつてのキリトなら歓喜しただろう。自分の生きる世界を創造した神に等しい人物に挑めるのだ。だが、それはゲームだったらの話だ。これはゲームではない。この世界は、もはや自分の、全てのプレイヤーが生きる現実だ。

 これは殺し合いだ。人間同士の争いで最も野蛮で、最も原始的な。

 キリトはこれまで駆使してきたシステムによる攻撃を使わない。だが、自ら繰り出す攻撃が全て通常時よりも速い現象を認識する。全てが加速しているように感じる。脳から発せられる信号が、一瞬よりも速くポリゴンの体を動かしていく。

 まだだ。まだ足りない。

 もっとだ。もっと速く。

 ヒースクリフはキリトの攻撃全てを防いだ。盾を縦横無尽に動かし、隙ができれば鋭い一撃を放ってくる。

 キリトは恐怖を見つけ出す。相手にしているのは、この2年間で4千人もの人間を殺した男である事を。自らの手ではなく、設計したナーヴギアの機能によって。被った者の脳を焼き、仮想からも現実からも葬った殺人者。それだけの死を背負っておきながら、この男は自分が殺すプレイヤーの中に混ざってきたのだ。キリトはヒースクリフの目へと視線を集中させる。

 この男は正気だ。抱えきれない罪を背負い4千人の死者に睨まれながら、それでも正気を保っていられる。そして、今キリトをも殺そうとしている。

 恐怖を振り払うように、キリトは《ジ・イクリプス》を放つ。二刀流最上位剣技。連続27連撃。

 ヒースクリフの口元に笑みが浮かぶ。

 そして、キリトはミスと敗北を悟る。悟りながらも、体はシステムに従って連続技を放っていく。それをヒースクリフの盾が全て受け止めていく。

 土壇場で自分の腕でなく、システムに頼ってしまった。敵として対峙した彼がデザインしたシステムの剣技に。

 最後の一撃が、盾に描かれた十字模様の中心に命中する。直後、その命中したダークリパルサーの刀身が甲高い金属音と共に折れた。

「さらばだ――キリト君」

 ソードスキルのリスク、硬直時間。システムで動きを止められたキリトの頭上に、ヒースクリフの長剣が掲げられる。刀身が血色に輝き、振り下ろされる。キリトはごめんと、愛する妻への謝罪を胸に目を閉じようとした。

 だが、その目は見開かれた。

 視界に栗色の長い髪が入り込んだ。ヒースクリフの長剣と自分の間に、麻痺で動けないはずの彼女が割って入ろうとしていた。

 駄目だ、アスナ‼

 キリトは抗う。この世界の絶対的存在である、システムに。

 全てがスローモーションに見える。まるで時間が停止したかのように。その中でキリトは動き出す。まだ続いているはずの硬直時間を打ち破り、その代償なのか痛みが全身を貫く。それでもキリトは腕を伸ばした。今にもヒースクリフの剣が触れようとしているアスナに。

 加速する意識の中でキリトは願う。

 

 アスナ、生きてくれ――

 

 加速が終わると同時に、手が届いた。




 卒論の提出日が近いので下旬まで休むつもりでしたが、後編のプロローグくらいは書くことにしました。
 本格的な再開は今月下旬からです。それまでどうかお待ちください。

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