あと3話です!
どうか最後までお付き合いいただければ幸いです!
ウミエは、巨大なガラスの檻のようなショッピングモールだった。
内部は北館と南館に分けられているが、外見上は一つの建物のようだった。
アメリカ製の巨大なビー玉コースターが広場に置いてあった。
子供たちが、からくりで動くビー玉を楽しげに眼で追っていた。
一階に、大きな喫茶店があった。
僕はそこでかなり遅い昼食をとることにした。
中は洋館のようになっていた。
ビーフシチューとクロワッサンそしてコーヒーのセットを注文した。
入り口の机の上に、新聞が置いてあった。
それを手に取る。
長野県の山中で身元不明の遺体が発見されていた。
一瞬芹澤のことが頭をよぎった。
だがそんなことはないはずだった。
彼は仮にも県議会議員だ。
いなくなれば、まず県議が行方不明という記事が先に出るだろう。
ざっと目を通したが、戦車道や学園艦についての記事はなかった。
机の上には新聞のほかに月刊誌や週刊誌も置かれていた。
佐古の属している雑誌もあった。
だが、つい先日のことがすぐに記事になりはしない。
ぱらぱらとめくると、案の定、僕の期待するような記事は載っていなかった。
「あの、お客様……」
プレートを手にしたウェイトレスが僕に声をかけた。
見ると、僕の席にはすでにビーフシチューのセットが運ばれていた。
僕は立ったまま、雑誌の置かれた机の前で雑誌をめくっていた。
「冷めてしまいますよ?」
ウェイトレスは、20代ぐらいの闊達とした表情をしたショートカットの女性だった。
彼女は僕に、とてもチャーミングな微笑みをくれた。
ほんの少しだけ、若い頃の竹谷さんを思い出させた。
※
遅い昼食を終えると、歩いてホテルに戻った。
熱いシャワーを浴びると、体の膿が溶けていくようだった。
ビジネスホテルの部屋には、不思議な心地良さがある。
見知らぬ土地で、ここだけが心置きなく自由になれる場所だと思うからかもしれない。
遅い昼食を食べたので、空腹を感じず、夕食は取らなかった。
夜になるとホテルを出て、街を歩いた。
歓楽街は騒がしかった。
夜の姿は、どの街でも同じだ。
僕は騒がしさを逃れたくて、無計画に山手の方へと進んだ。
Y字路に小さなベーカリーがあり、その隣に薄汚いバーがあった。
あまり人声は聞こえてこなかった。
ふらりと扉を開けると、カウンターに60代ぐらいの男が座っていた。
一瞬、店員は不在なのかと思った。
カウンターに座っていた男が立ち上がり、椅子を指さした。
座れということらしかった。
僕は恐る恐る、指差された席に腰掛けた。
使い古された椅子がぎしりと音を立てる。
男が、奥のスィングドアからバーカウンターの中に移動し、僕の前にコースターを置いた。
「何を飲む?」
マスターだったのか。
僕は面食らいながら、ハイボールを注文した。
「観光客かい?」
「まぁ、そんなところです」
「だろうね。見たらわかるよ」
男はぞんざいな口利きだった。
口元にしわが多く、眼光が鋭かった。
髪は白髪で、バックに撫でつけていた。
「ハイボールは、神戸流?」
「え?」
「なんだ、それを飲みに来たんじゃないのか?」
「いいや、ふらっと入っただけです」
「ふぅん」
「神戸流ってのは?」
「氷を入れないんだよ」
氷を入れないハイボールが美味いとは思えなかった。
何か特殊なレシピでもあるのかと思い、好奇心から注文したが、男はただ単にボトル1000円の安ウィスキーをソーダで割っただけだった。
とても飲めたものではなかった。
「神戸の人はみんなこれを飲むんですか?」
「いいや、めったに飲まないだろうね」
僕は苦笑した。
小さな音で、シールズ&クロフェッツの『思い出のサマーブリーズ』が聴こえた。
10月にはちょうど良い選曲だと思った。
そのことだけが唯一心地良かった。
男は無愛想だった。
僕も黙って酒を飲むことにした。
氷を入れないハイボールは、味が薄まることがなく、ちびちびと飲むことになった。
一杯で酔いが回ってしまった。
「明日はどこへ行くんだい?」
男が問いかけてきた。
どこへ行く?
そんなことをなぜ聞くんだ?
酩酊した頭で考える。
そうか、僕が自分で観光客と名乗ったのだった。
「……海に行きたいのですが、よくわからないんです」
酔いのためだろうか。
そんな言葉が口をついて出た。
「わからない?」
「そこへ行って何をすればよいのかわからなくて。それで今日は、本来行くはずでない所ばかりをぐるぐるとまわっていました」
男が、しゃがみこんだ。
何をするのかと思ったら、足元に設置している冷蔵庫から、キンキンに冷えたボンベイサファイアを取り出した。
同じように冷やしていた、霜の降りたショットグラスを机の上に置くと、それに注いだ。
「景気づけだ」
僕は頷いた。
ショットグラスを手にすると、一気に飲み干した。
店を出るとき、男はきっちりと2杯分とチャージ料を請求した。
一瞬、ボンベイサファイアの分は奢ってくれるのかと勘違いした僕は、頭を掻いた。
自分の勘違いっぷりが滑稽だった。
自己憐憫的で実に僕らしいじゃないか。
僕はいつの間にか、声を出して笑っていた。
「なんだよ? 一体どうしたってんだ」
男は訳が分からないというような表情をしていた。
「いや、いいんです。僕がなんだか、勝手に楽しくなっただけだから」
心の中にあった靄が、不思議と消えかかっていた。
僕はバーを出ると、ホテルへと急いだ。
ホテルに戻ると、もう一度、熱いシャワーを浴びた。
そしてベッドに潜り込んだ。
続く