セリフが長いですが、よろしくお願いいたします。
「篠崎は唖然としていたよ。その名前は、政府の中枢幹部、それも自分自身の派閥の幹事長の名前だったんだからな」
「篠崎代議士の派閥も、学園艦利権に一口噛んでいたのか?」
「違う。だが、派閥としては、政府の利権に手を突っ込みたくなかったんだ。
篠崎は世論をうまく利用して、やりすぎた。本当に学園艦利権を潰すところまで来ていた。
これではもうプロレスでは済まなくなる。
派閥としての落としどころとしては篠崎の命といったところに落ち着いたわけだ」
「なんて最低な話だ……」
僕は首を振った。
「そんなもんさ、世の中は。だが篠崎は大きなショックを受けた。
自分は派閥から見放された。守ってもらえなかった。それどころか、裏切られた。
これまで、派閥の中で登り詰めようと努力してきたすべてが、奴の中でガラガラと音を立てて崩れてしまったんだろうよ。俺の話を聞いたとき、奴は本当に呆然としていた。
もう、抜け殻のようになってしまっていた」
思い出すかのように芹澤が目を閉じる。だが、足取りはしっかりと僕の方へと向かっていた。
「ほかに聞きたいことはあるか? 出血大サービスだ」
「戦車道だ。学園艦利権以外に、戦車道にも大きな利権があるのか?それらは繋がっているのか?」
僕は以前、大洗で脅迫めいたことをされたことを念頭に置いていた。
10年来の謎が解ける瞬間だった。
「あれこそ大きな利権だよ。今の日本では戦争はできない。
だからこそ、戦車道は素晴らしいシステムなんだ。いいや、むしろ戦争以上というべきかもしれないな」
「どういうことだ?」
「考えてもみろ。定期的に安定して戦闘が繰り広げられ、実弾が使用され、戦車や道路や建物が破壊される。
これ以上見事な、消費活動はあるか? 軍産企業や土建屋からしたら最高の仕組みだ」
芹澤が笑う。
犬が咳き込むような笑い方だった。
「中東にでも戦車を送り込んでいろ」
僕は皮肉めかして呟いた。
「馬鹿か。『怪我をしない』からこそ支持されているスポーツなんだ。
そんなことをすれば人気を失う。誰もやりたがらなくなる。子供の戦争ごっこに留めておくのが一番いいんだよ。
国にすりゃ、戦車が破壊されて、弾が減って、生産が求められれば御の字なんだ。人が死ぬかどうかじゃないんだよ」
その言いぐさにひどく腹が立った。
この男は昔からそうだった。
戦車道を票田にしながら、それをちっとも愛してなんかいない。
ただの産業として受け止めている。
「いいか。俺は昔からノンポリなんだ。
右翼の集会にも顔は出すが、それは票のためだ。国家も戦争も愛国も何でもいいんだよ」
僕は大洗町議会で、芹澤が国旗の常時掲揚条例を提出したことがあったことを知っていた。
反対する議員を彼が売国奴と罵っていたことも知っていた。
それらすべてが芹澤の中では空虚な演劇なのか。
「戦車道の試合ってのは最高に効率的なシステムだ。
バンバン弾を使って、バンバン戦車をぶっ壊すんだからな。道路も家も壊したい放題だ。
業者は毎日でも試合をしてほしいってもんだろう」
構造が見えた気がした。
戦車道の裏には、軍需産業や工事業者など、試合によって儲けられる企業連合がある。
彼らからすれば、定期的に行われる試合は、安定した発注につながるシステムなのだ。
いつ起こり、いつ終わるかわからない紛争や戦争よりも、常態的に儲けを得ることができる。
となれば、企業連合からすれば、戦車道の人気を盛り上げ、試合回数を増やす必要がある。
そのためには、マスコミや議員など、様々な権力を抱き込む必要がある。
戦車道を票田とする子飼いの議員たちを造ることによって、彼らに国会で戦車道の後押しをさせる発言をさせることができるというわけだ。
恐らくは政府与党に莫大な献金もしていることだろう。
2年後に行われる世界大会も、プロパガンダの一環というわけか……。
下火となっているはずの戦車道と世界大会という取り合わせにはどことなく違和感を感じていたのだ。
強引な後ろ押しが見え隠れする。
「……純粋にスポーツを楽しむ子供たちを利用しやがって」
僕の言葉に芹澤が答えた。
「どのスポーツだって同じさ。儲けがなけりゃスポンサーなんてつかない」
僕は舌打ちをした。
「怖い顔をするなよ。もうひとつ面白いことを教えてやる。篠崎が消されるという噂が出回った時期だ」
「時期?」
「九月の終わりだよ」
頭を打たれる思いがした。
それは僕が、無理矢理に大洗の再度の廃艦を伝えた時期に合致していた。
「さて、話は終わりだな」
芹澤が目の前に立っていた。
指が、僕の首筋を這った。
「悪いが、廉太君はここで死んでくれ」
僕の喉元に這わされた指先に力がこもる。
僕は逃げようとしたが、逃げることはできなかった。
椅子にくくりつけられ、身動きが取れなかった。
詰んでいた。
どうすることもできない。
僕は死を覚悟した。
「う、ぐっ」
だがその時、インターフォンのベルが鳴った。
続く