辻君
俺のゲームに付き合ってくれてありがとう。
ここまでたどり着くのにはそれなりに苦労しただろう?
日々の生活を忘れ楽しんでくれたなら幸いだが。
いや、むしろ君は怒るだろうか。
肩透かしだと思うだろうか。
この文書が、もっと大事なものだと期待していたのではないだろうか。
もともとはそうだった。
俺はついさっきまで、告発めいた文書を書いていた。
だがそれをたった今、すべて消したんだ。
告発文を書き終え、スコッチのソーダ割りを一杯飲んだら、考えが変わってしまった。
俺は狙われている。
遠からず殺されるかもしれない。
ある人物、古い友人が、俺にそのことを教えてくれた。
彼は俺に災いは避けるべきだといった。
だが俺は、逃げたくはなかった。
これでも政治家だからな。
そこで、いざという時のための告発文をしたためておくことにした。
それが、たった今、自分で消した文書だ。
理由は簡単さ。
俺に情報をリークしてくれた古い友人に迷惑がかかるからだ。
彼の身も危うくなるかもしれない。
せっかく俺を助けようとしてくれた友人を危ない目に合わせたくない。
そんなわけで、この文書の趣旨は、まったく変えることにする。
辻君、君へのちょっとした懺悔の書にするよ。
君はこれまで俺を慕い、ついてきてくれた。
だが俺は、先日君にひどいことを言った。
政治という世界にいつしか染まりきって、卑怯な人間になりかけていた。
打算や、人を利用することで生きるようになっていた。
俺は後悔しているよ。
政治は情と利だなんて言ったことを。
それは事実かもしれないが、それを受け入れてしまうと、もっと世の中は悪くなる。
俺は今でも、ちゃんとロックを愛している。
その想いをこめて、君と昔聴いた音楽のレコードにルームキーを隠した。
ここまでわざわざ来てもらって、本当にすまなかった。
俺からの伝言は、以上だ。
適当に作ったスコッチのソーダ割が、ずいぶんと美味い。
たった一杯で、ほろ酔い気分だ。
文章が支離滅裂だったとしたら申し訳ない。
若いころに読んだチャンドラーの小説に、フィリップ・マーロウがとても美味しそうにスコッチのソーダ割を飲む場面があった。
銘柄は書いていなかった。
俺はずっと、そんな美味い一杯が飲みたいと思っていた。
今日それを味わえたような気がする。
ほんの少しだけ、幸せな気分だ。
P・S
この文書は読み終えたら破棄してほしい。
もうひとつ、P・S
俺が今飲んでいるウィスキーは、ターンテーブルのそばの棚に入れてある。もしよかったら君にあげるよ。持って帰って、家で飲むといい。
ここまでわざわざやって来て肩透かしを食らった駄賃にしてはつまらないものかもしれないが、どうかこれで許してほしい。