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ワードファイルに書かれていることをすべて読み終えると、僕はそれを閉じた。
そして少し迷ったが、そこに書いてあった頼みごとの通り、ファイルを消去した。
ノートパソコンを閉じる。
そして、ターンテーブルのそばの棚をちらりと見て、鞄を手に取ると部屋を出た。
廊下に男が佇んでいた。
男はジャージ姿で、ベースボールキャップのようなものを目深にかぶっていた。
ベースボールキャップには、大きな狐の刺繍がしてあった。
男は僕を見ると、こちらに歩み寄ってくる。
僕は一瞬後ずさりしたが、男はすれ違うだけで通り過ぎた。
ほっとしたのはつかの間だった。
背中に、何か固いものが押し付けられた。
「動くな」
男にしてはややトーンの高い声だった。。
「俺が押し付けているのは銃口だ。篠崎と同じ目にあいたくなかったら手を上げろ」
僕は言われるがままに手をあげた。
どうしようもなかった。
「素直ないい子だ」
男が優しげな猫なで声を出した。
「そのまま、もう一度ドアを開けろ」
「ドアを開けるには、ルームキーが必要だ。それを取り出さないと開けることはできない」
「それはどこに入っている?」
「鞄の中だ。財布に挟んである」
鞄は、僕が両手を挙げたおかげで地面に転がっていた。
男が舌打ちをした。
「そのまま動くなよ」
言いながら、転がっていた鞄を取る。
片手は銃を僕の背中に押し付けたまま、もう片方の手だけでチャックを開けようとしたが、上手く行かない様子だった。
しばらくして、ようやくとりだしたらしい財布が足元に投げ捨てられた。
ルームキーを取ればあとは邪魔なだけだからだ。
「体を横にずらせ」
僕は頷いた。
体を少しひねると、男がルームキーをドアノブのすぐ上に設置された認証機にかざした。
開錠された証拠のカチッという男が聞こえた。
「お前が開けろ」
男の言葉に従い、ドアを開ける。
僕は再び、篠崎代議士の部屋に戻ることになった。
もう夜も遅い。
部屋は真っ暗だった。
男が、声に凄みを持たせて言った。
「灯りをつけろ」
灯りのボタンが分からないらしい。
このマンションはデザイナーズマンションで、灯りのスイッチの造型に凝っていた。
入り口付近の壁に、タッチパネル式のスイッチがあるのだ。
僕は、男に言った。
「今つける。少し体を動かさせてくれ」
「さっさとやれ」
僕は体をひねった。
ほとんど賭けのようなものだった。
体をひねった瞬間に、男の脇腹に肘でエルボーを入れた。
男はうめき声をあげた。
男の手が僕の背中から離れた。
僕はその手を思いっきり蹴りあげた。
拳銃が床に転がった。
男が何か声を発しようとする前に、今度はその顔面を蹴った。
男が蹲った。
僕は男に覆いかぶさるようにして、男を押し倒した。
男は僕よりも小柄だった。
押さえつけることができた。
ベースボールキャップが脱げ、素顔がさらされていた。
声を聴いて予想した通りだった。
芹澤だ。
だが、彼の風体は随分と僕が知っているものとは異なっていた。
頬が少しそげ、無精ひげが散らかっていた。
続く