辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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82 ロック仲間

男が鍵を手に外に出るのに従う。

話したりしているうちに、もうすっかり暗くなっていた。

時計を見ると20時を回っている。

男は蛇腹状になっているシャッターの正面の鍵穴に鍵を差し込み回した。

かちりという音がした。

鍵を抜くとそれをポケットに入れ、かがみこんでシャッターと地面との隙間に両手を差し込んだ。

掛け声をあげながら、シャッターを持ち上げる。

シャッターの奥にガラスの扉があり、それを開けて、僕を手招きした。

 

 

男が照明をつけると、ステレオ・ジャックの店内の姿が目に飛び込んできた。

今は殆ど無くなってしまった、昔ながらの個人経営のレコード・CDショップだ。

マニアックな輸入レコードを中心に扱っていたのだろう。

なかなか店舗は広く、ロックやジャズという分け方だけではなく、かなり細かくジャンル分けがしてあった。

サイケデリック、ブリティッシュ・ビート、クラウトロック、カンタベリーロック、フィリーソウル。

ビッグバンド、モダンジャズ、フリージャズ、フュージョン、ボーカリーズ。

中でも圧巻なのは、《各種プログレッシブロック》のコーナーだ。

英米に限らず、イタリア、スペイン、フランス、オランダ、日本、と各国のプログレッシブロックが並べられている。

壁面には、ムーディーブルースの『童夢』のアルバムジャケットが誇らしげに飾ってあった。

これは確かに、篠崎代議士が好みそうな店だ。

僕は思わず感嘆の声を上げた。

 

「これは・・・すごいな」

 

すると男が、嬉しさと自虐が入り混じったような声で答えた。

 

「そう言っていたいただけると嬉しいですが。見ての通り、開店休業ですよ」

「どうしてまた?」

「妻が死んだんです。私と妻は、もともと隣同士の家でね。妻の家は昔からケーキ屋でした。結婚したあと、妻はそのまま実家のあとを継ぎ、私は趣味が高じて、レコード店を始めたんです。ずっとそうしてやってきたのですが。妻が亡くなった時、どちらかの店を閉めなきゃならないと思った。人手が足りませんから。悩んだのですが、レコード店を閉めました」

「もったいないですね」

「そんなことはないですよ。今どき、もうレコードなんで売れない。そもそもダウンロード文化になってきたから、実店舗自体、商売が成り立たない。それに比べりゃケーキ屋はマシです。食物はダウンロード出来ませんから」

 

言いながら、棚のレコード盤の背中を愛おしそうに撫でた。

 

「それに、ケーキ屋さんもやってみりゃ、愛着が湧いてきました。実はね、うちのケーキ、私が作ってるんですよ」

「え!? そうなんですか?」

「似合わないでしょう」

 

男が笑う。

 

「ケーキ屋をやるのに資格はいらないんです。妻が亡くなったあと、レコード店を続けながら夜間の料理学校に通って、必死に修行したんです。大変だったなぁ。お金も使い果たしちゃった」

 

僕は、訪問時、男が寝ていたことに納得がいった。

朝から仕込みをして、昼から寝ているのだ。

僕は最初、男の風采から、仕事をしていないのではないのかと勘ぐってしまった。

心の中で、そんな自分を恥じた。

そして、男の努力が尋常ではないと感じた。

男は、レコード店よりもケーキ屋のほうが今どきマシだという言い方をしたが、それだけの理由には思えなかった。

 

「まぁ、私の話は置いときましょうや」

 

男がそう言いながら、レジの奥の段ボール箱を探る。

一枚のレコードを取り出してきた。

真っ暗な舞台に一筋のライトがさしこみ、舞台に立つギターを抱えた男を照らしている、そんな表紙だ。

上面にゴシック体のフォントで英語で、スティーブ・ハケット ロスト・トウキョウ・モーメンツ ア・ライブ・エクスペリメント と銘打たれてある。

 

「篠崎くんの置き土産だね」

 

男が言った。

 

「亡くなったことはご存知なんですね」

「そりゃね。あれだけニュースになってたら否応なしに知りますよ」

 

男は俯いた。

 

「私はこれまで知らなかったんですがね、彼は議員さんだったらしいですね」

「知らなかったんですか?」

「彼はこれまで、なにも言いませんでしたから。ニュースで見て本当に驚きました」

「それでは、お二人はどんな関係だったのですか?」

「どんな関係というと・・・」

 

男が目を閉じる。

懐かしそうな表情をした。

 

「そうですね。一言で表現するならば、ロック仲間ですよ」

 

感慨深げに呟いた。

 

続く

 

 

 

 


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