カウンターの女の子が、父親を呼びに奥へ引っ込み。
僕は待つ間、背広の上着のポケットに指を入れ、それを閉じたり開いたりしていた。
15分ほどして、ヒョロリとした男が現れた。
縁の形の丸い眼鏡をかけ、うっすらと無精髭を生やしていた。
髪はみじかいが、寝癖のように左側の頭頂部付近が跳ね上がっていた。
年嵩は60代にかかるかかからないかぐらいに見えた。
篠崎代議士と同じぐらいだろうか。
僕は彼をまじまじと見つめていたらしい。
男は鼻の先を掻きながら、
「あの。そんなに見られると照れるんですが」
と言った。
柔らかだが、少しハスキーな声だった。
「これは失礼を」
僕は頭を下げた。
男の後ろから、女の子が顔を出した。
「お父さん、寝てたんです。時間かかっちゃってごめんなさい」
なるほど。
本当に寝癖だったわけか。
「いやぁ、まだフラフラでして」
男が申し訳なさげに呟く。
女の子がそんな父に、
「もぉ。お客さんの前で。しっかりしてね」
と言った。
僕はここが店であることを思い出した。
「すいません。ここで話していると商売の邪魔になりますかね?」
「うちはあまり流行っていないので、まぁ大丈夫ですが。なにかお話なら中で聞きましょうか?」
男に促され、カウンターの奥へ。
「それじゃ私、店番に戻るね」
女の子が父親に声をかけた。
※
カウンターの奥の厨房と隔てられた細い廊下に急勾配の階段があり、そこを登ると親子のそれぞれの部屋があるようだった。
僕は右側の父親の部屋に通された。
一階の店舗と違い、かなり古びた外装の部屋だった。
床は畳だし、壁は砂壁だった。
砂壁は老朽が激しく、ところどころ剥がれていた。
赤茶けた電燈が天井に所在無げにぶら下がっている。
部屋の隅には、畳んだ布団があった。
先ほどまでここで眠っていたのだろう。
椅子もない部屋に座布団を引き、男がそこに尻を据えると、もう一枚の座布団を指し示した。
座れということらしい。
僕は正座の姿勢で座布団の上に腰を落ち着けた。
「さて、どういったご用件ですか?」
男が穏やかに尋ねた。
僕はどう切り出すか少し悩んだ。
まずは自己紹介することにした。
「突然の訪問、申し訳ありません。私は、辻廉太と申します」
「辻さんですか」
「はい。文科相に勤めております。学園艦教育長という肩書きです」
「文科相?」
意味がうまく飲み込めない、という表情を男がした。
「よくわかりませんが、官僚さんということですか?」
「左様です」
「そんな方が、うちに一体・・・」
そこまで言ってから、はたと何かに気づいた顔をした。
「もしかして、篠崎くんと関係が?」
僕はうなづいた。
「篠崎代議士があなたにレコードを預けているはずなんです。それを受け取りに来ました」
そこまで言うと、男が唐突に立ち上がった。
僕は少し驚き、身構えた。
が、男は背を向けて、壁際に添えた書斎机の引き出しを開けた。
なにか小さな紙切れを取り出した。
「もう一度、お名前をよろしいですか?」
紙を見つめながら問いかけてくる。
「辻。辻廉太です」
男がうなづいた。
「受け取りたいレコードは?」
「スティーブ・ハケットの川崎でのライブ。ロスト・トウキョウ・モーメンツというタイトルです」
男が黙って僕を見つめる。
やがて、ふっと表情を和らげた。
「そうですか。わかりました。レコードはあります。ついて来てください」
男は紙切れを折りたたんでポケットに入れると、再び階段を降りていった。
僕は立ち上がり、急いで後を追った。
急勾配の階段は、手すりを持たなければ降りるのが危なかった。
男は慣れた様子で足早に降りていく。
僕はおっかなびっくり降りていった。
厨房の脇の廊下を通り、再びケーキ屋の店舗に。
女の子が
「あ。お話、終わったんですか?」
と問いかけてきた。
僕は小さくうなづいた。
「上の部屋を使ったんですよね? 古くて汚いでしょ? 恥ずかしい」
「味があるよ」
「え〜」
女の子は苦笑いしていた。
男が、
「凪子、少しすまない」
と言って、女の子の立っているカウンターのレジに触れた。
レジの横にテープで貼り付けてある鍵をとる。
「レコード屋さん開けるんだ?」
「あぁ」
「ふぅん」
そっけなく呟く女の子の声音はどこか嬉しそうだった。
続く