辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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81  鍵

カウンターの女の子が、父親を呼びに奥へ引っ込み。

僕は待つ間、背広の上着のポケットに指を入れ、それを閉じたり開いたりしていた。

15分ほどして、ヒョロリとした男が現れた。

縁の形の丸い眼鏡をかけ、うっすらと無精髭を生やしていた。

髪はみじかいが、寝癖のように左側の頭頂部付近が跳ね上がっていた。

年嵩は60代にかかるかかからないかぐらいに見えた。

篠崎代議士と同じぐらいだろうか。

僕は彼をまじまじと見つめていたらしい。

男は鼻の先を掻きながら、

 

「あの。そんなに見られると照れるんですが」

 

と言った。

柔らかだが、少しハスキーな声だった。

 

「これは失礼を」

 

僕は頭を下げた。

男の後ろから、女の子が顔を出した。

 

「お父さん、寝てたんです。時間かかっちゃってごめんなさい」

 

なるほど。

本当に寝癖だったわけか。

 

「いやぁ、まだフラフラでして」

 

男が申し訳なさげに呟く。

女の子がそんな父に、

 

「もぉ。お客さんの前で。しっかりしてね」

 

と言った。

僕はここが店であることを思い出した。

 

「すいません。ここで話していると商売の邪魔になりますかね?」

「うちはあまり流行っていないので、まぁ大丈夫ですが。なにかお話なら中で聞きましょうか?」

 

男に促され、カウンターの奥へ。

 

「それじゃ私、店番に戻るね」

 

女の子が父親に声をかけた。

 

 

カウンターの奥の厨房と隔てられた細い廊下に急勾配の階段があり、そこを登ると親子のそれぞれの部屋があるようだった。

僕は右側の父親の部屋に通された。

一階の店舗と違い、かなり古びた外装の部屋だった。

床は畳だし、壁は砂壁だった。

砂壁は老朽が激しく、ところどころ剥がれていた。

赤茶けた電燈が天井に所在無げにぶら下がっている。

部屋の隅には、畳んだ布団があった。

先ほどまでここで眠っていたのだろう。

椅子もない部屋に座布団を引き、男がそこに尻を据えると、もう一枚の座布団を指し示した。

座れということらしい。

僕は正座の姿勢で座布団の上に腰を落ち着けた。

 

「さて、どういったご用件ですか?」

 

男が穏やかに尋ねた。

僕はどう切り出すか少し悩んだ。

まずは自己紹介することにした。

 

「突然の訪問、申し訳ありません。私は、辻廉太と申します」

「辻さんですか」

「はい。文科相に勤めております。学園艦教育長という肩書きです」

「文科相?」

 

意味がうまく飲み込めない、という表情を男がした。

 

「よくわかりませんが、官僚さんということですか?」

「左様です」

「そんな方が、うちに一体・・・」

 

そこまで言ってから、はたと何かに気づいた顔をした。

 

「もしかして、篠崎くんと関係が?」

 

僕はうなづいた。

 

「篠崎代議士があなたにレコードを預けているはずなんです。それを受け取りに来ました」

 

そこまで言うと、男が唐突に立ち上がった。

僕は少し驚き、身構えた。

が、男は背を向けて、壁際に添えた書斎机の引き出しを開けた。

なにか小さな紙切れを取り出した。

 

「もう一度、お名前をよろしいですか?」

 

紙を見つめながら問いかけてくる。

 

「辻。辻廉太です」

 

男がうなづいた。

 

「受け取りたいレコードは?」

「スティーブ・ハケットの川崎でのライブ。ロスト・トウキョウ・モーメンツというタイトルです」

 

男が黙って僕を見つめる。

やがて、ふっと表情を和らげた。

 

「そうですか。わかりました。レコードはあります。ついて来てください」

 

男は紙切れを折りたたんでポケットに入れると、再び階段を降りていった。

僕は立ち上がり、急いで後を追った。

急勾配の階段は、手すりを持たなければ降りるのが危なかった。

男は慣れた様子で足早に降りていく。

僕はおっかなびっくり降りていった。

厨房の脇の廊下を通り、再びケーキ屋の店舗に。

女の子が

 

「あ。お話、終わったんですか?」

 

と問いかけてきた。

僕は小さくうなづいた。

 

「上の部屋を使ったんですよね? 古くて汚いでしょ? 恥ずかしい」

「味があるよ」

「え〜」

 

女の子は苦笑いしていた。

男が、

 

「凪子、少しすまない」

 

と言って、女の子の立っているカウンターのレジに触れた。

レジの横にテープで貼り付けてある鍵をとる。

 

「レコード屋さん開けるんだ?」

「あぁ」

「ふぅん」

 

そっけなく呟く女の子の声音はどこか嬉しそうだった。

 

続く

 

 

 

 


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