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本当、やる気が出ます!!
とうとう来たか、と思った。
本題。
その言葉に震えを感じる。
自然に、机の上で握りしめられた拳に力が入った。
「おっと、そうこわばるなよ。本題といっても、俺は篠崎がどうして殺されたのかなんて知らない」
高田がおどけたようにそう言った。
僕は顔を上げる。
高田の、切れ長の瞳が僕を見据えていた。
細い瞳の割に妙に黒目が大きく、見つめられると威圧感があった。
「いいか。俺は根本的に、篠崎が好きじゃないんだ。そのことはわかっただろう?」
僕は頷いた。
「だから、人一人殺されるようなこんなヤマに顔を突っ込む気はさらさらない。俺の身にまで危険が及んじゃかなわん。俺はこれまで、蛇行しながらも自分なりに努力して生きてきた。あとの余生はじっくりと楽しみたいんだ」
「それじゃ、本題ってのは?」
高田がふっと笑う。
「だからなぁ。どうするべきか迷ったよ。実はな篠崎から伝言があるんだ。君宛てにな」
「僕宛てに伝言?」
「伝えるべきかどうか迷った。ついさっきまで俺の胸のうちに収めておこうかとも思っていた。ところがなぁ……」
天井を仰ぎ、ふっと息を吐き出す。
「葬儀場で君の顔を見ちまった。しかも、眼があった。こうなったらもうお手上げだ。懐かしさやらなんやらがこみ上げてきてな。無意識に君を手招きしていたよ」
「……ありがとう、ございます」
僕は深く頭を下げた。
「顔を上げろよ。みっともない」
高田は心底そういう儀礼は入らないという表情をした。
「いいか。一度しか言わないからよく聴けよ」
僕は頷く。
「今回の件。いったい篠崎がどういう奴らにどういう理由で殺されたのか、俺は全く知らない。ただ、奴は少し前から様子がおかしかった」
「様子が?」
「ああ。ひと月ほど前のことだ。珍しく、俺に電話が掛かってきた。唐突に会いたいと言われた。まぁ、俺だって役人だ。何か、仕事と関係する話かもしれない。そう思って、軽い気持ちで会いに行った。でも場所が妙だった。いつもなら都内のバーかなにかになるんだが、横浜の鶴見にある小さなイタリア料理店に呼ばれた」
鶴見のイタリア料理店……。
少なくとも僕は聞き覚えがない。
「信頼できる友人がやっている店だということだった。少しきな臭い感じがした。よほど聞かれたくない話をするということだ。篠崎は俺に、自分は痛い目にあわされるかもしれない、と言った」
「痛い目?」
「ああ。そしてそれは事実になったわけだ。仏さんになっちまったんだ。痛い目どころじゃないぜ」
やれやれというようにため息をつく。
「俺はもちろん、どういう意味だ?と問いかけたよ。でも奴は答えなかった。黙ってうつむいていた。それから唐突に俺に、辻君のことで気に病んでいると言った」
「私?」
「話の繋がりが見えなかった。俺は少し混乱した。すると篠崎は『辻君の信頼を失うようなことを繰り返してきた。彼に直接、頼みごとをする勇気が出ない』と言った。そして、『もしも、俺に何かあったら、辻君に伝えてほしいことがある』と続けたんだ」
「伝えたいこと?」
「『八王子に、行きつけのレコードショップがある。ステレオ・ジャックという店だ。そこに行って、店主に俺が預けてあるレコードを受け取ってほしい』」
は?
どういうことだ?
「八王子? ステレオ・ジャック? どういうことですか? まったく意味が分かりません。そのレコードのせいで篠崎代議士は殺されたとでも?」
「俺にだって意味は分からないさ」
高田が苦笑いをする。
「とにかく、『レコードは、辻君と俺が20数年前に初めて一緒に行ったコンサートのレコードだ。それを思い出して、店主に伝えてほしい』とのことだ。篠崎から預かっているものを辻が取りに来たと言えば通じるらしい」
今度は僕が混乱する番だった。
確かに、まったく意味が分からない。
「さて、と」
頭が真っ白になっている僕をよそに、高田が立ち上がった。
「これで話はおしまいだ。詰まらない話だっただろう?」
「い、いえ……」
僕もつられて立ち上がる。
「ここは俺が出しておくよ」
高田がレシートを手にレジに向かった。
※
雑居ビルの階段を下りながら、高田が言った。
「これから、辻君も大変なことになるぞ」
「え?」
一瞬、僕の脳裏に篠崎代議士と同じように射殺された自分の姿が浮かんだ。
僕は青ざめた顔をしたらしい。
高田が吐き捨てるように言った。
「馬鹿。学園艦の件だよ。勝手な約束をして、それを反故にしようとしたり、いろいろやらかしたらしいな」
「あ……」
そうか。
もうそのことは知れ渡っているのか。
「篠崎も死んだ。君の後ろ盾はないも同然だ。首を切られる覚悟もしておいた方が良い」
「……はい」
雑居ビルを出ると、夜の街が広がっていた。
ネオンライトが煌々と照っている。
その明るさは妖艶だった。
先ほどまでいた喫茶の柔らか味のある赤茶けた照明とは全く違う。
もうすっかり深夜になっていたが、どこか遠くでサラリーマンの酔っぱらった笑い声が聞こえた。
車の行きかう音がそこに交じっていた。
「じゃあな」
高田が僕に背を向け去ろうとした。
僕はそんな背中を呼びとめた。
「あと一つだけ教えてくれませんか?」
「なんだ?」
高田が振り返る。
「20数年前、あなたは私を篠崎代議士に引き合わせました。あれはどうしてですか?」
「単純な話だよ」
高田が笑う。
「篠崎は俺を信用していた。で、俺に『活きのいい若い役人を紹介してくれ。自分の右腕を育てたい』と頼んできたからだ」
「でも、私は……」
「もう、わかっていると思うが。俺は篠崎のことが嫌いだった。それで、如何にも役に立たなさそうな君をあえて紹介した、というわけさ」
ああ。
それで。
そういうことだったのか。
「結果的には、俺の20数年前のもくろみは大成功さ。君は今回の篠崎と組んだ学園艦のプロジェクトでポカをやって、めちゃくちゃにした。それどころか篠崎なんて、とうとう死んじまいやがった」
は、ははは。
高田の乾いた笑い声が通りにこだまする。
「こんなこと。もう、望んでもいなかったのになぁ」
つぶやきながら、定まらない足取りで通りの向こうへと消えていった。
僕はそんな高田の後姿を、ずっと見つめていた。
続く