通夜が終わり、人々が大方掃け、親類のみが残される時間帯。
その時間帯まで待っていると、携帯電話が鳴った。
高田だった。
僕が着信をとると、彼は、今から降りると言った。
葬儀場の一階ホールで待っていると、高田が下りてきた。
「待たせたな。少し外に出よう。24時間やっている喫茶店がある。そこに行こう」
僕は頷いた。
もう真っ暗になった夜の街を二人連れ立って歩く。
高田が煩わしそうに首元のネクタイを緩めた。
右手でネクタイをさし抜きながらつぶやく。
「あぁ、葬式の黒いネクタイは大嫌いだ。気分が憂鬱になる」
僕は同意して、自分もネクタイを抜いた。
「この、葬儀用のスーツというやつも嫌いだ。生地が固くて息苦しい」
見ると、高田はいかにもフォーマルなピークドラペルのダブルを着こんでいた。
「俺はいつもイタリア生地の柔らかいスーツを着ているんだ」
その気取った言い方が少し可笑しかった。
僕は、彼がそういうキザなこだわりの好きな男だったことを思い出した。
関西出身だというのに、決して関西弁をおくびにも出さない男。
自尊心の塊のような男。
僕はなんだか懐かしいような気分になった。
若い頃、三司馬で一緒に飲んだことを想い出す。
あの頃はえぐみのある苦手なタイプだと思ったものだが、今となっては微笑ましくも感じられた。
無意識に笑っていたらしい。
高田が、
「なにがおかしいんだ?」
と問いかけてきた。
「いや、なんでもないんです」
と僕は首を振った。
「まぁいい。ほら、そこの雑居ビルの2階だ」
高田が指差す先に、昭和に建てられたような古臭いビルがあり、その二階に『喫茶 ノーブル』という看板があった。
二人して、エレベーターに乗り込む。
扉が開くと、赤茶けた蛍光灯の灯りに照らされた店内が目に飛び込んできた。
入り口付近に立っていたウェイトレスが、禁煙か喫煙かを問いかける。
僕は煙草を吸わないが、高田がどうなのかわからない。
彼の顔を見ると、
「吸ってもいいか?」
と問いかけられたので、僕は頷いた。
すると、ウェイトレスは奥の喫煙席に僕たちを案内した。
古びてスプリングのきしんだ座席に腰掛けるなり、高田は煙草を取り出して火をつけた。
キャメルだった。
僕は、同じ名前のプログレッシヴ・ロックバンドがあることを思い出した。
そして、そこから当然、篠崎代議士のことに連想がいった。
彼はプログレが大好きだった。
「ぼんやりしていないで、早く注文を決めろよ」
高田の声で我に返った。
「申し訳ない」
僕はあわててメニュー表に目をやる。
ゴシック体で『香りで魅せる純喫茶 ノーブル』と書いてある。
ブレンドには3種類あり、ハイ・ブレンド530円、マイルド・ブレンド480円、オリジナル・ブレンド460円となっていた。
それぞれの味の説明はなかった。
僕はオリジナル・ブレンドを、高田はマイルド・ブレンドを注文した。
「ここのコーヒーは濃いんだ。深夜はマイルドの方が良い」
それを先に言ってくれと思ったが、口には出さなかった。
「父がイノダのコーヒーが好きだったんです。濃いのは慣れていますから」
せめてそう言い換えした。
コーヒーが運ばれてくるまでの間、高田は黙って煙草を吸っていた。
2本吸い終えたところで、コーヒーが運ばれてきた。
コーヒーカップに指をかけながら、高田が僕に問いかけた。
「俺が親類で、驚いたか?」
僕は素直に頷く。
「もちろん。思ってもいないことでした。これまで、そんなそぶりもなかったのですから」
「そうだな。議員の親類だということはほとんど誰にも言っていないからな。
省庁の人間が何人も、今日は驚いた顔をしていたよ。
俺の存在が他人にあんなに刺激を与えられたのは多分、生まれて初めてだ」
言いながら、コーヒーをぐいと口に含む。
「でも、高田さんは確か、関西出身ですよね? 遠縁か何かにあたるのですか?」
「違うよ。結構近しいんだ」
高田が首を振った。
「俺の母親が、篠崎代議士の父親の妹だ」
少し驚いた。
それは確かに、近しい親類といえる。
ただ、苗字が違うことには合点がいった。
「それにそもそも。篠崎は関西出身だ。彼が東京に出たのは大学からだ」
「え?」
それは僕の知らない事実だった。
続く