辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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73 僕にできること

僕はムーン・バーンを飛び出した。

深夜の引き締まった外気が肌を撫でる。

体が震えた。

僕はいたたまれなくなって、大声で叫んだ。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

狭い路地裏に声が響く。

だがそれは一瞬にして、夜の空気の中へと吸い込まれていく。

通りの向こうを連れ添って歩いているカップルが、不審げに僕を見る。

目が合うと、そそくさと去っていく。

どうすれば。

どうすればよいのかわからない。

篠崎代議士が死んだ!?

射殺!?

射殺ということは他殺!?

そんな当たり前のことが頭の中を巡る。

だが思考に出口はない。

いったいどうすれば良いのかわからない。

僕はあわてて、携帯を取り出して本庁へと電話をかける。

が、当直室へとつながるだけだった。

深夜だから当然だ。

ふと思い立って、山下の番号をコールする。

数コール目で山下が出た。

 

「や、や、山下か?」

「あぁ。どうしたんだ、深夜に」

「篠崎代議士が殺されたって。ほ、本当か?」

「んん? 何言ってるんだ?」

「いや、その、ニュースで」

「え? ちょっと待ってろ」

 

携帯をいじる音がする。

 

「本当だ。射殺されたって書いてある……」

「あ、ありがとう」

 

僕はそれだけ言って電話を切った。

自分の携帯を見るだけでは信じられなかった。

見知らぬ客の言葉も信じられなかった。

だが、友人に確認したことで、篠崎代議士の死が真実であると、やっと頭が理解できた。

携帯が震えた。

山下がかけ直してきていた。

僕は少し迷ったが、着信をとった。

 

「おい、大丈夫か」

 

不安げな声が聞こえる。

 

「あ、あぁ。何とか」

「今、どこだ?」

「外なんだ。家にとりあえず帰りたい。それまでの間、会話をしてくれないか? 誰かとつながっていないと、気が狂いそうだ」

「わかった」

 

僕は山下と電話をしながら、おぼつかない足取りで深夜の街を歩く。

 

「辻ちゃん、お前は、篠崎代議士に何かあったとか、兆候は感じなかったのか?」

「わからない。僕はずっと……ある学校にかかりっきりだったんだ」

「そうか。篠崎議員は強引な手法で知られている議員だ。お前の知らないところでいろんな恨みを買っていたのかもしれんな」

「恨みを……」

「ああ。例えば、最近だってかなり無理やり学園艦の統廃合案を推し進めただろう。どこかで誰かに恨みを抱かれても……あ、いや……」

 

山下が口ごもる。

 

「すまない。今のは忘れてくれ。統廃合案にはお前も一口噛んでいるんだったな」

「いや、いい。確かに、そうかもしれない」

 

僕は首を振る。

 

「統廃合案は、確かに強引だった。恨みを買っても、おかしくはない。それに、戦車道にしたって……」

 

そこまで言って、以前の狙撃事件と今回の事件の類似性に思い至った。

類似性……とまで断言できるかどうかわからないが、どちらも、戦車道がらみで、銃撃……。

背筋に寒気が走る。

まさか、僕も……。

不意に怖くなって、後ろを振り向く。

背後には、何もない。

ただ夜の街が広がっているだけだ。

 

「おい、どうした?」

「い、いや、なんでもない。何でもないんだ……」

「あまり気に病むな」

「ああ。ところで山下?」

「なんだ?」

「僕は、どうすればいいんだろう。どうすればいいのかわからない」

「辻ちゃんに出来ることなんてないさ。事件にかかわったわけでも、刑事でもないんだ。さっきも言ったが、あまり気に病むな。家に帰ってゆっくり休め」

「あぁ……」

 

確かに、山下の言うとおりだった。

僕にできることは、何もない。

僕は、こんなにも事件に近い位置にいるかもしれないのに。

ぎりぎりで交わっていない。

何もすることができない。

 

 

翌日、庁内はざわついていた。

調査のためだろう。

議員会館の篠崎代議士の部屋には警察が出入りして、様々な物品を運び出していた。

教育局学校指導課の水谷という男が、僕に声をかけてきた。

 

「篠崎氏、死んじゃったらしいな」

 

彼はニヤニヤとしていた。

 

「いつも無理難題ばっか言ってたもんなぁ。人から嫌われるよ、あの人は。一匹狼を気取ってたけどさ、選挙資金とかどっから出てたのかねぇ。いろいろ後ろめたいことあったんかねぇ」

 

僕は彼を睨みつける。

すると、

 

「おぉ、こわっ」

 

とつぶやきながら去っていった。

 

 

翌日の夜、篠崎代議士の通夜が開かれた。

焼香を終え、親類席に向かって礼をするとき、意外な人間の姿が目に飛び込んできた。

それは、高田だった。

30年前、ぼくと篠崎代議士を引き合わせたあの男だ。

彼が、前列の親類席に腰掛けていた。

 

「親戚?」

 

僕は思わず呟いた。

僕に気がついたのか、高田が、目配せをした。

 

「え?」

 

そして、手招きをする。

 

「あの、高田さん……」

「久しぶりだな。辻君」

「は、はい」

「ちょっと話がある。通夜が終わるまで待っていてくれ」

 

僕は頷いた。

 

続く

 


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