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まさか、大洗女子が大会で勝ち進み、優勝するとは思ってもいなかった。
因果応報、という言葉を思い出す。
ほんのちょっとした僕の不注意がとんでもない結果を招いてしまった。
あの日、教育局にやってきた大洗女子と会おうと思わなければ。
角谷杏を見、戦車道の話題を出さなければ。
僕は頭を抱えた。
勝手な口約束をした挙句、その口約束通りの事態になってしまった。
こんなことが知れたら、僕は学園艦教育局長ではいられなくなる。
ようやく、学園艦統廃合案を可決させることで、仕事での評価が定まってきたというのに。
悔しい!
…………だが。
この、胸に渦巻く悔しさは、それだけではないことが明白だった。
僕は、今回の大会における大洗女子の戦いぶりを、ずっと観察していた。
彼女たちは、困難が現れるごとに、知恵と勇気を振り絞って対処していた。
それは僕が若い頃に憧憬を抱いた、あの爽やかで輝かしい戦車道の少女たちそのものだった。
僕は長い人生で、あの時の憧憬を忘れかけていたが・・・。
彼女たちの戦いぶりには、一瞬、自分の立場が危ういことを忘れ、食い入るように画面に見入ってしまうことがあった。
腹立たしい。
なんて腹立たしいのだ。
西住みほという圧倒的なセンスを持つ戦車乗りがいて、あとはほとんど素人のチームだ。
本来ならば、西住みほの指示に従うだけの、上司と部下のような戦いぶりになってもおかしくはない。
だが、大洗女子は、そうはならなかった。
西住みほ以外の選手たちも、それぞれが創意工夫をして、危機を乗り越えていた。
たとえば、Ⅳ号戦車の通信手は、電波傍受を知り、とっさの機転でメールによる指示に切り替えた。
あるいは、ポルシェティーガーは、敵の走行を阻むために橋を落とした。
89式と38(t)が、二台協力してマウスを破った方法など、まさに奇策だ。
それらは、彼女たち一人一人が、自分で頭を使って考え出した手法だった。
言いなりになるだけではなく、仲間を勝利に導くために、自分も頭を使う。
…………僕はこれまで、仕事に於いて、そんなことができただろうか。
食い入るように、彼女たちの戦いぶりを見入った直後に、去来するのは、すざまじいまでの自己嫌悪だった。
僕は。
僕の人生は。
こんな年端もゆかぬ少女たちが立った今目の前でなしていることを、やらずに来たのではないのか。
僕はこれまで、自分でものを考えたか?
いつも誰かの言いなりになり、使われていたのではなかったか?
極め付けは、川を渡る途中でエンストしたM3リーを見捨てなかったことだ。
自ら体を張って、戦車から戦車へと飛び移る西住みほの姿を見た時。
僕の怒りは頂点に達した。
なぜだ。
なぜ、この、子供たちは。
お互いがお互いを助け合うのだ?
そんなこと、僕のこれまでの人生にはなかった。
政治の世界は、お互いがお互いを蹴落としあい、潰しあう世界だ。
助け合うのは、互いの利が一致する時だけだ。
利が違えば、昨日まで手をつないでいた者同士が潰しあう。
そしてそれは、役人の世界でも。
あるいはおそらく、どんな会社でも。
戦車道でも。
どこかしら、同じであるはずだ。
僕はずっとそんな世界を見てきた。
なのに、あの子供たちは。
僕たち、大人ができないことをやってのけていた。
そのことが悔しい。
悔しくてたまらない。
僕は、画面の中の、少女たちのきらめきが、憎らしかった。
僕が絶対に手に入れられないものを、彼女たちは持っている。
そんなものを、見せつけないでくれ!
自分の軽率な言葉が招いた結果の責任をとることの恐ろしさ、悔しさ。
そして、少女たちの持つ、純粋さの羨望。
それらが僕の中で、ないまぜになった。
僕は大会に優勝した大洗高校を存続させるわけにはいかなかった。
大会が終わったあと、角谷杏を教育局に呼びつけた。
口約束は約束ではない、と伝えた。
なんとしてでも、約束を反故にするつもりだった。
だが、それすらも失敗に終わった。
彼女たちは、再び創意工夫をし、戦車道連盟理事長の協力まで得、再び僕は譲歩を強いられた。
僕は大学選抜チームに勝利することという難題を振りかけた。
が、彼女たちは、大学選抜チームにすら勝ったのだ。
またしても。
僕がついぞ体験したことのない、仲間を信じることや、互いが助け合うことによって、勝利したのだ。
大学生選抜チームとの試合が終わった日の夜。
僕は自宅でウィスキーをあおりながら泣いた。
「僕は終わりだ」
酔いに任せ、この言葉を一人でつぶやきつづけた。
もう、どうする気力も残されていなかった。
敗北したのだ。
今回の件は、もはや僕と角谷杏との間の、誰も介していない口約束ではない。
覚書もある。
戦車道連盟理事長という証言人もいる。
言い逃れをすることはできない。
今後、僕が、自分の立場を無視して勝手な口約束をして子供たちを翻弄したことが明るみに出るだろう。
僕は糾弾され、更迭されるはずだ。
いったいどこでどう人生を誤ったのだ?
その日、一晩自問したが、答えは出なかった。
僕はこれまで、自分なりに生きてきたのだ。
確かに、自分の意思や判断に欠けるところはあったかもしれない。
だが、何も努力を怠ったわけではない。
僕は僕なりに、与えられた状況下で、努力してきたのだ。
僕がいた世界が、たまたま、信頼できる仲間が存在せず、互いを助け合う道理が通用しない世界だっただけではないのか!
僕だってもしも。
政治家の息子になど生まれず、あの子供達のように、信頼できる友人に恵まれていたら。
全く違う人生を歩んでいたのではないのか?
畜生!
僕は目を閉じて、これまでに自分を取り巻いた人々を想った。
父さん、母さん。
篠崎代議士。
芹澤、竹谷さん、吉仲さん、羽鳥。
高田、中津さん、土山。
山下。
・・・山下。
そうだ、山下。
彼は僕にとって友人と呼べる人物だった。
彼と、昔よく飲んだ店・・・。
僕は立ち上がると、ふらふらとした足取りでマンションを出た。
ムーンバーンへと向かっていた。
続く