辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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70 角谷杏との、再会

10分ほど待っていると、局長室のドアがノックされた。

 

「入りなさい」

 

声をかけると、課長代理がおずおずとドアを開けて入ってきた。

続いて、後ろから、3人の少女たち。

 

「あ、あの、辻局長……」

 

課長代理が弱々しくつぶやく。

本当によろしいのでしょうか、という言葉を飲み込んでいるのが目に見えた。

僕は、

 

「何も問題ない。加納君、君は下がりなさい」

 

と、課長代理に向けて言い放った。

課長代理は、小さくお辞儀をして、こちらを伺いつつも、扉の向こうへ消えた。

 

「さて……」

 

僕は部屋に残された3人の少女たちを見つめる。

一人だけ背が低い。

学年が違うのだろうか。

 

「そんなところに突っ立ていてもどうにもなりません。座って、自己紹介をしてください」

 

僕がそういうと、はっとしたように3人の少女たちはソファに腰掛けた。

 

「初めまして。大洗女学園、生徒会生徒会長の角谷杏です」

 

背の低い少女が頭を下げる。

意外だ。

この子が生徒会長か。

と、同時に、何か心に引っ掛かるものを感じた。

次に、左隣の少女が頭を下げた。

 

「生徒会副会長の小山柚子と申します。よろしくお願いします」

 

ぎこちないながらも、丁寧な言葉遣いだ。

 

「わ、私は、生徒会広報の河嶋桃です」

 

右隣の片眼鏡の少女がお辞儀をする。

慣れない場に来てテンパっているのがどことなく透けて見える。

子供らしいと言えば子供らしい。

背丈は一番高いようだが。

 

「なるほど。みなさん、生徒会に属しているのですね。私は、学園艦教育局長の辻です。よろしくお願いします」

 

子供相手に、あえて丁寧な言葉遣いをする。

3人がそれぞれのしぐさで、もう一度会釈をした。

真ん中に座っている、角谷と名乗った少女の会釈の仕方が目に付いた。

他の二人のどこか怯えたような動作と違い、堂々としている。

なるほど……。

さすがは生徒会長というわけか。

小さなコミュニティであれ何であれ、人を総べるにはそれなりの理由があるというわけだ。

……。

会釈を終え、顔を上げた少女と眼があった。

その瞳の雰囲気に見覚えがあった。

僕は、この瞳をどこかで……。

…………。

どこか……確か、大洗で、遠い昔に……。

 

次の瞬間、記憶がフラッシュバックした。

20数年前。

僕がまだ30代の頃だ。

この瞳にそっくりの女性に出会っている。

芹澤の市議選を手伝い、選挙事務所で待っている時。

あの時にたまたま居合わせた女性の目にそっくりなのだ。

あの時の女性の苗字は確か……。

角谷……。

 

僕ははっとして、もう一度少女を見た。

物おじしない瞳が、先ほどと変わらず、僕を見つめている。

僕は、確かめるためにもう一度名を訊いた。

 

「……生徒会長の方。角谷さん、で間違いありませんね」

 

少女が頷いた。

 

「君は、もしかして。出身地は大洗ではなく、水戸じゃないですか?」

 

探るように問いかける。

すると少女の表情に険しさが加わった。

 

「それにどんな問題が? 水戸出身だと、大洗の生徒として苦情に来たらおかしいとでも?」

「いや、そう言う意味ではありません」

 

ビンゴだ。

あの時、角谷さんは、水戸で暮らしていると言っていた。

そして彼女は、赤ちゃんを連れていた。

あの時の赤ちゃんが、今大きくなって、僕の目前にいるのだ。

 

「お役人ってのは、会う前にこっちの素性を調べるんだねぇ」

 

少女が笑いながらつぶやく。

どうやら、勝手に勘違いしたらしい。

それはそれでいい、と僕は思った。

君の母親と会ったことがある、君とも、なんて言う必要はない。

僕は首を振った。

 

「君たちはわからないかもしれませんが。陳情や苦情という振りをして、おかしな人が入ってくることもあるんです。危機管理上、調べるのは当然です」

 

僕は、机の上で指を組んだ。

 

「さて、みなさんが今日、ここに来たのは、ご自分たちの学園艦がどうなるのか、ということですね?」

 

3人の少女が頷く。

 

「廃校です。検討候補リストの上位に入っています。ほぼ免れないでしょう」

 

出来るだけ冷たく言い放つ言葉に、角谷杏が眉間にしわを寄せ呟いた。

 

「廃校?」

 

河嶋と小山は戸惑い、理解が追い付かないという表情をする。

 

「つまり、私たちの学校がなくなるということですか?」

 

小山の言葉を継いで、河嶋が

 

「納得できない!」

 

と叫んだ。

僕はその一言にカチンときた。

納得できない、だと?

僕はこれまで、どれだけ苦労して多くの議員たちを納得させてきたと思っているんだ。

僕はもう、たくさんの人を納得させてきた。

こ突きまわされながら。

そのことも何も知らない子供が、何を偉そうに。

そもそもだ。

角谷杏にせよ、この河嶋という女子にせよ。

人に物事を頼みに来て、敬語の一つも使えない。

 

僕は、淡々と、来年度からの実施になるので、今年中に納得してもらうよう伝える。

納得してもらう。

それはマジックワードだ。

彼女たちが納得しようが納得しまいが、事実は変わらないのだから。

僕は、彼女らに対し、大洗女学園の現状を伝える。

近年、生徒数の減少が著しいこと。

また、目立った成果もないこと。

その言葉を紡ぐとき、ちょっとした皮肉を言いたくなった。

大洗と言えば、僕にとっては、戦車道のあの苦い思い出だ。

彼女らには伝わるはずのない嫌味を、言いたくなった。

 

「昔は、戦車道が盛んだったようですが」

 

この言葉を受けて、角谷杏が唐突に口を開いた。

 

「あぁ、じゃぁ、戦車道やろっか」

 

それはあまりにも唐突で、予想外の言葉だった。

だが、僕の内心の戸惑いをよそに、彼女は続ける。

 

「まさか優勝校を廃校にはしないよね?」

 

僕は自分の動揺を悟られたくなかった。

表情を変えず、彼女の言葉に同意した。

 

 

少女たちが出て行った後、様々な思いが胸を駆け巡った。

なんということだ。

僕は、まさか、過ちをしてしまったのか?

ほんのちょっとした好奇心で、大洗の生徒を招き入れ。

それがたまたまあの角谷杏だったために、戦車道を思い出し、口にして。

そこからさらに、譲歩を引き出されてしまった。

…………角谷杏の母親は、戦車道をやってはいなかったが、知人を通して戦車道とは密接な関係にあった。

親の血をひく子だ。

まさか、角谷杏は戦車道に明るいのではないだろうな?

 

僕はあわてて、部下に命じ、大洗の戦車道について洗ってもらった。

 

結果は、恐れるに足りない内容だった。

角谷杏は、戦車道を履修したことはない。

大洗女子には今は戦車道すらない。

僕は胸をなでおろした。

と、同時に。

何が何でも、彼女らを戦車道で勝たせてはならないと思った。

もしも。

僕の軽率な一言によって、万が一にも彼女らが試合で勝利を収め。

その結果、廃校を免れたとしたら。

責任問題だ。

僕の立場はとんでもないことになる。

 

僕は課長代理を呼びつける。

強い口調で、僕が生徒会の少女3人を部屋に入れたことを口外するなと命じた。

 

続く

 




お疲れ様です!
いやぁ~。
ようやく、本編と合流できました!
70話かかってしまった。

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