辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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7 父

父の名前がそのサイトにあったことに驚いた。

父の「暗躍」にこういう形で遭遇することになるとは。

同時に、かなり嫌な気分になった。

「大洗を新しくする会」のサイトは、かなりポピュリズムに阿ったものだった。

大衆のルサンチマンをわかりやすく利用するという方向性だった。

僕が役人という職に就いているからかもしれないが、中身のない空虚な、勇ましい修飾語だけが一人でダンスを踊っているような、意地汚いものに見えた。

改革をするというのなら、誠実に数値で、今の大洗町の問題点を指摘するべきだと思った。

予算編成から、税金の使われ道を分析し、

 

「こことここが無駄であるので、このように変える」

 

ときっちりと書けばいい。

そういうことをせずにただただ改革をするとだけ書いているのはアンフェアであるように思われた。

意味のあまりわかっていない一般市民を騙しているようにも感じられる。

また、特定の議員を理由を書かずに「悪徳である」と断じているやり方にも気持ち悪さを感じた。

もしも、彼らが何らかの悪事を働いているのならば、それをきっちりと書くなり、裁判をするなりすればよい。

そうしていない時点で、どうにも嘘のように感じられた。

 

僕は携帯を閉じ、父のことを想った。

僕の中の父の像がぼやけていく。

輪郭を失っていく。

僕の中で父は、決して好ましい人物ではないが、憎むことのできない人物だった。

怒りやすく、頑固で、自己中心的だが、同時に『甘さ』もあった。

その甘さは、他人が困っているときに手を差し伸べるべきかどうか真剣に悩んでしまうというような種類の甘さだった。

悩んだ末に手を差し伸べ、ややこしいことになっているのを何度か見てきた。保守派のくせして、カウンターカルチャーを愛してやまないのも『甘さ』の表れだと思っていた。

刺々しい外面の内側にそういうナイーブで少年的なものを持っている人……だと思っていた。

しかし、ナイーブで少年的な人間が、自己を恥じることなくルサンチマン的なものを利用したり、他者を(恐らくわざと)検証なしに罵ったりするのだろうか。

 

「家族といえども、その内面は見えない、か」

 

僕はひとり呟いた。

そして顔を上げると、父が立っていた。

僕は思わずのけぞりそうになった。

 

「どうしたんだ?」

 

父が問いかけた。その表情には何もおかしなところはない。

僕が携帯で検索をかけていたことは見ていないのだろうか。

 

「いや、なんでもないよ。ぼんやりしてしまっていたから驚いただけ」

 

僕は鼻を掻いた。サイトのことを父に尋ねようかと迷ったが、どう切り出せばよいか判断がつかない。

父の後ろに、人影があることに気が付いた。

人影がぺこりと会釈をした。僕にだろうか?

僕は自分の顔を指さす。人影が頷いたので、こちらも会釈を返した。

 

「こんにちは。辻先生の御子息さんですね」

 

人懐っこい声を発した男性には見覚えがなかった。

 

「そこのスポーツショップの店員をやっている芹澤と申します。辻先生にはお世話になっておりまして」

「あ、ど、どうも」

 

芹澤と名乗った男は、僕と同じぐらいの年齢に見えた。

背は少し低く160センチぐらいかもしれない。

しかし、がっしりとした体格をしていた。

髪を短く刈り、スポーツマン風情を醸し出していた。

対象的に、表情や声は妙に柔らかい。

アンバランスな印象を受けた。見る人によって、厳ついと感じられたり、優しそうだと感じられたりしそうだ。

 

「先ほど、偶然トイレで先生とばったり会ったんですよ」

 

芹澤が慇懃に笑った。

 


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