辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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法案が可決され、各学園艦へと統廃合検討の通知を送るように命じた日。

深夜に篠崎代議士から着信があった。

僕はその時、自宅にいて、ウィスキーのボトルを開けようとしているところだった。

ジョニー・ウォーカーのブルー・ラベル。

何か仕事を成し遂げたときに開けようと思ってとっておいた品だった。

僕はあわてて携帯電話を手に取ったが、もう着信は途絶えていた。

すぐにリコールすると、いつもの低い声が、

 

「深夜にすまないな」

 

と言った。

僕はウィスキーボトルを左手で撫でながら

 

「いえ。全く問題ございません」

 

と言った。

しばらく、沈黙があった。

そして一言、

 

「辻君。今回は、ありがとう」

 

と声が聞こえた。

それは、短い一言だった。

だが、腹の底から絞り出されたような、重みと深みがあるトーンをしていた。

僕は、

 

「滅相もありません」

 

とつぶやいた。

また沈黙があった。

15秒ほどしてから、篠崎議員の声が聞こえた。

 

「本当に感謝している。これからも、よろしく頼む。それだけ言いたかった」

 

通話が終わり、ツーツーという音が耳に聞こえる。

僕は携帯を耳から離した。

これまで篠崎代議士とはさまざまな仕事を共にしてきた。

が、あのように重い声はこれまで聞いたことがなかった。

それは本当の感謝の声だった。

逆を返せば……。

僕は、少し前に篠崎代議士から聞かされた言葉を思い出す。

 

『お前の仕事ぶりは評価されていなかったんだ』

 

今回の学園艦統廃合法案の件で、初めて、自分の『仕事ぶり』そのものが評価された。

僕は、手にしていたウィスキーのコルクを抜いた。

芳醇な香りが部屋にほのかに漂う。

この齢にして、ようやく、新たなスタートラインに立った。

そういう気がした。

 

 

学園艦の統廃合通知が、統廃合候補校に通告されだすと、様々な苦情や問い合わせの電話が殺到するようになった。

教育長学園艦局の課長代理席あたりは、クレームの対応にてんてこ舞いになっていた。

だが基本的には、苦情は相手にしない。

その方向性を徹底するように指示を出した。

決定事項を覆すことはあり得ない。

苦情はもちろん聞く。

だが、聞くだけだ。

それによって、なんらかの変更があってはならない。

ある日、僕は疲れ果てた顔をした課長代理をねぎらってやろうとした。

たまたま少しいいコーヒー豆をもらったので、それを飲ませてやろうと思ったのだ。

課長代理席に電話をし、部屋に来るようにと命じた。

1分ほどして、課長代理がドアをノックした。

 

「入りなさい」

「失礼いたします」

 

緊張した面持ちで課長代理が入ってくる。

人の良さそうな顔立ちをした男だが、ここしばらくはクレーム対応のためか憔悴した色合いが加わっていた。

 

「座りなさい」

「よろしいのですか?」

「ああ。疲れただろう。コーヒーでも入れてやろうと思ってな」

「え、そ、そんな、申し訳ないです」

「気にするな」

 

僕は課長代理をソファに座らせ、コーヒーをドリップする。

 

「いい豆をもらったんだ。これでも飲んでリラックスすると良い」

「あ、ありがとうございます」

 

自分の分と二つのカップを、応接セットの机に置く。

僕は課長代理の向かいに腰掛け、問いかけた。

 

「苦情が多いか」

「は、はい。納得できないという声や、詳しい経緯を説明してくれという声が上がってきております」

「まぁ、それは仕方がないな」

 

僕はカップを口に運んだ。

 

「どんな法案だって異論は出る。ことさら、国民からはな。それをうまく聞き流すのも我々の仕事だ。決まったことに対して、あとから出てきた声を聴いて、法案の方向性がぶれるなんてことがあってはならない」

「は、はい……」

 

沈み込んだように、課長代理が頷く。

顔立ちの通り、繊細な男だ。

嫌いではないが、これでは仕事ができない落胤が押されかねないだろう。

そんなことを考えていると、課長代理がつぶやいた。

 

「親からの苦情はまだいいんです。しかし、子供たちの泣き声というのは、少し、その……」

「堪えるか」

「はい。……実は今日も、子供が直談判に来ていまして……」

「直接、文科省に来たのか?」

「はい。女の子3人組です。すごく必死な様子で」

「それは駄目だな。身の程をわきまえさせなければ。今後、直接入ってこれないように、何か対応のルールを決めなくちゃならないな。いったいどこの学園艦だ?」

「たしか、大洗女子というところです」

「なに?」

 

大洗、女子?

たった今、大洗女子の学生がここに来ているのか。

 

「ほぉ……」

「つ、辻局長、どうなさいました?」

「面白いじゃないか。加納君、その3人はまだ帰ってはいないか?」

「は、はい。おそらく」

「そうか。気が変わった。その子たちをここに通してくれ」

「え?」

「ここに通すんだ。子供たちの声を直接聞いてみるのもいいだろう。何かの参考になるかもしれん。すぐに呼んできなさい」

「は、はい」

 

事態が呑み込めないという表情をした課長代理が立ち上がる。

僕は、ソファに座ったまま足を組んだ。

 

続く

 


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