党内で意見がまとまると、そのあとは比較的容易に進んだ。
フィリピンで学園艦の事故があり、多数の命が失われた以上、学園艦の統廃合に対して表立った批判は出なかった。
雑誌は日々、老朽化した学園艦の危険性について報道を続けていた。
中には、学園艦の操縦に学生が関わっていることそのものへの警鐘の記事もあった。
教育という名の下で、学生にすべてを任せていることは大人の怠慢だ、というように書かれていた。
そういった状況下で、他党も学園艦の存続を声高に唱えることはできなかった。
幾つかの市民団体が細々と陳情に回っているようだったが、ほとんど効果はなかった。
僕は学園艦を批判した記事が載っている雑誌を手に、複雑な気持ちになった。
これが、『空気』なのか。
『学園艦は駄目だ』という『空気』がぼんやりと醸成されると、政治家はだれも逆らうことができなくなった。
篠崎代議士は、政治家は情と利で動くと言っていたが、それ以上に『空気』で動いている。
そして、その『空気』を形成しているのは雑誌や新聞の報道だ。
新聞が売れない、雑誌が売れない、メディアの影響力は死んだ、と言われて久しいが。
いまだにこうやって、『空気』は、メディアの報道の論調によって創られている。
しかし、もしも、国民すべてに本心をアンケート調査したらどうなるのだろうか。
メディアの論調が表に出てくるから、『学園艦は駄目だ』というテーゼが大手を振って闊歩しているが、国民の大半は、本当に駄目かどうか、はっきりとはわかっていないだろう。
意外に、メディアの論調とは全く違う意見が出てくるかもしれない。
そう考えると、政治家とは、実にふんわりとした形のないものに怯えているものだ。
…………。
国会では、熱政連から土山が、法案に対する質疑とは別に一般質問に立ち、先に約束をとりつけていた、『生徒へのヒアリング』や『再検証』などの5点を聞いた。
一議不再議の法則の観点から、党内でもやや疑問が出たが、どうしても聞きたいということで踏み切ったらしかった。
暫時休憩中に、土山と眼があった。
「なんや、俺を睨んどるんか」
土山がすごんだ。
僕はため息をついた。
相変わらず、喧嘩っ早くガラの悪い男だ。
「いいえ、睨んでなどいませんよ」
「そうかい。ま、せいぜい有頂天になっておけや」
「有頂天になど……」
「嘘こけや。有頂天になっとるがな。これは俺が通した法案やぐらいに思っとるんやろ。ええ?」
僕は、舌打ちの一つでもしたいところを我慢して答える。
「そんな、滅相もございません」
「はっ。よぅ言うわ。このダボが」
掃き捨てるように言う。
僕は、それをあえて笑顔でかわした。
「いつまでもニヤついていられると思うなよ。ああ?」
それだけ言うと、気がすんだのか僕の前から離れた。
どんなに口汚く罵ろうとも、お前は負け犬だ。
僕は土山の後姿に、心の中でそうつぶやいた。
党内の論調を変えることができず、反対意見を出す勇気もなく、ありきたりなことを質問して体裁を保っただけの負け犬だ。
※
法案が通ると、即座に、各艦への通告方法の検討に入った。
篠崎代議士が、
「学園の責任者だけではなく、各校の生徒会にも知らせるようにしろ。折れてくれたんだ。土山の顔をつぶさないようにしろ。『生徒へのヒアリング』だ」
と笑いながら言った。
「承知いたしました」
僕は、廃艦候補のリストの各生徒会へ、廃艦決定の通告書を差し出すように部下に命じる。
もちろん、先に学園側と話をつけて置いた上でだ。
学生たちは戸惑い、憤るだろうが、学園の責任者側に諭されて終わるだろう。
廃艦候補のリストの中には、大洗の学園艦もあった。
少し気になって大洗の学園艦についての調書に目を通した。
あまり際立った実績的なものがなかった。
典型的な埋没校だ。
特色がない。
スポーツにおいても、学力においても。
廃艦は免れようもないだろう。
生徒会の責任者の名前も調査され、記載されていた。
3人の少女の名前がある。
もうすぐ、この子たちのもとに、『貴艦の廃艦のお知らせ』が届くわけか。
どんな思いを抱くだろうか……。
少し胸が痛んだ。
僕は首を振った。
何を考えている。
これは仕事だ。
これから多くの学生たちのもとに『お知らせ』が届く。
自分の故郷の高校だからなんだというのだ。
彼女たちも、僕にとってはワン・オブ・ゼムにすぎないのだ。
そもそも。
僕にとって大洗はいったい、なんだ?
捨てた故郷じゃないか。
良い思い出などない場所じゃないか。
そうだ、僕は、大洗にあった自分の根っこをすべて失った。
奪われた。
憎んでもいいぐらいの場所なのだ。
気がつくと、調書を強く握りしめていた。
薄い紙は、ぐしゃぐしゃになっていた。
続く