辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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66 過去の戦車道

「あの、そういうと」

「なんだ?」

「先日議員会館で、古い知人と出会いました」

「へぇ。役人か?」

「いえ、地方議員です。ちょっとした知り合いなのです」

「それで?」

 

僕の目の前に、ズブロッカが置かれる。

見上げると、ウェイターが恭しくお辞儀した。

 

「ちょっと不思議に感じたことがありまして。全く違う党派の人間の部屋に入っていったのです、陳情と言って」

「そいつはどの党だ?」

「国家刷新党です」

「あぁ、所謂第三極か」

 

篠崎代議士がしたり顔で笑った。

 

「はい」

「それならよくある話だ。連中は、もともとどこかの党に属していた議員が多い。党内で力を発揮できず埋没した奴らが新天地を求めて新しい党に群がるんだ」

「でも、芹澤は初当選時から国家刷新党の前身である『新しくする会』の所属でした」

「芹澤?」

 

篠崎議員が眉をピクリと動かす。

 

「あ、説明が足りず申し訳ありません。芹澤というのがその議員の名前です。私の地元選出の県議でして」

「地元は大洗だったか?」

「はい」

「なるほどな。芹澤か。知っているよ」

「え?」

 

篠崎代議士が芹澤を知っている?

 

「確か、衆議院議員の高坂幾太郎氏の秘書だった男だ。地元で議員を目指していると聞いていたが、そうか、議員になっていたのか」

 

篠崎代議士は感慨深げに頷いた。

 

僕は芹澤のことを憎んでいたが、篠崎代議士の声音からはそのような雰囲気は汲み取れなかった。

どちらかというと懐かしさや親愛のようなものが感じられた。

 

「彼が秘書をやっていたのは随分と昔ですよね。覚えておられるということは、親しかったのですか?」

「そうだな。親しいとまではいかないが、何度か会話を交わしたことがある。俺もまだ若い頃だったし、彼も若かった。齢が近かった。どことなく親近感を感じていたな」

 

親近感。

篠崎代議士が。

あの胡散臭い芹澤と。

それは恐らく、芹澤の表面しか知らないからではないのか。

 

「俺と芹澤君はとても似ていたんだ」

 

しかし、篠崎代議士の口から発せられた言葉は、さらに予想外だった。

 

「俺は若くして国会議員になって、空回りしていた。前に言ったと思うが、何かをやりたい、だがどうすればいいのかわからない。そんな状況だった。一方で芹澤君も、自分の想いと立場が相反していた」

「どういうことですか?」

「君の世代だと知らないかもしれないが。芹澤君が遣えていた衆議院議員・高坂幾太郎は、相当に危ない人物だった」

 

そのことはうっすらと知っていた。

当時もう高齢だったが、常々反社会的組織とのつながりを噂されていた。

僕はむしろ、芹澤はそういった反社会的組織とのつながりを引き継いでいるのではないかと疑っているのだが。

狙撃されたあの夜から。

 

「高坂氏は、1950年代前半に初当選した。まだ55年体制が確立される前だ。それより以前はどこで何をしていたのかはっきりしていない。一説には、的屋のようなものだったとか、詐欺師だったとか、いろいろな噂はあるがな」

「1950年代」

 

想像もつかないほど昔だ。

 

「でも、そんな素性の分からない男が唐突に衆議院議員になれるものなんですか?」

「なれるさ」

 

篠崎代議士は断言した。

 

「議員なんて、おかしな素性の奴はたくさんいる。選挙に通りさえすれば誰だってなれる。考えてみろ。逆を返せば、人生に詰んだ人間の起死回生・一発逆転の場ですらあるんだ」

 

…………。

僕は返す言葉もなく、グラスを口に含んだ。

 

「まぁ、高坂氏については、議員の娘と結婚したからだ。衆議院議員の高坂善治の娘と結婚したんだよ」

「ということは、高坂という苗字は、入り婿になって手に入れた苗字ということですか?」

「そうだ。それより前の苗字については、諸説あって、よくわかっていない」

「そんな怪しいことがあり得るんですか?」

「1950年代前半だからな。まだ戦争が終わってから10年さえ経っていないんだぜ」

 

頭の中に、テレビのドキュメンタリーで見たことのある、モノクロの街並みが浮かぶ。

 

「いずれにせよ、そうやって議員になってから高坂氏は、メキメキと力をつけていった。人との接し方が抜群に上手かったんだ。硬軟取り混ぜて、相手の懐に入り込み、自分の主張を通してしまう。おべっかを使って上に可愛がられるのとは違うぞ。うまく相手を言いくるめ、自分の言いなりにしてしまう天才だったんだ」

 

僕は合点がいった。

 

「それで、的屋だとか詐欺師だとか、なおさら過去の経歴に憶測が付いたんですね」

「その側面もある。でも、実際、かなり危ない橋をくぐってきた経験があったのだろうと思わせる部分も多々あったみたいだ」

「危ない橋……」

 

「1960年代になると、一気に反社会組織との距離を詰めたと言われている。時はベトナム戦争に揺れ、学生運動真っ盛り、革命の季節だ。左翼嫌いで、わざわざ右翼に接近したとも言われているな」

「右翼……」

「もちろん、右翼イコール反社会組織ではない。だが、中には、左翼にしたって同じだが、かなり怪しい連中もいる。高坂は、右翼の

中でも特にきな臭い連中との関わり合いを強めていったらしい」

 

「…………」

「それはそれとして、高坂氏といえば、豊富な政治的資金力だ。その源泉について教えてやる。当時、左翼のアジトを叩くために戦車道の学生が駆り出されたりもした。高坂氏は戦車道……というよりも、軍事品を輸入する企業や軍需工場に目を付けたんだ」

 

戦車道?

 

「え、戦車道って、そんな歴史があったんですか?」

 

「知らないのか? あれは一時期すたれていたんだぞ。それを復興させたのは高坂氏だ。戦争に負け、日本では嫌戦ムードが広がっていた。そんな中で、人を殺さない平和なスポーツという名目を持たせて戦車道を復興させるキャンペーンを大体的に打ち出したのが、自民党内の高坂氏のグループだ」

 

 

続く


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