辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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いつも読んで下さりありがとうございます!
ちょっと仕事が忙しくて更新が遅れ気味です。
会話ばかりの小説ですが、どうかお読みください。


65 ズブロッカ

 

 

学園艦統廃合案は、党内での合意はほぼ得られたも同然だった。

政治家は世論には勝てない。

これはその通りなのだ。

10月9日に党内会議でおおよその合意が得られ、国会への提出が内定した。

あとは、方向性の問題だった。

篠崎代議士たち、積極的にこの案件を推している派閥の最終的な目標は、統廃合どころか全廃艦だった。

だがさすがにそれでは急進過ぎて党内はまとまらない。

そこで暫時統廃合という案が表向き採用された。

熱政連から提案があった。

それは、自分たちの派閥の議員に、法案に対する質疑応答の場で質問をさせてほしいという要望だった。

要するに出来レース質問だ。

質問の内容は、

 

・建造年次に関わらずすべての学園艦の安全性のチェックをすること

・学園艦の統廃合時には、生徒へのヒアリングをすること

・実績の詳細の検討を怠らないこと

・案を進めてから一定の期間をおいて、効果の再検証をすること

・統廃合後残された学園艦については、今以上に手厚いケアをすること

 

の5項目。

どれもこれも当たり前のことだ。

質問されなくてもやるべきことである。

なぜそれをあえて訊くのか。

それは、自分たちの派閥の議員が、これらの懸念に対して質問し、その結果、これらの懸念に対する対応がなされたと後で主張したいがためだ。

明らかに彼らはもう、統廃合案に対する批判ではなく、少しでも自分たちの政治的実績をもぎ取る方向へと舵を切りなおしていた。

 

「奴らは負けを認めたんだ」

 

篠崎代議士がほくそ笑んだ。

それは深夜1時。

篠崎代議士が愛用しているナイト・ホークスというバーのテーブルでの会話だった。

 

 

「真っ向から反対を表明しても、世論が味方に回らないと理解したからだ」

 

ロックグラスになみなみとズブロッカを満たし、それを満足げに掌でもてあそぶ。

 

「今日は、ずいぶんと強いお酒を飲むんですね」

 

僕が問うと

 

「ズブロッカはな、特別気分のいい日に飲むことにしているんだ。自分の実績が一つ一つ積み上げられる日にな」

 

そうつぶやく。

 

「見てみろよ。ズブロッカの瓶を」

 

顎でカウンターを指す。

僕は目を凝らした。

 

「瓶の中に香草が入っているだろう。束になって」

「はい。茎のようなものが見えますね」

「あれがボトル一本につき一つ入っているんだ。で、一本空くと、次のボトルを開けるときに、前のボトルに入っていた香草を追加する。それを繰り返してきたうちに、あんな束になっているんだ」

「へぇ……」

「いうなればこの店の歴史さ。そこが仕事と相通じるところがある。俺は今日、学園艦統廃合案を国会提出までほぼ漕ぎ着けた。俺の成した仕事の束が一つ増えたんだ」

「おめでとうございます。では、せっかくですので私もズブロッカを一杯いただいてよろしいですか?」

「あぁ。飲め」

 

僕は右手を挙げてウェイターを呼び、ズブロッカのロックを追加注文した。

恭しい動作でウェイターが頷き、カウンターのバーテンダーに注文を伝える。

 

「そこの額を見てみろよ」

 

篠崎代議士が壁に貼り付けられている絵画を指さす。

深夜のバーのカウンターを店の外から描いている絵が貼ってあった。

 

「あれが、ナイト・ホークっていう絵なんだ。有名な絵だ。そのレプリカだ」

「それじゃ、この店の名前の由来は」

「たぶんあれから取っているんだろうな。でも面白いのは、あの絵の通りの内装じゃないってことだ」

 

確かに、バー・ナイトホークスは、絵画のバーよりもずっと広く、カウンターよりもホールの方が大きかった。

木目調の床やテーブルは重厚で、どことなく寂しげでチープな、絵画の中のバーとは趣が違う。

それは、人の内面と表向きの違いを表している皮肉のようにも見えた。

 

「熱政連の議員の方々が最後の最後で反対するということはありませんよね?」

「大丈夫だ。奴らはもう、この案件に対しては何も言えんよ。一度法案が提出されて審議に入れば、野党も見ている。与党の議員として、そんな馬鹿な真似は出来ん。そして、今回は危機管理の問題の側面が大きい。共産党も表立って反対はできないだろう」

「はい」

「熱政連の議員からの質問項目。生徒へのヒヤリングは、とても全校生徒に対してのアンケートなどとっていられまい。生徒会にでも説明すれば十分だろう。子供たちが大人に反抗できはすまい」

 

ロック好きの篠崎代議士らしからぬセリフだと思った。

ロックは子供が大人に反抗するというテーマを持っていたのではなかったのか。

僕の頭の中で、ピンク・フロイドのアナザー・ブリッツ・イン・ザ・ウォールが一瞬流れた。

教育なんて必要ないぜというあの歌だ。

だが、すぐに音は途切れていった。

 

「パブリックコメントを、という要求ではなくてよかったですね」

「奴らもわかった上でさ。自分たちの質問にする以上、できることを訊いてくるってわけだ」

「実績をとっているんですね」

「そういうことだ。今以上手厚いケアにしたって、具体性がないから問題はない。ちょっとしたことに予算をつけておけばいい。そうだな……すべての艦内照明をLED化する程度でどうだ」

 

篠崎代議士が笑った。

 

続く

 


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