芹澤と再会した日、一つだけ違和感を感じることがあった。
地方の議員が陳情に国にやってくることは確かに珍しいことではない。
だが、それはあくまで、同じ党派の議員への陳情だ。
芹澤は、あの『新しくする会』に属している。
今や『新しくする会』は、『国家刷新党』と国会では名を変え、少数野党ではあるが、一定の議席と勢力を持っている。
だが、芹澤が訪問した議員の部屋は、与党の自民党の議員の部屋だった。
党派が違うのだ。
そもそも、学園艦統廃合案は、いまだに与党内でもんでいる段階だ。
なぜ、他党の芹澤の耳に入り、陳情にまで上京しているのか。
まぁしかし、いずれにせよ、あの芹澤を苦しめていることは事実だ。
そのことが心地よかった。
僕はその日から、これまで以上に、統廃合案の法案化に邁進するようになった。
これを法案化させて可決させて、芹澤の票田となっている大洗学園艦をつぶしてやりたいと夢見るようになった。
僕はちっぽけな人間だ。
その頃、ちょうど良いタイミングで影響力のある週刊誌が『激ヤバ!! 日本の学園艦の老朽化指数』という記事を掲載した。
もしかして、篠崎代議士のグループが、知り合いの記者に声をかけたのかもしれない。
真相はわからないが、利用しない手はなかった。
僕はその雑誌を片手に、人に見せてまわった。
学園艦は危険だという空気の醸成がしたかった。
そんな折、篠崎代議士が、僕を議員会館の個室へと呼んだ。
「やぁ。いい塩梅じゃないか」
彼はご満悦だった。
「この調子だと、上手く押さえつけることができそうだ」
「はい。そろそろ、法案が提出された後……野党対策を考えた方が良いかもしれませんね」
「そんなのは気にしなくていい」
「どうしてですか?」
「採決をとるにしても、与党が多数を占めているんだ。負けるはずがない。せいぜい討論でうるさく言わせておけばいいだけだ。それに今回の案件。学園艦で暮らす人々の命がかかってくるという論調に持ち込めば、平和だの命だの言っている共産党が反対できるか? 教育よりもまずは命だろうさ」
「それはその通りですね」
「それよりも、玉田のグループが最後の抵抗をする方が怖い」
「まだ何かありますか?」
「ああ。おそらく、だが」
篠崎代議士が、机の上にB5用紙を置いた。
「こういう修正案を提案してくる可能性がある」
そこには、学園艦数適正化計画・修正案と銘打たれていた。
「失礼します」
僕はそれを手に取り、中を見る。
「……なるほど」
そこには、学園艦の数を減らすのではなく、改良工事をして、より堅牢で安全なものへと生まれ変わらせていくという案が示されていた。
「これなら、安全の担保をしつつ、彼らの利権である鉄鋼業界・造船業界の利益も確保できますね」
「確保どころか、改良工事で一儲けだ」
「おっしゃる通りです」
篠崎代議士が、机をペンで叩く。
「これの提出を何としても阻止したい」
「そのためには、どうすれば?」
「そうだな。いくつか方法はある。こういうのは、党内での空気を形成した方が勝ちだ。修正案は非常にコストがかかることを吹聴するべきだな。学園艦数そのものを暫時減らし、最終的にはゼロへと持っていくという方向性を主流派にするんだ」
「はい」
「人数工作は、もちろん俺たち議員がやる。君は、もう一度しっかりとすべての議員を回り、学園艦は暫時廃止の方向であることを納得させて回るんだ」
「はい」
「どちらになびくかわからないグループから先に回れ。暗黙の了解の事項にするんだ」
「承知いたしました」
この頃になると、もう僕の心から、篠崎代議士への反発の気持ちは消えていた。
一度の衝突を経て、自分の無能さを知らしめられ、そのあとやってきた絶望感は、日々の忙しさの中で薄れていた。
そして、極めつけは芹澤との再会だった。
奴を痛い目に合わせてやりたい。
その気持ちが、僕の中で一番強かった。
僕は、資料を持って議員会館の中を走り回った。
学園艦利権に明確に反対している議員には、本音を告げて、さらなる応援を要請する。
中間派の議員には、僕たちの主張に世論が傾きつつあることを示し、こちらへと誘導する。
急速な変化を恐れる議員には、これは暫時進める案であり、即刻全廃止ではない。
まずは、老朽化が激しく、さしたる実績のない艦から廃艦していく旨を重々説明する。
そういった作業を、地道に続けた。
続く