「あのチームには水野という女性がいただろう?」
「は、はい……」
「機転が利き、かつ、抑えるべきところは、きっちりと抑える。行動力もある。彼女があの中では本当は一番評価が高かった」
「水野さんが?」
「そうだ。次に評価が高かったのは内村だ」
内村。
ほとんどものを言わない大人しい男だった。
「彼は無駄口をたたかず、しかし、しっかりと無難に調整をしていた。プロジェクトの全体を見渡せていた。『後ろで汗をかく』タイプだった」
「内村が……」
「評価が低かったのは君と飯島だ。飯島は、年長だというのに若手を抑えることができていなかった。リーダーシップがなかった」
「では、僕は……」
「君は、気持ちだけがはやる無能な人間という評価だった」
「!!」
その言葉は残酷だった。
「飯島が誰を抑えられていなかったかわかるか?」
「水野女史、ですか?」
篠崎が首を振った。
「君だよ。君。才気走った水野に気圧されてはいただろうが、彼女はちゃんと抑えどころをわかっていた。それよりも、問題は君だった。君は、周りのことをちゃんと見ず、自分ばかりが突っ走った発言をしていた」
僕の脳裏に、あの頃の委員会の一幕が浮かび上がった。
僕は、先走った発言をして、それを水野に注意されたことがあった。
『危なっかしい』
彼女は、つんと澄ました声で僕にそうつぶやいた。
僕はそんな言葉を軽く受け流してしまっていた。
「そんあ、僕の、僕の評価が……」
「だが、それで困るのは俺だ。高田の紹介で君を取り込んだのは俺だったからな。俺としては、自分の顔に泥を塗りたくなかった。それに、君は俺を慕ってくれていたしな。言うことを聞いてくれる役人はありがたい存在だ。そんな情と利もあって、君を起用し続けたんだ」
「水野さんは?」
「彼女はプライドが高かった。理論的にも過ぎた。自分が正しいと思っていて、他人との付き合いをしなかった。結局は出世コースからはみ出たはずだ」
情と利。
理は関係ない。
その理論がここにも適応されていた。
僕はそれをたった今批判しながらも、結局は情と利によって生かされていたのだ。
僕はうつむいた。
もう反論をする気力を失っていた。
「さて、どうする、辻君?」
篠崎代議士が問いかける。
「もう、俺についてくるのは止めにして、首でもくくるか? それだけの覚悟があるなら、止めはしない」
僕はうなだれたまま、首を振った。
「いいえ。代議士。私は、以前と同じ、弱い辻廉太のままです。世間知らずで、俯瞰ができない人間で。完全に、私の落ち度です。もう長い人間関係の中で、引き返せないところにやってきていました。そのことがわかりました」
「そうか」
篠崎代議士が笑った。
「それなら問題ない。声を荒げてすまなかったな」
彼は、蹴ったことによって位置が変わってしまった応接セットを元に戻す。
「年甲斐もなく、粗相をするもんじゃないな。足が痛いよ」
僕は、黙って頭を下げた。
「まぁ、そんな顔をするな。もう、俺と君は一蓮托生なんだ。今回の件は、絶対に遂行してもらわねば困る」
「篠崎、代議士」
「なんだ?」
「一つだけ、約束してください」
「どんなことだ?」
「今回の学園艦の件は、権力闘争だとしても。それらのステップを経て、代議士が上り詰めた暁には。世のために、理のある施策を、どうか、施してください」
「大丈夫だ。約束する」
僕は深く深く頭を下げた。
悔しさなのか、なんなのかわからない。
涙がこぼれた。
「馬鹿だな。泣くな。もう帰っていいぞ。明日から、しっかりと仕事に励め。プロジェクトについてはまたおって連絡する」
「許してくださって、ありがとうございます」
僕は、まるで影になってしまったかのようにしんしんと歩き、マンションを出た。
夜の街をどう歩いたのかは覚えていない。
気が付いたら、田町の自宅に帰っていた。
続く