辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

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6 大洗を新しくする会

春先だというのに少し寒い日だった。

父と連れ立って外に出ると風が吹き肌が泡立った。

僕は普段は厚着をしない性質だが、この日は裏地のあるジャケットを羽織っていて正解だった。

僕の考えを見透かしたように

 

「少し冷えるな」

 

と父が言った。そしてライターで煙草に火をつけた。

外では吸わない人だと思っていた。

 

「人が見るよ」

「もう引退したんだ。俺は自由に生きる」

「暗躍しているくせに」

「これでも気を遣っている。本当は髭を生やしたいぐらいだ。俺はウッドストック世代だからな」

「でも父さんが好きなエリック・バードンは髭を生やしていなかったと思うけど」

 

父は苦笑しながら『サンフランシスコの夜』を口ずさんだ。僕も思わず苦笑した。

こういう部分だけは憎めない。

バリバリの保守系の議員で通っていたくせして、カウンターカルチャーが大好きな人なのだ。

 

「さぁ行こうか。昼を過ぎると人が増える」

 

二人連れ立って町を歩く。ところどころの民家に先ほど応接間で見かけたポスターが貼ってあった。

大げさなフォントで『改革断行!』と銘打っているポスターだ。

 

「これ、家にもあったよね。なんかの政党のチラシ?」

「ううん、まぁ。政党というか、地域の組織みたいなもんだな……」

 

珍しく父が歯切れ悪くつぶやいた。まるでそこに髭があるかのように顎を撫でる。

 

「地域政党ってこと?」

「そこまで大げさなものじゃない。あくまで市民団体だ。それに賛同する議員も募ってはいるが」

「ふぅん」

 

僕は少し気になって、そのポスターを携帯で写真に収めた。

 

「ほら、早く行くぞ」

 

父が急かすように肩をたたく。僕は頷いた。

 

アウトレット・モールに着くと、父はやけにはしゃいだ様子を見せた。

 

「見ろ、ナイキの靴があるぞ。買ってやろうか?」

「いや、いらないよ。東京でも買えるし」

「なんだ、せっかくたまには何か買ってやろうと思ったのに」

 

僕たちはキャンピングカーを模した屋台でホットドッグを買い、ベンチに座ってそれを食べた。

 

「こんなところ、職員に見られたら驚かれるな。辻先生、何をしておられるのです?ってな」

 

父が照れくさそうに笑いながら、ホットドッグと一緒に買ったコーラを飲んだ。

 

「久しぶりに甘いものを飲んだら、トイレに行きたくなったよ。ちょっと待っていてくれ」

「わかったよ」

 

父の後姿を見届けると、僕は携帯を取り出した。

インターネットへと接続する。

検索画面に『大洗を新しくする会』と打ち込んだ。

先ほどからの違和感の理由を知りたかったからだった。

モールに来てから、僕の違和感はますます大きくなっていた。

というのも、モールのいくつかの店舗にもこのポスターが貼られていたためだった。

 

通常、商店というのは『色』がつくことを嫌う。

政治的なポスターを貼ることに対してはナーバスなものだ。

というのも、一定の政党や議員を応援すると、その政党や議員に反対しているお客が逃げてしまうからだ。

地域密着型の商店ならなおさらである。

政治的なポスターに関しては、付き合いなどのしがらみがあれども、一枚も貼らないか、左右取り混ぜてあらゆるポスターを貼るかという二極化が普通だ。

だが、このポスターに関しては、人目を気にしないかのように堂々と商店にも貼られている。

どうにも不思議な気がした。

 

検索をかけて出てきたのは、いかにも素人が作ったような簡素なホームページだった。

フレームも何もなく、薄いクリームを色をした背景にベタベタと大きなフォントで文字が張り付けられている。

ほとんど箇条書きだ。

 

そこには、『われわれ大洗を新しくする会は、公務員の怠慢を許さない』だの『仕事をしない議員を追放しよう』だのと書かれていた。

改革プランと称して『行政のスリム化』『議員定数・報酬の削減』『民間委託の徹底』などが並べられていた。

おかしくはないが、よくある、どこでも耳にするような流行の言葉ばかりだった。

 

スクロールしていくと、『改革に反対する悪徳議員』というリストがあり、何人かの町議の名前が写真付きで掲載されていた。その下に『われわれの改革に共鳴していただける議員リスト』というものがあり、こちらも何人かの議員の名前が写真付きで載せられていた。

そのさらに下には『改革に賛成する市民会員』というリストがあり、何名かの市民が写真付きで載っている。

 

結局のところ、選挙のために特定の議員を支援する目的のサイトだった。

市民会員というのも恐らく今後選挙に出る予定の連中なのだろう。

しかし、ここにおいて『悪徳議員』と名指しされている連中が一体どんな悪徳を成したのかは一切書かれていないし、『改革に共鳴する議員』というのがどんな改革的な政策提言をしているのかも書かれていない。

『行政のスリム化』『議員定数・報酬の削減』『民間委託の徹底』という三つの改革プランは、具体的にどのように実現するのか細かい説明が何も書かれていなかった。

ようするに、エビデンスが何もない。

僕は思わず笑ってしまった。

 

「こんなの、地方の町議会じゃなきゃ訴えられるぞ。名指しで顔写真掲載して他人の悪口書いちゃってるよ。名誉棄損レベルだな」

 

だが、サイトを最後までスクロールして、笑顔が凍りついた。

 

サイトの最下部に『大洗を新しくする会 名誉顧問 辻 誠一郎』という文字があった。

もちろん、僕の父親の名前だった。

 


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