一瞬、篠崎代議士の言葉の意味が分からなかった。
チャンス?
何のチャンスだというのだ。
「もう察しはついているな?」
「い、いえ。チャンスとはどういう……」
「そうか。相変わらず君は鈍いんだな」
篠崎代議士がほくそ笑んだ。
「その真面目なところが良いところでもあるが。今回は頭を回してほしい。いいか、この件、学園艦の致命的な落ち度になる」
僕は頷いた。
「ということは、だ。学園艦再編の大きな材料になるということだ」
「事故を利用するのですか?」
「利用するというと聴こえは悪いが、ありていに言えばそうだな。起死回生のチャンスだ。俺はもしも、沈没したフィリピンの船が日本製だったらそれこそありがたいと思っている。
それと同じか、それよりも古い日本の学園艦に関しては、老朽化や危険性を主張できる。住民たちも、自分たちが危険なものに乗っている可能性を示唆されると、反対運動はできないだろう」
「でも、そんなやり方は……」
「そんなやり方は政治の世界じゃ当たり前だ」
篠崎代議士は強く断定した。
「危険性を根拠の中心に据えることができたら、さらに建造だということも言えなくなる。学園艦は危ないものなのだという資料を制作するんだ。これまでの事故の記録など、種々さまざまに当たってほしい。俺は知り合いの記者に連絡を取る。メディアで、学園艦について否定的な意見を流すことができたら儲けものだ」
「そんな……」
「なんだよ、その顔は。もうちょっとしゃきっとしてくれ。君の仕事はなんだ?学園艦数を削減することだろう?」
違う、と言いたかった。
莫大な予算がこれまでつぎ込まれてきた学園艦施策。
それを崩すことが僕の仕事なのか?
少し前までならば、篠崎代議士の言うことならばと僕は付き従っただろう。
だが。
今では疑問が湧き出ている。
僕は、周囲を見渡した。
誰もいない広い部屋。
嘘か本当かもわからないようなおかしな理由でここを所持している男。
ひどくエグゼクティブで……きな臭い。
僕は勇気を振り絞って、口を開いた。
「あの、篠崎代議士」
「なんだ?」
「どうしても、教えていただきたいことがあります」
「言ってみろ」
「その。代議士は、今回の学園艦の統廃合案を、どのような目的で行おうとしてらっしゃるのですか?」
「それはこれまでに話してきたと思うが?」
「はい。以前、僕が問いかけると、代議士は『減らすことそのものが目的だ』とおっしゃいました」
篠崎代議士が頷く。
「その物言いに違和感を感じたのです。これまで代議士は何事にも熱意を持って取り組んでこられました。その姿勢を私はずっと見てきました。代議士は、その先の目的があって物事を遂行するかたです」
「ありがとう」
「でも、今回の件は。まるで無目的に見えました。自身がおっしゃられるように、数を減らすことそのものが理由であるように見えました。そこには、教育的な価値観も、財政運営的な効果も見えません……」
「それで?」
「ですから、少し、調べたのです。篠崎代議士、僕を攻撃している議員グループは、玉田議員率いる熱政連ですね?」
「ほぉ……」
篠崎代議士が面白そうに目を細めた。
「珍しいじゃないか、辻君がそういう、政治のグループに興味を持つなんて」
「その通りなんですね?」
「ああ、そうだと思うよ」
「そして。篠崎代議士、あなたは、玉田議員と、強く対立している。以前、煮え湯を飲まされた経験がある。ずっと根に持っている。その代理戦争が、この学園艦問題なんですね?」
僕は一気にまくしたてた。
心臓が鐘のように脈打っていた。
続く