また、誤字報告もありがとうございます!
本当に助かります。
「そうだな。悩みがあるんだ」
「どんな?」
「最近かかわっている案件だよ。ほら、庁内でうわさになっていると思うが、学園艦の統廃合の」
「やっぱりそうかぁ」
山下がため息をついた。
「予想はついていたか?」
「まぁね。そりゃ辻ちゃんが巻き込まれている大変なことと言えばそれだろ。そうじゃなかったらもっとプライベートな話かなと思ってたんだ」
「こういう、はっきりとした答えの出ない案件をどうしても通さなきゃならない状況っていうのがこれまでにはなかったんだ」
「答えが出ないって?」
「つまり、その。本当にやるべきことかどうかだよ」
僕はうつむいてトールグラスを握りしめた。
「これまで、私がかかわった大きな案件……たとえば学校の統廃合なんかは、はっきりとした『正』の理由があった。
人口の減少は明らかだし、高度成長期に建てられ施設の老朽化が著しい校も多かった。パイの再編はむしろするべきことだったんだ。
だから、どんなふうに批判されようとも、やるべきことだと思って突き進むことができた」
山下がうなづく。
「でも、今回の件は全然違う。単に学園艦の数を減らすだけなら、それはそこで暮らす人々に対する『いやがらせ』みたいなものだ。どうしてそんなことをしようとしているのか分からない」
「あのさ、辻ちゃんさ、お前、バカなのか?」
「え?」
バカだって?
僕が?
「逆に俺は、そんなことで悩んでいる辻ちゃんに驚いてるよ。よくこれまで、それで庁内でやってこれたなって」
「ど、どういうことだよ?」
「あのさ。おれたちは役人だぜ。基本的に政治に振り回される生き物だ。理由がない政策を書かされるのなんて、いくらでもあるだろうが? 今までそういうことを体験していないってのが信じられないよ」
「いや、もちろん、そんなことはないかもしれないが。ただ、その」
「なんだよ?」
「いままで、人に動かされる立場だった。今回の件は、自分が動かさなければならない案件だ。だから……」
「だから気になるってのか」
やれやれだ、というように山下が首を振る。
「辻ちゃんさ、今回の件で、熱政連から睨まれてるだろ?」
「熱政連? なんだよそれは」
山下がメモ帳に文字を書く。
「熱心に政策を勉強する議員の連絡会。要するに、玉田順三郎議員のグループだよ」
「玉田議員……」
それは与党の中堅議員の名前だった。
「そう。玉田を良いポストにつけようと持ち上げて、おこぼれを狙っている議員連中の集まりさ。辻ちゃん、例えばこいつらの名前を知らないか?」
山下が何人かの議員の名前をメモ帳に書いていく。
そのうちの何人かは、僕を呼び出して、学園艦統廃合の件で叱咤している議員たちだった。
もちろん土山の名前もあった。
「こいつらが辻ちゃん……というか、統廃合案に反対してるわけよ」
「玉田議員は? 彼に呼ばれたことはない」
「大御所が自分で動くかよ。いいか、こいつらはやくざのグループと同じようなもんだ。下っ端が弾として動くんだよ」
「なるほど……でも、どうして? 特にこの、玉田議員は教育畑じゃないはずだ」
「そういうことも分かってなかったのか」
山下がまたため息をついた。
「俺さ、辻ちゃんは変わったと思っていたけど、本質は同じだな、若いころからの狭視がずっと続いてるな」
「どういうことだよ?」
「つまり、ずっと教育畑にいて、教育のこといがい考えていないってことだよ。あのな、俺の見たてじゃ、この件は教育と関係がないぜ」
「はあ?」
教育と学園艦統廃合が関係ない?
何を言っているんだ。
「教育と関係のない目的があるからこそ、教育ベースでこの件を考えると、わけがわからないんだ。いいか、俺が教育の外にある理由を教えてやる」
山下がにやりと笑った。