「もしもし」
携帯電話ごしに懐かしい声が聞こえた。
山下の声だ。
「ひ、久しぶり」
「あぁ。辻ちゃん、おひさだね」
以前と変わらない軽い口調に気が楽になった。
「どうしたの、本当に久しぶりじゃん。なんかあった?」
「まぁ、その。急にお前のことを思い出してな。その。実は今、Moonburnにいるんだ。もしよかったら来ないか? 今日は金曜だし……」
彼に教えてもらったバーに一人でいるということを伝えるのは少し気恥しかった。
「Moonburnにいるんだ?」
「そうなんだよ」
「そうかぁ。う~ん、そうだなぁ。家を出ることはもちろんできるんだがなぁ」
「どうしたんだよ?」
「その、俺さ、長い間、Moonburnに立ち寄ってないから、久しぶりすぎて気が引けるんだわ」
「おいおい、鋼のハートのお前が何言ってるんだよ」
「そうでもないんだって。あ、そうだ。辻ちゃんさ、何気にまだ独身でしょ?」
「うぐっ。そ、そうだが」
「そんじゃ、辻ちゃんちお邪魔させてよ。宅飲みしようぜ。宅飲み。たしか田町付近に住んでただろ?」
「ま、まぁいいけど……」
宅飲み。
実は僕はその行為をしたことがなかった。
いや、もちろん自宅で一人で飲むことはあるのだが。
所謂「友人との宅飲み」というのをしたことがないのだ。
基本的に自宅に人を呼ばない主義だし、いちばん宅飲みをする機会が多いであろう大学時代には、一緒に酒を飲むような友人がいなかった。
とはいえ、こんな年齢になって、宅飲みをするというのもいい機会だ。
僕は了承することにした。
バーを出て、マンションに帰ると、ちょうど山下も駅前に着いたと連絡があった。
駅前まで迎えに行く。
「よっ」
山下が笑顔で右手を挙げた。
昔から見慣れた、人懐っこい笑顔。
だが、眼尻にはしわがより、髪は随分とボリュームがなくなっていた。
「歳とったな」
僕が思わずつぶやくと、肘でつつかれた。
「辻ちゃんもな」
「そりゃそうか」
二人して笑う。
「で、宅飲みってどうやるの?」
「え? もしかして経験ないの?」
「お恥ずかしながらそうなんだ」
「わお。初体験いただいちゃった」
「変なことを言うな」
「ま、とりあえずスーパー行こうぜ」
山下が意気揚々と歩き出す。
「あ、そうだ。奥さんに謝っといてくれ。急に旦那を連れ出したことを詫びてるって」
「気にすんなよ。久しぶりなんだ。遅くなる、もしかしたら朝帰りかもって言ってある」
「泊まる気かよ」
「状況次第、状況次第。一応保険のつもりで」
連れ立って24時間経営のスーパーに入る。
「まずは、アテを買うかぁ~」
「アテって、実は買ったことないんだよ」
「え? 辻ちゃんそれマジ?」
「うん。酒は酒だけで飲むことが多くて」
「そりゃちょっと損してるぜ。とりあえず、裂きイカと、チーズと、せんべいと、鮭とばと、あと酒盗も買っとこう」
「買いすぎだろ。お前が金出せよ?」
「いやいや、余ったら辻ちゃんちに置いとくって。あ、酒ってどんなのがあるの?」
「ウィスキーだよ。お前に教えてもらった影響で。バランタインの12年とハイランド・クイーンのマジェスティがある」
「十分だな。水は?」
「ちょっと減ってるかもな」
「そんじゃま、ミネラルウォーター買っときますか」
ついでに糖分の吸収を抑えるお茶をかごに入れる。
「なにそれ?」
「あ、これは俺の分。一応気にしててさ。辻ちゃんも飲む?」
「う~ん、それじゃ試してみるか」
「あいよ」
そんなことをやっているといつの間にか買い物籠が満杯になった。
「いやぁ、楽しいねぇ。宅飲みってさ、飲んでだべるのも楽しいけど、こうやってスーパーで買い物してる瞬間も格別なんだよ」
山下が子供みたいに笑う。
確かに、それは僕も感じていた。
学生時代にこの男と出会っていたら、こんな風に楽しんでいたのかもしれない。
僕たちはレジに並んで会計を済まし、マンションへと向かった。
街には小雨が降り始めていた。
僕たちは荷物を抱えて小走りした。
続く
社会人になると忙しくて、本当に友達と遊ぶ機会が減りますよね。
そして、現実逃避か、日常系アニメばかり見るようになる。笑
また学生時代みたいに遊びたいなぁ。
そんな想いを込めました。