辻さんの人には言えない事情   作:忍者小僧

52 / 100
お疲れ様です。
いつも読んで下さり本当にありがとうございます!
歩みの遅い小説ですが、ごゆるりとお楽しみいただければと。


51 弱気

局長室に戻る途中、中川とすれ違った。

彼はいつも通りに見えた。

僕は扉を閉めると、ソファに腰掛けた。

また、温かいコーヒーが飲みたくなった。

明らかに中毒状態だ。

土山はこちらが考えるよりもずっと資料を持っていた。

いったいどこから流出したのか。

どうしても中川の顔が思い浮かんだ。

彼は、3案を作ることに関わったし、今回のプロジェクトに不満を抱いていた。

だからといって決めつけてしまうのも短絡的だった。

以前、中津さんが言っていた言葉を思い出す。

 

「辻君、情報ってのは、どんなに気を遣っても流れちゃうものなんだ。それも、思わぬところからね。犯人捜ししたって仕方がない。ほぼ、わかりゃしないから時間の無駄だよ。それよりも、前を向いて、対処することに力を割くべきだ」

 

そうですね、中津さん。

僕は拳を握った。

すぐに部下に電話をして、よりしっかりとした資料の制作と、理論づけの強化を命じた。

そして篠崎代議士に連絡を入れた。

 

「土山議員から、横やりが入りました。学園艦統廃合の件でいろいろとお怒りでした」

「そうだろうな。そうだと思ったよ」

「ご存知だったのですか?」

「予想がつくさ。彼はそういう男だ。まぁ、適当に流しておけばいい。ただし絶対に弱音を吐くなよ。馬耳東風の姿勢で行け」

「は、はい……」

 

これはまた拍子抜けな返答だった。

いったいどうなっているんだ……。

 

それから、数日の間、たて続けざまに数人の議員から呼びつけられ、学園艦統廃合の件であれこれと尋ねられた。

大体が同じ内容だった。

 

持っている資料も同じだし、突き方も似ている。

どうにも僕は自分が、ピンボールの球になってしまったような気分だった。

次から次へと小突き回される。

だが、僕はへこたれなかった。

心は幾度も折れそうになった。

ある議員に及んでは、議員会館の彼の部屋で2時間、そのあと飲みにつれていかれ3時間、延々と禅問答のようになじられ続けた。

しかし、

 

「これは文科省の方針で、ひいては国のためだと思い検討しております」

 

と答え続けた。

文科省の名前を出すことについては少し心配があったが、何も言われなかった。

そのあたりの根回しは篠崎代議士が済ましているのだろう。

どこまで問い詰められても

 

「これは我々の側で決めた方針です」

 

としか答えない僕に、同じことを問い詰め続ける議員たちの執念が理解できなかった。

こんなことに時間を浪費して何になるんだろうと思った。

僕を弱らせるのが魂胆なのだろうか。

ようは根競べなのかもしれない。

虚しいレースだ。

とはいえ、なじられ、精神的にこ突きまわされるのはハートにボディブロウのように響いてくる。

そんな状態が3週間も続いたころには、僕はすっかりまいっていた。

酒の量が目に見えて増え、顔つきも不健康そうになっていた。

一人で酒を飲むのも限界だった。

僕は、ある金曜の夜、Moonburnのカウンタ-席で山下の番号を携帯の電話帳から選んだ。

いろいろと考えてみたが、付き合ってくれそうなのは彼ぐらいしか思い当らなかった。

僕には、部下はいるが、友人と呼べるものは職場にほとんどいなかった。

番号をタップする指が緊張で震えた。

山下とは、部署が離れてからほとんど会っていない。

お互い年齢を経て任される仕事が増えていた。

忙しさもあって、疎遠になるのは仕方ないことではあった。

だが、生来の気の弱さゆえだろうか。

久しぶりに電話をすると、唐突に怒られるのじゃないかなどと考えてしまう。

……そんなわけがないじゃないか。

僕は首を振った。

弱気になっている。

疲れている証拠だ。

この状態を脱さなくては。

意を決して番号をタップした。

 

続く

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。