いつも読んで下さり本当にありがとうございます!
歩みの遅い小説ですが、ごゆるりとお楽しみいただければと。
局長室に戻る途中、中川とすれ違った。
彼はいつも通りに見えた。
僕は扉を閉めると、ソファに腰掛けた。
また、温かいコーヒーが飲みたくなった。
明らかに中毒状態だ。
土山はこちらが考えるよりもずっと資料を持っていた。
いったいどこから流出したのか。
どうしても中川の顔が思い浮かんだ。
彼は、3案を作ることに関わったし、今回のプロジェクトに不満を抱いていた。
だからといって決めつけてしまうのも短絡的だった。
以前、中津さんが言っていた言葉を思い出す。
「辻君、情報ってのは、どんなに気を遣っても流れちゃうものなんだ。それも、思わぬところからね。犯人捜ししたって仕方がない。ほぼ、わかりゃしないから時間の無駄だよ。それよりも、前を向いて、対処することに力を割くべきだ」
そうですね、中津さん。
僕は拳を握った。
すぐに部下に電話をして、よりしっかりとした資料の制作と、理論づけの強化を命じた。
そして篠崎代議士に連絡を入れた。
「土山議員から、横やりが入りました。学園艦統廃合の件でいろいろとお怒りでした」
「そうだろうな。そうだと思ったよ」
「ご存知だったのですか?」
「予想がつくさ。彼はそういう男だ。まぁ、適当に流しておけばいい。ただし絶対に弱音を吐くなよ。馬耳東風の姿勢で行け」
「は、はい……」
これはまた拍子抜けな返答だった。
いったいどうなっているんだ……。
それから、数日の間、たて続けざまに数人の議員から呼びつけられ、学園艦統廃合の件であれこれと尋ねられた。
大体が同じ内容だった。
持っている資料も同じだし、突き方も似ている。
どうにも僕は自分が、ピンボールの球になってしまったような気分だった。
次から次へと小突き回される。
だが、僕はへこたれなかった。
心は幾度も折れそうになった。
ある議員に及んでは、議員会館の彼の部屋で2時間、そのあと飲みにつれていかれ3時間、延々と禅問答のようになじられ続けた。
しかし、
「これは文科省の方針で、ひいては国のためだと思い検討しております」
と答え続けた。
文科省の名前を出すことについては少し心配があったが、何も言われなかった。
そのあたりの根回しは篠崎代議士が済ましているのだろう。
どこまで問い詰められても
「これは我々の側で決めた方針です」
としか答えない僕に、同じことを問い詰め続ける議員たちの執念が理解できなかった。
こんなことに時間を浪費して何になるんだろうと思った。
僕を弱らせるのが魂胆なのだろうか。
ようは根競べなのかもしれない。
虚しいレースだ。
とはいえ、なじられ、精神的にこ突きまわされるのはハートにボディブロウのように響いてくる。
そんな状態が3週間も続いたころには、僕はすっかりまいっていた。
酒の量が目に見えて増え、顔つきも不健康そうになっていた。
一人で酒を飲むのも限界だった。
僕は、ある金曜の夜、Moonburnのカウンタ-席で山下の番号を携帯の電話帳から選んだ。
いろいろと考えてみたが、付き合ってくれそうなのは彼ぐらいしか思い当らなかった。
僕には、部下はいるが、友人と呼べるものは職場にほとんどいなかった。
番号をタップする指が緊張で震えた。
山下とは、部署が離れてからほとんど会っていない。
お互い年齢を経て任される仕事が増えていた。
忙しさもあって、疎遠になるのは仕方ないことではあった。
だが、生来の気の弱さゆえだろうか。
久しぶりに電話をすると、唐突に怒られるのじゃないかなどと考えてしまう。
……そんなわけがないじゃないか。
僕は首を振った。
弱気になっている。
疲れている証拠だ。
この状態を脱さなくては。
意を決して番号をタップした。
続く