釈然としない何かがもやもやと胸の中で渦巻く。
局長室のソファに腰掛け、ため息をついた。
心を落ち着けたかった。
あらかじめ作って保温していたコーヒーをカップに注いで飲んだ。
そして、先ほど3案を作ってきた部下たちを呼んだ。
僕がB案で行くと言うと、彼らは驚いた。
「局長、正気ですか?」
「ああ。これで行くことになった」
「…………」
うつむいていた部下の一人、中川が顔を上げた。
「これはいったい誰の意思なんですか?」
「意思? 何が言いたいんだ」
「局長はご自身でこのことを良いことだと思っておられるのですか? 学園艦は確かに予算をとりますが、教育上、特質のあるものとして大いに評価されています。それを廃艦して、運営コスト以上に掛かるかもしれない住宅保証や職業保障を引っ提げて陸に戻す? 信じられません。何が目的なのか全くわかりません」
「中川……」
「先ほど、局長は『行くことになった』とおっしゃいましたね。ご自身の意思ではない証拠です。いったいどうなっているんですか」
「口を慎め、中川!」
僕は怒鳴りつけた。
部下を怒鳴りつけることは珍しいことだった。
中川の肩がびくんと震えた。
「これはどこまで行っても、『私』の方針だ。中川、君は世間知らずなんだ。ずっと教育畑にいて他のことを知らない。教育上の特質性だけでそれが大手を振って許されると思うな」
中川は再びうつむき、唇を噛んでいた。
二人に、B案をベースにした素案の作成を命じる。
彼らが出ていくと、どっと疲れが噴き出してきた。
だが、『私』という僕を演じたおかげで、不思議と罪悪感が軽減されるようだった。
二人には大変な苦労を掛けることになるが、僕、いや、『私』にはどうすることもできないことなのだ。
僕はこれまで、庁舎内で篠崎代議士の子飼いとして出世させてもらってきた。
この局長席も、彼がいなければ座らせてもらえなかっただろう。
そんな僕が、いったい何ができるというのだ。
そんなことを考えてもう一度ため息をついた。
ソファに座りなおし、中川たちが作成した資料をもう一度見た。
そこには、統廃合の上で、廃校にするべき学園艦のリストが添付されていた。
僕が命じたとおり、成績・運営コスト・スポーツや文化活動実績などを総合的に評価して、ポイント付けしていた。
外部には流出させられないリストだ。
こんなものが表に出たら、教育を順序付けするのかと騒がれるだろう。
ぱらぱらとめくると、大洗女子の名前があった。
成績・スポーツや文化活動ともにさしたるものがなく、ほぼ廃校は免れないであろうポイントだった。
大洗、か……。
久しぶりにその文字を見たような気がする。
僕にとっては、結局は苦い思い出だけが残った場所だ。
故郷だというのに。
僕はその日、帰り際にMoonburnに立ち寄って2杯ほどハイボールを飲んだ。
初めて一人でこの店に立ち寄ったあの日以来、仕事のストレスがたまると、たまに立ち寄るようになっていた。
逆に、僕が1人でこの店に来るようになってから、山下とは出会ったことがなかった。
彼はあまり外では飲まなくなったらしかった。
まるで僕と彼が入れ替わったかのようだ、と、マスターが時々冗談めかすことがあった。
そういうと、山下はどうしているだろうか。
彼はこのところずっと企財畑だ。
なかなか顔を合わせる機会がない。
久しぶりに会いたいと思った。
続く