ご感想やご評価、お気に入り登録、本当にありがとうございます!
2時間後に、都市整備課長の上田厚が来た。
中肉中背で、のっぺりとした顔だちをしている。
福井県の造り酒屋の息子だが、酒はほとんど飲まない。
付き合いで居酒屋に来て、周囲に合わせて笑っているが酔ってはいないというタイプの男だ。
頬に小さな掻き傷のような跡があり、高校生の頃、野球をしていてついた傷だとのことだ。
「どういったご用件でしょうか? 辻さん」
「まぁちょっと座ってください」
促すと、応接セットのソファに腰掛ける。
「上田君、これまで、立ち退きってさせた経験ありますよね?」
「立ち退きですか?」
「はい」
「そうですね。都市計画道路の拡幅や第3セクター系のビルの再開発などで立ち退き交渉というのはありますね」
「もっと大規模な……都市区画全体の移動というようなものは?」
「そんな、民族大移動じゃないんですから。あるいはチェルノブイリですか?」
上田君がそう言ってから、「おっと失礼」と口を抑える。
「ここからここまでの区画で住んでいる人は全員立ち退いてくださいなんていうエリアレベルの移動というのはないのですね?」
「そうですねぇ……まぁ、しいて言えば、ダム建設工事だとか、限界集落で、もうそこに住んでいたら危険だからとか、そういう状況ですかねぇ。あとは自然災害とか? 昔、タルコフスキーの映画でありましたね。隕石が落ちてきて、その周辺で暮らせなくなって、国が人を放り出して『ゾーン』とか言って区切っちゃうんです」
「その映画、それでどうなったんです?」
「別にどうもなりませんよ。そんなんしても、区切りの中に入って行っちゃう奴らはいるし。『ゾーン』でこっそり暮らしてる人たちの暮らしに焦点を当てた映画でしたよ」
「へぇ」
「それで、いったい用件はなんですか?」
「いや、大きな区画の立ち退きをやることがあるかと思って訊いたんですけど。無いようならいいんです。都市計画道路の拡幅はどういう具合にやるんですか?」
「そうですね、国が計画を立てて、都道府県に連絡して、そこから市町村の都市計画審議委員会で決定をさせるんです。で、実際に着工する、と」
「住民との話し合いは、どれぐらいかかるんですか?」
「それは市町村の役人がやることなので、はっきりとは知りませんが、1年以上かかると聞きますが」
「結構かかるんですね」
「いやいや、1年ってのはたぶん短い方ですよ」
上田君が手を振る。
「お金の問題ですか?」
「お金ってのももちろんありますが、引っ越そうにも住む場所の当てがないだとか、身寄りのない老人世帯で、どうすればいいかわからないだとか、昔から住んでいて愛着のある土地だとか、いろいろです」
「なるほど……」
「でもまぁ、最終的には合意に漕ぎ着けなきゃ、セットバックも何もできませんので。私らからできることは、粘り腰の交渉とお金だけでしょう」
「さっき、ビルの建て替えの立ち退きもあると言っていましたよね?」
「ええ」
「ということは、店舗ですね?」
「そうですよ」
上田君が苦笑いをする。
いったい何が訊きたいんだ、こっちも忙しいのに、と言いたげな表情だ。
「店舗の立ち退きの場合は、職を失う場合には斡旋はするのですか?」
「基本的にはないと思いますが。就労支援は所管が違うので、少しわかりかねますが、立ち退き時の営業補償というのは概念としてはあります」
「営業補償?」
「はい。営業を廃止せざるを得ない場合や、店舗移転に伴う営業収益の減が明らかに見込まれる場合などに、金銭的補助はあり得ますね」
「そうですか」
僕が礼を言うと、上田君は会釈して出て行った。
忙しかったのだろう。
悪いことをしたなと思った。
先ほどの隕石が落ちる映画の話で、区画移動という意味では、地震や火山噴火などにより家を失った人の就労支援がケースとして近いかもしれないと思い当たった。
そこで、厚労省の公共職業安定所の業務をチェックする。
被災者の就労支援という施策があることを確認する。
こういったものをベースに組み立てていくのが良いかもしれない。
しかしこれはかなり骨の折れる仕事だ。
ともすれば、学園艦で暮らす人々の生活を一変させてしまいかねない。
下手に陸に戻すよりも、統合校という形で新しい学園艦を建造し、そこに纏めるという形の方が異論が出ないかもしれないな……。
続く