いつも読んでくださってありがとうございます!
会話ばかりで読みにくい小説ですが、どうか読んでいただけるとありがたいです。
11月23日 午前2時16分、大幅に修正いたしました。
父が死に、母が死に、大洗の実家を売り払った後では、もうその土地に帰る必要性はなくなった。
もともとが半ばそうだったわけだが、僕の生活は完全に東京を拠点としたものにシフトした。
母が死んだ一年後、45歳になったことを機にこれまで住んでいた阿佐ヶ谷のアパートを出る決意をした。
実家の土地を整理したことでまとまったお金が手元にあった。
田町に、美しいデザインの新しいマンションが建ったことを知ると、ローンを組んでその一室を買った。
一人で暮らすには広い一室だったが、別に気にしなかった。
引っ越すときに、いろんなものを捨てたが、コルクボードは新しいマンションにも持ち込んだ。
相変わらず、戦車道OG会のあの黒い名刺をそこに貼りつけ、僕は日々それを睨んだ。
仕事で失敗があった時や、悔しい思いをした時、嫌な気持ちをそこに投げつけるかのように睨んだ。
コルクボードに貼りつけられた黒い名刺は、僕の抱える嫌な気持ちのゴミ捨て場のようになった。
それが原動力になったのだろうか。
仕事ぶりが精力的になったと評価されることが増えた。
特に学校施設統廃合プロジェクトチームでの仕事の評判が良かった。
数年だけ他部署に異動させられたが、すぐに教育員会に戻された。
庁内の出世レースにおいて僕は、基本的に教育畑の人間という方向性が定着しつつあった。
51歳になった時、文科省教育委員会学園艦教育局長に任命された。
51歳で局長級だ。
かなり悪くない。
気が付くと、山下よりもずっと出世をしている。
それにしても、よりによって学園艦教育局長か。
僕の脳裏に一瞬だけ、大洗の海岸線に浮かぶ学園艦の姿が思い出された。
チラシ配りをやらされたリバーイーストマンションの12階から見た、夜の海に浮かぶ学園艦の光景は美しかった。
あれはもう何年前のことだろう。
15年以上前の事か……。
ある時、篠崎代議士から呼び出しがあった。
議員会館の彼の個室に向かった。
木目のついた分厚い扉をノックする。
「どうぞ」
篠崎代議士の声だ。
「失礼いたします。辻です」
扉を開け頭を下げる。
応接セットのソファに腰掛けた篠崎代議士がいた。
「待ってたよ。まぁ座ってくれ」
「はい」
彼に促されてソファの対面に腰掛ける。
「散らかってて申し訳ない」
篠崎代議士が、机の上の新聞紙、教育資料、Dファイルを隅へとよけた。
「コーヒーでも入れようか?」
「いえ。大丈夫です」
「そうか? まぁ良いじゃないか、俺が飲みたいんだ。付き合ってくれ」
立ち上がり、左奥に置いてあるコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐ。
僕も立ち上がり、
「申し訳ありません。自分で入れます」
と言ったが
「気にするな」
と制されたので、もう一度ソファに腰掛けた。
先ほど片隅へと積んだDファイルの表紙に目が行った。
Dファイルとは、様々な地方自治体の政策の取り組みをスクラップした雑誌だ。
高知県の大規模統合校の記事が今月号の目玉らしい。
コーヒーカップを手に持った篠崎代議士が戻ってくる。
「ありがとうございます。お手を煩わせてしまって申し訳ありません」
「いやいや、飲みたいと言ったのは俺だ。ところで、辻君」
「はい」
「学校施設統廃合プロジェクトチームでの働きはとても見事だった。おかげで、地域での統廃合は加速度的に進んでいる」
やはり、わざわざあのDファイルを机の上に置いてあったのは、何らかの意思表示か。
「俺はね、次のステップに進むべきだと思っているんだ」
「次のステップ、ですか?」
「そうだ。地方での人口減少は著しく、その上にコンパクトシティ構想が推奨される流れがあるから、『地方の中の中央集権』のようなものが進んでいる。
人口密度の地区格差は今後どんどん進むことになるだろう。
学校の統廃合は進めざるを得ないそう思わないか?」
「おっしゃる通りですね」
「だが、ただ統廃合するだけでは意味がない。
これは一種のチャンスでもあるんだ。
これまでの学校施設にはない、より高度な設備を投入した新しい学校を作る機会でもある。現に……」
篠崎代議士が、机の隅に積んでいたDファイルを開く。
「これは高知の例だが、山間部の小学校を取り壊し、小中総合の新しい学校施設を建て、校区を区切らず、幅広くバス通学を認めたら、それ何のニーズを作り出すことに成功した。応募人数が募集人数を上回った」
次に、教育資料という教育雑誌を取り出す。
「こっちにも載っているぞ。これは京都だ。
学力テストで府下の平均を下回る地域だったが、二つの小学校を統合し、新しい施設を建て、そこで実験的に先進的な教育を行ってみた。放課後学習を徹底させ、学校で自学自習できる環境を整えた。
すると、はっきりと学力テストに数値的効果が表れている」
「素晴らしいことですね」
「ああ。だが、君は長らく教育委員会にいるからよくわかっていると思うが、教育員会はとかく、突出することを嫌がる風潮がある」
「それは否めません」
「団栗の背比べを子供たちに求めている。俺はそれが嫌いなんだ。突出した、目玉となる学校を作ってもいいと思う。それが起爆剤になる」
僕は頷いた。
篠崎代議士の言葉に基本的に頷くことにしている。
そうやってこれまで生きてきた。
「そこで、だ。君に頼みがあるんだよ。実は今度俺は、学園艦に手を付けようと思っているんだ」
「学園艦ですか?」
「そうだ。あれの維持運営にどれだけの費用が必要だと思う? そもそも、人口減少によって地域は過疎化されているんだぞ?
もしも、学園艦を統廃合して、数を減らし、陸の学校へとある程度人を戻したら、地域の人口減少を食い止める手立てになる。
そして、学園艦というもののプライオリティをより高め、より高度な教育を受ける者のみが通う機関として再編すれば、高い維持運営費にも理由が付く」
「はい」
「そのために、まずは、各学園艦の将来性を数値化してくれないか? 子供の数、維持費、学業・スポーツなどで出した成果などを比べて、統廃合すべき艦を決めてほしい」
「わかりました」
「問題は与党だな」
「と言いますと?」
「議員立法にするか、閣法にするかだが、この件については、俺が表に出ない方が良いと思うんだ。閣法という形で提案できたらと思う」
「はい」
「現在、与野党数は与党が絶対的に勝っている。委員会審議にさえ持ち込めれば通ったも同然だ。そのためには、与党内をしっかりと納得させなくてはならない。まずは内々をしっかりと納得させられるだけの資料を作り上げてほしいんだ」
「承知いたしました」
「良い返事だ」
篠崎代議士が立ち上がった。
僕も立ち上がる。
頭を下げ、部屋を出るとき、尋ねてみた。
「あの、ずっと前に、僕を学校施設統廃合プロジェクトチームに組み込んだのは、篠崎代議士でしたね」
「ああ、そうだ」
「今回、僕が学園艦教育局長になれた人事にも、篠崎代議士の意思が働いているのですか?」
「さあな、神のみぞ知るだ。ビーチボーイズの曲の通りさ」
「もしかして、学校施設統廃合プロジェクトチームは、学園艦の統廃合を進める手腕を発揮できる職員を見定めるためのものでしたか?」
「それは面白い考えだな。小説が書けるぞ」
篠崎代議士が笑った。
僕はもう一度、深々とお辞儀をして、控室を出た。
続く
物語も佳境に突入し、学園艦統廃合の話がやっと出てきました。